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東雲 カレ目線 4話



学生時代のこと。
女友だちのなかに、本当に気の合う子が1人だけいた。
あるとき、その子が···

ーー「あのさ、東雲」

ーー「なに?」

ーー「私、東雲のこと、好きになったかもしれない」

そのとき、とっさに出た言葉を今でもはっきり覚えている。

ーー「え、面倒くさ···」

【カフェテラス】

黒澤
ええっ、そんな『面倒くさい』って!
歩さんの鬼ーっ!意地悪ーっ!
透だったら泣いちゃう!

東雲
いや、透に泣かれても···
でも、仕方なくない?」
恋愛対象じゃない子に好かれても困るだけだし

しかも今、再び似たような状況に陥っている。
その相手というのが···



【モニタールーム】

サトコ
「おつかれさまです」
「今日の資料、用意できました」

東雲
あっそう

サトコ
「······」

東雲
······

サトコ
「······」

東雲
···戻っていいよ
用意できてるんでしょ

サトコ
「あ、はい!では失礼します!」

重たげなドアが音を立てて閉まる。
とたんに、ふっと力が抜けたのが自分でも分かった。

東雲
···ったく

想定外の告白をされてから数週間。
少しずつ、お互いの空気感が変わり始めている。
それも、微妙な方向に。

(こっちはそんなつもりはないのに)
(ほんと、面倒くさ···)

そもそも、彼女はオレのどこを好きになったんだろう。
好かれるようなことをした覚えはない。
強いて言うなら、勉強をみてあげているくらいだ。

(あとは、パシリとかパシリとか、パシリとか···)

東雲
······

(···もしかしてあの子、ドM?)
(だったら、兵吾さんと相性がいいんじゃ···)

プルルッと内線電話が鳴った。

東雲
はい、東雲です

後藤
後藤だ。今、A署の刑事部から電話が入っているが···

(A署···)
(って、確かこの間のひったくり事件の···)

【個別教官室】

2時間後、例の担当刑事がオレのもとを訪ねてきた。
しかも、思いがけない情報を携えて。

東雲
否認している、って···ひったくりそのものをですか?

刑事
「いや、そこはさすがに認めてるんだよね」
「ただ、22件目の事件だけ『違う』って言い張っててさ」

(22件目···)
(それって、潜入捜査訓練中に遭遇した、あの···)

東雲
···それで?
犯人にアリバイでもありましたか?

刑事
「ん?」

東雲
じゃないと、ここまで確認しに来ないでしょう?

刑事
「ま、そういうことだな」
「ただ、アリバイを証明している相手がちょっと面倒でね」
「なにせ国会議員様だから」

(え···)

そのとき、タイミングよく携帯のバイブが震えた。
刑事が「失礼」と手を挙げて、いったん席を離れる。
その隙に、オレはさり気なく彼の手帳を確認した。

(Aホテル勤務、勤務表確認、笹野川議員···)

東雲

(証人って笹野川かよ!)

冗談じゃない。
今、ここで「警察関係者」に笹野川の周辺をウロウロされては困る。

(せっかくここまで愛人を泳がせてきたのに)
(このせいで警戒されて、逃げられでもしたら···)

刑事
「ああ、すみません」
「えっと···どこまで話したかな」

東雲
犯人の証人のことです

刑事
「ああ、そうそう、その証人ってのが国会議員の笹野川でね」
「連絡してきたのは議員秘書なんだけど···」
「本人にも直接確認しに行くか、ちょっと検討中で」

ようやく話が見えてきた。
オレの証言次第で、その「検討中」の結果が決まるというわけだ。

(たぶん、お互いの利害は一致している)

オレは、議員と警察関係者の接触を防ぎたい。
そしてこの刑事は···面倒なことはしたくない。

(そういうことなら···)

東雲
すみません。オレの見間違いだったかも

刑事
「···本当に?」

東雲
はい。絶対にそうだって断言できるほどちゃんと見てないですし
そもそも議員自らそう仰ってるなら、それが一番有力な証言でしょう?

刑事
「···まぁ、そうなるよな」

案の定、刑事の顔にホッとしたような色が浮かんだ。

東雲
すみません。曖昧な証言をしてしまって

刑事
「ああ、いや···」
「じゃあ、あとは、キミの補佐官に確認を取るだけだな」
「では失礼」

東雲
······

ひとまず、議員から刑事を遠ざけるように手は打った。
あとは、あの刑事がSNSでの騒動があったことに気付くかどうかだ。
気付いた場合、本当の滞在先だったBホテルに辿り着く可能性がある。
となると、揺るぎない証拠になるのが···

(監視カメラの映像···とか?)

東雲
······

本当はそこまで手を打つ必要はないのかもしれない。
けれども、もし騒動が再燃して警察関係者やマスコミが動き出したら?

(この点は要検討···と)

さらにもう1つ、大きな懸念点がある。
単純すぎるほど単純な、うちの補佐官のことだ。

(絶対、証言を曲げないだろうな、あの子)

だからと言って、こちらの事情を伝える訳にはいかない。
まぁ、伝えたところで納得するかどうかも謎だけど。

(ひとまず、なにか言ってきたら適当にあしらって誤魔化すか)
(例えば、ちょっとからかうとかして···)



【廊下】

ところが、思っていた以上に彼女はしつこかった。

サトコ
「教官!どういうことですか!」

東雲
なに、いきなり···

サトコ
「ひったくり事件のことです!」
「あの日、教官も犯人を見てますよね?」
「それなのに、どうして今頃『見間違いかも』なんて言い出したんですか?」

【個別教官室】

さらに···

サトコ
「誤魔化されませんよ、教官!」
「ひったくり犯のこと、今日こそちゃんと説明してください」

東雲
ちっ

サトコ
「舌打ち!?今、舌打ちしましたよね!?」

【モニタールーム】

おまけに···

サトコ
「だったら例のひったくり事件のこと、教えてください!」
「教官が、証言を変えた理由を」

東雲
···キミ、本当にしつこいね

サトコ
「しつこさ上等です!」
「これでも『長野のスッポン』って呼ばれてましたから」

このスッポン並みのしつこさに負けて、オレは1つだけ約束をした。
「24時間以内にオレをその気にさせたら全て話す」と。

(ま、そんなこと、できっこないけど)
(絶対、キミ相手にその気になんかならないし)


【帰り道】

そして、オレの思惑通り··
10時間近く一緒にいても、彼女の試みはかすりはしなかった。

(ま、努力は認めるけどね)
(それに、なんだかんだと楽しませてもらったし)
(特にランジェリーショップに行ったときなんて···)

思い出し笑いを堪えるオレの隣で、かのじょは眉間にしわを寄せている。
迷走気味なわりに、まだまだ諦めるつもりはないらしい。

(ほんと、しつこすぎ···)

問題はこのあとどうするかだ。
今日の予定はほぼ終わって、あとは自宅に帰るだけ。

(でも、部屋にまで上げると面倒···)

サトコ
······

(···なことにはならないか)

今、彼女の頭の中は、自分のミッションのことでいっぱいだ。
これなら部屋に上げたところで、面倒ごとが起きるとは思えない。

(だったら、いっか)
(退屈しのぎにもなりそうだし)

東雲
さて···と。あと4時間で今日がおわるわけだけど
まだついてくる?

答えは分かっていた。
なにせ彼女は「長野のスッポン」なのだ。

【東雲マンション】

ラックからスリッパを取り出すと「どうぞ」と目の前に出す。
思えば、女性を部屋に上げるのはかなり久しぶりだ。

(確か前回は、泥酔した子を介抱するためやむを得ず···だっけ)

幸い、今日の「女の子」は酔っ払ってはいない。
かわりに、神妙な顔つきで自分の胸元を覗き込んだりしてるけど。

東雲
いちおう断っておくけど
キミのハニートラップには99,9%引っかからない自信があるから

サトコ
「な···っ」

東雲
ロクな下着つけてなさそうな子に誘われてもねー

時間は刻々と過ぎていき、彼女は明らかに焦り始めている。
もちろん、このままタイムアップでも構わないけど···

(もう少し楽しませてもらわないとね)
(あと3時間42分もあるんだし)

ひとまずヒントを与えてみる。
感情を揺さぶるための手段として「弱点を利用すれば?」と。
それなのに、なぜか彼女は実行に移さない。

(まさか、オレの弱点に気付いてないとか?)
(それとも『そんな卑怯なことはできません!』って?)

これくらい、オレたちの仕事では朝飯前のはずだ。
それなのに···

(ほんと、真っ当すぎ)
(でも、それってどうなの?公安刑事のタマゴとして)

オレのなかに、意地の悪い気持ちが芽生える。

(ま、いいか。これくらいなら)

ちょっとしたお手本のつもりで、オレは彼女の顔を覗き込んだ。

東雲
じゃあ、オレから質問
キミってさ、オレのことどう思ってんの?

サトコ
「···?」

東雲
オレのこと、好きなの?

とたんに、彼女の目がまん丸になった。

サトコ
「な···す、好きとか···」

東雲
「違うの?

サトコ
「すすす好きです!」

東雲
······

サトコ
「好きです、大好きです!」

東雲
あっそう

(まぁ知ってるし、それくらい)

すると、今度は焦ったように言葉を変えてくる。

サトコ
「や···やっぱり嫌いです!」

東雲
······

サトコ
「嫌い···大嫌い···」

東雲
ふーん···

(なにそれ、揺さぶりでもかけてるつもり?)

でも、その程度で動揺するはずがない。
せめて、もっとインパクトのあることをしてくれないと。

東雲
じゃあ、こんなことしたら引っぱたく?

彼女にのしかかるようにして、ブラウスのボタンに指をかける。
もちろん、それ以上はどうこうするつもりはない。

サトコ
「や···っ」

東雲
ほんとに?
本当にイヤ?

ぐっ、と彼女が息を呑んだのが分かる。
けれども次の瞬間、幼い子供みたいに顔が歪んで···

(あ、マズい···)

サトコ
「す···すみませ···っ」

泣かせた。
泣かせてしまった。
さすがに調子に乗りすぎた。
ここまでするつもりじゃなかったのに。

東雲
ごめん、からかいすぎた

サトコ
「······」

東雲
ごめん···

サトコ
「知ってます···」

東雲
······

サトコ
「こんなの冗談だって、知って···」

それでも、彼女は泣きじゃくる。
なにか胸の中に溜まっていたものを、一気に吐き出すみたいに。

(ああ、ちょっと···)
(これは···)

東雲
うん、悪かった···

サトコ
「······」

東雲
悪かった······

改めて実感した。
この子は、本当にオレのことが好きなのだ。
あやすように頭を撫でていると、彼女の身体が重たくなった。
驚いて様子をうかがうと、かすかな寝息が聞こえてくる。

(···子どもかよ)

いい歳した大人が、泣き疲れて眠るなんて聞いたことがない。

(とりあえずベッドに運ぶか···)

改めて抱え直すと、頬に残ったあとが目に入った。
幾重にも伸びたそれを見て、柄にもなく胸が痛んだ。

東雲
バカみたい

ふと脳裏を過ったのは、先日透と交わした会話だ。
学生時代、女友達に告白された話をした時のこと···

黒澤
でも、結局歩さんは、その女友達が大事だったんですよね

東雲
は?

黒澤
だって、歩さんって基本的に愛想がいいから
気のない相手に告白されたら、適当に言いくるめて遠ざけるでしょ
それか、サクッとつまみ食いしてオシマイとか

東雲
つまみ食いって···

黒澤
でも、その女友達にはどっちもできなくて···
だから『面倒くさい』んですよねー?

東雲
······

透の指摘は間違っていない。
確かにオレは、あの女友達が大事だった。
そして、今オレの腕の中にいる彼女のことも。

(そうだ、気に入ってるんだ···この子のことも)
(遠ざけることも、遊び相手にすることもできないくらいに)

思えば不思議な子だ。
体当たりでぶつかってきて、確実にオレの中に足跡を残して···

(まるで、ビックリ箱みたいな子···)

東雲
好きにならなければ良かったのに

(キミのことを、誰よりも一番好きになれたらラクなのに)

頬に残った涙のあとに、そっと唇を近づけてみる。
当たり前だけど、やっぱりしょっぱい味がした。

to be contineud



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