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東雲 出逢い編 8話

【寮 自室】

部屋に戻ってくるなり、私は力いっぱい深呼吸をする。

(とりあえず落ち着こう)
(やっぱり考えられない···私が東雲教官を好きなんて)
(そもそも東雲教官って言えば···)

(まずは初日から···)

サトコ
「東雲教官、頼まれていた『幻のピーチネクター』を···」

東雲
おかえり
ピーチネクター1本に1時間15分もかかるってどういうこと?

サトコ
「すみません、でもどこも売り切れで吉祥寺にまで行って···」

東雲
ま、裏口入学だからしょうがないか
じゃあ、次
ここにメモしたもの買ってきて

サトコ
「『Y社製外付けHDD』···」

東雲
それ、たぶん新宿の家電量販店に行かないとないから
じゃあ、よろしく

(それから···)

東雲
ああ、小テストが戻って来たんだ。何点だったの?

サトコ
「53点です」

東雲
ああ···それじゃあ、絶望したくもなるよね
出された問題の半分程度しか解けないなんて

(あと、こんなのも···)

東雲
ごめん、もう眠いから
6時に起こして。そしたらまた相手してあげる

サトコ
「そんな···じゃあ、私は···」

東雲
押し入れで寝れば少しは暖かいんじゃない?
じゃ、おやすみ

(ほら、やっぱりひどい思い出ばかりだよ)
(こんな人、好きになるはずが···)

サトコ
「······」

(でも、ちょっとは優しいところも···たとえば···)

東雲
あげるよ。間違って買ったから
オレ、無糖のコーヒーってダメなんだよね。糖分摂取できなくて

(それから、こんなのも···)

鳴子
「この袋はドアノブに引っかかってたよ。はい」

サトコ
「ありがと···」
「あ···」

鳴子
「なにそれ。『幻のピーチネクター』?」

サトコ
「···ん?」

(最初は『缶コーヒー』だし、そのあとは『幻のピーチネクター』で···)
(私の思う『東雲教官の優しさ』ってどれも飲み物絡み?)

サトコ
「···そっか!」

(私、飲み物を買ってくれる東雲教官が好きなんだ!)

サトコ
「納得!それだよ、それ!」
「よし、解決!」

(あーすっきりした!)
(これで明日からまた勉強に集中できるぞー!)

【学校 廊下】

翌朝。

(今日は朝イチで東雲教官の講義だよね)
(そのあとが剣道で、それから···)
(あ、東雲教官だ!)

サトコ
「おはようございます!」

東雲
な···っ
なに、いきなり

サトコ
「いえ、今日も一日がんばろうと思って!」
「なにかやることありますか?」

東雲
え···ああ、じゃあ···
講義に必要な資料、教場に運んでおいて

サトコ
「了解です!いってきます!」

ぺこりと一礼して、私は教官室に向かおうとする。

東雲
ああ、それとさ
スカート、後ろ前が逆だけど

サトコ
「ぎゃっ!」
「そ、そういうことはこっそり言ってください!」

東雲
はいはい

サトコ
「もう···」

(···うん、いつもどおりだ)
(教場を見ても、全然ドキドキしない)
(やっぱり私が教官を好きなんてありえないよね)

【教官室】

すっきりした気分のまま、私は教官室のドアを開けた。

サトコ
「失礼します」

(資料ってどれだろう)
(ああ、これっぽいな···この山になってるやつ···)

事務員1
「···で、公安学校勤務って知ったとたん、所轄の連中、態度を変えてさ」
「こっちはひったくり現場の証言のためにわざわざ出向いたってのに」

(···ひったくり?)

事務員2
「ああ···うちとA署はあまり仲良くないからなぁ。特に刑事課とは」

事務員1
「だからってあの態度はないだろ」

サトコ
「あの···っ」

雑談中の事務員さんたちの間に、私は割って入る。

サトコ
「ひったくり現場を見たんですか!?」

事務員1
「そうなんだよ。そこの学校の裏でさぁ···」

【教場】

講義が始まってからも、先ほどの話は頭を離れてくれなかった。

(あれ以来、事件のことはできるだけ考えないようにしてきた)
(でも、心のどこかでずっと引っかかってた···)

所轄に任せると決めたものの、事件そのものを忘れられるはずがない。

(やっぱりまだ犯人は捕まってないんだ···)
(だとすると、おばあさんのバッグも取り戻せないままで···)

東雲
···以上、このテキストに書いてあるのは初歩中の初歩だけど
これを応用すれば、アクセスできないデータにもアクセスが可能になる
もちろんその前にいくつかの手順を踏む必要はあるけど···

ふと飛び込んできた教官の声に、私は思わず頭を上げる。

(そういえば千葉さんも、教本のやり方を応用してDBにアクセスしてたよね)
(それで『連続ひったくり事件』の情報を手に入れたって···)

【カフェテラス】

(それって私にもできるのかな)
(ほんのちょっと、捜査の進展状況だけでも知ることが出来れば···)

鳴子
「どうしたの、サトコ。さっきからずーっとしょっぱい顔して」

サトコ
「ああ···うん、ちょっと考え事···」

東雲
へぇ、昼休みも頭を働かせるなんてエライね

聞き覚えのある声にぎくりとする。

鳴子
「おつかれさまです。隣、座りますか?」

東雲
いいの?ありがとう

(びっくりした···このタイミングでやってくるから)

鳴子
「そうだ!教官、講義のことで1つ質問してもいいですか?」

東雲
もちろん

鳴子
「今日習ったデータアクセスのことですけど···」
「アレを応用すれば、本当にいろいろなサーバーにアクセスできるんですか?」

東雲
できるよ。どこぞの研究機関の資料とか政府関連資料とか、技術さえあれば手に入れ放題
だからって実際にやったら大問題になるけどね

(それって捜査関係のDBもだよね)
(でも千葉さんは、バレたら『予習してました』でとぼけるって言ってた···)
(私だって『復讐してました』通せれば···)

サトコ
「···っ」

(ダメダメ、そんなことしても絶対バレるってば!)
(東雲教官は、私がひったくり事件を調べてたの、知ってるし)
(なにより一度アクセスしたら、きっとまた自分で調べたくなって···)

東雲
ねぇ、キミ。さっきからなんで『1人百面相』状態なわけ?

サトコ
「えっ···」

東雲
担当教官としてはなんだか気になるなぁ···

(こ、この顔···笑ってるけど、絶対なにか疑ってる···!)
(マズイ、なんとかして誤魔化さないと!)

<選択してください>

A: 顔の調子が悪くて

サトコ
「えっと···顔の調子が悪くて···」

東雲
そう、それは大変だね
いつものことのような気もするけど
ああ、それとも生まれつき?

(ひ、ひどい···っ!)

B: 美顔エクササイズだ

サトコ
「えっと···これは美顔エクササイズなんです」

東雲
へぇ、そうなんだ
いわゆる無駄な努力ってやつだね

(無駄···!?)

C: そんなに見つめないで···

サトコ
「そんなに見つめないでください···」

東雲
···は?

サトコ
「そんなに熱い目で見られたら、テレるじゃないですか」

東雲
···なに?よく聞こえなかったんだけど

サトコ
「!?」

東雲
今の言葉、もう一度言ってよ

サトコ
「え、えっと···」

東雲
ほら、言いなよ。誰がなんだって?

サトコ
「う、う、うそです!調子に乗り過ぎました!」

鳴子
「···東雲教官って、たまにサトコに対して当たりがキツいですよね」

東雲
嫌だなぁ、これも愛情表現だよ
氷川さんはカワイイ補佐官だから

(えっ···)

思わず顔をあげたところで、スマホの着信音が流れてくる。

鳴子
「あ、私のだ。ちょっと失礼します」
「もしもーし」

鳴子が席を外したとたん、東雲教官は露骨にため息をついてみせた。

東雲
なに赤くなってんの
『可愛い』なんて嘘に決まってるでしょ

サトコ
「そ、そうですよね···」

(分かってた···分かってたはずなんだけど···)

東雲
それよりキミ、まだ例のひったくり事件について調べてるの?

サトコ
「!」

東雲
まさかとは思うけど···

サトコ
「い、いえ!もう調べてません!」

東雲
そう···だったらいいけど
どのみち、今のキミにはそんな余裕なんてないわけだし
最初の全教科考査まであと何日?

サトコ
「1週間です」

東雲
じゃあ、今は死に物狂いで勉強しないとね
『公安学校』の生徒として

サトコ
「···はい」

(そうだ、今は目の前の勉強を頑張らないといけないんだ)
(裏口入学でもやっていける!って皆に認めてもらうためにも)
(なにより毎日勉強を見てくれる教官のためにも···)

【教場】

1週間後。
入校して最初の全教科考査が行われた。

石神
では···はじめ

最初の大きなテストということもあって教場内は緊張感に包まれている。
かくいう私も手が少し震えている。

(まずはここで結果を出さないと)
(目標は15番以内···できれば10番以内に···)

【射撃場】

筆記テストが終わると、すぐに実技テストがはじまる。

加賀
これから射撃のテストを行う
用意ができたらさっさと前に出ろ

(いつも私は、撃とうとするときに手がブレる···)
(だからって力を入れたらダメだ)
(呼吸を整えて、余計な力を抜いて···)

加賀
···構え

(今だ···!)

こうして3日間にわたる考査は終わり···

【教場】

後藤
では、考査の結果を返す
赤坂···上島···衛藤···

男性の同期たちにまず結果が渡り、次に私と鳴子が呼ばれる。

鳴子
「うーん···やっぱり10番以内は厳しかったかぁ」
「サトコは?どうだった?」

サトコ
「······」

鳴子
「···サトコ?」

(嘘みたい···私がこんな成績を残せるなんて···)

【モニタールーム】

サトコ
「東雲教官!」

東雲
うるさい···もう少し静かに···

サトコ
「12番です!」
「この間の考査、総合12番でした!」

東雲
······

サトコ
「すごいです!大躍進です!」
「同期の皆もすごく驚いてました!」

東雲
ふーん、そうなんだ
よかったね。『ただのバカ』が『ややマシなバカ』になって

教官は興味なさげにあくびをすると、再びモニターに向き直ってしまった。

<選択してください>

A: こういう人だよね

(こういう人だよね、東雲教官って)
(褒めてくれとは言わないけど、せめて一緒に喜んでくれても···)

B: これも教官のおかげです

サトコ
「これも教官のおかげです」
「ありがとうございました」

東雲
その程度でお礼を言われても···
12番なんてオレだったら恥ずかしくて喜べないし

(うっ···)

C: 本当は嬉しいくせに

サトコ
「本当は嬉しいくせに」

東雲
···は?

サトコ
「教え子の成績が大幅アップしたんですよ?」
「教師冥利に尽きるじゃないですか」

東雲
なに言ってるの、むしろがっかりだよ
この『オレ』が教えたのに、トップを取れないなんて

サトコ
「す、すみません···」

東雲
ま、でもウラグチさんにしては頑張った方だろうから
今日はご褒美として『特別講義』をしてあげるよ。こっちおいで

(特別講義···?)

不思議に思いつつも、私は教官の隣に腰を下ろす。

東雲
先週のネットワーク講義で習ったこと、覚えてる?

サトコ
「はい。制限のかかってるサーバーにアクセスする方法ですよね」

東雲
そう···あれを応用すると、様々な情報を手に入れられる
警察組織なんて余裕だね。同じ入口を使ってるんだから

(え···)

東雲
で、警視庁の捜査DBにアクセスしたらこんな情報が手に入った

(これ···『連続ひったくり事件』の···!)

東雲
キミが関わったのは22件目の事件の時
あのあと、さらに2人の被害者が出て、現在は24件
それでも所轄の盗犯係は犯人を捕まえられずにいる

サトコ
「······」

東雲
このデータから犯人の特徴をあげてみて

サトコ
「え···」

(いいのかな。公安と関係のない事件なのに···)

戸惑いつつも、私はモニター上のデータを見比べる。

サトコ
「犯人は···男性で20~30代」
「中肉中背、右手に傷あと···あるいは手袋を着用···」

東雲
他には?

サトコ
「盗んだバッグや財布は発見されていない。所有している可能性あり」
「犯行現場はすべてA署の管轄内···」
「あと逃走手段に自転車やバイクは使わない···必ず走って逃げる···」

東雲
じゃあ、そこから導き出される犯人像は?

(犯人像···?)

サトコ
「えっと···この辺りに住んでる人···とか?」

東雲
他には?

サトコ
「身体を鍛えてそう···」
「走って逃げてるし、私が捕まえようとした時も、そういう印象を受けたので···」

(そうなると···)

サトコ
「仕事は肉体労働···もしくは趣味で身体を鍛えているか···」

東雲
悪くないね。他には?

サトコ
「他···」

(他は···)

東雲
···おしまい?じゃあ、今度はオレが思ったことを
まずこの犯人はすごく用心深い
24件もの事件を起こしていながら同じ現場は1つもない

サトコ
「確かに···」

東雲
しかも、万が一捕まった時のことも考えている
たとえば『砂や粉を隠し持っている』とかね

サトコ
「!」

(そうだ···私、それで犯人に逃げられたんだ···)

東雲
逃走ルートも見事だ。おそらく事前に何度も下見している
でも、その割に周辺で不審者の目撃証言は出ていない···
そのあたりにもかなり気を配っている

サトコ
「···確かにそうですね」

東雲
ところが、そんなに用心深いくせに、盗んだものは捨てていない
これは『絶対に捕まらない自信』があるか『戦利品を見て優越感に浸りたい』か···
前者のタイプは、ヤパい思想集団の中にたまにいる
後者はテロリストタイプかな。···ま、今回はどっちも関係ないけど

さらに教官は他の情報からいくつかの特徴を推測した。
犯人の逃走するときの癖、被害者の選び方···
ひったくりを実行する日の決め方···

東雲
で、以上のことから割り出した結果···

モニターに地図が映し出される。

東雲
25件目の犯行現場はこの住宅街
犯行日時は今晩

サトコ
「今晩!?」

東雲
正確には『一昨日から今日夜にかけて』だったけど
一昨日も昨日もなにもなかったから『今晩』ってわけ

サトコ
「それって絶対ですか?」

東雲
まさか。さすがに100%とは言わないよ
せいぜい95%ってところかな

(95%···そんなに高い確率で···)

サトコ
「行きましょう、教官」

東雲
どこに?

サトコ
「どこにって···この場所に決まってるじゃないですか!」
「ひったくり犯が現れるなら、今度こそ捕まえないと···」

東雲
なに言ってるの。行く必要なんてないじゃない

(え···)

東雲
これ、オレたちの仕事じゃないんだから

to be continued

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