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元カレ カレ目線 難波 2話



【レストラン】

ハジメ先生との会食の日。
俺は仕事を休めず、職場からレストランに直行することになった。

店員
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」

難波
はい、確か···サギリで···

サトコ
「あ、室···じゃなくて難波さん!」

店の奥で、俺に気付いたサトコが立ち上がった。
俺は軽く手を挙げて応え、奥のテーブルに向かう。

難波
お待たせしました

ハジメ
「やっぱり···あなたでしたか···」

サトコ
「え、ハジメ、分かってたの?」

ハジメ
「分かってたというか、何となく、ただの上司じゃないなって気はしてた」

難波
どうも···その節は···

(ほう···この男、なかなか鋭いな···)

ハジメ先生と、その連れの女性と4人でテーブルを囲む。
ハジメ先生の隣には、おしとやかな女性が微笑んで座っていた。

ハジメ
「彼女は俺の婚約者で、アヤメといいます」

アヤメ
「初めまして」

サトコ
「アヤメさんは、看護師さんだそうですよ!」

難波
へえ···お医者さんに看護師さんですか···

サトコ
「ハジメは昔から、病院がないところに行って人を救うのが夢だったんですけど」
「研修を終えたら、赤十字の派遣でザンビアに行くことが決まったんだそうです」

(アフリカの無医村か···見た目は優男だが、存外しっかりとした考えの持ち主だな)

難波
それは、おめでとうございます

ハジメ
「ありがとうございます」

難波
ザンビアには、二人で一緒に?

ハジメ
「はい、アヤメが着いて行くと言ってくれたので」

難波
それは心強いですね

アヤメ
「ハジメさんの夢のお手伝いができるなら、と思いまして···」

サトコ
「よかったね、ハジメ。夢をちゃんと応援してくれるステキな人に出会えて」

アヤメ
「ふふっ、ありがとうございます」

サトコは、無邪気にハジメ先生と彼女の幸せを喜んでいる。
ハジメ先生がサトコの元カレなだけに、そんなサトコの姿が妙に微笑ましかった。

(こういうとこ、サトコらしいな···)

サトコ
「はい!ハジメのノロケ話はここまで!今度は私の番」

ハジメ
「ハハッ、ごめんごめん。相変わらず手厳しいなサトコは」

サトコ
「じゃあ、改めて紹介するね。この人が、私の大切な人」

難波

サトコ
「難波仁さん」

『大切な人』······その言葉が、俺の頭の中に何度も何度も響き渡った。

サトコ
「難波さんは、仕事上でものすごく頼りになる憧れの存在で···」
「私にとっては、こんな風に傍にいてもらえるのは、なんか夢みたいなんだ」

難波
······

俺は、熱に浮かされたように語り続けるサトコの横顔をじっと見つめていた。

(サトコ···俺のこと、そんな風に思ってくれてたんだな···)

普段は決して言わないような言葉を、てらいもなく、惜しげもなく口にするサトコ。
俺は、その一言一言を噛み締めた······

ハジメ
「そういえば、初めて一緒にネズミーランドに行ったときのこと、覚えてる?」

サトコ
「もちろん、覚えてるよ!念願の初ネズミーだったし、あのとき本当に楽しかったもん」

食事も終わりに差し掛かった頃、ハジメ先生は突然昔の話を始めた。

ハジメ
「この間俺たち、久しぶりに行ってきたんだよ。な、アヤメ」

アヤメ
「うん」

サトコ
「え~、いいな~!」

サトコの顔に、分かりやすく羨ましそうな色が浮かんだ。

(ネズミーランドか···若い頃行ったきりだが、サトコがそんなに好きとは知らなかったな···)

ハジメ
「サトコ、ネズミーで一番好きな乗り物は『妖精の空の旅』だったろ?」

サトコ
「そう!すごい、よく覚えてたね」

ハジメ
「覚えてるよ。だってあの頃、何回同じ列に並ばされたと思ってるんだ?」

サトコ
「5回くらい···だっけ?」

難波
5回って、同じ乗り物にか?

アヤメ
「そうらしいですよ」

難波
それは、また···

(すげぇな)

ハジメ
「サトコ、昔から気に入るとそれひと筋っていうか···そういうところ、今もないですか?」

難波
さあ···どうかな···?

(特に気にしたことはなかったが···)

これまでのことを色々思い返してみるが、特に心当たりはないような気がする。

(もしかして、ハジメ先生の方が俺よりサトコのこと分かってるか···?)

この間、食の好みで悩んだばかりだったこともあり、少し引っかかった。

ハジメ
「で、なんと!アヤメの好きな乗り物も···」

サトコ
「まさか、『妖精の空の旅』!?」

アヤメ
「ふふっ、そうなんです」

サトコ
「え~!偶然ですね!でもあれ、いいですよね?すごく夢があって」

アヤメ
「私もハジメからサトコさんのことを聞いてびっくりしました」

ハジメ
「その時、俺思ったんだ。サトコとアヤメなら、絶対仲良くなれるって」
「それもあって、今日は是非アヤメを紹介したかった」

サトコ
「そっか···」

ハジメ
「難波さんには、こんなこと付き合わせちゃって申し訳なかったですけど···」

難波
そんなことありませんよ
俺もよかった。二人に会えて

そう言うと、サトコはちょっと嬉しそうに俺を見た。

難波
頑張ってる若者は嫌いじゃないんでね
応援させてもらいますよ、ハジメ先生のことも、二人のことも

ハジメ
「ありがとうございます!」

アヤメ
「ありがとうございます」

ハジメ
「俺も、難波さんみたいに頼りがいのある大人の男になれるように頑張ります」

難波
え、俺?

ハジメ先生は眩しい笑みで頷いた。

難波
それは、あんまり勧めないけどな···

サトコ
「え、どうしてですか?」

難波
どうしてって···

(前途洋洋の若者は、俺みたいに色んなもん抱え込む必要はないってことだよ)

難波
こんな腰痛持ちのオッサンなんて、カッコ悪いだろ

おどけたような俺の言葉に、3人は顔を見合わせて笑った。
その姿を、俺は微笑ましく見つめる。

(そうか···こいつがサトコの『全部初めて』の相手か···)

何となくだが、サトコが惚れた理由が分かるような気もする。

(でもそのサトコが、今は俺に惚れてくれてるんだ)
(俺も、サトコの好みすら分かんねぇなんて甘いこと言ってる場合じゃねぇな···)



【デパ地下】

その日の帰りは、サトコをデパートの地下に誘った。

難波
さて、どの店から攻めるか···

サトコ
「帰って何か作るからいいですよ?別に、ごはん作るの全然苦じゃないですし」

サトコは言うが、俺には目的があったのだ。

難波
いいから、いま食べたいものを思いつくままに言ってみてくれ

サトコ
「え~、急にそんなこと言われても···」

サトコは最初こそ少し戸惑ったような様子を見せたが、
すぐに目の前に広がるたくさんのお惣菜に夢中になった。

サトコ
「あ、この餃子、おいしそう···!」

難波
餃子か···

(なるほど、確かに居酒屋でも、よく頼んでた気が···)

難波
じゃあ、この餃子は決まりな。他には?

サトコ
「そうですねぇ、餃子と合わせるんだとしたら···」

難波
いや、この際、食べ物同士の合う合わないは、なしだ

サトコ
「え、でも···」

難波
とにかく今日は、純粋にお前が好きだ、食べたいと思ったものを選んでくれ

サトコ
「わ、分かりました···」


【難波マンション】

結局、サトコが選んだのはエビ餃子とエビフライとタコのマリネ、それに野沢菜チャーハン。

サトコ
「言われるままに何も考えずに食べたいものを選んじゃいましたけど···」
「こうしてみるとやっぱりなんか、めちゃくちゃですね」

食卓に並んだお惣菜を見て、サトコはちょっと恥ずかしそうに頬を掻いた。

難波
そんなことねぇよ
ちゃんと、サトコの好みってカテゴリーで統一されてる

(どうやら、餃子とエビは相当好きみたいだな···)

この間、自分で選んだお惣菜の中にもエビピラフがあったことを思い出し、ちょっとホッとする。

(俺も満更、サトコのことを分かってねぇってわけでもないようだ)

難波
野沢菜はやっぱりあれか···地元の味ってやつか?

サトコ
「そうなんです。なんだかんだ言いつつ、子どもの頃の好みって根強く残っちゃいますよね···」

難波
そうだな。食べ物の好みも人間の好みも、結局は子どもの頃に決まっちまうんだろうな

(人間の好みか···)

自分で言いながら、ふとハジメ先生の顔が脳裏をよぎった。

(ハジメ先生がサトコの好みのタイプなんだとしたら···)
(俺との共通点なんて、どこにもなさそうだが···)

無意識にハジメ先生と自分を比較していることに気付く。

(何してんだ、俺···)

サトコ
「···室長?どうかしました?」

難波
いや···別に
でも、あれだ···今度、行くか。ネズミーランド

サトコ
「え、いいんですか?」

難波
好きだったならそう言ってくれりゃ良かったものを

サトコ
「でも、室長には子どもっぽすぎるかと思って···」

難波
そうだとしても、俺だって知りたいんだよ
もっと、お前のことを

(例えそれが、他の男との思い出だとしても···)

サトコ
「室長···」

サトコはハッとしたように俺を見た。

サトコ
「もしかして、それで今日···」

サトコはテーブルの上の残り少なくなったお惣菜に視線を落とした。

サトコ
「嬉しい···」

難波
え?

サトコ
「嬉しいです。そんな風に思ってくれて···」
「でも私のことも昔のことも、どこからどこまで話すべきなのか、よく分からなくて···」
「だからハジメのことも、なかなか言い出せなくてすみませんでした」
「きっと室長はそんなこと知りたくないだろうって勝手に思ってたから」
「室長に嫌な思いをさせたくなくて、それで···」

難波
サトコ···

(言い出せなかったのは、心が揺らいだわけでも後ろめたいわけでも何でもなくて···)
(ただ、俺のため···)

サトコの健気な気持ちが胸に染みて、俺はふと自分自身に立ち返った。

(それに引きかえ、俺はどうだ?)
(ずっと胸がざわついてたのは、言いたいことも言えず、聞きたいことも聞けなかったのは···)
(サトコの気持ちを心のどこかで信じ切れてなかったからじゃねぇのか?)
(挙句の果てに、元カレと自分を比べたりして···いい歳して嫉妬かよ···)

難波
何をしてるんだか···」

サトコ
「え?」

呆れて呟いた俺の言葉に、サトコは不思議そうに首を傾げた。

難波
何でもねぇよ

俺は誤魔化すように言って立ち上がると、後ろからギュッとサトコを抱きしめた。

サトコ
「し、室長?どうしたんですか、急に」

難波
いいから、黙っとけ

腕の中にサトコを感じながら、徐々に心が落ち着いていくのが分かった。

(こいつは、ちっとも揺らいじゃいなかったっていうのに···)

抱きしめ続ける俺の左手に、サトコの指が触れた。
そこはまさに、少し前まで結婚指輪がはまっていた場所だ。

(過去なんて、自分にもいくらでもあるくせに···)
(きっといつまでも指輪を外さない俺を見て)
(サトコも同じような気持ちにさせられてたんだろうな···)

今さらながらふと思って、自分の至らなさを改めて思い知らされた。

(今が大事なんて頭では思ってたが)
(本当の意味で今を大事にしてくれてたのは、サトコの方だ···)

難波
ありがとうな

サトコ
「?」

難波
もっともっと大切にするから

(今を···)

思わず、サトコを抱く腕に力がこもった。

【寝室】

その夜。
ベッドに座るなり、俺は何度も何度もサトコの唇にキスを落とした。

難波
もっと知りたい···今のお前を···

サトコ
「室長···」

今のサトコは、いろいろな過去の積み重ねが作り上げてきたもの。
だったら、ひとつひとつの過去なんかにいちいち捕らわれる必要はない。

(だからお前の最初の男が誰かなんて、どうだっていいことなんだよな···)
(そんなことより大切なのは、俺がお前にとっての最後の男になれるかってことだ···)

サトコをそっとベッドに押し倒す。
そしてその瞳を、正面からじっと見つめた。

(そうなる覚悟は、ちゃんとできてる。あとはお前が、俺を選んでくれるかどうか···)
(でも俺たちならきっと、そうなれるよな?)

俺は問いかけるように、想いを込めてキスを落とす。
それに応えるサトコの唇は、あくまでも熱く、柔らかい。
温かな幸せを逃すまいとするように、俺はサトコを強く抱きしめた。


【コンビニ】

数日後。
再び病院近くでの面会を済ませてコンビニの前で一服していると、
偶然にもハジメ先生が現れた。

ハジメ
「あれ、難波さん···!」

難波
おお、ハジメ先生。この間はどうも

ハジメ
「こちらこそ、忙しいのにありがとうございました」

難波
いやいや、おかげで楽しかったよ

ハジメ
「俺もです。それに、サトコに難波さんを紹介されて」
「正直言ってすごく嬉しかったし、ホッとしました」
「サトコは、俺の妹みたいなもんですから」
「これで心置きなく、ザンビアに行けます」

難波
そうか···くれぐれも気を付けて

ハジメ
「難波さんも」

難波
え、俺?

ハジメ
「詳しくは知りませんけど、危険なお仕事なんですよね?」

難波
ま、まあ···そういう面もあるかな···?

ハジメ
「難波さんに何かあったら、サトコが悲しみますから」

難波
···分かってる

(まるで、本物のお兄ちゃんみたいだな···)

内心でクスリと微笑みつつ、タバコを揉み消した。

難波
サトコのことは、任せとけ
だから先生は先生で、ちゃんと幸せになってくれよ?
かわいい妹のためにも

ハジメ
「···はい」

真っ直ぐな目で頷くハジメ先生の肩に手を置き、俺はそのまま歩き出す。
男同士の約束という名のバトンをしっかりと受け取って。
俺は改めて、サトコとの未来を胸に誓った。

Happy End



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