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東雲 出逢い編 5話

【バス】

研修旅行当日。

鳴子
「こんなこと言ったら怒られそうだけどさ」
「研修旅行っていうより社員旅行みたいだよね」

千葉
「もしくは修学旅行、だな」
「泊まる場所も温泉旅館だし」

鳴子
「しかも貸切らしいよ。贅沢だよねぇ」
「って、どうしたの、サトコ。なんだか妙に疲れてない?」

サトコ
「ああ···うん、ちょっと···」

(この研修旅行の手配···ほとんど私がやったんだよね)
(···どう考えても私じゃなくて東雲教官の仕事なんだけど···)

千葉
「あ、もう着いたのかな」

サトコ
「えっ、じゃあ、急がないと」

千葉
「急ぐ?」

私は真っ先にバスを降りると、後ろに回って運転手さんに声をかける。

サトコ
「オーライ···オーライ···オーライ···」

(これが終わったらトランクから荷物を出さないといけなかったよね)
(それから、部屋の鍵を皆に配って···)

後藤
···お前がやっているのか?

サトコ
「後藤教官!」

後藤
確か、歩が担当だったはずだが···

東雲
彼女が立候補してくれたんですよ
『補佐官として自分がやりたい』って

(嘘つきー!そんなこと、一言も言ってないのに!)

東雲
それに彼女、子どもの頃、ポッポバスの添乗員になりたかったらしくて

(しかも子ども時代までねつ造してるし!)

後藤
そうだったのか···

(信じないで!ピュアな瞳で信じないで、後藤教官!)

後藤
ところで、この付近に滝があると聞いたんだが···

サトコ
「滝ですか?えっと、地図、地図···」
「あった!ここから1キロ先ですね」
「観光ガイドによると、夜はライトアップされて綺麗みたいです!」
「国道沿いの展望台から見られるそうですよ」

後藤
そうか、助かる

2人きりになったとたん、東雲教官の笑顔が意地悪なものに変わった。

東雲
キミ、本当にバスガイドみたいだね
いっそ警察官なんて辞めて再就職したら?

サトコ
「しませんから!ちゃんと公安学校卒業しますから!」

東雲
そう?でもいいの?
うちを卒業したら、刑事部じゃなくて公安部や警備部の配属になるよ

サトコ
「!」

東雲
ひったくり犯を追いかけるなんて絶対無理だろうなぁ

サトコ
「···この間の件でしたら、調べるのはもうやめました」

東雲
······

サトコ
「被害者の方にも、改めてお詫びしてきました」
「安請け合いして申し訳ないことをしたと思ってます」

東雲
···あっそう。だったらいいけど

東雲教官は軽く肩をすくめると、トランクを開けて荷物を取り出す。

東雲
あ、そうだ。研修は大広間で行うからセッティングと資料をよろしく

サトコ
「分かりました···」

(って、それも私の仕事!?)

サトコ
「待ってくだ···っていない!」

(なんだか仕事が増えていく一方なんですけど)

【大広間】

サトコ
「はぁぁ···」

(これでセッティング完了···)

サトコ
「疲れたー!」

誰もいないことをいいことに、畳の上にごろりと寝転がる。

(なんか私だけずーっと働きっぱなしだよね)
(弱みを握られてるから、仕方ないといえば仕方ないんだけど)

ふと研修資料が目について、私は1部手に取ってみる。

(『公安刑事のあるべき姿』···)
(『公安』か···)

さっき、東雲教官には「ひったくり犯を調べるのは諦めた」と伝えた。

(でも、ひったくり犯のことも今後の配属先のことも···)
(ちっとも頭から離れてくれない···)

公安学校を卒業しても、刑事部には配属されない。
頭では分かってるし、せっかく入学したからにはここで頑張りたいと思ってる。

(でも、本当にそれでいいのかな)
(私がなりたかったのって刑事部の刑事のはずなのに···)

東雲
···なにこれ。トドの置物?

サトコ
「うひゃっ!」

首筋にひやりと冷たい感覚が走る。
驚いて振り返ると、冷えた缶コーヒーを手にした東雲教官の姿があった。

東雲
なんだ、キミか。研修の準備は?

サトコ
「いちおう終わりました」

東雲
あっそう。お疲れさま

教官はにっこり笑うと、私の目の前に缶コーヒーを置く。

(え···もしかして飲んでもいいってこと?)
(良かった。ちょうど冷たいものが欲し···)

東雲
ところでさー

教官は再び缶コーヒーを手に取ると、パチンとプルトップを開けた。

(ああ···っ!)

東雲
今日の宴会って何時からだっけ?

サトコ
「し···7時からですけど」

東雲
そう···まだまだ先かぁ

(缶コーヒー···私のじゃなかった···)
(そうだよね···私が買ったわけじゃないし···)
(でも、でも···)

東雲
あー、おいしいー
やっぱりひと仕事したあとの缶コーヒーって最高だな

サトコ
「······」

東雲
···なに涙目になってるの
もしかしてオレに言いたいことでもある?

<選択してください>

A: いえ、なにも

サトコ
「いえ、なにも···」

(言ったところで倍返しされそうだし)

東雲
ふーん···じゃあ、いらないのかな
いちおうキミの分もあるんだけど

サトコ
「えっ」

B: 仕事したのは私ですけど

サトコ
「仕事したのは私ですけど」
「教官、なにもしてないと思いますけど」

東雲
ふーん···それで?

サトコ
「えっ」

東雲
だからなに?

サトコ
「いえ、なにってわけじゃないですけど···」
「できれば私も冷たい飲み物が欲しいなぁ···なんて」

東雲
あっそう。じゃあ···

C: 教官って中学生みたい

サトコ
「教官って中学生みたいですね」

東雲
···は?どこが

サトコ
「主に意地悪のレベルが···」

東雲
···ふーん···じゃあ、つまり···
キミは『大人レベル』の意地悪をしてほしいわけだ?

サトコ
「えっ···」

東雲
それならもっと早く言ってくれればいいのに
明日からどうしようか。もっとグレードの高いものとなると···

サトコ
「嘘です!今の、全部嘘で···」

東雲
はい、これ

突然、東雲教官は別の缶コーヒーを差し出してくる。

東雲
あげるよ。間違って買ったから
オレ、無糖のコーヒーってダメなんだよね。糖分摂取できなくて
その点、キミは問題ないでしょ。どうせ普段から頭を使ってな···

サトコ
「ありがとうございます!いただきます!」

私は速攻で起き上がると、缶コーヒーを開けた。

サトコ
「はぁぁ···おいしい!生き返るー!」

思わず声をあげると、東雲教官は呆れたような様子で振り返る。

東雲
単純

サトコ
「でも、本当に喉が渇いてたんで···」
「ありがとうございました!」

東雲
···べつに

遠くから足音が聞こえてくる。

サトコ
「あ、もう研修10分前ですね」

東雲
そうみたいだね

教官が離れてすぐに、皆が大広間にやってきた。

鳴子
「ああっ、サトコ、ここにいたの?探したんだよ」

サトコ
「ごめんごめん」

男子訓練生A
「これが終わったら、あとは宴会だな」

男子訓練生B
「よし、頑張って乗り切ろうぜ」

皆が席に着く中、私はちらりと東雲教官の背中を見た。

(コーヒー、おいしかった···)
(間違って買ったものだったとしても、もらえて嬉しかったな)

【部屋】

「研修旅行」というわりには、実際の研修は1時間ほどで終わった。

鳴子
「あ~、超楽しい!ほんと、これただの社員旅行だよね」
「今日は消灯時間もないし、遅くまでいろいろお喋りしようね!」

サトコ
「もちろん」

トントン!

千葉
「2人ともいる?そろそろ宴会の時間だけど···」

鳴子
「今、行くー!」

(あとは宴会があって、明日帰るだけ···)
(東雲教官に頼まれていた仕事も、一応全部終わってるし)
(よーし、このあとは思いっきり楽しむぞー!)

【大広間】

難波
はい、じゃあ今日は無礼講ってことで
おつかれさん。乾杯!

全員
「かんぱーい!」

最初の1杯をグッと飲んで、私は瓶ビールに手を伸ばす。

(とりあえず早めに注いで回っちゃおう)
(まずは···)

サトコ
「教官、どうぞ」

石神
ああ、すまない
···今日は東雲の補佐として大変だったようだな

サトコ
「いえ、そんなことは···」

石神
今は役に立たないと思っている経験も、いずれ役に立つときがくる
そのつもりで日頃からどのようなことにも励むように

サトコ
「わかりました!」

(石神教官の言葉···胸に止めておこう)
(次は···)

サトコ
「教官、どうぞ」

後藤
俺は少しでいい。これから出かけなければいけないから

(出かける···?)

サトコ
「あ、もしかして滝を見に行くんですか?」

後藤
ああ

サトコ
「滝、好きなんですか?」

後藤
まあ、そんなところだ

(そっか···後藤教官は滝が好きなんだ。覚えておこう)
(次は···)

加賀
遅いぞ、クズ。さっさと注げ

サトコ
「はい!失礼します!」

加賀
ったく···俺を後回しにしやがって

サトコ
「そ、そんなつもりは···」

(今度から真っ先に加賀教官に注ぎに行こう)
(その次は···)

颯馬
知っていますか、サトコさん
気の抜けたビールに塩を少し入れると···
ほら、また泡が立つんですよ

サトコ
「は···はぁ···」

(これも、一応雑学として覚えておこう)
(それから···)

難波
あ、俺はいいや

サトコ
「もう飲まないんですか?」

難波
もうすぐ健康診断だからね、肝臓を労わらないと
ところで氷川って柔道が得意なんだったよな?

サトコ
「いえ、剣道です。段位も持ってますよ」

難波
そうかぁ···見た目は『一本背負い』って感じだけどなー

(えっと···それはどういうイメージなんでしょうか)
(で、最後は···)
(あれ、東雲教官がいない?どこにいったのかな)

不思議に思って辺りを見回していると、入り口の襖が憩いよく開いた。

黒澤
やあ、後輩諸君!公安のニューウェイブ・黒澤透でっす!
今日は差し入れを持ってきましたよ~!

男子訓練生A
「おおっ、ワインだ!」

男子訓練生B
「地酒もあるぞ」

黒澤
焼酎もウィスキーもありますからね。じゃんじゃん飲んでください!

突然の先輩の登場に、皆はよりいっそう盛り上がる。
さらに···

鳴子
「サトコ、カラオケがあるよ!」

サトコ
「あ、ほんとだ」

鳴子
「颯馬教官、歌ってもいいんですか?」

颯馬
もちろん構いませんよ

鳴子
「やったー!サトコ、一緒に歌おう」

サトコ
「ええっ、いいよ、私は···」

鳴子
「まあまあ、そう言わずに」

それがきっかけで、宴会は皆を巻き込んだカラオケ大会となり···

気付けば2時間が経過して···

鳴子
「サトコ、もう1曲もう1曲だけ一緒に歌おうよ」

サトコ
「嫌だよ、もういいってば」

鳴子
「ダメ、まだ物足りない!ね、今度はこの曲を···」

石神
氷川、マイクを貸してくれ

サトコ
「あ、はい···」

(って、まさか石神教官も歌うの!?)

男子訓練生A
「おい、見ろよ、石神教官だぞ」

男子訓練生B
「なにを歌うんだろう。想像つかないな」

皆の視線を集めたまま、石神教官は壇上に立つ。

石神
宴会が始まってから2時間が経過したわけだが···
ここで新たな課題を発表する

(···課題?)

石神
帰りのバスは、明日『とある場所』から出発する
これからお前たちにはその場所についての情報を手に入れてもらう

男子訓練生A
「なんだ、それ?」

男子訓練生B
「どういうことだ?」

石神
情報を持つ者は6名
その者たちを探しだし、バスの出発場所を聞き出すこと
出発時刻は朝の10時
ただしバスの定員は20名のため、定員になり次第10時前でも出発する

鳴子
「なにそれ···つまり早い者勝ちってこと?」

サトコ
「うん、たぶん···」

千葉
「あの···石神教官」
「もしバスに乗れなかった場合はどうなるんですか?」

石神
そのときは自力で帰ってきてもらうことになる

男子訓練生A
「じ···自力って···」
「ここ、最寄駅まで10キロはあったぞ」

石神
では、ここから自由時間とする···解散!

途端に、宴会場はこれまでとは違う意味で騒がしくなった。

男子訓練生A
「場所を知ってる6人って誰だ?」

男子訓練生B
「そりゃ、教官たちだろ。教官5人と···」

男子訓練生C
「難波室長か?」

男子訓練生A
「いや、黒澤さんもあり得るんじゃないのか?」

そんななか、千葉さんが私たちの所にやって来る。

千葉
「なあ、3人で協力し合おうよ。1人で調べるのは効率悪すぎるし」

鳴子
「確かにそうだね。じゃあ、どの教官をあたる?」
「って言っても、後藤教官と東雲教官はすでにいないけど」」

千葉
「ほんとだ。どこに行ったんだろう」

(あ、そういえば···)

サトコ
「後藤教官は滝を見に行ってると思う」

鳴子
「そうなの?じゃあ、私が行ってくるよ。どこにあるの?」

サトコ
「えっと、たしか···」

カラオケのリクエスト用紙に地図を書いて、鳴子に渡す。

鳴子
「ありがとう!じゃあ、こっちは任せて!」

サトコ
「私たちはどうする?」
「手分けして他の教官たちを当たってみる?」

千葉
「いや、俺は別の方法でアプローチしてみるよ」
「教官たちに聞くだけが情報収集とは限らないし」
「氷川は他の教官たちに当たってもらえる?」

サトコ
「了解!なにかわかったら連絡するね」

(さて、どうしよう)
(宴会場に残ってる教官は3人だけど···)

<選択してください>

A: 石神に聞く

(よし、石神教官に聞いてみよう!)

サトコ
「あの、石神教官···」

黒澤
失礼しまーす!

(あっ、割り込まれた!)

石神
どうした、黒澤

黒澤
実は昨日新曲ができたんです!
タイトルは『公安★プリン音頭』って言うんですけど···

(えっ、いつの間にかギターが!?)

黒澤
まずは1番から
『♪あ~ハムと呼ばれて幾年月~だけどプリンが好きなのよ~』···

(···これ、時間がかかりそうだよね)
(仕方ない···他の教官のところに行こう)

B: 加賀教官に聞く

(よし、ここは加賀教官に···)

男子訓練生A
「おい、お前が先に声をかけろよ」

男子訓練生B
「お前こそ声をかけろよ」

加賀
どうした、クズ共。俺のところに来なくていいのか?
まぁ、来たところで答えるつもりはねぇが

(···あきらかにハードル高そうだな)
(やっぱり他の教官を先にしよう)

C: 颯馬教官に聞く

(ここは颯馬教官かな)

男子訓練生A
「颯馬教官、これから風呂に行きませんか」

男子訓練生B
「教官、オレが背中を流します!」

颯馬
そうですか?じゃあ、お願いします

サトコ
「あ、待って···!」

(ううっ、さすがに男湯にはついていけないよね)
(仕方ない、他の教官にしよう)

けれども···

(ダメだ···どの教官にも教えてもらえなかった···)
(あとは東雲教官しか残ってないけど···)

(教官、宴会の間中ずっといなかったよね)
(どこにいるんだろう。これまでなら···)
(ん?携帯が鳴ってる···)
(東雲教官からだ!)

サトコ
「氷川です!」

東雲
早っ···出るの早すぎて気持ち悪いんだけど

サトコ
「す、すみません!それよりご用件は···」

東雲
売店でアイス買ってきて。ソーダ系のやつ

サトコ
「買います!買いますんで今どこにいるのか教えてください!」

東雲
······』
···もしかして、課題、もう発表になったの?

サトコ
「はい、それで···」

プツッ···

サトコ
「え···っ、東雲教官!?もしもし!?」

(···やられた。さすがというかなんというか)
(でも大丈夫。どこにいるか、なんとなく分かっちゃった)

スマホを握りしめたまま、私は「目的地」へと急ぐ。

(さっき教官と話してるとき、かすかに『ししおどし』の音が聞こえてた)
(つまり、教官は池のある場所にいるはずで···)

【中庭】

(いた!やっぱり!)

サトコ
「東雲教官!」

東雲
な···っ

サトコ
「あっ、ちょっと!」

逃げる教官を、私は池の中の飛び石を渡りながら追いかける!

サトコ
「待ってください、教官!」

東雲
嫌だ!

サトコ
「お願いですから少しお時間を···」

ズルッ!

(しまった!足が滑って···)

サトコ
「きゃあっ!」

悲鳴と共に、鯉が泳ぐ池へと滑り落ちる!
ししおどしのカコーンという音が、やけにのどかに響き渡った。

to be continued

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