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東雲 カレ目線 5話



【個別教官室】

翌日の夕方。
あくびをしつつも幾度となく時計を確認していると···

コンコン!

(···やっと来た)

東雲
はい

サトコ
「失礼します」
「教官、頼まれていた缶コーヒーを持ってきました」

東雲
ああ···うん、ありがと···
ふわぁ···

サトコ
「···寝不足ですか?」

東雲
誰かさんのせいでね

いつもどおり嫌味を織り混ぜると、彼女はグッと言葉に詰まる。

サトコ
「その···昨日はすみませんでした」

東雲
本当だよ。キミ、重たいし
オレのシャツによだれつけるし
てことで迷惑料
これ、全部PDF化しておいて

さらに室長へのお遣いを託して、オレは教官室をあとにした。

【廊下】

東雲
······
···べつに、普通だし

(意識なんかしてないし)
(単に泣かせたことが気まずいだけで)

そう思っていたはずなのに。



【教官室】

(今日は午後から雨だっけ)
(その割に、曇り空ってわけでも···)

東雲
あ···

目に止まったのは、小走りで移動中の「彼女」だ。

(あの荷物は···武道場?)
(そういえば、次は剣道だっけ)
(なんか無駄に張り切ってるっぽいけど···)

東雲
!?

(転んだ···しかも顔面から)
(ほんと、鈍すぎ···)
(あれじゃ、どこか擦りむいて···)

東雲
······

(···オレには関係ないけど)

【廊下】

ある日、廊下を歩いていると···

千葉
「氷川、今日の夜さ」
「さっき習ったところの復習、一緒にしない?」

サトコ
「そうだね。じゃあ、鳴子にも声をかけておくね」

千葉
「えっ···」
「ああ、う、うん···そうだね···」

(千葉って、絶対彼女に気があるよな)
(寮でもよく一緒にいるし、なにかとフォローしてるし)
(確かひったくり事件の捜査も手伝って···)

東雲
······

(だから、オレには関係ないって···)

【カフェテラス】

また別の日には···

東雲
···ん?

(今日は石神さんと話してる···)
(ま、どうせ講義の内容の確認だろうけど)
(バカは何度も確認しないと覚えられないし)
(でも、確かこの間『石神さんのことが気になってる』って···)

東雲
······
だーかーらー···っ!

黒澤
どうかしました?

東雲
!?

黒澤
なんだか不機嫌そうですけど

東雲
······うるさい、透。生意気

黒澤
ちょ···なんで生意気って···
あ···ダメです、そこ触ったら···っ
あ···っ、ああ···っ

と、まぁ、あの子が図々しくもオレの視界に入り込んでくるから。
それで気付いてしまったのだ。
彼女がオレのことを「観察」していることに。

【教官室】

サトコ
「······」

東雲
······

サトコ
「·········」

(···ほら、また見てる)

東雲
なに?

サトコ
「えっ?」

東雲
こっちを見てる理由

サトコ
「み、見てるなんてそんな···」

(そのわりにうろたえてるし)
(ほんと、バカ)

それに、あんな目で見られて気付かないはずがない。

(あんな熱心に···)
(あんな探るような目を向けられたら、誰だって···)



【カフェテラス】

その理由は、数日ほどでわかった。
どうやら彼女は、オレを「観察」ではなく「監視」していたらしい。

(Bホテルの監視カメラの件がバレた···とか?)
(だとしたら命令したのは、颯馬さんか兵吾さんあたり···)

なんだか胸くそが悪くなった。
もちろん、同僚に疑われていることについてもだけど···

(なんであの子、オレ以外の命令に従ってんの?)
(オレのじゃなかったわけ?)

まぁ、いい。
それならこっちも探らせてもらうまでだ。

(ま、ただ探るだけなのも癪だから···)
(『彼女』を利用するってことで)

幸い、あの子のことはオレが一番良く知っている。
クセも特技も、よくやらかすミスも、それこそ全部。

(まずは、わざと隙を作って彼女に探らせるか)
(それから彼女が食いつきそうな『ヒント』を仕込んで···)
(それから···)

あとから思えば、ずいぶんとガキっぽい発想だ。
身内に対して「やられたからやり返す」なんて。
けれども、このときのオレはそれに気付かなかった。
それくらい腹を立てていたのだ。

結果、オレの報復は辛くも成功した。
彼女を傷つけ、室長から10倍返しを食らう形で。

【個別教官室】

難波
···なるほどな
つまりお前は、自分が疑われたからやり返そうとした···
で、そのために氷川を利用した···と

東雲
······

難波
ガキのケンカか

揶揄するような言い方に、オレは視線を上げて抗議する。
言い返さなかったのは、顔が腫れすぎて口が開かなかったからだ。

難波
おーおー、生意気な顔しやがって
普段はスカしたフリしてるくせに

東雲
······

難波
あのな、歩
今回の件の何が気に食わないかって言うとな
お前が、利用する人間を間違えたことなわけよ

東雲
······

難波
お前にとって、氷川はなんだ?

(なにって···)

オレは筆談用のメモ帳に、殴り書きをする。

難波
···なるほど『補佐官』か
それも『オレの』···ね

東雲
······

難波
だったらもう少し大事にするもんなんじゃないの?
人間は『モノ』以上にすり減るし、簡単に壊れる···
壊してからだと取り返しがつかないだろうが

東雲
······



【廊下】

確かに、冷静になってみればひどいことをしたと思う。
なにせ彼女が傷つくことを見越して、ああいう手段を取ったのだ。

(さちを利用するときは、ギリギリまで躊躇ったのに···)

ただ、あのときものすごく腹が立ったのは事実だ。
彼女が、オレの味方じゃないことに。

(だって、あの子はオレのだし···)

東雲
······

(いや、オレの『補佐官』だし)

誰に聞かれたわけでもないのに訂正する。
ただ、どちらにせよ、オレのやったことが許されるわけじゃない。

(とりあえず謝らないと)
(次に、顔を合わせたときに···)

【モニタールーム】

それなのに···

サトコ
「昨日はすみませんでした!」
「室長から事情を聞きました」
「教官がいろいろやっていたのは、あくまで捜査のためだったって」
「それなのに私、『私情かも』って疑ったりして···」
「本当に、すみませんでした!」

(···理解不能)
(なんでキミが謝って···)

それどころか、彼女がオレが捨てたものまで持ってきた。
1つは、今回彼女をひっかけるために使った懐かしい写真。
そしてもう1つは···

(これ···オレが捨てたステンドグラスの欠片···)

こっちは、今回の件とは関係なく捨てたものだ。
それもかなり前、窓から放り投げる形で。

東雲
これ···探してきたの?

サトコ
「はい」

東雲
いらない。捨てて

サトコ
「ダメです。捨てるならちゃんとケリをつけてからにしてください」

彼女の目が、まっすぐオレをとらえる。

サトコ
「本当はまだ好きなんですよね。さちさんのこと」

東雲
······

サトコ
「好き···なんですよね?」

(···やっぱり理解不能)

こんなことして、いったい何の得があるのか。
思わずそう尋ねると、彼女は戸惑ったような顔つきになった。

サトコ
「自分でもわかんないです」
「バカなことしてるなって思わないでもないし」

東雲
······

サトコ
「でも、強いて言うなら···」
「片思い同士だから···とか?」

(片思い同士···?)

サトコ
「なんて言うか、諦められないですよね」
「失恋確定って分かってても」
「どうしても気になっちゃうっていうか···」

東雲
······

サトコ
「それって教官も同じじゃないのかな···なんて」

(同じ···なのか?)
(オレとこの子が?)

確かに「片思いをしている」という意味では同じかもしれない。
けれどもオレは、最後までさちに想いを伝えられなかった。

(フラれるって分かってるのに···)
(そんなカッコ悪いこと、できるわけないって···」

それなのに、彼女は何度もオレにぶつかってくる。
オレがさちを好きだって知っているはずなのに。

(今だって、そんな切なそうな顔をして···)

気が付いたら、するりと言葉が滑り落ちていた。

東雲
そうでもないんじゃない

だって、オレは気にし始めている。
この「氷川サトコ」という女性のことを。
その気持ちが恋愛に変わるのかは、まだよくわからないけれど。


【個別教官室】

そうした経緯もあって、彼女と食事に行く約束をした。
その前日のこと。

サトコ
「じゃあ、お先に失礼します」

東雲
ん、おつかれ

サトコ
「······」

東雲
···なに?帰らないの?

サトコ
「帰ります···けど」
「その、明日の5時の約束···」

まだ前日だと言うのに、彼女はすでにソワソワしている。
これじゃあ、遠足前の子どもと変わらない。

(ほんと、わかりやすすぎ)

だからこそ、意地悪したくなるわけなんだけど。

東雲
ああ···なんだっけ、『明日』って

サトコ
「えっ···」

東雲
明日は確か···
10時に小包を受け取って
12時に透との約束があって
17時からは···

サトコ
「デートです!私とデートです!」

東雲
ああ、食事券消費イベント···

サトコ
「大丈夫です、絶対デートにしてみせますから!」
「それじゃ、失礼します」

勢いよく宣言して、彼女は教官室を出て行く。

東雲
絶対···ね

(ひとまずお手並み拝見ってとこ?)
(ずいぶん張り切ってるみたいだし···)

プルル、とスマホが震えた。
見ると、兵吾さんの名前が表示されている。

(また調べものかな)
(ほんと、人使い荒すぎ···)

東雲
はい···

加賀
今日発売の「週刊レッド」を見たか

東雲
いえ、見てないですけど。なにか···

加賀
今すぐ確認しろ

ただ事ではないその様子に、オレは慌ててブラウザを起ち上げる。
検索結果のトップをクリックすると、今週号の表紙が出てきた。

(···やられた!)

『笹野川議員ご乱交・美女としっぽり熱い夜』······

これで、笹野川の周辺は一気に騒がしくなる。
SNSでの騒動なんかとは比べものにならないくらいに。


【教官室】

翌日。
緊急ミーティングが行われ、オレはさちと連絡を取ることになった。
今回掲載された記事の中に「秘書」のことが書いてあったためだ。

(できれば電話で話すだけじゃなく、さちの家に行きたい)
(それで、関塚さんと少しでも話ができれば···)

焦る気持ちを抑えながら、さちの番号に電話を掛ける。
ところが、スピーカーから聞こえてきたのは···

謎の女性
『関塚の携帯です』

(えっ、さちじゃない?)

謎の女性
『もしもし?どちら様ですか?』

東雲
すみません、さちさんの友人の東雲です
今、さちさんは···

謎の女性
『それが···実は今、病院で···』

【病院】

室長に事情を説明して、すぐに病院へと駆けつける。
電話に出た女性はさちの友人で、救急搬送用の受付でオレを待っていた。

女友達
「すみません、わざわざ来ていただいて」

東雲
いえ、それよりさちが倒れたって···

女友達
「そうなんです。ただの貧血にしては様子がおかしくて」
「それで、念のため救急車を呼んだんですけど···」

東雲
今、彼女は?

女友達
「奥のベッドで寝ています」
「できれば旦那さんと連絡を取りたいんですが、今は海外にいるみたいで」

(海外?関塚さんが?)
(どうして、こんな週刊誌に記事が出るタイミングで···)

看護師
「関塚さんの付き添いの方はいらっしゃいますか」

女友達
「はい。身内ではなく友人ですが···」

看護師
「ご家族の方は?」

女友達
「それが、海外にいて連絡が取れないんです」
「実家には···」

東雲
これからオレが連絡を取ります
ただ遠方にいるので駆けつけるのは難しいかと

看護師
「そうですか···」
「できれば入院の手続きをお願いしたかったのですが」

ひとまず簡単な状況説明を受けて、さちの実家に連絡を入れる。
さらに入院に必要なものを揃え、手続き代行に奔走し···

Trrrr···Trrrrr···

サトコ
『おつかれさまです!今···』

東雲
ごめん。今日行けなくなった
ひとまずリスケで
それじゃ

サトコ
『えっ、もしもし?』

【待合室】

通話を切るなり、すぐ傍のソファに座り込む。
後悔、申し訳なさ、昨夜からの騒動による疲労···
でも、それ以上に打ちのめされたのは、さっきの電話だ。

(駅のアナウンスが聞こえてた···)
(約束した時間より1時間も過ぎてるのに)

きっと、今の今まで、彼女はオレを待っていたのだ。
1時間···いや、ヘタすればもっと長い間ずっと···

(サイアク···)

昨日の、別れ際の彼女が頭を過った。
あの屈託のない笑顔を思い出すたびに、胸が痛まずにはいられなかった。

to be continued



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