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東雲 エピローグ 1話



【個別教官室】

東雲教官とお付き合いすることになって1ヶ月。
今、私には結構、いや、随分···というか、とんでもなく真剣な悩みがある。

サトコ
「教官、課題終わりました!」

東雲
見せて
···ふーん。ま、悪くないんじゃない
1問間違ってるけど

サトコ
「えっ、どこですか?」

東雲
設問5。問題、もう一度読み直して

サトコ
「はい···」
「······」
「···ああっ!」

(やられた、引っかけ問題···!)

サトコ
「すみません、直しました」

東雲
ほんとキミって、このテの問題にもれなく引っかかるよね
バカ正直っていうか、問題作成者の意図どおりっていうか
それって公安刑事のタマゴとしてはどうなわけ?

サトコ
「うっ、すみません」

東雲
···ま、いいけど

教官はテキストを閉じると、時計を見る。

東雲
今日はこれで終わりね
おつかれ···

サトコ
「はい!教官に質問があります」

東雲
···なに

(きた···チャンス!)

サトコ
「英語の『LIKE』を訳すとどういう意味ですか!」

東雲
······

サトコ
「どういう意味ですか!」

東雲
···形容詞の場合『類似の』『似ていて』
前置詞の場合『~のような』『~らしく』

サトコ
「他には···」

東雲
副詞の場合『たぶん』『およそ』『いわば』あとは···

(あああっ···)

サトコ
「し、質問変えます!」
「『LOVE』を訳すと···」

東雲
···ゼロ

サトコ
「えっ」

東雲
テニスで『0』でしょ
『フィフティーン・ラブ』『フォーティー・ラブ』···

サトコ
「そ、そっちじゃなくて、ごく一般的な···」

東雲
ああ···『情事』のほう?

サトコ
「!?」

東雲
『情事』『色情』『性欲』他には···

サトコ
「も、もういいです···っ」

東雲
あっそう
じゃあ、質問タイムはこれで終わり

鼻先で笑う教官の前で、私はただただ、うなだれる。

(うう、今日も失敗した···)
(どうして言ってくれないんだろう、『好き』って)

この1ヶ月、折を見ては何度も挑戦してきた。
けれども、未だ一度たりとも成功したことがない。

(『好き』っていう、たった2文字を言って欲しいだけなのに)

東雲
ああ、そう言えばさ
今、アキバ限定で『超幻のピーチネクター』が出てるんだって

サトコ
「それがなにか···」

東雲
そういうの買ってきてくれる可愛い子には
ご褒美あげたくなるかも···

サトコ
「行きます!」
「氷川、速攻で買ってきます!」

東雲
あっそう
じゃ、これ。店の場所を書いたメモだから
がんばって

サトコ
「はい、行ってきます!」



【秋葉原】

(やっとアキバに着いたぁ~!)

サトコ
「···ん、本屋?」

(どうして本屋にピーチネクターが···?)

【本屋】

理由は、本屋に駆け込んだ後で何となく理解できた。

(周りにいるの···男の人ばかりだ···)
(なんだか居心地悪いな)

サトコ
「!?」

(な、なんかアダルトなマンガが、いっぱい並んで···)
(って、そっちはどうでもいいから!)
(『超幻のピーチネクター』···『超幻のピーチネクター』···)

サトコ
「えっ、これ!?」

【電車】

帰りの電車に揺られながら、私はピーチネクターの缶をまじまじと見る。

(この水着の女の子···アニメの主人公かなにかなのかな)
(それにしてもすごい···巨乳)

スクール水着の胸元から見える谷間に、つい釘付けになってしまう。

(そういえば、さちさんも結構胸があったような···)
(教官、巨乳が好きなのかな)

悩む間もなく···おじいさんとおばあさんが近くに乗って来たのを確認して
慌ててその缶を袋にしまった。



【個別教官室】

サトコ
「おつかれさまです」
「『超幻のピーチネクター』買ってきました」

東雲
ありがと。見せて

私から缶を受け取ると、教官はじーっとアニメ絵の女の子を見つめる。

(やっぱり教官、巨乳が···)
(ていうか、ヘタしたらスクール水着フェチ···!!)
(ハードル高···っ!)

東雲
···ふーん、20%増ね

(ん?)

教官はプルタブを引くと、中身をマグカップに入れ替える。

東雲
ああ、これは···確かに多いかも···

サトコ
「なにがですか?」

東雲
桃の果肉
通常40%だけど、この『超幻』は60%なんだよね

心底嬉しそうな教官を見て、私はついポロリとこぼしてしまった。

サトコ
「なんだ、そっち···」

東雲
は?

サトコ
「あ、その···」
「てっきり教官は、缶の女の子に興味があるのかと···」

東雲
なんで?

サトコ
「だって、レジに並んでた男の人たち」
「皆その女の子のイラストが目当てで買ってたみたいでしたし···」
「それにその子、なかなかの巨乳で···」

とたんに教官はため息をついた。

東雲
オレ、前に言わなかったっけ
胸の大きさとかどうでもいいって

サトコ
「あ···」

(そういえば、以前ランジェリーショップでそんなこと言ってたような···)

サトコ
「そっか···そうですよね」
「大きさなんて関係ないですよね!」

東雲
もちろん
じゃあ、これ···お遣いのご褒美ね
この缶、きれいに洗ってオークションに出せば、定価の10倍で売れるらしいから

サトコ
「わかりました、ありがとうございます!」
「それじゃ失礼します!」

【廊下】

(そうだよ、関係ないよ。大きさなんて!)
(よーし、私も自信を持って···)

サトコ
「あああっ!」

(また『好き』って言ってもらい損ねたー!)



【寮 談話室】

サトコ
「はぁ···」

(せっかくアキバまでお遣いに行ったのに、ご褒美が空き缶って···)

鳴子
「もう、サトコってば。さっきからため息多すぎだよ」
「なにかあったの?」

サトコ
「まぁ、その···いろいろと···」

鳴子
「なになに、恋の悩み?」

サトコ
「!」

鳴子
「えっ···ほんとに?」
「サトコ、ついに好きな人ができたの?」

サトコ
「違···そういうわけじゃ···」

(マズい、マズい!)
(教官と付き合ってるなんて絶対言えないし···)

サトコ
「あ、え···えっと···」
「そろそろ『きょうはバイト休みません』の時間だよねー」

鳴子
「ちょっとー、誤魔化さないでよ」

サトコ
「誤魔化してないってば」
「リモコン、リモコン···っと···」

誰もテレビを観ていないのをいいことに、私は勝手にチャンネルを変える。


『誤魔化さないでよ!』
『本当に私のこと、好きなの?』


『好きに決まってるだろ』


『うそ!だって私、まだ一度も『好き』って言ってもらってない!』

(げ···)

鳴子
「うわー、いきなり修羅場じゃん。先週そんな終わり方だっけ?」

サトコ
「う、うん···」

(しかも、身近なシチュエーション過ぎる気が···)

鳴子
「でもさー、このテのパターンって男もダメだけど、女も大概だよね」

サトコ
「え、どうして?」

鳴子
「この2人、確か先々週にヤっちゃってるじゃん」
「それなのに今さら『好きって言ってもらってない』って遅すぎでしょ」
「ヤる前に言わせないと、体よく遊ばれてオシマイだよねー」

(あ、遊ばれて···)

サトコ
「そ、そんなことはないんじゃないかな!」

鳴子
「ん?」

サトコ
「ほら、その···」
「言葉にしなくても伝わる気持ちはあるっていうか···」

鳴子
「それ、遊び慣れた男の言い訳・第1位」

(うっ···)

サトコ
「でも、その···っ」
「私の友だちの友だちの···えっとイトコの妹の話なんだけどね」
「告白とかされてないけど、ちゃんとお付き合いしてるって···」

鳴子
「ほんとに?」

サトコ
「ほんとだって!」
「彼の家にも遊びに行って、何度か泊めてもらったみたいだし」

鳴子
「そりゃ、身体目当てなら泊めるでしょ」

サトコ
「あ、その点は大丈夫」
「まだ一線は越えてないらしいから」

鳴子
「えっ···」

サトコ
「だから『身体目当て』ってことはないかと···」

すると、鳴子はますます怪訝そうな顔つきになる。

鳴子
「それ···本当に付き合ってるの?」

サトコ
「どういう意味?」

鳴子
「告白されていなくて、家に泊めてもらって何もなくて···」
「それじゃ、ただの『女友達』でしょ」

サトコ
「······」

(···そうなの?)

【廊下】

(言われてみれば、確かに···)
(ちゃんと告白されてなくて、特に身体の関係もなくて···)
(じゃあ『付き合ってる』って私の勘違い?)
(ていうか妄想?)

サトコ
「で···でもキス···!」

(そうだよ、キスしてるよ!)
(その···結構してると思うんだよね、キスだけは···)

サトコ
「···ん?」

(でも···私付き合う前から教官にキスされてた気が···)
(となるとキスだけじゃ話にならない?)


【モニタールーム】

(つまり、東雲教官の場合···)
(『キス』だけだと付き合ってるってことにならない···とか?)

東雲
···なんなの、キミ
さっきから無言でじーっとこっちを見て

(あ、しまった、つい···)

東雲
用があるなら3秒で言って
1···2···

サトコ
「あああ···っ」
「キス···っ」

東雲
は?

サトコ
「『キスした人』と『してない人』の差って何なのかなー···なんて···」

東雲
そんなの簡単でしょ
好意の差じゃない

サトコ
「そ、そうですよね。じゃあ···」
「『キスした人』と『それ以上した人』の差は···」

東雲
『それ以上』?
なにそれ。つまりセッ···

サトコ
「そ、そうです!ぶっちゃけそれです!」
「その差は一体···」

東雲
···ふーん、なるほどね

教官はなぜかニヤリと笑うと、ネクタイの結び目に手を掛ける。

東雲
キミ、なかなか上手になったね
2人きりの密室でそんな話題を持ち出すなんて···

サトコ
「え···」

東雲
つまりオレを誘ってるってことでしょ

(ええ···っ!)

東雲
まぁ、遠回りなのか、直接的なのかわかんないけど
キミらしい方法でいいんじゃない?

サトコ
「ごごご誤解です!」

東雲
なに?今度は焦らしプレイ?

サトコ
「違···っ」

東雲
じゃあ、まずはどうしてほしい?
触る?脱がせる?それとも···

サトコ
「うわああっ!」

(ダメダメ、ここ学校···っ!)

東雲
···なに本気にしてんの

パチンッ!

サトコ
「痛···っ」

東雲
公の場でヤるほど盛ってないし
ていうか、キミが教え子のうちは手を出すつもりはないし

サトコ
「え···」

東雲
考えてもみなよ。立場的にマズいでしょ
教え子と教官が関係持ってるなんて

(そ、それはそうだけど···)

東雲
ま、気にしない人は気にしないんだろうけどね
兵吾さんとか颯馬さんとか

サトコ
「!」

東雲
兵吾さんはあのとおりの人だし
颯馬さんは案外『狼』でしょ

サトコ
「お、狼···」

(あの紳士っぽい颯馬教官が···)

東雲
なに驚いてんの。あの人、ああ見えて肉食だよ
キミも気を付けなよ
うかつに近づいたら、バクッと狼の餌食に···

颯馬
それは聞き捨てなりませんね

サトコ
「ぎゃっ!」

慌てて振り返ると、穏やかな笑顔の颯馬教官が立っている。

東雲
あれ。いたんですね

颯馬
ええ、隣のマシンルームに
それより先ほどの発言は、ぜひ撤回してもらいたいものですね

サトコ
「そ、そうですよね!」
「颯馬教官が狼で『肉食』だなんて、そんな···」

颯馬
狼は『肉食』ではないそうですよ

サトコ
「えっ···」

颯馬
実は、ああ見えて彼らは『雑食』なのだそうです
その点、私はグルメですから
狼とは大違いでしょう?

サトコ
「は、はぁ···」

(えーっと···今のは食事の好みの話?それとも···)

颯馬
その点。歩はなかなかの『雑食』ですよね
許容範囲もかなり広いみたいですし。···ね?

(な、なんで私に笑いかけて···)

東雲
···つまり『狼』はオレだと?

颯馬
最近はそうでもないみたいですけどね
では失礼

意味ありげな笑みを残して、颯馬教官はモニタールームを出て行く。
とたんに、教官は愛想のよさそうな笑顔を引っ込めた。

東雲
狼は意外と一途な気もするけどね
確か『一夫一妻制』だし

(え···)

東雲
もっとも、それも群れの最上位カップル限定だけど

サトコ
「そ···それはどういう意味でしょうか」

東雲
さあね。たまには脳みそをフル回転させてみれば?
少しは活性化されるかもよ

(ぐ···っ)

東雲
それより、キミ
この資料に目を通しておいて

教官からクリアファイルを渡される。

サトコ
「尾行訓練···ですか」

東雲
そう。来週から始まるんだけど···
キミ、初っ端から引きが強いよね
かなり手強い相手が尾行対象者になったよ

サトコ
「はぁ···」

東雲
ま、がんばって

ニヤニヤしている教官を尻目に、私は資料に目を通す。

(いったい誰を尾行するんだろう)
(『手強い』ってことは教官の中の誰かなのかな)

サトコ
「ええっ···」

(まさか、この人を!?)

to be contineud



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