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黒澤 出逢い編 シークレット3



Episode10.5
「恋は風花のように」

【寮 自室】

明日は、いよいよ黒澤さんが退院する日。

サトコ
「よかったよ。無事にこの日を迎えられて」
「ねー」

もちろん返事はない。
なぜなら、私が話しかけているのはアネモネの花だからだ。

サトコ
「明日、何時頃になるかなー」
「お昼かなー、夕方かなー」

プルル、とスマホが着信を伝えてきた。

(あ、黒澤さんからだ!)

サトコ
「はい」

黒澤
もしもし、オレです
明日ですが、診療と会計もろもろで夕方の退院になりそうで···

サトコ
「わかりました。目処がついたら連絡ください」
「それと···」

弾んだ声で話す私を、ペットボトルに活けられたアネモネが見ていた。
だから、何がどうってわけではないんだけれど···



【居酒屋】

翌日ーー
黒澤さんに誘われて、私はオシャレな居酒屋にやってきた。

サトコ
「あ···このゼリー寄せ、美味しい」

黒澤
中身、スモークサーモンでしたっけ?

サトコ
「はい。それと『季節の野菜』ですね」
「これ、絶対人気だろうなぁ。SNS受けしそうだし···」

黒澤
『フォトジェニック・フード』とかいうんでしたっけ
じゃあ、オレも1枚···

黒澤さんがデジカメを取り出すのを見て、ふと思い出したことがあった。

サトコ
「黒澤さん、もう一度、写真講座の復習をしてもらえませんか?」

黒澤
復習?

サトコ
「以前、教えてくれたじゃないですか」
「デジカメを正面から掴んで、隠し撮りする方法···」

黒澤
ああ、ありましたね

サトコ
「先日、首藤ナミカの尾行のときに実践してみたんですけど」
「ターゲットの顔が全部入りきらなくて、失敗しちゃって」

黒澤
ああ、例の『大金星』写真のことですね

サトコ
「そうです。あれ、やっぱり私にとっては失敗写真で···」
「どうすればちゃんと撮れるのかなと思って」

黒澤
うーん、そうですね···
まずは、デジカメのサイズが重要ですね
試しに、このカメラを『例の持ち方』で持ってみてください

サトコ
「わかりました」

(正面を覆い隠すようにして···)

サトコ
「···こう、ですよね?」

黒澤
そうです。で、見てのとおり···
このデジカメ、サトコさんの手にはちょっと大きいですよね
でも、オレの手だと···

黒澤さんは、隣に移動してくると、私の手ごとデジカメを握りこんだ。

サトコ
「···っ」

黒澤
···ね、すっぽり隠れますよね?

サトコ
「は、はい···」

(ていうか、手···!)
(黒澤さんと手が重なってるんですけど···っ)

黒澤
なので、デジカメのサイズは非常に重要です
サトコさんも、てのひらに収まるモノを探せばいいと思います

サトコ
「わ、わかりました。ありがとうございます」

ようやく、黒澤さんの手が離れる。
けれども、私の手はすでに手汗でびっしょりだ。

黒澤
あとは、とにかく練習ですね
普段から持ち歩いて練習、ひたすら練習
オレも、よく練習を兼ねて隠し撮りをしているんです
例えばこの写真

ディスプレイ画面に、ピッと1枚の写真が表示された。

サトコ
「これは···」

黒澤
ドラッグストアで、ヘアケア用品を真剣に選んでいる歩さんです
このあと1本2500円のシャンプーを買いました

(高っ)

黒澤
他には···

サトコ
「あっ、室長!」
「なんだか顎を真剣に見ているみたいですけど···」

黒澤
ひげ剃りに失敗したみたいですね
こっちの写真だと、もっと分かりやすいです

(ああ、確かに顎に痛々しい傷痕が···)

黒澤
ちょっとレアなのもありますよ。これとか

サトコ
「こ、この『うなじ』は···」

黒澤
周介さんです
普段は髪を束ねているから、うなじはここまで見えないんですけど
この日は、ペンをかんざし代わりにしてまとめていたんですよねー

(なるほど、たしかにレアかも)

黒澤
後藤さんもありますよ。ほら

サトコ
「うわぁ···カッコいい···」

黒澤
いい出来ですよね。頬杖をついて夕焼けを見る後藤さん
これ、所轄の婦警さんたちにめちゃくちゃ売れました

(あ、商売してるんだ···)

ピッ!

サトコ
「うわっ、すみません。へんなボタンを押しちゃった···」

(···ん?)

サトコ
「あの、この鍵付きのフォルダーは···」

黒澤
!!
······あ、ああ、それは······
パスワードを解けたら、フォルダの中を見てもいいですよ

サトコ
「本当ですか?なにかヒントは···」

黒澤
そうですねー、ヒントは···
『風の花』を見られる場所、かな

(「風の花」?)
(なんだろう、聞いたことないけど···)

黒澤
スマホで調べてもいいですよ

サトコ
「わかりました。じゃあ···」

(「風の花」···検索···)
(「アネモネ」?どういうことだろう···)

試しにページを開くと「ウインドフラワー」という文字が出てきた。

(そっか···アネモネは英語で「風の花」っていうんだ)
(アネモネが見られる場所···聞いたことがないけど···)
(とりあえず「アネモネ 観光地」検索っと···)

サトコ
「···ええと···答えは『長野』ですか?」

黒澤
違いますね

サトコ
「『栃木』···」

黒澤
違います

サトコ
「分かった、『山梨』!」

黒澤
ええと···何を調べていますか?

サトコ
「『アネモネ』を見られる場所です」

黒澤
アネモネ?

サトコ
「あれ、違いますか?」
「『風の花』で調べたら『アネモネ』って出てきたんですけど···」
「ほら···」

黒澤
ああ···なるほど···
ごめんなさい、オレが言ってるのは『風花』のことです

サトコ
「『風花』?」

黒澤
晴れている空から、雪が花びらみたいに降ってくること···
って言えばいいのかな
だいたいは、山に積もった雪が、風に飛ばされるせいらしいんですけど
『風花が見られる場所』だと、だいぶ絞られると思いますよ

サトコ
「そうですか、『風花』···」
「あ、出て来ました!」

答えを入力すると、パスワードがあっさり開いた。

サトコ
「写真···2枚ありますね」

黒澤
ええ。どちらも超レアですよ~

サトコ
「ほんとですか?どんな写真が···」
「!!」

(こ、これは···)

黒澤
なかなかでしょう?
『体育座りのまま、居眠りする加賀さん』です

(か···かか···)

サトコ
「可愛い!」

黒澤
でしょう?
この膝の抱え方とか、背中の丸め具合とか···

サトコ
「レアです!超レアです!」

黒澤
ありがとうございます。バレずに撮るの、かなり命懸けでしたけどね
で、もう1枚は···

サトコ
「!!!」

(い、いいい、石神教官!?)

黒澤
ねー、すごいでしょ。『色気ダダ洩れ』って感じで
普段撮れないんですよ。『シャワー直後の石神さん』なんて

サトコ
「そ、そうなんですか?」

黒澤
そうですよー。石神さん、すぐに着替えちゃいますもん
でも、このときは15連勤した後でしたからね
さすがに疲れていたんでしょうねー

(言われてみれば、目がぼんやりしているような···)
(でも、そこがまた色っぽいというか···)

サトコ
「奇跡ですね···」

黒澤
そうです。まさに『奇跡の1枚』です

(はぁ···すごいもの見ちゃった···)
(私も技術を磨いて、いつか教官たちや黒澤さんの写真を···)
(ん?そういえば···)

サトコ
「黒澤さんの写真はないんですか?」

黒澤
オレですか?
ありませんよー。オレは撮るの専門ですから

サトコ
「そうですか。だったら···」

(私が、黒澤さんの写真を撮っちゃおう)
(デジカメを撮影モードにして···)

黒澤
あーごめんなさーい
透、写真NGなんでーす

サトコ
「ひゃ···っ」

(な、なんで後ろから抱きついて···)

黒澤
理由、知りたいですか?

サトコ
「は、はい、まぁ···」

黒澤
ざんねーん、教えませーん

サトコ
「!?!?」

楽しそうに笑う吐息が、首筋にかかってくすぐったい。
おかげで、体温がひたすら上がる一方だ。

(く、黒澤さんってば、ほんとどうしちゃったの?)
(お酒のせい?)
(それとも他に何か理由が···)

黒澤
あーなんかダメですねー。今日は···

(え···)

黒澤
ちょっと頭冷やしてきます。5分くらいで戻りますんで

サトコ
「は、はぁ···」

個室を出て行く黒澤さんを見送って、私はようやく息を吐き出した。

サトコ
「···なんだったんだろう、いったい」

(やっぱりお酒のせいかな)
(黒澤さん、意外とお酒に弱いとか?)

あれこれ考えながら、放り出したままのスマホに手を伸ばす。
待っている間にSNSでも見ようとスリープ状態を解除して···
複数のWebサイトを開いたままだったことに気が付いた。

(「風の花」は「風花」か)
(絶対「アネモネ」のことだと思ったのにな)

サトコ
「···ん?」

(「アネモネ」の花言葉···)
(「恋の苦しみ」「見捨てられた」「見放された」···)

サトコ
「へぇ、そうなんだ···あんなに可愛い花なのに」

少し不満に思いつつも、私はそのサイトをピッと閉じた。
再び、アネモネの花言葉を思い出すのは12時間後のことだった。

Secret End



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