カテゴリー

東雲 カレ目線 1話



「期待しない出逢い」

【居酒屋】

たぶん、その日のオレは、やさぐれていたんだと思う。

黒澤
じゃあ、このあたりで皆さんお待ちかねの···
自己紹介タイムといきましょう!

幹事の透のひと声で、皆が妙にソワソワし始める。
そんななか、オレは目の前のほっけ焼きに黙々と箸をつけていた。

(今日のコたちって全員商社のOLだっけ、それとも看護師?)
(ていうか、どの子も似たような顔してんだけど)

仕事柄、人の顔を覚えるのは苦手じゃない。
ただ、今日は覚える気が起きないだけで。

(ま、とりあえずニコニコしておけばいいか)
(それで気の合いそうなコがいたら、連絡先を交換して···)

そのとき、向かいの席にいた女のコのひと言が耳に飛び込んできた。

女性
「今日は『運命の人』を探しに来ましたぁ」
「よろしくお願いしまぁす」

皆が「おおっ」と拍手する。
中には「じゃあ、オレが」と手を挙げてるヤツもいるくらいだ。
なのに、何故かオレはイラッときて、つい本音を口にしてしまった。

東雲
へぇ、『運命の人』かー

女性
「はぁい」

東雲
でも『運命』ってさー
なーんか安っぽい言葉だよねー

全員
「······」

【街】

2時間後。

黒澤
ああ、もう!なんてことを言ってくれたんですか
歩さんのせいで、今日の合コン、一次会でお開きですよ!

東雲
ハイハイ

黒澤
あの女のコは泣いちゃうし
他のコたちも最後まで怒ってたし!

東雲
だから悪かったって

確かに、余計なことを言った自覚はある。
あんなの、適当に聞き流しておけばよかったのだ。

黒澤
ていうか今日の歩さん、ヘンですよ
なにか嫌なことでもあったんですか?

透は、おどけた様子でオレの顔を覗き込んでくる。
そのくせ、明らかに探るような目をしているんだからタチが悪い。

東雲
べつに

黒澤
······

東雲
ほんとだって

そう、なんてことはないのだ。
今日の夕方、幼なじみから浮かれたメールが届いたってだけで。

ーー『お嫁に行くことになりましたー\(^o^)/』

(···バカみたい)

こんなの、覚悟できてたはずなのに。

(ほんと、バカみたい)
(一度も告白しないで、失恋するなんて)



【個別教官室】

そんなやさぐれた気持ちが「あきらめ」に変わり始めた頃···
オレは、仕事の傍ら、公安学校の教官を務めることになった。

(面倒くさ···)
(なんでオレが教官になんて···)

ひとまず、次期入校者の経歴書をざーっと流し見る。
今の時点では、公安として使えそうなのは一握りしかいなさそうだ。

(これを使える人材に育てあげるとか···)
(ほんと、面倒くさすぎ···)

東雲
···ん?

ふと、ある経歴書の「首席合格」の文字が目に止まった。

東雲
ふーん···

(今期の首席は女子なんだ)
(名前は···氷川サトコ···)

東雲
······
·········

(···なにこれ)
(この経歴、どう見ても嘘でしょ)

PCを開いて、職員管理のDBにアクセスする。
「アクセス権限エラー」のメッセージは、ほんのひと手間ですぐに解除された。

東雲
氷川サトコ···長野県出身···

(···やっぱりコレ、おかしいって)

人事部のミスか、それともなにか裏事情でもあるのか。
念のためにと内線電話に伸ばしかけた手を、結局オレは引っ込めた。

(ま、どうせ誰かが報告するか)
(石神さんか颯馬さんあたりが···)



【シャワー室】

ところが···

サトコ
「え?」

東雲
ん?

サトコ
「ご、ごめんなさい!シャワー室が空いてるって言われたもので!」

(この子、インチキ経歴書の···)
(もしかして、誰も人事部に連絡しなかったってこと?)
(兵吾さんはともかく、石神さんや颯馬さんは···)

そこまで考えたところで「ああ」と思い出す。

(あの人たち、昨日まで潜入捜査で忙しかったんだっけ)
(透とも、今朝まで連絡取れなかったし)

あるいは「大人の事情」が働いたとも考えられる。
なにせシャワー室に堂々と入ってくるような子だ。

(上層部の愛人とか?)
(そのわりに色気のカケラもなさそうだけど)

ひとまず着替えて、荷物をまとめる。
去り際に声をかけようと思ったのは、ちょっとした好奇心からだ。

東雲
じゃ、鍵かけるの忘れないようにね

サトコ
「すみません、急かしてしまって···」

東雲
気にしないで
それにキミみたいなエッチな子、キライじゃないから

サトコ
「エッチ!?」

東雲
そんなに大きな声出さないの。外に聞こえちゃうよ

サトコ
「え、あの···っ」

なにか言いたげだったのを無視して、ドアを閉める。

【廊下】

(予想通り色気ゼロ)
(あれで『愛人』なら趣味悪すぎ···)

東雲
······

(···意外と颯馬さんあたりは、好きなタイプだったりして)
(あと後藤さんも···あの垢抜けない感じが好きそうだし···)

東雲
兵吾さんは···

(···ないな。ないない)
(会うたびに『このクズが!』って舌打ちされるでしょ)
(まぁ、オレ的にも絶対ないけどね)


【個別教官室】

その数時間後···
なんと「ウラグチ」が、オレの補佐官を務めることになった。

(やっぱりバカだな。この子)
(どうせなら、もっとしっかり指導してくれる教官を選べばいいのに)

「幻のピーチネクター」を飲みながら、少し前に撮った動画を再生する。
画面には、スマホを手にうなだれる彼女が映し出されている。

ーー「そうですか···書類に嘘を···」
ーー「ありがとうございます···では失礼します」

東雲
······っ

(これ···いくらなんでも肩を落としすぎでしょ)
(人前なんだから、もう少し体面を取り繕えばいいのに)

よく言えば「素直」
でも、それは公安刑事としてあまりプラスに働くとは思えない。

(ま、適当にパシらせておけばいいか)
(1ヶ月もしないで長野に帰るだろうし)

その考えはあっさりと打ち砕かれるんだけど······


【モニタールーム】

そんななか、最初の訓練が始まった。
潜入捜査訓練···
といっても、あくまで架空の「潜入捜査」だけど。

東雲
キミには花屋の入口からスタートして···
30メートル先の空き地に辿り着いてもらう

もちろん、ただ移動してもらうわけじゃない。
その間「監視カメラに映らない」という条件付きだ。
案の定、それを聞いた彼女は顔を引きつらせた。

サトコ
「こんなの無理···」

東雲
だったらやめれば?
どうせ裏口なんだし、荷物まとめて帰りなよ

わざとキツめな言葉をぶつけると、彼女は悔しそうにうつむいた。

サトコ
「···嫌です」
「このまま帰るのは絶対に嫌です」

(······やる気は合格)

裏口入学のくせに、いちおう「やる気」だけはあるらしい。
そうなると、最初の助言をどこまでするかが問題だ。

(いきなり全部を教えるのもなんだし···)
(まずはヒントを1つ与えてみるか)

東雲
いまから10分間、この2つのモニターを観察して

サトコ
「···それだけですか?」

東雲
それだけで十分でしょ
キミがこの学校で学ぶに値する人材ならね

(これで5分ほど様子を見て···)
(なにも掴めないようなら、もういくつかヒントを与えるか)

ところが5分後。

(そろそろ次のヒントを···)

カツカツカツ···

(ん?)

カツカツ···カツカツカツ···

(なに、この音···)

見ると、彼女の指先が地図を軽く叩いている。
どうやらモニターを眺めながら、リズムを取っているらしい。

(なんなの、ただのクセ?)
(だとしたら迷惑···)

東雲
······

(···違う。コイツ、監視カメラの死角を発見したのか)

その上で、進むルートを確認しているのだ。

(ただの偶然?)
(それとも恐ろしく勘がいいとか?)

いずれにせよ、はじめて目の前の新人に興味が湧いた。
ただの「裏口入学」が、指導次第では化けるかもしれない···

【商店街】

けれども、その期待はあっさりと打ち砕かれた。

女性
「ひったくりよ!」

おばあさん
「誰か!誰かバッグを···」

サトコ
「待ちなさい!」

東雲
ちょっと!キミ···

慌てて声をかけたものの、彼女はそのまま犯人を追い掛けて行ってしまった。

東雲
あのバカ···!

(ありえない。今は『潜入捜査中』なのに)

人によっては「ただの訓練だろう」と言うかもしれない。
けれども、訓練では常に「本番」を想定している。
これが本当の「潜入捜査」なら任務失敗なのだ。


【個別教官室】

そんなわけで、彼女には反省文5枚を課して帰らせた。
しょんぼりしていたけど、どこまで理解してもらえたかは分からない。

(また同じことをやらかしたりして···)

新人警察官の多くは「刑事部」の刑事に憧れる。
事件を解決し、正義のヒーローになることを、心のどこかで夢見ている。

(だったら、ここに来なければいいのに)
(まぁ、この子の場合、わからずに放り込まれたみたいだけど···)

そんなことを考えていると、スマホの着信メロディーが鳴り出した。
すぐに手帳に手を伸ばすと、素早く今の時刻を書き込む。

東雲
はい···

さち
『もしもし、歩くん?今、大丈夫?』

すっかり耳に馴染んだ、甘く軽やかな声。

東雲
もちろん
今日はなに?『ぶりの照り焼き』の作り方?

さち
『それは先週だよ。今日はねー』

電話魔のさちは、他愛のないことを楽しそうに話し始める。
もっとも、その8割は「大好きな関塚さん」のことだけど。

さち
『それでね、彼がねー』

相槌を打ちながら、オレは机の引き出しを開けた。
古びたステンドグラスの欠片が、鈍い光を放っていた。

to be contineud



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする