カテゴリー

東雲 恋の行方編 1話



タケル
『愛してる···愛してるんだ、お前だけを···』
『だから、どうか一生···俺の···そばに···』

ハナコ
『タケル!?しっかりして、タケル···っ』
『タケルーっ!』

【寮 自室】

サトコ
「ううっ···ぐす···っ」

鳴子
「まさか、ここでお別れなんて···」
「タケル···悲しすぎるよ、タケル···うううっ···」

サトコ
「さ···さすが視聴率40%だけのことはあるよね···」

私は鼻水をすすりながら、リモコンを手に取った。

サトコ
「さて、次のドラマは···」

鳴子
「えっ、まだ観るの!?」

サトコ
「もちろん。次は『きょうはバイト休みます』で···」
「その次は『ドSのために』。それから『ごめんね早春』···」

鳴子
「もういいから!お腹いっぱいだから!」
「ていうか、なんでこんなに恋愛ドラマばかりなわけ?」

サトコ
「えっ···それは、その···」

【廊下】

数日前。

東雲
オレ、そろそろ昔の恋を忘れたいんだ
だから···どうかな?
せっかくだし、オレと付き合ってみない?氷川サトコ

(つ、付き合う!?私と東雲教官が!?)

サトコ
「ああああの···っ!」

東雲
······

サトコ
「そそそそそれ本気ですか?本当の本当に私と教官が···」

東雲
はぁぁ···
23点

(えっ)

東雲
ほんと使えない。この程度で動揺してるようじゃね
というわけで『特別捜査』への参加はおあずけ
それじゃ

サトコ
「えっ···ちょっ、教官···っ」

東雲
少しは男をたぶらかせるようになってよ
そしたら捜査に参加させてあげるよ

(ええっ!?)

サトコ
「···ということがあってね」
「でも、いきなりたぶらかすのはムリなんで···」
「まずは基礎トレというか、恋愛偏差値をあげるところから始めてみようかと···」

鳴子
「それでドラマ鑑賞?」

サトコ
「うん、まぁ···」

鳴子
「バカ!二次元の研究で恋愛偏差値が上がるわけないでしょ!」
「ちゃんと恋しなよ」

サトコ
「うっ···」

(その「リアルな恋」は失恋確定なんですけど···)

鳴子
「ってことでドラマ鑑賞はおしまい」
「ほら、談話室に行くよ!」

サトコ
「えっ、ちょっと···まだ今日のノルマが···っ!」



【談話室】

談話室は今日も同級生たちで賑わっている。
テレビを観る人、カードゲームをする人、スマホをいじる人など様々だ。

鳴子
「あ、千葉くん発見!千葉くーん!」

千葉
「佐々木···それに氷川も···」

サトコ
「どうしたの?なんかぐったりしてるね」

千葉
「うん、まぁ···ちょっといろいろね」

千葉さんの向かいに座ったところで、誰かがテレビのチャンネルを切り替えた。

アナウンサー
『次のニュースです』
『来月オープン予定の大型観光施設のレセプションが』
『ジルマ大使館で行われ、笹野川六郎衆議院議員をはじめ多くの···』

鳴子
「あ、笹野川議員だ」
「この人、いつ見てもイケメンっぷりが半端ないよねー」

サトコ
「確かに···しかも愛妻家だよね」

鳴子
「そうそう。『夫にしたい有名人』の政治家部門1位」

サトコ
「ああ···それ、話題になったよね。3年連続1位とかで···」

盛り上がっている私たちの隣で、千葉さんがため息をつく。

千葉
「『夫にしたい』···か···」

鳴子
「そうだよ。千葉くんも見習いなよ」

千葉
「や、俺はちょっと···」
「それより、その···愛妻家に見えてそうじゃない人も、世の中にはいるだろ」
「たとえばこっそり不倫してたりさ」

鳴子
「笹野川議員が?」

千葉
「いや、そうは言ってないけど···っ」

2人の会話を聞いているうちに、先日のことを思い出す。

(そう言えば、さちさんのダンナさんも愛妻家って感じだったよね)
(ああいう人が不倫してたら、ビックリするだろうな)
(まぁ、中には喜ぶ人もいるかもしれないけど···)

東雲
ああ、氷川さん、ここにいたんだ

(ぎゃっ!)

東雲
ちょっとこれ、見て欲しいんだけど

(な、なんでこのタイミングで教官が···)

東雲
···聞いてる、氷川さん。見て欲しいものがあるんだけど

サトコ
「は、はいっ、なにを見れば···」

東雲
この絵とこの絵、2つを見比べてくれる?
間違ってる部分が5ヶ所あるらしいんだけど

(なんだ、『間違い探しゲーム』···)

サトコ
「えっと···」
「まず『花瓶』の模様が違いますよね」

東雲
そうだね、あとは?

サトコ
「『椅子の脚の形』『窓の影』『空の雲』···それから···」

(5ヶ所目は···)

鳴子
「···なんですか、これ」

東雲
パズル雑誌の懸賞。正解率5%だって

鳴子
「低っ」

千葉
「教官は何ヶ所分かったんですか?」

東雲
4ヶ所。でもあと1ヶ所がどうしても見つからなくてね
氷川さんにも協力してもらおうと思って

教官はにこやかに笑うと、私の手元を覗き込んでくる。

東雲
どう、解けた?

サトコ
「···教官、これ、本当に間違いは5つですか?」

東雲
そう書いてあるけど

サトコ
「でも、あと2つありますよ」

東雲

サトコ
「『壁の左隅』と、この『床の模様』···」
「両方カウントすると間違いが6つになるんですけど」

千葉
「あ、ほんとだ」

鳴子
「よく気付いたね、私、全然わからなかったよ」

千葉
「俺も。氷川、すごいなぁ」

サトコ
「ははっ、ほめてほめて!」

東雲
······

サトコ
「···教官?」

東雲
ああ、うん···『壁の左隅』と『床の模様』ね···
わかった、それで応募しとく

鳴子
「景品は何なんですか?」

東雲
豪華客船のディナークルーズ
当たったら一緒に行く?

鳴子
「えっ···私とですか?」

東雲
もちろん

鳴子
「え、えっと···お誘いは嬉しいんですけど」
「私にはもう心に決めた人が2人ほど···いえ、3人···」

東雲
そう、残念。それじゃ

鳴子
「···ねぇ、東雲教官ってカノジョいなかったっけ?」

千葉
「ああ、懇親会の帰りに見かけた人?」

サトコ
「あの人、違うんだって」

鳴子
「えっ、そうなの?」

サトコ
「うん、ただの幼なじみだって」

千葉
「そうなんだ···」

鳴子
「おかしいな、絶対付き合いの長いカノジョだと思ったんだけど」

何気ない鳴子の言葉に心が痛む。

(そう言えば教官って、いつからさちさんのことが好きなんだろ···)
(溺れてるのを助けてもらったってことは、子ども時代からの知り合いだよね)
(そう考えると15年···下手すれば20年くらいずっと···)

女性
『きゃーっ、泥棒!』

(えっ)

女性
『その人、ひったくりよ!誰か捕まえてー!』

(なんだ、テレビか···)

気付けば、ミステリーものの2時間ドラマが始まっている。

鳴子
「そういえば、例のひったくり犯、捕まったんだよね」
「なんだっけ、名前···確か『ウラ』···」

サトコ
「『裏原ユキト』29歳···」

鳴子
「そう、それ!」
「しかも、よくよく調べたら実は全部で35件もやってたんでしょ」
「所轄、マジで何してたの?って感じだよ」

千葉
「でも、確か氷川が関わった22件目は否認してるって···」

鳴子
「えっ、それじゃあ、おばあさんのバッグは?」

サトコ
「それは犯人の家で見つかったみたい」
「でも犯人は『ゴミ収集所に捨ててあったのを拾った』って言ってるらしくて···」

鳴子
「なにそれ、そんなのウソに決まってんじゃん」

サトコ
「だよね、やっぱりそう思うよね?」
「でも、本人は否認してるんだ。それに···」

(東雲教官まで『見間違いだった』って言い出して···)
(そんなはずないのに、絶対に同一人物なのに···)

私は、ハッと立ち上がる。

(そうだよ、その件についてはまだ何も解決していないじゃない!)
(明日こそ、ちゃんと東雲教官に聞かなくちゃ)


【個別教官室】

翌日。

東雲
···ひったくり犯?
キミ、まだそのこと気にしてたの?

サトコ
「しますよ。だって納得いかないじゃないですか!」
「アリバイが成立してるのに?」
「しかも証人までいるのに?」

サトコ
「それは···っ」

東雲
それより···
この絵、よーく見て

(えっ?)

東雲
あと10秒···ちゃんと全部覚えて

(そんないきなり『覚えて』って言われても···)
(ただ数字がたくさん書いてあるだけで、他に特徴はなにも···)

東雲
はい、10秒
じゃあ、テストね
絵の右上に書いてあった数字は?

サトコ
「えっ···えっと···たしか『19』です」

東雲
真ん中

サトコ
「『25』でした」

東雲
じゃあ、その文字の色は?

サトコ
「色ですか?えっと···」
「真ん中の『25』は青でした」

東雲
左下の数字と色

サトコ
「確か···ピンクの『38』です」

東雲
正解···やっぱり『色』までわかるんだ

(やっぱり?)

東雲
最初の訓練の時から思ってたんだけどさ
キミ、イメージや映像で物事を覚えるのが得意だよね

サトコ
「···?」

東雲
普通の人間はさ
たくさんの数字を見せられて『覚えろ』って言われたら、数字をひたすら暗記するんだ
『右から19、2、5、89』って感じで
だから数字そのものは覚えられても、色までは覚えられない

(···そうなの?)

東雲
でもキミはそれを『画像』として覚えられる
まるでカメラのシャッターを切るみたいに
だから『数字』と『色』が瞬時に頭に浮かぶんだ

サトコ
「?」

東雲
ま、相変わらず頭は悪いみたいだけど

サトコ
「な···!」

東雲
勉強法を変えた方がいいって話してんの

教官は机の引き出しを開けると、真新しいファイルを取り出した。

東雲
これ、新しいテキスト
試しに作ってみたから、当分はこれを使って勉強してみて

サトコ
「分かりました···」

ファイルをめくると、たくさんのイラストが目に入る。

(確かに分かりやすそうだけど、これってなんだか···)

東雲
小学生向けのテキストっぽい?

サトコ
「えっ、あ···その···」

東雲
でも、たぶんこのタイプのテキストがキミには合ってる
これで勉強すれば、次の小テストでトップになれるはずだから

(トップ···私が?)

<選択してください>

A: 本当ですか?

サトコ
「本当ですか?」

東雲
本当だよ。もちろんキミにやる気があればだけど
どうなの、そのあたりは

サトコ
「もちろんあります。あります···けど···」

(なんだか信じられない···)
(こんな小学生向けみたいなテキストで、私がトップに···)

B: だったら頑張ります!

サトコ
「だったら頑張ります!」

東雲
そうそう、その意気
キミはやる気さえあればできるコだからね

サトコ
「そうですよね!やる気さえあれば私だって···」

C: 私、天才だったんだ···

サトコ
「知らなかった···私って天才だったんですね」

東雲
は?

サトコ
「だってそうですよね」
「優秀な人たちが集まるこの公安学校でトップになれるってことは、私は天才だってことで···」
「ちょ···教官、まだ話してる途中···」

東雲
だってあまりにも内容がくだらなすぎて
ありえないでしょ。キミが『天才』なんて

サトコ
「ええっ、決してそんなことは···」

(って、違う違う!)

サトコ
「誤魔化されませんよ、教官!」
「ひったくり犯のこと、今日こそちゃんと説明してください」

東雲
ちっ

サトコ
「舌打ち!今、舌打ちしましたよね!?」

東雲
うるさいな
キミに話すことなんてないんだけど

サトコ
「嘘です!ちゃんと納得のいく説明をしてください」
「そうじゃないと私···」

つい前のめりになりかけたとき、机の上から何かが転がり落ちた。

(あれ、このガラスの破片って確か···)

東雲
返せ!

サトコ
「···っ!」

(うわっ、そうだった!)

サトコ
「すみません、これ落としちゃって···」

東雲
ああ···
いいよ、そんなの。そろそろ捨てようと思ってたから

(え···)

サトコ
「でも、これ···大切なものだったんじゃ···」

東雲
べつに

教官はガラスの破片を手に取ると、そのまま外にポイッと捨てる。

サトコ
「ああっ!?」

東雲
それよりオレさ
最近気になる子ができたんだけど

サトコ
「!?」

東雲
それ、誰のことだと思う?

サトコ
「さ···さぁ···」

(ていうか、なんでいきなり近づいて···)

東雲
わかんないの
ほんと、恋愛偏差値低いよね

サトコ
「す、すみません···」

東雲
じゃあさ···

教官の声がいたずらっぽいものへと変わる。

東雲
今オレが、キミに『好きだ』って言ったら···
うまくいく確率、何パーセントくらい?

(そ、そんなこと、いきなり言われても···!)
(落ち着け···落ち着け私···ここは冷静になって···)

<選択してください>

A: これもテストですか?

サトコ
「こ、これもテストですか?」

東雲
······

サトコ
「これに合格すると、特別捜査に参加できる···とか」

東雲
···まぁね

(やったぁ!)

東雲
でも、そうやって直接聞いてきた時点で不合格
ここは気付いてないフリして誘いに乗って、相手を油断させないと

(うっ、そうなんだ···)

B: さちさんのことは?

サトコ
「さちさんのことはどうなんですか?」

東雲

サトコ
「さちさんのこと、今はどう思って···」

東雲
キミ、意外と傷を抉ってくるね

(あ···)

東雲
デリカシーなさすぎって言われない?

サトコ
「す、すみません、そんなつもりじゃ···」

東雲
ま、いいけど
今のは40点あげてもいいし

サトコ
「え···」

東雲
オレに動揺を与えた点は評価してあげるよ
でも特別捜査に加えるにはまだまだだね

(も、もしかして、これもテストだったの?)
(えっ···私、本気で答えちゃったんですけど!)

C: 70%くらい···?

サトコ
「な、70%くらい···?なんて···」

東雲
なにその妙にリアルな数字

サトコ
「えっ···」

東雲
まぁ、この間のリアクションよりはマシか
でも、正直キモいからその分を引いて···
55点

(ま、まさか···)

サトコ
「今のもテスト···」

東雲
当たり前じゃない

(うっ···)

東雲
え···キミ、まさか本気にして···

サトコ
「してません!全然してません!」

東雲
そうだよね。当然

東雲
じゃ、次こそ合格目指して頑張って
あと、ついでにそこの書類整理もよろしく

サトコ
「分かりました···」
「はぁぁ···」

(なんか、ヘコむのを通り越して笑いたくなってきちゃった···)
(なにやってんだろ、私)
(失恋が確定してるのにこうして教官室に来て、いちいちドキドキして···)

サトコ
「って、違う違う!」

(教官に会いに来たのは、ひったくり犯の件について聞くためだよ!)
(それなのに···それなのに···!)

サトコ
「また逃げられたー!」


【寮 談話室】

(わかんない···ほんと謎すぎる)
(なんで教官は、質問に答えてくれないだろう)

私はノートを広げると、これまでの経緯を書き出してみる。

(まず、私がひったくり犯を捕まえたとき···)
(教官も22件目の犯人と同じ人だって思ってたはずだよね)
(所轄に連れて行ったときも、そのあとおばあさんに会ったときも···)

サトコ
「となると···」

(教官が証言を変えたのは、つい最近ってこと?)
(ひったくり犯が否認し始めてから···)

???
「おい」

(それも、たぶんA署の担当刑事が確認に来てからで···)

加賀
耳元も遠いのか、このクズが

サトコ
「!?」

(うわっ、加賀教官···!)

サトコ
「お疲れさまです!」
「あ、もしかしてこの席に座りたいとか···」

加賀
くだらねぇこと言ってねぇで、俺の質問に答えろ
関塚和一を知っているか

サトコ
「関塚···?」

加賀
この男だ

加賀教官に写真を見せられて、ようやく記憶が蘇る。

(この人、さちさんのダンナさん···)

加賀
···知っているようだな。いつ知った?

サトコ
「先月です。東雲教官に紹介してもらいました」

加賀
そのときの状況を詳しく話せ

サトコ
「えっ、でも大したことは···」

加賀
いいから話せ

サトコ
「はい、えっと···」

私は思い出せる範囲のことを、できるだけ詳しく説明した。

加賀
···つまり歩は、関塚やその嫁と接触しているんだな

サトコ
「はい、まぁ···」

(えっ、ちょ···)

呼び止める間もなく、加賀教官は談話室から出て行ってしまう。

(···なんだったの、今の?)
(どうして、さちさんのダンナさんのことを聞かれたの?)

けれども、相手が加賀教官なだけに、追いかけて聞くことも出来ず···
私はただその場に取り残されたのだった。

to be continued



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする