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東雲 出逢い編 HAPPY END

【商店街】

(さちさんの隣にいる男性は、いったい···)

東雲
ご無沙汰しています、関塚さん

関塚
「こちらこそ。いつもさちがお世話になっているようだね」

さち
「そうなの。歩くんにはいつも助けてもらっていて···」
「だから、はい···これ。いつものお礼」

さちさんの差し出した袋を、東雲教官は笑顔で受け取る。

東雲
ああ···ポンカンだ

さち
「彼の実家から送られてきたの。歩くん、好きだったでしょ」

東雲
うん···

関塚
「たしか東雲くんは警察学校の先生だったね」
「結構な量があるから、良かったら···」

東雲
ええ、皆にもお裾分けします

関塚さんに対しても、教官はにこやかな笑顔を向ける。
けれども···

(やっぱり、さちさんだけに向けるものとは違う···)
(私たちに向けるものと同じ笑顔で···)

さち
「あのね、歩くんね」
「小さい頃、ポンカンを食べたくて川に落ちたんだよ」

(え···)

東雲
さち···!

さち
「ポンカンの入ってた袋を川に落としちゃって···」
「それを取ろうとして落っこちて、川で溺れたんだよね」

東雲
···そのあと、さちも一緒に溺れただろ

さち
「ふふっ、そうだった!」

関塚
「ああ···昔、さちが溺れてる子を助けようとしたっていうのは···」

東雲
オレのことです

さち
「ねっ···懐かしいよね」

東雲
「···そうだね」

(···今の話、どこかで聞いたことが···)

さち
「じゃあ、私たち、これで帰るね」

東雲
うん、ありがとう
関塚さん、これ、ありがたくいただきます

関塚
「そうしてもらえると嬉しいよ」

去り際に、私は男性の左手を確認する。

(薬指にさちさんとお揃いの指輪···)

東雲
······

仲良く寄り添う背中が、夕闇のなかに消えていく。
そんな2人を無言で見送った後、東雲教官は私に向き直った。

東雲
今ので何が推測できる?

サトコ
「えっ···」

東雲
キミが分かったこと、言ってみて

サトコ
「え···えっと、じゃあ···」
「さちさんと一緒にいた男性は、ダンナさんの『関塚さん』···」

東雲
······

サトコ
「年齢はたぶん30代後半から40代前半」
「実家はポンカンのとれる地域···」

東雲
あとは?

サトコ
「教官は、さちさんとだけじゃなく、関塚さんとも面識あり」

東雲
あとは?

サトコ
「教官は、さちさんのこと···」
「その···」

東雲
55点

私から目を逸らすと、教官はまた先に歩き出す。

東雲
2人は結婚1年目
つけてる指輪が新しいし、デザインも去年流行ったものだったからすぐにわかる

サトコ
「······」

東雲
子どもはいない。妊娠もしていない
さちはヒールを履いてたから、これもほぼ確定

サトコ
「······」

東雲
関塚氏の職業は人とと接することが多い
とは言っても、ごく一般的な営業マンじゃない
スーツも靴も高くて、しかもよく手入れされている
つまりそれ相応の『スーツ』や『靴』を身につける必要がある職場

サトコ
「えっと···じゃあ、お金持ち相手のお仕事とかですか?」

東雲
残念。一番接してるのは政治家
議員秘書なんだよ、あの人

サトコ
「そうですか···」

(なんとなく納得···)

東雲
最後におまけ
オレは人妻を好きになったんじゃない

(え···)

東雲
好きだった女性が人妻になったんだ

(『好きだった女性』···)

サトコ
「それは···過去形ですか?」

教官はようやく立ち止まると、私のほうを振り向いた。

東雲
どっちだと思う?

サトコ
「それは···」

東雲
······

サトコ
「その···」

東雲
分かってるなら聞くなよ

サトコ
「···すみません」

(そうだ···私、本当は気付いてた)

東雲教官は、さちさんにだけは特別な笑顔を見せる。
私や関塚さんや、他の人には絶対に見せない。

(つまり···)
(東雲教官の心には···)

サトコ
「···教官は、これからどうするんですか?」

東雲
どうするって?

サトコ
「その···『あきらめる』とか『新しい恋を探す』とか···」

東雲
特に考えてない
仕事柄、家族とか持つと面倒だし
遊び相手ならそれなりにいるし

サトコ
「······」

東雲
性欲解消したくなった時も困ってないしね

(えっ···ちょ···っ!)

サトコ
「それはダメ!ダメですよ!」

東雲
なにが?

サトコ
「ですから、その···」

東雲
べつに同意の上だし

サトコ
「それでもダメです!」
「世の中の教官のことを好きな女の子たちが傷つきます!」

東雲
知らないよ。さち以外の女なんて

あっさりそう言った後で、教官は「ああ」とおまけのように私を見る。

東雲
なんならキミ、立候補してみる?
オレの特定の相手として

サトコ
「!」

東雲
あ···でも教え子はマズいか
加賀さんや石神さんに怒られそうだし

プルル···

東雲
あーやばい···加賀さんとの約束忘れてた···
キミ、そのペットボトル、教官室に置いといてよ
オレはこれから新宿に···

とっさに私は手を挙げた!

サトコ
「立候補します」

東雲
え?

サトコ
「私が教官の特定の相手になります!」

東雲
······

サトコ
「だから、そういうことはやめてください!」
「誰かと適当に遊ぶみたいな、そんなこと···」

東雲
え···ごめん、ちょっと待って
キミ、まさかオレのこと好きなの?

(ええっ、そこ!?)

東雲
······

(って、ドン引きされてる···?)
(ていうか···私もどさくさに紛れて告白しちゃったし···)

いまさら、挙げた手は下せない。
教官が明らかにドン引きしてるにも関わらず···

(そうだよね···東雲教官ってこういう人だよね)
(知ってた···うん、知ってたよ、私···)

仕方なく私は自分の言葉を修正した。

サトコ
尊敬です···」
「好きとか、そういう感情だけじゃなく···」
「東雲教官のこと···教官として尊敬してます」

東雲
······

サトコ
「だから、その···」
「教官の女性関係が奔放すぎると教え子としてはショックというか···」

ごにょごにょと言葉を濁す私に、教官はため息をつく。

東雲
キミにどう思われようがどうだっていい

(うっ···)

東雲
でも、そんなに遊び歩くなっていうなら···
キミがオレを楽しませてよ

サトコ
「···私が?」

東雲
そう。ちょうど今度の土曜日空いてるし
予定では看護師の女の子と連絡を···

サトコ
「やります!がんばります!」
「看護でもなんでも私に任せてください!」

東雲
いや、看護はいらないから
じゃあ、そうだな···土曜日の···
朝11時にしようか。駅の南口で
あとはよろしく

サトコ
「おつかれさまです!」

元気よく敬礼した数十秒後···
教官が角を曲がったところで、ようやく私は我に返った。

(あれ···今、勢いでスゴイ約束をしちゃったよね?)
(『土曜日朝11時・駅の南口』···つまりデート···)

サトコ
「ええっ!?」

【駅口】

こうして半信半疑のまま···
私は当日を迎えることになった。

(うう···なんだか胃がキリキリしてきた···)
(デートなんて久しぶりすぎるし、そもそも相手が···)

東雲
なに憂鬱そうな顔してるの
待ち合わせの時点でそんな顔されたの、初めてなんだけど

サトコ
「お···おつかれさまです」

小さく頭を下げると、教官はさっと視線を私の全身に走らせる。

東雲
···ま、こんなものか。キミの勝負服なんて

(うっ···またダメ出し···)

東雲
でも、努力の形跡は認めてあげるよ
じゃあ、行こうか

サトコ
「はい、教官···」

東雲
それも禁止ね

今度はむにっと唇を摘まれた。

東雲
今日は名前で呼んで。デートなんだから

サトコ
「ふぐ···っ、でも···」

東雲
ほら、早く

(じゃあ···)

サトコ
「東雲···さん?」

東雲
45点。色気なさすぎ

サトコ
「ええっ!?じゃあ···」
「『東雲さぁん』···」

東雲
キモ···

サトコ
「ひどい!そんな···」
「ああっ、もう···待ってください!」

(でも『東雲さん』なんて···なんだかちょっとくすぐったいな)

【電車】

サトコ
「ところで今日はどこに行くんですか?」

東雲
上野

(上野···ってことは···)

サトコ
「動物園ですか?」

東雲
まさか

サトコ
「じゃあ、上野公園とか?」
「そういえば不忍池ってボートに乗れますよね?」

東雲
そうだね。カップルで乗ると別れるらしいけど

(うっ···)

東雲
まぁ、オレたちは付き合ってないからそれもありか
じゃあ、今日は予定を変更して不忍池に···

サトコ
「いえ、予定通りで行きましょう!」
「今日は東雲きょ···」
「東雲さんの好きなところで!」

東雲
そう?悪いなぁ

(出た···いつもの意地悪な笑顔···)
(せっかくのデートなんだから、今日くらいは違う笑顔が見たいなぁ)

【恐竜展】

その願いは、意外にもあっさり叶ってしまった。

東雲
うわ···ちょ···!
なにこの恐竜!指、長すぎ!

サトコ
「『ヒパクロサウルス』だそうです···」
「草食系の恐竜で···」

東雲
草食系?これで!?
あーでも顔は草食系っぽいかも

身もだえしている教官の隣で、私はぼんやりと天井の垂れ幕を見上げる。

(『魅惑の恐竜展』···そっか、恐竜か···)

ちなみに周囲には親子連れかオタクらしき男性しかいない。

(そりゃそうだよね。ここ、デートスポットって感じじゃないし)
(まぁ、でも···)

東雲
やばっ···なにこれ!デカ···っ!

サトコ
「······」

東雲
すげぇ···骨、マジすげぇ···

サトコ
「······」

東雲
うわっ···うわっうわっ···
きた!ティラノ···っ

(···こんな教官、めったに見られないよね)
(レアだよ···うん、超レア···)

東雲
なに笑ってんの

サトコ
「あ、いえ···」
「東雲さん、ずいぶん楽しそうだなぁ···と」

東雲
当たり前でしょ。好きなんだから

教官はうっすらと頬を赤らめて、ティラノサウルスを見上げる。

東雲
やっぱりいいよね···恐竜って
小物を容赦なく踏み潰してそうで

サトコ
「!?」

東雲
オレ、子どもの頃『ゴジーラ』になりたくてさ
あんなふうに街を踏みつぶせたら気持ちいいだろうなぁ

(そんなうっとりした目で怖い発言を···)

そのとき、私たちのすぐ脇を女の子が走り抜けていった。

女の子
「待ってよ、あゆむくーん!」

東雲

女の子
「もう···待ってってばー!」

「あゆむ」と呼ばれた男の子は、立ち止まり不満そうな顔で振り返る。
それでも女の子が追いつくのを待つと、やがて手を繋いで一緒に走り出した。

(これは···ちょっとマズかったりする···?)

東雲
······

(マズい···どう見てもマズいっぽい!)

サトコ
「あの···移動しましょう!」

東雲
······

サトコ
「ひととおり観終わっちゃったけど、なんならもう1周くらい···」

東雲
キミも手を繋ぎたい?

サトコ
「えっ」

東雲
せっかくのデートだしね
手くらい繋いであげるよ

そう言って、教官は私の左手を乱暴に捕まえる。

サトコ
「あの···っ」

東雲
あとお土産も買わないとね
買うとしたらやっぱり『恐竜クッキー』かな

サトコ
「······」

東雲
あれ、ものすごく硬いらしいんだよね
加賀さんとか石神さんとか、食べたらどんな顔するかな

強引に私を引っ張る手。
楽しそうな口調。

(でも、さっきまでとはぜんぜん違う)

今の教官はちっとも楽しそうじゃなくて···

サトコ
「東雲さん···っ!」

私は引き留めるように教官の手を強く引いた。

サトコ
「アレ···!お土産の前に『アレ』に行きましょう!」

東雲
なにこれ···写真撮影コーナー?

サトコ
「そうです!今日の記念に1枚···」

東雲
面倒くさ···

サトコ
「いいじゃないですか!ほら」

明らかに気乗りしてない教官の手を引いて、私は無理やり列に並ぶ。

スタッフ
「写真は全部で3枚撮ります」
「その中で気に入ったものがありましたら現像いたしますので」

サトコ
「わかりました!」
「東雲さん、ポーズとりましょう!」

東雲
イヤだよ

サトコ
「そう言わずに···」

スタッフ
「では撮りまーす。はい、1枚目···」

サトコ
「ガオーッ!」

パシャッ!

東雲
なに、今の

サトコ
「ティラノザウルスのポーズです!」

東雲
は···?

スタッフ
「では2枚目いきまーす。はい、チーズ···」

サトコ
「シャーッ!」

パシャッ!

東雲
···今のは?

サトコ
「えっと···アレです。空飛ぶ恐竜···」

東雲
プテラノドン?

サトコ
「そうです、それです!」

スタッフ
「では、ラストの撮影です」

サトコ
「分かりました!じゃあ、最後は···」

東雲
ちょっと待って

サトコ
「あっ、東雲さんも恐竜ポーズやりますか!?」

東雲
やらないよ!···そうじゃなくて

いきなり肩を抱き寄せられる。

東雲
記念なんでしょ
最後くらい可愛く写れば

サトコ
「!」

東雲
じゃあ、撮影お願いします

スタッフ
「分かりました。では···」

(そ、そんないきなり『可愛く』って言われても···)

スタッフ
「はい、笑ってー」

東雲
ほら、笑って

サトコ
「えっ···あ···アハハ···」

ちゅっ!

サトコ
「!?」

パシャッ!

サトコ
「!!」

スタッフ
「はい、お疲れさまでした」

東雲
ありがとうございます

(キ···キス!この人、今、キスした···っ!)

東雲
なにうろたえてるの。こめかみ程度で

サトコ
「でも···っ」

東雲
あ、もうプレビュー見れるって。ほら、行くよ

今度は教官の方が、私を写真売場へと引っ張っていく。

東雲
すみません、受付番号89番ですが···

スタッフ
「89番さんですね。こちらの3枚です」

東雲
······

東雲
アハハッ···
なに···なに、この3枚目の写真···!

サトコ
「え···」
「あああっ!」

(私、白目むいてるーっ!)

東雲
もうサイコー!
可愛く写ろうとして白目って···

サトコ
「だってこれは···っ」
「教官がいきなりキスするから!」

東雲
だとしても、これ···これはない···っ
やば···ほんとキミ、サイコー···

サトコ
「······」

(まさか、こんな理由で今日一番の教官の笑顔を見られるなんて···)

東雲
あーもうお腹痛すぎ···
こんなに笑ったの久しぶりかも

サトコ
「···そうですか」

(私も、デートでこんなにヘコんだの、久しぶりなんですけど···)

東雲
あ···これ、全部現像してください

サトコ
「3枚目もですか!?」

東雲
当たり前。キミもいる?

サトコ
「いりませんよ!」

東雲
あっそう

(もっとまともに写ってたら···せめて白目じゃなかったら···)

東雲
···ありがと。笑わせてくれて

(え···)

東雲
なんか、元気出た

(教官···)

東雲
ほら、次行くよ

サトコ
「···はい!」

改めて隣に並ぶと、教官は私の手を取らずに歩き出した。
それでも、いつもとは少し違う···私と同じくらいの歩調で。

【カフェテラス】

それから数週間が経過した。

鳴子
「はぁぁ···」

サトコ
「感謝祭も無事に終わったし···なんか気が抜けるね···」

鳴子
「抜けるどころじゃないよ···」
「どうしよう、サトコ。私、また恋しちゃったよ」

サトコ
「えっ、『昴様』はどうしたの?」

鳴子
「昴様はもちろん今でも大好きだよ」
「でも、さらに素敵な人に会っちゃってさ」

サトコ
「今度は誰?」

鳴子
「それがよくわからないんだ」
「ただ彼の『学級閉鎖』ってTシャツが忘れられなくて···」

(学級閉鎖···?)

千葉
「ああ、いたいた!」
「氷川、颯馬教官が今すぐに教官室に来てくれって」

サトコ
「颯馬教官が?」

【教官室】

サトコ
「氷川です。失礼します」

颯馬
ああ、良かった
こちらの方が貴女にお話があるそうですよ

刑事
「···先日はどーも」

(この人、A署の盗犯係の···)

サトコ
「なにか用事でしょうか」

刑事
「ああ、まぁ···」
「この間の連続ひったくり事件のことで、ちょっとね」

サトコ
「えっ、犯行を否認?」

刑事
「そう。って言っても22件目の事件だけなんだけどね」
「この22件目って確かキミが遭遇した事件だよね?」

サトコ
「そうです。すぐそこの商店街でおばあさんがバッグを盗まれて···」
「私、追いかけて捕まえようとしたんですけど、逃げられてしまって···」

刑事
「それさー、本当に同じ犯人だった?」

サトコ
「···どういう意味ですか?」

刑事
「彼、この日だけはアリバイがあるんだよね」
「しかも、それについては証人までいるんだけど···」

サトコ
「そんな···ありえません!」
「絶対に同じ犯人です!声もちゃんと聞いてます」
「なんなら東雲教官にも確認を···」

刑事
「その東雲さんは『見間違いかも』って言ってるけどね」

(え···)

【廊下】

(見間違いなんかじゃない···22件目も絶対に同じひったくり犯だった)
(なのに、どうして今頃否認し始めたの?)
(それに、どうして東雲教官まで『見間違いだ』なんて···)
(あ···!)

見覚えのある背中を見つけて、私は思わず走り寄る。

サトコ
「教官、どういうことですか!」

東雲
なに、いきなり···

サトコ
「ひったくり事件のことです!」
「あの日、教官も犯人見てますよね?」
「それなのに、どうして今頃『見間違いかも』なんて言い出したんですか?」

東雲
ああ、それ···
悪いけどオレ、キミほどちゃんと犯人を見てないんだよね

(え···)

東雲
だから『見間違いかも』って答えたんだけど

サトコ
「そんな···」
「見間違いなんかじゃないです!絶対同じ犯人です!」

東雲
······

サトコ
「私、捕まえる寸前まで近づいてるし、声も聞いてるし」
「それに···」

東雲
それよりキミに相談があるんだけど

サトコ
「それよりって···」

東雲
オレ、そろそろ昔の恋を忘れたいんだ。だから···

いきなり強い力で顎をつかまれる!
驚いて言葉を失った私の目の前に、教官の作ったような笑顔が映った。

東雲
どうかな?
せっかくだし、オレと付き合ってみない?氷川サトコ

Happy End

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