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東雲 出逢い編 2話

【学校 廊下】

翌日。
潜入捜査訓練の結果が貼り出された。

鳴子
「最初の訓練、厳しかったね」

サトコ
「うん···」

千葉
「合格点をもらえたの、たったの10人だもんな」

男子訓練生A
「その10人も、書類審査で上位のヤツばかりだしな」

男子訓練生B
「あれ···でも氷川はダメだったよな?首席のはずなのに」

(うっ、痛いところを···)

鳴子
「サトコはたまたま調子が悪かっただけだよ。ね?」

サトコ
「う···うん···」

(本当は『これが実力です』って言いたいところだけど···)
(裏口入学のこと、バレるわけにはいかないし)

千葉
「そういえば反省文を書かされた人もいるらしいよ」

サトコ
「!」

男子訓練生A
「ああ···潜入先の監視カメラに映り込んでたとかいう?」

男子訓練生B
「ありえねーよな、潜入先でそれって、今まで何を学んできたんだろ」

男子訓練生C
「そいつの出世はナシだな」

男子訓練生D
「つーか、卒業できないんじゃねーの?」

(うう···胃が···胃が痛い···)

鳴子
「サトコ、どうかした?顔色が悪いけど···」

サトコ
「う、ううん、なんでもない···」

千葉
「あ、チャイムだ」

男子訓練生A
「今日から座学か。しかもいきなり石神教官かよ」

鳴子
「私的にはおいしいけどね。石神教官、イケメンだし」

男子訓練生B
「女はいいよな。そういう楽しみがあって」

男子訓練生C
「あーあ、女性教官、増えないかな」

【教場】

石神
今さら言うまでもないが、我々の仕事は国家の治安維持だ
そのため刑事部の刑事たちとは職務がだいぶ違う
所属も警視庁なら公安部、各都道府県や所轄では警備部や警備課であり···

講義のメモを取りながら、昨日東雲教官に言われたことを思い出す。

(『公安と刑事は別物』か···)
(考えてみれば私、公安のことってよく知らないんだよね)

私が知っているのはざっくりとした仕事内容と、彼らが「エリート集団」だということだけだ。

(長野にいた頃は接する機会がほとんどなかったもんね)
(そもそも公安課の人には外で会っても挨拶しちゃいけなかったし)

【シャワー室】

(『公安刑事』って具体的にどういうことをすんだろう)
(私の場合、そこから勉強しなきゃいけないのかも···)

サトコ
「あっ」

鳴子
「どうしたの、サトコ」

サトコ
「下着忘れて来ちゃったみたい。取ってくるね」

【寮 廊下】

(へんだな。ちゃんと持ってきたはずだったのに)
(しかも、おろしたての薄紫の···)

東雲
ああ、ウラグチさん、いいところに

(うっ、東雲教官···)

東雲
これ、そこに落ちてたんだけど
キミか鳴子ちゃんのじゃない?

サトコ
「そ、それ···」

(私のパンツ···!)

私の様子を見て、東雲教官は大体のことを察したらしい。

東雲
へぇ···これ、キミのなんだ
紫なんて、顔に似合わず派手だね

<選択してください>

A: そんなことはない

サトコ
「そんなことはないですよ」
「これ、薄紫だから、むしろ可愛い系だと思います」

東雲
ふーん···
まあ、キミの場合、下着くらいは可愛くしておかないとね

(下着くらいは···って、失礼な···)

B: 見ないで!

サトコ
「み、み、見ないでください!」

東雲
いいじゃない。こんなの、ただの布地なんだし

(布地は布地だけど、下着だし!)

C: セールで安かったので···

サトコ
「セールで安かったもので···」

東雲
へぇ、下着もセールなんてあるんだ?

サトコ
「ありますよ。うまくいけば半額で買えます」
「ただセールだと、上下セットで探すのが難しくて···」

(って私、どうしてこんなことを···)

サトコ
「とにかくそれ、早く返してください」

東雲
はい、どーぞ

ハンカチでも渡すような気軽さで、教官は私に下着を差し出してくる。

東雲
ところで反省文は?

サトコ
「明日、朝イチで提出します」

東雲
あっそう
もしオレがいなかったら個別教官室の机の上に置いておいて

サトコ
「分かりました···失礼します」

(裏口入学だってことがバレて、パシリにされて···)
(訓練では失敗した挙句、ひったくり犯は捕まえ損ねて···)
(おまけに担当教官に下着を拾われて···)

サトコ
「なんか私、前途多難···」

(いっそ、お祓いにでも行って···)
(···ううん、その前にまずは勉強だよね)

【寮 自室】

消灯後。
ベッドの読書灯をつけて、私は今日習ったところを復習する。

(『公安の成立』はこれで終わり···で、次は···)

サトコ
「ふわぁぁ···」

(···ダメだ、眠い)
(明日からは消灯前に全部終わらせなくちゃ)
(もしくは朝早起きして勉強するようにしないと···)

【学校 廊下】

翌朝。
私は寝不足の腫れぼったい目つきのまま教官室のドアをノックした。

サトコ
「東雲教官、氷川です」

(···あれ、留守?)
(その場合は確か『個別教官室の机に置いておいて』って言ってたよね)

サトコ
「失礼します」

【個別教官室】

(ほんと···いつ来てもきれいな部屋だな)
(しかも、積み上げられている本の高さがどれも同じだし)
(なにかこだわりでもあるのかな。それとも単に几帳面なだけ?)

サトコ
「···ま、いっか」

(トレイに反省文を置いて···っと)

サトコ
「ん?」

ふと、視界の端で何かがキラリと光る。

(なんだろう、今の···)
(あ、これかな。ガラスの破片···?)

手に取ってかざしてみると、窓からの陽射しをキラリと弾く。

(きれいはきれいだけど···)
(これ、どう見てもただの破片だよね)
(どうしてこんなものが、教官室に···)

サトコ
「···!」

(まさかこれ···事件の証拠品だったりする?)
(ど、どうしよう。素手で触っちゃったよ)
(指紋を消さないと···って、重要参考人の指紋まで消しちゃったら···)

東雲
なに焦ってるの

サトコ
「!!」

東雲
ほんと、キミって分かりやすよね
後ろ姿だけで感情丸わかりなんだけど

東雲教官の足音が、だんだん私に近づいてくる。

東雲
で、どうしたの?反省文のミスでも見つけたわけ?

サトコ
「いえ、その···これを···」

私が手にした物を見たとたん、東雲教官の顔つきが変わった。

東雲
返せ!

サトコ
「···っ!」

取り上げられた拍子に、鋭い痛みが指先に走る。

東雲
あ···

(指···切れてる···)

サトコ
「···すみません」

東雲
······

サトコ
「あまり考えずについ···」

ポケットティッシュを取り出して、傷口を覆う。
じんわりと滲んだ血に気付いたのか、東雲教官は眉をひそめた。

東雲
···痛む?

サトコ
「いえ、ちょっと切っただけですから」

東雲
本当に?キミの感覚が鈍いだけじゃなくて?

サトコ
「そんなことは···」

東雲
見せて。傷口

教官に促されて、私は手を差し出す。

東雲
···そこに座って。手当てするから

サトコ
「いいですよ。これくらい···」

東雲
キミのためじゃない。オレのためだから
こんなことで傷が残ったら目覚め悪いし
ほら、早く

サトコ
「···ありがとうございます」

教官は薬箱を取り出すと、慣れた様子で手当てをし始めた。

サトコ
「あの···」
「その破片って大事なものなんですか?」

東雲
え?

サトコ
「私、つい素手で触っちゃったんですけど」
「もしかして重要事件の証拠品なんてことは···」

東雲
キミ、バカなの?
そんなものが。ここにあるはずないでしょ

(あ、そっか···確かにバカだな、私)
(でも、さっきの様子からすると『大事なもの』って感じではあったよね)
(じゃあ、個人的に『大事なもの』なのかな)

東雲
···はい、これでおしまい

サトコ
「ありがとうございます」

東雲
あーあ···まさかキミに怪我させるなんてね
今日の講義では狙い撃ちにする予定だったのに

(狙い撃ち···?)

サトコ
「べつにいいですけど」

東雲
は?

サトコ
「あ、その···『当てられる』って緊張感があるほうが、講義に集中できますし」
「少しですけど予習もやってきましたし」

東雲
···へぇ、そうなんだ
じゃあ、遠慮なくやらせてもらおうかな

【教場】

東雲
じゃあ、次。プログラミング言語のところ
氷川さん、説明してみて

(うっ、また当てられた···)
(確かに『いい』とは言ったけど、これで5回目なんですけど)

東雲
氷川さん。早く答えて

サトコ
「え、えっと···ここは確か···」

言い淀む私の後ろで、他の同期たちのひそひそ声が聞こえてくる。

男子訓練生A
「なぁ、さっきから氷川ばかり当てられてないか?」

男子訓練生B
「やっぱり首席だからか?」

男子訓練生C
「それだけ目をかけられてるってこと?」

東雲
ああ、あらかじめ言っておくけど···
オレ、理解してそうな人には当てない主義だから

(ええっ!?)

東雲
だから、当てられなかった人はむしろ安心して

男子訓練生A
「なんだ、そういうことか」

男子訓練生B
「ん?でも氷川って首席のはずだよな」

(うう···また胃の痛みが···)

【カフェテラス】

サトコ
「はぁぁ···」

(『狙い撃ちしてもいい』なんて言わなきゃよかった)
(予習してきたはずなのに、さっぱりついて行けなかったよ)

鳴子
「まあまあ、サトコ···そんな落ち込まないでよ」
「誰だって得意不得意分野はあるって」

千葉
「そうだよ。他の教科で頑張ればいいよ」

サトコ
「ありがとう、2人とも···」

(でも、私自身が一番よく知ってるんだよね)
(これが『たまたま』じゃなくて『本当の実力』なんだって)

東雲
おつかれさま

鳴子
「あ、東雲教官!」

東雲
オレの講義、今日が初めてだったよね。どうだったかな?

千葉
「すごく分かりやすかったです!」

鳴子
「私も!」
「今日習ったところ、以前サイバー研修で聞いたときはさっぱり分からなかったんですけど···」
「今日のはすごく理解できました」

東雲
そう···みんながキミたち『2人』みたいなら、オレも教え甲斐があるな

サトコ
「······」

(今、わざと『2人』って強調した気が···)

東雲
ところで氷川さんの感想は?

<選択してください>

A: 正直、難しかったです

サトコ
「正直、難しかったです」
「でも、次こそは頑張ります」

東雲
そう···それは楽しみだな
なにせキミは『首席』だからね
きっとすぐにオレの講義についてこられるようになるって信じてるよ

(うわぁ···この顔、絶対ウソついてるよね)

B: 指が痛いです

サトコ
「指が痛いです」

東雲
······

サトコ
「指が、痛いです」

東雲
そう···今朝のこと、まだ根に持ってるんだね

鳴子
「根に持つ?」

東雲
彼女の指、実はオレが怪我させたんだ
そのことで今朝も『どう責任取るんですか!?』って迫られて···

サトコ
「そ、そんなこと一言も言ってません!」

(そりゃ、今はちょっとイヤミ言っちゃったけど!)

C: ······

サトコ
「······」

鳴子
「···サトコ、どうしたの?」

東雲
おかしいな。聞こえてないのかな?
それとも、目を開けたまま寝てるのかな?

サトコ
「······」

加賀
歩、ちょっと来い

東雲
はい···じゃあ、キミたち、また次の講義で

千葉
「はい!」

鳴子
「楽しみにしています!」
「はぁ···東雲教官っていいよね」
「ちょっと『隠れS』っぽい感じが」

千葉
「隠れS?東雲教官が?」

鳴子
「そうだよ。この鳴子様の目に狂いはないって!」
「にこやかな笑顔の陰にチラリと見える不敵な笑み···」

千葉
「うわぁ···その感覚はほんとわかんないなー」

鳴子
「絶対、東雲教官は『隠れS』だって!ね、サトコ」

サトコ
「う、うん···」

(でも私に対しては『わかりやすいS』な気がするけど···)

千葉
「あ、そうだ!」
「今週末の親睦会だけど、18時に商店街の居酒屋だって」

鳴子
「え、予約取れたの?」

千葉
「そうみたい」

鳴子
「よっしゃ、週末は飲むぞー!ね、サトコ」

サトコ
「うん」

(同期と初めての親睦会か)
(千葉さんや鳴子以外の人たちとも仲良くなれたらいいな)

【教場】

ところが···

サトコ
「あーっ!やっと今週が終わったー!」

鳴子
「何言ってんの。今日はこれからが本番でしょ」

サトコ
「そうだね。皆との親睦会が···」

東雲
氷川さん、ちょっといいかな

(げ、東雲教官···)

東雲
さっき教官室に資料が届いたんだ
それ、全部スキャンしてPDF化してくれない?

サトコ
「わかりました。いつまでですか」

東雲
もちろん、今日中に

サトコ
「えっ···」

東雲
じゃ、よろしく

サトコ
「ちょ···ちょっと待ってください!私、これから親睦会が···」

東雲
親睦会?

東雲教官は薄く笑うと、耳元に顔を近付けてくる。

東雲
面白いこと言うね、ウラグチさん

サトコ
「!」

東雲
キミはオレの仕事より、飲み会が大事なんだ?

サトコ
「そ、そういうわけじゃ···」

東雲
へー

サトコ
「ですから···」

東雲
ふーん···

(ああ、もう···っ!)

サトコ
「氷川、今日中にやらせていただきます!」

東雲
最初から素直にそう言いなよ
じゃ、あとはよろしく

(うう···とにかく早く終わらせなくちゃ)

【教官室】

(資料ってこれかな)

サトコ
「···ん?」

(なんだろう、この記号みたいなの)
(暗号?それともどこかの国の文字なのかな)

サトコ
「ま、いっか。とにかくスキャンしなくちゃ」

スキャナーが立ち上がるまで、私は資料の枚数を確認する。

(思ってたよりも少ない!)
(これくらいの量なら親睦会にもギリギリ間に合うかも!)
(とにかく急いで片付けていけば···)

ピーッ!

(うそっ、エラー?どういうこと?)
(こういうときは、とりあえずその辺のボタンをいじって···)
(···ダメだ、復旧しない。取説、取説は···)

【商店街】

結局、私は夕暮れ時の商店街を再び走るハメになった。

(ああ、もう···親睦会始まっちゃってるよね)
(確かお店はこの先の···)

???
「あら···」

(えっ?)

おばあさん
「やっぱり···この間の勇敢なお嬢さんよね?」
「ひったくり犯を追いかけてくれた···」

(ああっ、あの時の被害者の!)

おばあさん
「この間はありがとう」

サトコ
「いえ、そんな···」
「むしろすみませんでした。犯人を捕まえられなくて」
「盗られたバッグ、戻って来ましたか?」

おばあさん
「それがさっぱりで···」
「警察の方にはお話ししたんですけど、皆さんお忙しいようで···」
「できればバッグだけでも戻ってきて欲しいんだけど···」

サトコ
「バッグだけ、ですか?」

おばあさん
「あれはね、息子が初めての給料で買ってくれた思い出のものなの」
「もらったとき『ずっと大事にする』って約束してたから」

サトコ
「そう···ですか···」

(あのバッグ、そんなに大事なものだったんだ)
(あの時、私がちゃんと犯人を捕まえられていたら···)

おばあさん
「あら、ごめんなさいね。引き留めてしまって」
「急いでいたのでしょう?」

サトコ
「いえ···それでは」

おばあさんに軽く頭を下げて、私は居酒屋へ向かおうとする。
でも、胸の中はモヤモヤでいっぱいだ。

(今からでも何とかならないかな)
(犯人を捕まえて、バッグを取り戻すことができれば···)

サトコ
「···ダメダメ!」

(それは所轄の窃盗犯の仕事···公安の仕事じゃない···)
(そうじゃなくても私、落ちこぼれなのに)

???
「きゃあああっ!」

サトコ
「!」

数日前と同じような状況に、私は驚いて振り返る。
けれども、そこにいたのはひったくり犯じゃなくて···

女性
「やだ、ネズミ!誰か始末して!」

男性
「うるせーな。それくらいで騒ぐなよ」

路地から出てきた男性が、通りかかったおばあさんにドンッとぶつかる。

男性
「あ、ばあさん。悪ぃ」

おばあさん
「いえ···」

おばあさんはよろめきながらも、とぼとぼと歩いて行く。
その後ろ姿があまりにも小さくて頼りなさげで···

(···やっぱり無理!)

私は回れ右をすると、おばあさんを追いかけた。

サトコ
「すみません、あの!」

おばあさん
「あら、あなたはさっきの···」

サトコ
「私が捕まえます!」

おばあさん
「え···」

サトコ
「ひったくり犯、私が捕まえます!」

to be contineud

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