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東雲 続編 4話



【トイレ】

駅の公衆トイレの中で、私は自分の姿を再確認する。

(メイクOK、メガネOK、スーツも···完璧!)

サトコ
「···よし、いってきます!」

鏡の中の自分に敬礼して、私はトイレを後にした。

思えば先週末のこと···

サトコ
「コチ電業に潜入?私がですか?」

難波
そう、一度行ってるから、場所は問題ないよな
次に任務期間中の氷川の名前だけど···

サトコ
「ま、待ってください!」
「どうして『コチ電業』に潜入する必要があるんですか?」
「目的は何なんですか?」

難波
それは、まぁ···
いろいろだな、いろいろ

サトコ
「その『いろいろ』っていうのは···」

難波
うーん、まぁ···そのうち話すってことで
とりあえず、今は潜入だけしてOL生活を満喫して来い

サトコ
「えっ、せめて具体的な任務の内容を···」

難波
それじゃ、よろしく

サトコ
「な···待ってください!室長···」

加賀
うるせぇ。細かいことゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ
テメェはおとなしく言うこと聞いて、潜入しとけ
わかったか

サトコ
「は、はい···」



【コチ電業】

そんなわけで、再び「コチ電業」を訪れたわけだけど···

(やっぱり謎すぎるってば···)
(どうしてコチ電業に潜入する必要があるんだろう)
(社内に監視対象者がいるってこと?)
(それとも会社自体がテロリストに狙われているとか?)
(例えば「サイバーテロ」の予告を受けているとか···)

それに、ここは東雲教官のご両親の会社だ。

(このこと、教官は知って···)

???
「なにかお困りですか?」

(えっ)

親切な男
「弊社に何かご用でしょうか?」

サトコ
「あ、その···私、今日から庶務課で働くことになったんですけど···」

親切な男
「そうでしたか。では、受付に案内しましょう」

(うわ、丁寧な人だなぁ)

親切な男
「どうぞこちらです」

サトコ
「ありがとうございます」

親切な男
「いえ、それでは」

親切な男の人を見送って、私は受付の女性に声をかけた。

サトコ
「すみません、今日から庶務課で働くことになった『長野』ですが···」

受付嬢
「かしこまりました、長野さんですね。長野···」

受付の女性の表情が、一瞬笑いを含んだ者に変わる。

受付嬢
「···ただ今担当の者が参ります。こちらでお待ちください」

サトコ
「わかりました···」

(今、一瞬笑ったの、絶対に「名前」のせいだよね)
(室長が、任務用の名前をあんなヘンな名前にするから···)

しばらくすると40代くらいの男性が受付に現れた。

課長
「えっと···キミが短期アルバイトの···」

サトコ
「長野です」

課長
「そうそう。『長野かっぱ』さんね!かっぱさん!」

今度こそ、後ろにいた受付の女性たちが吹き出した。

課長
「じゃあ、一緒に来てもらおうか。かっぱさん」

サトコ
「あの···できれば『長野』と呼んでいただければと···」

課長
「ああ、そうだね。ごめんね」
「なんだか『かっぱ』って名前の印象が強すぎてね」

サトコ
「そうですよね。インパクト強すぎですよね···」

(こんな名前で本当に大丈夫なのかな)

いささか不安を覚えつつも、私のOL生活が始まった。



【庶務課】

課長
「じゃあ、長野さん。まずは名簿の入力をよろしくね」

サトコ
「分かりました」

作業に勤しむ傍らで、私は事前に頭に叩き込んできたデータを思い返す。

(『コチ電業』···旧社名は『東風電気工業』···)
(社員の多くは研究開発職と技術職に就いていて、営業職や事務職は少なめ)
(会長は創業者の娘・東雲洋子氏、社長は東雲茂氏···)
(この2人が、東雲教官のご両親···)

そこまで思い出したところで、キーボードを打つ手が止まった。

(教官···今何してるんだろう)

結局、あれから一度もメールの返信は来ていない。

(私が今「コチ電業」に潜入してるって知ったら、きっと驚くだろうな)
(ていうか教官、知ってるのかな)
(自分の両親の会社が、公安部にマークされてるって···)

それが、監視対象企業としてなのかどうかはまだはっきりしていない。
ただ、どんな理由にしても不穏な状況であることは明らかだ。

(そういえば、千葉さんが教えてくれた話はどうなったのかな)
(この間サイバー攻撃の黒幕が、実は「コチ電業」だったっていう噂···)

課長
「長野さん、ちょっといいかな」
「この郵便物、秘書課に届けて欲しいんだけど」

サトコ
「分かりました」

(ん、秘書課?)
(秘書課って言えば、確か···)

【秘書課】

サトコ
「失礼します。郵便物を持ってきました」

櫻井
「そこに置いておいてちょうだい」

(出た、美人秘書···)

櫻井
「あら、アナタ···」
「最近どこかで会ったような···」

(まずい!)

サトコ
「し、失礼します!」

私は、急いで頭を下げると、そのまま秘書課を出ようとした。
ところが···

???
「櫻井さーん。この書類···」

(こ、この声は···)

サトコ
「!!!」

(な、なんで!?なんで教官がここに···)

櫻井
「どうしたんですか、社長補佐」

東雲
ちょっとこの書類について聞きたかったんだけど···
ところで、この子は?

(ぎゃーっ!)

櫻井
「さあ?庶務課の者だと思いますけど···」

東雲
へぇ···庶務課···

教官はニッコリ笑うと、私の社員証を引っ張った。

東雲
あ、ほんとに庶務課だ。名前は···
『長野かっぱ』さんか
ずいぶん素敵な名前だね
おかっぱ頭だから『かっぱ』さん?

サトコ
「!?」

櫻井
「まぁ、社長補佐ったら···ふふっ」
「ところでご用件は?」

東雲
ああ、この書類のことなんだけど···

2人が話しこみ始めた際に、私はこっそりドアへと近づく。
そして···

サトコ
「失礼しました···」

申し訳程度に挨拶をして、速攻で秘書課を飛び出した。

【エレベーターホール】

(な···な···)
(何あれ···なんで教官がこの会社にいるわけ?)
(しかも『おかっぱ頭だからかっぱ』?)
(それを言うなら自分だって···)

サトコ
「自分だって、きのこ頭のクセにー!」

(って、感情的になってもいられないよね)
(この状況、早くもいろいろマズい気がするんだけど)


【食堂】

そんなわけで昼休み。
エビフライを頬張りながら、私は頭の中を整理することにした。

(まず、教官が警察を辞めたのは先週のことだよね)
(そして今、「コチ電業」で「社長補佐」と呼ばれている···)

それ自体はおかしなことではない。
だって、ここは教官のご両親の会社だ。

(問題は、教官の再就職を室長たちが知っていたかどうか)
(それと···私の潜入がすでに教官にバレてるってことで···)

???
「すみません、隣いいですか?」

サトコ
「はい···」

親切な男
「あれ、キミは今朝の···」

(あ、受付に案内してくれた人!)

サトコ
「今朝はいろいろありがとうございました」

親切な男
「いえ。えっと、キミの名前は···」

サトコ
「長野です」

親切な男
「そうですか、長野さん···」
「僕は広報課の加地です。主に社内報作成を担当しています」

(社内報作成···)
(ってことは、もしかしたら社内事情にも詳しいのかな)
(よし、試しに···)

サトコ
「あの···」

<選択してください>

A: 女性に人気の男性社員は?

サトコ
「つかぬことをお伺いしますが···」
「この会社で女性に人気の男性社員は誰ですか?」

加地
「えっ···」

サトコ
「人気の、男性社員です」

いささか唐突すぎる私の質問に、加地さんはうーんと短く唸る。

加地
「そうですね、人気となると···やっぱり営業部の黒田くんかな」
「それか人事部の浅野さんか、技術部の能登さんか···」

(···やっぱり思った通りだ)
(この人、社内のいろんな部署の人のことを把握してる···)

加地
「ああ、でも今一番人気なのは社長補佐かもしれないですね」

B: 先日は大変でしたね

サトコ
「先日は大変でしたね」

加地
「先日?」

サトコ
「あの、ニュースで見ましたけど···」

加地
「ああ、サイバー攻撃された件ですね」
「おかげでシステム管理部は連日徹夜だったらしいですよ」」
「営業部も、官公庁からの問い合わせが殺到してるらしいですし」

(···思った通りだ)
(この人、社内のいろんな部署の事情をちゃんと把握してる···)

サトコ
「えっと···それで問題点は改善したんですか?」

加地
「ええ、社長補佐が手を貸したそうですから」

C: 秘書課の櫻井さんって···

サトコ
「秘書課の櫻井さんって美人ですよね」
「きっと社内でも人気なんだろうなぁ」

加地
「いえ、男性社員のなかで人気なのは総務部の綾瀬さんですね」
「あとは受付の真島さんとか···」

サトコ
「そうなんですか?」

加地
「ええ、なにせ櫻井さんは並大抵の男性社員は相手にしませんからね」

(···思った通りだ)
(この人、社内のいろんな部署の人のことをちゃんと把握してる···)

加地
「もっとも社長候補は別のようですが」

サトコ
「!」

加地
「彼は、本当にすごいですよね」
「顔よし、頭よし、性格よし」
「元警察関係者のわりに、通信系の知識もズバ抜けている···」
「しかも社長のご子息···つまりは次期社長候補」
「あれじゃ、女性社員は放っておきませんよね」

サトコ
「は、はぁ···」

(そこは放っておいて欲しいんですけど···)

(そっか···教官、女性社員に人気なんだ···)
(メールの返信が来ない理由も、案外それだったりして)
(女性社員にちやほやされまくって、私のことなんてもう···)

サトコ
「···っ」

(···違う違う!今はそんなこと考えてる場合じゃないだってば)
(まずは東雲教官のことを室長たちに報告しないと!)
(それと、さっきの加地さんと仲良くして、いざというときに情報を···)

???
「ちょっと、そこのあなた」

(ん?)

女子社員A
「あなたよね。庶務課の短期アルバイトって」

いきなり目の前に立ちはだかったのはアラフォーと思われる女性2人組だ。

女子社員A
「あなたに用事があるの。ちょっと来てもらってもいいかしら?」

サトコ
「えっ、あの···」

女性社員B
「同意してくれたようね」

女性社員A
「じゃあ、行きましょう」

(ちょ···なんで!)
(行くなんて一言も言ってないんですけど!)


【会議室】

私が連れて来られたのは、地下1階の会議室だった。

女子社員A
「さあ、入って」

女子社員B
「例のバイトを連れてきました」

その途端、室内にいた女性たちがじろりと私のほうを見た。
どの女性も年齢は40~50代。その目はまるで私を値踏みするかのようだ。

(こ、これは一体···)
(私、この人たちに呼び出されるようなことした?)
(ううん、してないようね?まだ入社して半日だし···)

動揺している私に気が付いたのか、
一番奥の席にいた年配の女性が、ゆっくりと立ち上がった。

年配の女性
「あなたですよね。歩さんと楽しそうにお喋りしていたアルバイトは」

サトコ
「え···?」

年配の女性
「社長補佐の東雲歩さんです」
「今から1時間ほど前、あなたは秘書課で歩さんに声をかけられ、会話を交わした···」
「それで間違いないですね?」

サトコ
「はい、まぁ···」

すると、他の女性たちが、驚いたように顔を見合わせた。

女性社員A
「まさか、入社初日にもうあゆむんと···」

女性社員B
「私なんて、挨拶しかしたことがないのに」

(あっ、あゆむん···!?)
(もしかして···教官のこと?)

サトコ
「あの···会話と言っても大した内容では···」

年配の女性
「では、感想を述べていただきましょう」

サトコ
「えっ?」

年配の女性
「歩さんと直接言葉を交わしてどう思ったのか」
「150文字以内で感想を述べていただけるかしら」

(そ、そんなの、いきなり言われても無理だってば!)

けれども、威圧感がすごすぎて、とても逃げられるような状況ではない。

(と、とりあえず何か適当に···)

<選択してください>

A: 素敵な方でした

サトコ
「えっと···素敵な方だと思いました」

年配の女性
「どのあたりが?」

サトコ
「そ、そうですね···えっと···えっと···」
「···髪型、とか?」

女性社員A
「まあ!」

女性社員B
「髪型!?」

(うっ、まさか失敗した!?)

年配の女性
「···よくわかりました」
「皆さん、彼女に決めましょう」

B: 普通でした

サトコ
「えっと···普通でした」

女性社員A
「『普通』!?」

女性社員B
「あの『あゆむん』を見て『普通』!?」

サトコ
「そ、そうですけど、それがなにか···」

年配の女性
「わかりました」
「皆さん、彼女に決めましょう」

C: とんだキノコ野郎···

サトコ
「とんだキノコ野郎でした」

年配の女性
「キノ···?」

サトコ
「あの髪型です!アレンジして誤魔化してますけど、あれは絶対マッシュルームカットです!」
「それなのに私のことを『おかっぱ』とか言って···」

女性社員A
「あら、おかっぱじゃない」

サトコ
「違います。これは『ボブカット』です!」

年配の女性
「···もういいわ」
「皆さん、彼女に決めましょう」

(えっ···なにが?)

女性社員A
「いいんですか、野方会長!?」

女性社員B
「彼女、どう見ても20代ですよ?」

野方
「いいんです。1人くらい若い子が欲しかったし···」
「私たちに囲まれても物怖じしない態度がとても気に入りました」
「というわけで、合格です」

(だからなにが!?)

疑問を口にする前に、野方会長がにっこりと微笑んだ。

野方
「長野さん。『あゆむんを見守る会』へようこそ」

サトコ
「え···」

(『あゆむんを見守る会』~っ!?)


【エレベータールーム】

サトコ
「はぁぁ···」

(どうしよう、たった半日でイレギュラーなことばかりだよ)
(いきなり教官に出くわすし、謎の集まりに入会させられるし···)

潜入捜査で来た以上、あまり目立つことはしたくない。
けれども「あゆむんを見守る会」に関しては、断ったら断ったでかえって悪目立ちしそうだ。

(とりあえず、あとで加賀教官に報告して指示を仰ごう)
(99・9%「このクズが!」って罵倒されそうだけど···)

もう一度ため息をつきかけたところで、エレベーターの扉が開いた。

(うわ、よりによって一番端っこ···!)

サトコ
「すみません、乗ります!乗せてください!」

【エレベーター】

(よかった、無事に乗れて···)

東雲
何してんの

サトコ
「!?」

東雲
これ、役員専用のエレベーターなんだけど

(うそっ)

慌てて降りようとしたけれど、無情にも扉は閉まってしまう。

東雲
気付いてなかったの?
ほんとバカだね

サトコ
「···っ」
「つ、次で降りますから!」

けれども、1階のボタンを押そうとした手を、後ろから強く掴まれた。

東雲
いいじゃん。少し話そうよ

サトコ
「······」

東雲
どうしてうちの会社にいるの?
誰の命令?

サトコ
「······」

東雲
答えなよ。臨時アルバイトの『長野』さん

手を掴まれたまま、耳元で囁かれて···
冷や汗が、背中を滑り落ちた。

to be continued



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