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東雲 出逢い編 9話

【モニタールーム】

「オレたちの仕事じゃない」···
それは入校してから何度か聞かされた言葉だった···

(でも···そうだとしても···)

サトコ
「じゃあ、どうしてわざわざ私に教えてくれたんですか」

東雲
だから『ご褒美』だってば
キミ、本当はまだ事件のことが気になってたんでしょ
24件目のひったくり事件を目撃した事務員から
いろいろ話を聞こうとしていたそうじゃない

サトコ
「あれは···っ」

東雲
それのこの事件は特別講義のサンプルとしては悪くないからね
犯人像について頭を働かせるのにちょうどいいし
あと他にも···

サトコ
「そうじゃなくて···!」

私は、教官の言葉を遮った。

サトコ
「本当に···」
「本当の本当に、教官はなにもしないつもりなんですか?」

東雲
しないよ。オレの仕事じゃないし

サトコ
「だったらせめて所轄に連絡を取るべきです」
「今、連絡すればきっと···」

東雲
あー無理無理
オレたち嫌われてるから

サトコ
「え···」

東雲
A署の盗犯係を仕切ってる人、以前とある事件で難波室長と揉めたらしくてさ

サトコ
「そ···っ!そんなの、事件の解決となんの関係があるんですか!」

東雲
大アリでしょ
『嫌い』『ムカつく』なんて立派な理由だよ
事務員でさえ『公安学校勤務』ってだけで邪険にされてるのに

サトコ
「···」

(それならそれで何とかしないと···)

サトコ
「···だったら一般人として通報します」

東雲
は?

サトコ
「『公安』って言わなければいいんですよね?」

私は受話器を取ると、A署に電話をかけてみた。
幸い担当者に代わってもらえたので、教官から聞いたことを説明する。

担当者
『えっと···つまりあなたが考えた『データ』によると···』
『今晩ひったくり事件が起きる···と』

サトコ
「そうです!現場はさっき伝えた場所で、それで···」

再度説明をしようとすると、受話器の向こうから『おーい』と声が聞こえてきた。

男性
『なにやってんだ、早くしろ。部長が待ってるぞ』

担当者
『ああ、はい···』
『えっと···貴重な情報ありがとうございます。では』

サトコ
「えっ···」

プツ···ッ!

サトコ
「もしもし、あの···っ?」

東雲
どうだった?

サトコ
「···いちおう伝えました」

(けど、本当に分かってくれたかどうか···)

東雲
伝わったならもういいでしょ。あとは彼らに任せなよ

(···本当に?)

東雲
キミはキミの責任を果たしたんだし
それでも彼らが動かなかったとしたら、それは彼らの責任でしょ

(本当にそうなの?それでいいの?)

東雲
あとは明日どうなってるかだよね
せいぜい楽しみに···
ちょっと!キミ···っ

(ダメだ。ここで犯人を捕まえられなかったら···)
(せめてひったくりを阻止できなかったら、絶対に後悔する!)

【住宅街】

午後8時。
東雲教官が指摘した場所の周辺で、私は息を潜めていた。

(思っていた以上に人通りが少ない···)
(それってつまり、ひったくりの成功率が高いってことだよね)

けれども、所轄の刑事らしき人は見当たらない。

(どこかに潜んでる?それとも信じてもらえなかった?)
(どうしよう、この際だからもう一度所轄に連絡を···)

女性
「きゃあっ!」

サトコ
「!」

女性
「誰か···っ!」

(ひったくり犯だ!)

けれども、追いかけようとする人は誰もいない。
やむを得ず私は、建物の陰から飛び出した!

サトコ
「待ちなさい!」

犯人
「···っ」

サトコ
「待て···っ」

男はバッグを抱えたまま、狭い路地へと入る。

(このまま追いかけても絶対に逃げられる···!)
(でも、教官の話だと···)

【モニタールーム】

東雲
この犯人は、逃げる時に必ず路地に入るんだけど
追い詰められると右に曲がろうとするんだよ

サトコ
「それは、わざとじゃなくてですか?」

東雲
おそらく無意識だね
焦ってると自分でも気づかない癖が出るから

【住宅街】

(だとしたらこっちの路地から回り込めば···)
(あの角のところで、絶対に遭遇するはず!)

犯人
「!?」

(当たった!)

サトコ
「は···っ!」

私は、慌てて逃げようとした犯人の背中に飛びつく!

(よし、うまくいった!)
(このまま後ろ手に捻って、手を使えないようにして···)

犯人
「おらあっ!」

(肘鉄!?)

とっさにガードしようとした隙に、犯人は私の腕から逃げ出す!

(ダメ!)
(絶対、逃がさない···っ)

もう一度タックルをしようとしたそのとき!
黒い革靴が、ガツッと乱暴に犯人の肩を踏みつけた!

東雲
往生際が悪いな。大人しく捕まれよ

サトコ
「東雲教官···!?」

東雲
20時12分···現行犯逮捕···っと

突然現れた教官を、私は呆然と見上げる。

<選択してください>

A: 何してるんですか···

サトコ
「何してるんですか···」

東雲
見てのとおりだよ
犯人を足蹴にしてる

(そのわりにずいぶん楽しそうな···)

東雲
それより所轄に連絡は?

サトコ
「あっ、今からします!」

東雲
だったら早く来るように伝えて
じゃないと、足に余計な力が入って···

犯人
「痛たたたたっ、痛い、痛い!」

(···これは、早く連絡したほうがいいよね)

B: 来てくれたんですね

サトコ
「来てくれたんですね···」

教官の姿を認めたとたん、身体中の力が抜けそうになる。

東雲
なに気抜いてるの
ほら、さっさと捕まえて所轄に連絡!

サトコ
「は、はいっ!」

(そうだ、まだこれでおしまいじゃないんだ)

私は慌ててスマホを手に取る。

C: え、本物?

サトコ
「え、本物?」

東雲
偽物に見える?

サトコ
「い、いえ···その···」
「と、とりあえず所轄に連絡しますね」

私は慌ててスマホを手に取る。

(でも、どうして来てくれたんだろう)
(まったく来る気がなさそうだったのに)

【A署】

犯人の身柄を引き渡した私たちは、A署で待機することになった。
現行犯逮捕の経緯を担当刑事に説明しなければいけなかったからだ。

東雲
ふわぁ···
ねぇ、まだ?

サトコ
「まだみたいですね」

(取り調べに時間がかかってるのかな···)

東雲
はぁぁ···やっぱ、来なきゃよかった
オレの推測が間違うはずないのに

サトコ
「それを確かめるために現場に来たんですか?」

東雲
当たり前じゃない
それ以外に理由なんてあるの?

サトコ
「···いえ」

(そうだよね。教官は何度も言ってたもんね)
(『これは公安の仕事じゃない』って)

それでも犯人を捕まえられたことにホッとしている自分がいる。

(これで、きっと盗まれたバッグも返ってくる···)
(そうしたら、おばあさんも喜んでくれるよね)

東雲
オレ、ちょっと下に行ってくる

サトコ
「用事ですか?」

東雲
糖分補給

サトコ
「はぁ···」

(缶コーヒーでも買ってくるのかな)

刑事
「···アンタ?ひったくり犯を捕まえたっていうのは」

サトコ
「はい!公安学校在学中の氷川です!」

刑事
「ふーん···」
「ま、入って」

【刑事課】

私はこれまでの経緯をできるだけ丁寧に説明した。
22件目の事件の時、犯人を捕まえ損ねたこと。
24件目を目撃した事務員の人や他の被害者から話を聞いたこと。
それをもとに東雲教官が出現場所を推測してくれたこと。

刑事
「ふーん···」
「それでアンタは、今晩現場に張り込んでたってわけだ」

サトコ
「そうなんです!そうしたら本当に犯人が現れて···」

刑事
「ふわああああっ」

(え···あくび?)

刑事
「案外ヒマなんだなー、公安ってやつは」
「まさかこっちの捜査案件にまで手を出すとはね」

サトコ
「!」

刑事
「とりあえずさー。今後こういうのはやめてくれないかな」
「これ、ウチの仕事だし」
「ウチにはウチのやり方があるんで」

(そんな···だって···!)
(電話までしたのに、結局来てくれなくて···)
(だから私が追いかけて、犯人を捕まえて···)

サトコ
「···」

刑事
「ま、今日はこれでいいや」
「じゃあ、公安さん、おつかれさまでしたーっと」

サトコ
「······」

刑事
「あ···『公安様』とでも言った方がいいのかな?」
「キミたち、超優秀なエリート様だもんねー」

なんて言い返せばいいのか分からなくて、私はのろのろとイスから立ち上がる。
そのときだった。

東雲
うわぁ···ひどいなぁ···
最近のヒーローは女の子を泣かせるんですねー

(この声···!)

刑事
「···誰だ、アンタ?」

東雲
『公安様』の東雲です

刑事
「!」

東雲
担当教官として彼女を引き取りに来たんですけど
ずいぶん大人げないんですね、最近のヒーローは

刑事
「な、なんなんだよ、さっきから!」
「『ヒーロー』『ヒーロー』って一体···」

東雲
ああ、気にしないでください
日陰者のやっかみですから
じゃ、せいぜい被害者の方々に感謝されてきてくださいね
彼女の代わりに

刑事
「!」

東雲
それでは

教官はにっこり笑うと、私の腕を捕まえる。
そのままグイグイ引かれながら、私はA署をあとにした。

【帰り道】

東雲
あーくだらない
バカと話したせいで時間を無駄にしちゃった

サトコ
「すみま···」
「···っ」

(ヤバい···涙···っ)

滲みかけた視界を、私は必死に瞬きしてなんとか堪える。

(イヤだ、教官の前で泣くなんて···)
(そんな子どもじみたこと、絶対に···)

東雲
···なんか用事思い出しちゃった

(え···)

東雲
キミも疲れてるでしょ
さっさと帰ってゆっくり休めば

(教官···)

東雲
じゃあ、また明日

サトコ
「···はい」

<選択してください>

A: おつかれさまでした

サトコ
「おつかれさまでした」

東雲
ほんと、疲れたよ
どこかの誰かさんのせいで

そのまま振り向きもしないで、教官は行ってしまう。
そのとたん、涙がポロリとこぼれ落ちた。

B: ありがとうございました

サトコ
「ありがとうございました···」

私のひと言に、教官はふっと足を止める。
けれども、結局何も言わないでまた歩き出してしまった。

(なにこれ···)

堪えていたはずの涙が、ポロリと頬を伝い落ちる。

C: 気を付けて

サトコ
「気を付けて···」

東雲
······

サトコ
「その···雪とか雨とか」
「今日の教官、なんだか優しいんで」

東雲
···あっそう

教官は軽く首を傾げると、そのまま夜の闇のなかに消えていく。
そのとたん、涙がポロリとこぼれ落ちた。

(なにこれ、へんだよ···今日はなにも貰ってないのに)
(『缶コーヒー』も『幻のピーチネクター』もここにはないのに···)

サトコ
「···嘘だ」

だって、もう気付いてる。

(教官は優しい···)
(いつだって私がどうにもならなくなると、必ず手を差し伸べてくれる)

そんなの、担当教官だからだ···ってわかってる。

サトコ
「···っ」

それなのに···

(胸が痛い···)
(痛くて苦しい···)
(どうしよう···私やっぱり···)

【カフェテラス】

鳴子
「好きになってしまったかも」

サトコ
「ゲホッ」

鳴子
「はぁぁ···切ない···切ないよ、サトコ!」
「私、昴様のこと、本気で好きになっちゃったよ!」

サトコ
「昴様?」

鳴子
「知らないの?警備部警護課のエースの一柳昴様!」
「超カッコいいんだよ~」

サトコ
「そ、そうなんだ···」

鳴子
「でさ、リサーチしてみたところ、どうも後藤教官と仲良いらしくてさ」
「だから今日から私、後藤教官と仲良くなろうと思って!」

(警護課のエースか···教官に恋するよりはマシだよね)
(教官と教え子なんてモラル的にマズい気がするし)
(まぁ、それ以前に、東雲教官は私の興味ないんだろうけど···)

プルル···

鳴子
「サトコ、ケータイ鳴ってるよ」

サトコ
「うん···」

(えっ、東雲教官!?)

サトコ
「はいっ!」

東雲
5時に教官室

サトコ
「えっ···」

プツッ···

サトコ
「もしもし!?」

(···もう切れてる)

鳴子
「誰から?」

サトコ
「東雲教官。『5時に来い』だって」

鳴子
「ふーん···」

なぜか鳴子はニヤニヤと笑う。

サトコ
「···なに?」

鳴子
「サトコってさ、東雲教官と仲良いよね」

サトコ
「私が?」

鳴子
「あーあ···私も後藤教官に呼び出されたーい」
「それで、そこに昴様がいてくれたらなぁ」

(鳴子にはそんなふうに見えるんだ···)
(そっか···私と教官って仲良いんだ···)

【商店街】

サトコ
「って、そんなわけあるかーっ!」

東雲
うるさい
叫ぶヒマあったら、この荷物持って

サトコ
「···すみません」

(そうだよね。わかってたよ)
(結局、私は『パシリ』として呼び出されただけだって)

サトコ
「うう、重たい···」
「どうして水のペットボトルの買いだめなんてしてるんですか···」

東雲
ストックが切れたから

サトコ
「どこのですか?」

東雲
教官室の

(だったら業者に頼めばいいのに)
(そしたら宅配までしてくれて···)

おばあさん
「あら、アナタ···」

サトコ
「あっ···」

(ひったくり被害に遭ったおばあさん!)

おばあさん
「良かった!アナタに会いたかったの」
「実はね、この間のひったくり事件の犯人が捕まって···」
「私のバッグも戻ってくるらしいの」

サトコ
「······」

おばあさん
「アナタにも心配かけていたからぜひ伝えたくて」

サトコ
「そんな···わざわざありがとうございます」
「警察署での手続きはもう済ませましたか?」

おばあさん
「明日行ってみるつもりよ」
「もう諦めかけていたから本当に嬉しくて···」
「捕まえてくれた刑事さんには感謝しなくてはね」

サトコ
「······」

おばあさん
「ああ、ごめんなさいね。引き留めたりして」
「それじゃあ」

サトコ
「···はい」

(『感謝』···か)

東雲
いいの?『私が捕まえたんです』って言わなくて

サトコ
「いいんです。お礼を言われたくてやってたわけじゃないし」
「警察官だってバレたくないし」

東雲
······

サトコ
「そもそも『公安は身分を明かしちゃいけない』···ですよね?」

東雲
そのとおりだけど

東雲教官は、いつになく真面目な顔つきになる。

東雲
あえて本音を言うけどさ
キミ、本当は『刑事部』の刑事の方が向いてるよ
たぶん悪くない刑事になれると思う

(刑事部の刑事に···)

サトコ
「···公安ではダメですか?」

東雲
ダメかどうかは分からないけど
あまり興味ないでしょ。公安に

サトコ
「興味というか···まだよく分からないです」
「公安の仕事がどういうものなのか」

東雲
······

サトコ
「もちろん『国家の治安を···』とかそういうのは分かります」
「でも、実際の現場がどうなのかイメージできなくて···」

東雲
······

サトコ
「だから、せめてそれくらいは知りたいんです」
「せっかく公安学校に入学させてもらったんですから」

東雲
ふーん、そう···

東雲教官はそう呟くと、さっさと先に歩き出してしまう。
私は荷物を抱えたまま、慌ててその背中を追いかけた。

サトコ
「待ってくださいよ、もう···」

東雲
······

サトコ
「少しは自分で持ってください」

東雲
いいでしょ。これも訓練だと思えば
キミ、まだ公安学校に居座るつもりみたいだし

サトコ
「そうですけど、だからってこの仕打ちは···」

ドンッ!

サトコ
「ぶっ!」

(な、なんでいきなり立ち止まって···)

東雲
さち···

(ん?)

さち
「ああっ、良かった、ここで会えて」
「実は歩くんに会いに来たところだったの」

(えっと···『さちさん』と···)
(隣にいる男性は、いったい誰?)

to be continued

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