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黒澤 出逢い編 エピソード0.5-1



それは、3月のとある平日。
警護課のSPである真壁さんと広末巡査部長と、合コンを終えた朝のことだった。

真壁
「うう···」

黒澤
大丈夫ですか、真壁さん

真壁
「大丈夫です···ただの二日酔いですから···」

そら
「憲太、昨日けっこう飲まされてたもんなぁ」

黒澤
なんだかすみません。急に合コンに誘ったりして

真壁
「いえ···いいんです···」
「人数、足りなくて困ってたんですよね?先輩にドタキャンされて」

黒澤
それは、そうなんですけど···

真壁
「だったら、いいです」
「黒澤さんの、力になれたなら···」
「うっ···」

黒澤
真壁さん!?

真壁
「だ、大丈夫です···ちょっと頭が痛んだだけですから···」

そら
「しょうがないなぁ」
「黒澤、憲太についてやって。オレ、飲み物買ってくるから」

黒澤
了解です
真壁さん、移動しましょうか
日陰に入った方がいいですよね?

真壁
「いえ、大丈夫···」

それでも、辛そうな彼を放っておけなくてコインロッカーの脇に誘導する。
真壁さんは、ロッカーに寄りかかると、ホッとしたように息をついた。

黒澤
···やっぱり一次会で帰れば良かったですね
それか、せめて終電で帰っていれば···

真壁
「そんな···気にしないでください···」
「明け方までのカラオケ···楽しかったですし···」
「それに···」

???
「あの···」

ふいに、甘い香りが鼻をくすぐった。
振り返ると、春物のワンピースに身を包んだ女性が立っていた。

きれいな女性
「よかったら、お水どうぞ」

黒澤
えっ?

きれいな女性
「あ、その···ご迷惑でなかったらですけど···」

黒澤
もちろんです。助かります

差し出されたペットボトルを受け取ると、蓋を開けて真壁さんに渡した。
よほど喉が渇いていたのだろう。
真壁さんは、あっという間に1/3を飲み干してしまった。

真壁
「すみません···ありがとうございます」

きれいな女性
「いえ。それでは」

黒澤
あ、待ってください。水代を···

すると、女性は振り返ってにっこり笑った。

きれいな女性
「気にしないでください」
「困った時はお互い様ですから」

黒澤
······

きれいな女性
「それでは」

女性は会釈をして、去っていく。
その背中を見送っていると、真壁さんがポツリと呟いた。

真壁
「素敵な女性でしたね」
「育ちが良さそうっていうか、品がありそうで···」

(···ん?)

黒澤
もしかして、ああいうタイプが好みですか?

真壁
「えっ?」

黒澤
だったら、今度はそういうメンツのときに真壁さんを呼びますよ
例えば『お嬢様合コン』とか···

真壁
「い、いえ、そういうわけじゃなくて···」
「その···素敵な女性だとは思いますけど···」
「僕より、むしろ黒澤さんが···」

黒澤
オレですか?

真壁
「はい、その···」
「ああいうひとが、好きなのかなって」

ためらいながら告げられた言葉に、すぐに返答できなかった。
そのせいか、真壁さんは「あああっ」と慌てたように手を振った。

真壁
「すみません!僕、もしかして失礼なことを···」

黒澤
いえ、間違ってないです

内緒話を打ち明けるように、オレは真壁さんの顔を覗き込んだ。

黒澤
ここだけの話···
さっきの彼女のこと、少し『いいな』って思ってました

真壁
「!」

黒澤
でも、このことは他の人には内緒です

真壁
「···了解です」

お互い、顔を見合わせ微笑み合ったところで、末広巡査部長が戻って来た。

そら
「お前ら、なにコソコソしてるんだよ」

黒澤
すみません、内緒です
ね、真壁さん

真壁
「はい」

そら
「そんな『てへっ』って顔されても···」
「って、憲太、その水···」

真壁
「さっき、親切な人にいただきました」

そら
「なんだよ、それ~」
「オレが買いに行った意味ないじゃーん」

その後、ふたりと別れて、オレは電車に乗った。



【電車】

平日の通勤時間帯だったこともあって、車内は激混みだった。

黒澤
ふわ···

(やば···眠い···)
(今日、非番でよかった···)

久しぶりのオールだったこともあって、陽射しが目に痛い。
できれば座席に座りたいけど、おそらくあと3駅は待たないと無理だ。

(ま、いっか)

ドアにもたれて、目を閉じた。
まぶたの裏に「とある女性」の姿が浮かんだ。
昨日の合コン相手···ではない。
数十分前に出会った、あの甘い香りのする女性だ。

(たまに鋭いよな。真壁さんって)

あるいは、それほど露骨に、オレは彼女を見ていたのだろうか。
その可能性も、否定できないけれど。

(まぁ、だからって何って話か)
(もう二度と会うこともないだろうし)

電車がゆっくりと減速する。
開くのは反対側のドアだから、このままもたれかかっていても問題ない。

黒澤
ふわ···

(家に着くの、30分後か)
(いっそ、このまま立って寝るのも···)

???
「···ませ···っ」

ふと、苦しげな声が聞こえてきた。

女性
「すみませ···降り···」

(ああ、この駅で降りたいのか)

けれども、彼女の周りを囲んでいるのは男ばかりだ。
それも、運悪く、皆イヤホンをつけている。

(ああ···これ、たぶん降り損なうパターン···)

そのときだった。
先ほどと同じ甘い香りが鼻をくすぐったのは。

黒澤
······

去り際の、彼女の笑顔が脳裏をよぎった。
気が付けば、オレは声を上げていた。

黒澤
すみませーん、降りまーす!

ようやく、周囲の連中が顔を上げた。
オレは、彼女の手を引くと、一緒に満員電車から脱出した。

???
「はぁ···はぁ···」
「良かったぁ···助かったぁ···」

彼女は一息つくと、オレに勢いよく頭を下げてきた。
それこそ、すでに乱れているボブカットが、さらに乱れそうな勢いで。

ボブカット
「ありがとうございます、助かりました!」

黒澤
いえ···

ボブカット
「東京、久しぶりすぎて···」
「通勤ラッシュがあるの、すっかり忘れてて」

(なるほど、上京したてか)

よく見ると、大きなバッグを手にしている。
さらに、上に着ているのは厚手の冬物のコートだ。

黒澤
東北方面からいらっしゃったんですか?

ボブカット
「え···いえ、長野ですが」

黒澤
ああ···長野もまだ寒そうですよね

ボブカット
「そうなんです。出るとき、雪が降ってたくらいで」
「こっちは暖かいですね」

黒澤
ええ。コートがなくてもたぶん平気ですよ

ボブカット
「ほんとですか?じゃあ、脱いじゃおうかな」

ボタンを外し始めた彼女から、例の甘い香りがした。

(ああ、さっきの香りは彼女の···)

もっとも、彼女からはかすかに汗のにおいもしている。
やっぱり、先ほどの車内はかなり暑かったのだろう。

(冬物なんて着ていれば当然か)

ふと、すぐそばにある自動販売機に目が行った。
お金を入れ、液晶パネルをタップした数秒後···
ガコン、と音を立ててミネラルウォーターのペットボトルが落ちてきた。

黒澤
よかったらどうぞ。喉、渇いてるでしょう

ボブカット
「いいんですか?ありがとうございます」

彼女が蓋を捻ったところで、次の電車がやって来た。
ここはオレの下車駅じゃないので、当然乗り直さなければいけない。

黒澤
じゃあ、オレはこれで

ボブカット
「あっ、待ってください。お金···」

黒澤
いいんです

鞄を探ろうとした彼女を、オレは笑顔で止めた。

黒澤
気にしないでください
困ってるときは、お互い様ですから


到着した電車に乗って、帰路に着く。
思っていた通り、2駅目で人が降りてようやく座席に座ることが出来た。

(ヤバい、かなり眠い)
(勢いで途中下車なんてするから···)

すぐそばの手すりにもたれて目を閉じる。
まぶたの裏に、また水を譲ってくれた女性が浮かぶことを期待した。
けれども、彼女の顔も、あの甘い香りももう思い出せなくなっていた。

to be continued



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