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東雲 出逢い編 6話

サトコ
「は···はっくしょん!」

東雲
「······」

サトコ
「はっくしょん···っ」

(ダメだ···池に落ちてからくしゃみが止まらない···)

東雲
まさか風邪?
うつさないでね、もっと困るモノまでうつりそうだから

サトコ
「そんな···少しくらい労わってくれても···」

東雲
それだけの価値がキミにあるならね

(ひどい···!)

東雲
それより早く着替えてきたら?

サトコ
「それが、部屋の鍵は鳴子が持ってるんですけど、連絡が取れなくて···」

東雲
じゃあ、それまでずっと生臭いまま?

サトコ
「!?」
「やっぱり臭いますか!?」

東雲
当然

(そうだよね···あの池、鯉が泳いでたもんね)

東雲
とりあえずフロントに行ってみれば?

サトコ
「そうですよね。いってきます!」

【フロント】

ところが···

(あれ、誰もいない?)

サトコ
「すみませーん!誰かいませんか?」

東雲
···あ、そっか
そういえば訓練の関係で無人にしてもらってたんだ

サトコ
「ええっ!?じゃあ、どうすれば···」

東雲
ひとまず風呂に行ってきなよ
浴衣とタオルはオレのを貸すから

サトコ
「いいんですか?」

東雲
いいもなにも、キミの生臭さには耐えられないし

サトコ
「···すみません」

(なんだか申し訳ないような···)
(でも、確かにこのままでいるわけにもいかないし)

東雲
それが終わったら、オレの部屋ね

サトコ
「えっ」

東雲
オレに用があるんでしょ
今晩、トクベツに独り占めさせてあげるよ

【廊下】

お風呂を済ませて東雲教官の部屋を訪ねると、
教官が面倒くさそうに顔を出した。

東雲
ちゃんとキレイにしてきた?

サトコ
「はい」

東雲
本当に?

サトコ
「隅から隅までピカピカです!」

東雲
どうだか···
······

(な···っ、近···っ!)

東雲
···たしかに臭くないか
いいよ、あがって

サトコ
「お、おじゃまします」

【部屋】

部屋にはすでに布団が一組敷いてある。

(そういえば教官たちは一人部屋なんだっけ)

東雲
なに布団ばかり見てるの

サトコ
「あ、その···教官は1人で泊まれるんだなぁと思って」

東雲
おかげで、キミを連れ込むことが出来たけどね

(つ、連れ···?)

東雲
で、これからどうしようか
ひとまずキミの希望は?

<選択してください>

A: お茶を飲みたい

サトコ
「お茶を飲みたいです」

東雲
そう···ずいぶん悠長だね。時間はどんどん過ぎてるのに

(た、たしかに···)

東雲
ま、いっか。お茶は好きに飲んで
ついでにそこに座れば?

B: 一眠りしたいです

サトコ
「一眠りしたいです」
「なんだかもう疲れちゃって」

東雲
ふーん···なかなかの名案だね
じゃあ、楽しませてもらおうかな

(えっ···)

東雲
布団、1組しかないしね
まさか教え子から誘われるとは思わなかったけど

サトコ
「違···っ、寝るのは私だけで···っ」

東雲
なにそれ
布団の中で情報を聞き出すつもりじゃないわけ?

(聞き出す···?)
(ああっ、そうだ、明日のバスのこと···!)

東雲
まさか本気で訓練のこと忘れてたの?

サトコ
「い、いえ、そんなことは···」
「アハハハハハ···」

東雲
···ま、いいけど。とりあえずそこに座りなよ

C: 教官と話がしたい

サトコ
「教官と話がしたいです」

東雲
どんな話?

サトコ
「明日のバスの出発場所についてです」

東雲
ふーん、いきなり直球勝負か

東雲教官はにやりと笑う。

東雲
ま、ひとまず座りなよ。夜はまだまだ長いんだし

教官に促されて、私は向かいの座布団に正座する。

東雲
じゃあ、お手並み拝見といこうか

サトコ
「···よろしくお願いします」

(せっかく誰にもジャマされずに話ができるんだ)
(なにがなんでも明日のバスについて聞き出さなくちゃ!)

ところが···

東雲
ふわあああ···
ねぇ、もう夜中の2時なんだけど
キミ···本気でやる気あるの?
でもキミの誘導の仕方だと喋る気になんない
仕掛けの分かってる手品を見せられてるみたいでさ

(うっ、痛いところを···)

東雲
いっそさぁ、やり方を変えてみたら?

サトコ
「質問の仕方をですか?」

東雲
そんな小手先のことじゃなくて···
たとえば身体を使うとかさ

(身体···?)

東雲
まだ分からない?
そろそろ講義で習ってるんじゃないの?

(講義で···身体を使って···)
(···そっか!)

サトコ
「教官、1本お願いします」

東雲
は?

サトコ
「私と、剣道で勝負してください!」

研修で使った1メートル定規を握り、お互いに構える。

東雲
1本勝負でいいの?

サトコ
「はい。その代わり1本取れたら···」

東雲
情報提供ね···はいはい

サトコ
「よろしくお願いします」

(勉強関係はさっぱりだけど、これなら自信がある···)
(剣道は、父さんの影響で高校生までやってたし)

東雲
へぇ···いい構えだね。さすがは有段者

サトコ
「······」

(持ってるのは定規だから竹刀のようにはいかない···)
(とにかく、まずは呼吸を整えて···間合いを計って···)

サトコ
「やぁ···っ!」

東雲
おっと

(躱された···でもいける!)
(これならうまく追い込めば···!)

サトコ
「は···っ」

東雲
···っ

サトコ
「やぁ···っ!」

何度か打ち込み詰め寄りながら、教官を狙っていた場所に追い詰める。

東雲
ち···っ

(よし、ここだ!)

ギリギリまで接近しながら最後のタイミングを見計らう。

東雲
ねぇ、キミ···っ

(あと少し···)

東雲
もしかして今···っ

(次の間合いで···)

東雲
ノーブラ?

サトコ
「え···」

一瞬、頭が真っ白になる。
その瞬間、パンッとおでこを叩かれて、私はようやく我に返った。

(な···っ、い、今···『ノーブラ』って···)

サトコ
「きゃああっ!」

東雲
うるさい

サトコ
「だ、だ、だって今、見て···」

東雲
ああ、ノーブラ?
別にオレとしてはどっちでもいいけど。興味ないし

サトコ
「じゃあ、なんであんな質問するんですか!」

東雲
勝つためでしょ。他になにが?
オレ、キミに性的興奮はおぼえないし

(な、なんて言い方···!)
(そりゃ、そんなのおぼえられても困るけど!)

動揺する私の後ろで着信メロディーが流れだす。

(私のじゃない···ってことは教官の···)

振り返るより早く、東雲教官はスマホを手に取った。

東雲
なに?
···ああ、うん···今、ちょっと都内にいなくて···
うん、研修···さちは?

(『さち』って、この間教官に会いに来てた綺麗な人だよね)

教官の顔が、窓ガラスに映る。

(笑顔だ···しかも優しい感じの···)
(それに喋り方もいつもより甘ったるいし···)

東雲
ん···わかった。都内に戻ったら連絡する
じゃあ
···で、なんだっけ?

(···いつもの顔に戻ってる)

東雲
なにその不満そうな顔

サトコ
「えっ」

東雲
1本取られてそんなに悔しい?

サトコ
「違います!そのことはべつに···」

東雲
だったらなにが不満?

サトコ
「べ、べつに···」

東雲
オレの目を誤魔化せるとでも思ってるの?

(だって、本当に不満な顔なんてした覚えは···)

東雲
······

(ていうか気まずい···妙に気まずい···!)
(ここはひとまず話題を変えないと···!)

サトコ
「あ、その···アレですね···」
「さちさんと仲良いんですね」

東雲

サトコ
「なんか会話だけ聞いてると恋人同士みた···」

いきなりドンッと壁際に追い込まれる。
驚いて顔を上げると、教官はなぜか不穏な形に唇を歪ませた。

東雲
興味あるの?オレのこと
だったら一晩かけて教えてあげようか

(こ···このシチュエーションは、今人気の壁ドン···)

東雲
······

(ていうか恐い!めっちゃ恐いってば!)

サトコ
「す···すみません···興味なんて全然···」

東雲
······

サトコ
「なので教官のことより、あ···」
「明日のバスの場所を教えていただければと···」

東雲
······
アハハハハッ

(えっ···)

東雲
悪くないね···ぷ···くくっ
今の聞き出し方は悪くないよ、ハハッ!

サトコ
「?」

東雲
でも、まだ教えてあげない
次の勝負は3時間後かな

そう言うなり、東雲教官は布団の中に潜り込んだ。

サトコ
「えっ、あの···」

東雲
ごめん、もう眠いから
6時に起こして。そしたらまた相手してあげる

サトコ
「そんな···じゃあ、私は···」

東雲
押し入れで寝れば少しは暖かいんじゃない?
じゃ、おやすみ

(押入れって···ネコ型ロボットじゃな···)

東雲
すぅ···

(って、もう寝てるし!)

なんとか起きないかと布団のまわりをウロウロしてみる。
けれども、教官は子どものようにぐっすり寝入ってしまっている。

(···ダメだ、あきらめよう)
(私も今のうちに眠らなくきゃ)

(うう···押入れってなんだか寝心地悪いな···それにやっぱり寒いし)
(でも3時間だけ我慢すれば···)

サトコ
「···はっくしょん!」

(ああ、もう···座布団3段重ねにしよう)
(これならちょっとは暖かいよね)

サトコ
「おやすみなさい···」

そして数時間後···

(ん···ケータイ鳴ってる···)

サトコ
「はい···」

千葉
『氷川、今どこ?』

サトコ
「え···あっと···押入れの···」

千葉
『押入れ!?』

サトコ
「ああ、ううん、こっちの話!」
「っていうかなにか···」

千葉
『わかったよ、バスの場所』

(え···)

千葉
『滝がよく見える展望台のところ』
『そこに行けばバスに乗れるって』

(うそ···っ!)

【バス】

千葉さんのおかげで、私と鳴子は無事、帰りのバスに乗ることができた。

鳴子
「いやぁ、千葉くん、すごい!ほんと、すごいよ!」

千葉
「そんな大したことないよ。ただの偶然だし」

颯馬
ですが、教官以外の人間から場所を聞き出せたのはキミだけですよ

鳴子
「そうだよ!」
「まさか旅館の女将が情報を持ってるなんて思わなかったもん」

颯馬
皆、6人目は黒澤だと思っていたようですからね

鳴子
「そうなんですよ!ねー、サトコ」

サトコ
「うん···」

鳴子
「あれ···サトコ、なんか顔が赤くない?」

サトコ
「うん···なんかちょっと熱っぽくて···」
「ゲホゲホゲホッ」

鳴子
「ちょ···サトコ、風邪ひいたんじゃない?」
「教官、コレ、まずいですよね?」

颯馬
そうですね···
ちょっと失礼

颯馬教官おでこが、こつんと当たる。

颯馬
ああ、これは···なかなかの高熱ですね

【寮 自室】

この熱が原因で私は3日間、寝込むはめになってしまった。

(サイアク···ただでさえギリギリな状態で講義を受けてたのに)
(これでますます講義についていけなくなるよ···)
(せめてノートを見るだけでも···)

コンコン!

サトコ
「はい···」

鳴子
「サトコ、調子はどう?」
「って、また勉強してる!」

サトコ
「違うよ、ちょっとノートを見てるだけ···」

鳴子
「ダーメ!勉強するのは風邪が治ってから!」
「それより、ほら、差し入れ持ってきたよ」
「まずはこれ!スポーツ飲料とお水」

サトコ
「ありがと···」

鳴子
「それから温めてもらったお粥」

サトコ
「助かる···」

鳴子
「それからみかんね。千葉くんから」

サトコ
「うわ···おいしそう···」

鳴子
「もう1個、デザート」

サトコ
「プリンだ···これも千葉さんから?」

鳴子
「ううん、石神教官から」

サトコ
「えっ···なんで石神教官が?」

鳴子
「コンビニで偶然会ったの」
「で、サトコのお見舞いに行くって言ったら、これを···って」

サトコ
「そうなんだ···」

(あ···『ぷっちん』ってするタイプのプリンだ。懐かしいな)
(病気が治ったらお礼を言わなくちゃ)

鳴子
「あと、この袋はドアノブに引っかかってたよ。はい」

サトコ
「ありがと···」

(なんだろう···缶ジュース···?)

サトコ
「あ···」

鳴子
「なにそれ。『幻のピーチネクター』?」
「へぇ、こんなの初めて見た」
「誰が持って来てくれたんだろう。心当たりは?」

サトコ
「う···ん···」

(これって、やっぱり···)

【教官室】

翌日。
ようやく熱が下がった私は、真っ先に教官室へと向かった。

サトコ
「失礼します」

後藤
氷川か。体調はもういいのか?

サトコ
「はい!おかげさまで熱も下がりました」
「今日から講義に復帰します」

後藤
遅れた分は全力で取り戻せよ

サトコ
「はい、頑張ります!」
「あ、石神教官!プリンありがとうございました!」

後藤
プリン?

石神
ただの差し入れだ。それより···
健康管理も仕事のうちだ
日頃から不摂生をしないように

サトコ
「わかりました。もう二度とこのようなことはないようにします!」

ぺこりと頭を下げてから、改めて教官室を見回す。

サトコ
「あの、東雲教官は···」

後藤
歩ならモニタールームにいるはずだが

サトコ
「ありがとうございます!」

(早く東雲教官に会いに行かないと···)

【モニタールーム】

サトコ
「失礼します」

東雲
······

サトコ
「氷川です。今日から復帰します」

東雲
あっそう

サトコ
「それから、あの···」

(ここはちゃんと言うべきだよね)

<選択してください>

A: ありがとうございました

サトコ
「ありがとうございました!」

東雲
なんのこと?

サトコ
「えっと···昨日の差し入れとか···」

東雲
······

サトコ
「幻のピーチネクター、おいしかったです!」
「ありがとうございました」

東雲
···あっそう

B: ごちそうさまでした

サトコ
「ごちそうさまでした!」

東雲
なにが?

サトコ
「幻のピーチネクターです!」
「あれをくれたの、東雲教官ですよね?」
「初めて飲んだけど、すっごくおいしかったです!」

東雲
···そう、問題なかったんだ

さとこ
「え···」

東雲
あれ、賞味期限を半年過ぎてたんだけど
キミ、元気そうだね。良かった

(ええっ!?)

東雲
···嘘だよ、嘘
オレも人の子だしね

C: すみませんでした

サトコ
「すみませんでした!」

東雲
なにが?

サトコ
「教官の補佐官なのに3日も休んでしまって」
「いろいろご迷惑おかけしました」

東雲
べつに迷惑かけられた覚えはないけど

東雲
ま、復帰してくれて良かったよ
キミがいないとつまんないし

(え···)

東雲
ほら、講義始まるよ。さっさと行ったら?

サトコ
「···あ、はい。失礼します」

【廊下】

(『キミがいないとつまんない』···確かにそう言ったよね)
(別に特別な意味じゃないって分かってるけど)
(一瞬ドキッとしちゃったな)

加賀
おい、そこのクズ

(えっ···)

加賀
てめぇだ。病み上がりのクズ

(うわっ、加賀教官!?)

サトコ
「お···おつかれさまです」

加賀
テメェが経歴詐称で入校した話、教場で話題になってるぜ

(ええっ!?)

to be continued

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