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東雲 続編 3話



【教場】

(教官が学校を辞める?本当に?)
(じゃあ、今朝届いたあのメッセージは···)

もう一度メールを確認しようとしたところで、教場のドアが開く。
入ってきたのは、日誌を手にした石神教官だった。

男子訓練生A
「起立!礼!」

挨拶が済み着席したところで、石神教官は教場全体をぐるりと見回した。

石神
今日は新しい教官を紹介する
入れ

黒澤
どうもー!公安学校の新風・黒澤···

パシッ!

黒澤
痛っ!
石神さん、オレ、まだ挨拶の途中···

石神
黒澤には今後いくつかの教科を担当してもらう

黒澤
ぶっちゃけ、ほぼ歩さんの代理です
歩さんより優しく教えるんで、よろしくお願いしますね

黒澤さんのその言葉に、教場中が再びザワザワし始めた。

男子訓練生A
「じゃあ、あの噂は本当ってことかよ」

男子訓練生B
「でも、いきなりすぎないか?いくらなんでもこんな···」

石神
静かに
連絡事項は以上だ。あとは黒澤の指示に従うように

黒澤
じゃあ、まずは自己紹介からいきましょうか!
名簿順で赤坂くんから···
あ、『好きな女の子のタイプ』は必ず言ってくださいね
何か協力できるかもしれないんで!

皆、戸惑いながらも順番に自己紹介をし始める。
けれども私は、すぐに頭を切り替えることができない。

(どうして、こんな急に?)
(昨日は一言もそんな話をしていなかったよね?)
(むしろ、この数日のことは公安刑事として話せない、みたいは口ぶりで···)

サトコ
「!」

(もし、これも任務のためだとしたら?)
(それなら、任務さえ解決すればきっと戻ってくるはず···)

【カフェテラス】

鳴子
「えー、それはなくない?」

サトコ
「どうして?」

鳴子
「だって、どの教官たちも今まで任務として教官業を並行してきたでしょ」
「それが東雲教官だけ外れるっておかしいじゃん」

サトコ
「でも、例えば今回はすごく大変な任務だから特別に···」

鳴子
「ていうか東雲教官、警官自体を辞めるんでしょ」
「だったら『任務説』は絶対ありえないと思うけど」

(うっ···)

千葉
「俺も佐々木と同じ意見だな」
「東雲教官、この間の『コチ電業』の件で、生活安全部の連中とかなり揉めたみたいだし」
「それで嫌気がさして、警察自体を辞める気になったんじゃない?」

<選択してください>

A: そっか···

サトコ
「そっか···」
「それはありえそうだよね」

(ああ見えて繊細だし、過去を引きずるタイプだし···)
(実際、つい最近まで初恋を引きずってたくらいだし···)

B: そんなのありえない

サトコ
「そんなのありえないよ」
「教官がその程度のことで警察を辞めるなんて!」

千葉
「そ、そうかな」

サトコ
「そうだよ!教官は公安刑事であることにプライドを持ってるし!」
「いろいろ疑われるのも、別にこれが初めてじゃないし!」
「それに···」

鳴子
「サトコ、ちょっと落ち着いて」

鳴子に止められて、私はようやく我に返った。

サトコ
「あっと···ごめん、つい···」

千葉
「いや、こっちこそ···」

C: そんな···

サトコ
「そんな···」

(それくらいのことで警察を辞めるなんて信じたくないよ)
(あの教官に限って、そんなこと···)

鳴子
「でも、ちょっと意外だよね」
「東雲教官がサトコにも何も話してなかったなんて」

千葉
「そうだよな」
「俺が教官の立場なら、自分の補佐官にだけは事前に『辞める』って話しそうだけど···」

2人の意見に、私は何も答えることができない。
だって、全く何もなかったわけではないのだ。

(今朝のメールの「(T_T)/~~」の顔文字···)
(あれが、もしそうだとしたら···)

そのとき、すぐそばを通りかかった後藤教官が「ああ」と足を止めた。

後藤
氷川、さっき教官室に歩が来ていたぞ
お前、確かアイツに用が···

後藤教官の言葉を全部聞き終わる前に、私は速攻で席を立った。

サトコ
「情報ありがとうございます!失礼します!」

鳴子
「えっ、ちょっと?」

千葉
「氷川!?」

(会わなくちゃ、何がなんでも教官に会わなくちゃ)
(会って、今度こそちゃんと聞かないと···!)

【教官室】

サトコ
「失礼します!東雲教官はいらっしゃいますか?」

颯馬
彼なら個別教官室にいますよ

サトコ
「ありがとうございます!」

ドアの前に立つと、間違いなく中から物音が聞こえてきた。
そのせいか、それまで昂ぶっていた気持ちが落ち着きを取り戻した。

(慌てるな···昨日みたいに感情的にならずに···)
(あくまで冷静に···)

トントン、と2回ノックをする。

東雲
どうぞ

【個別教官室】

サトコ
「失礼します」

東雲
···ああ、キミか

室内に足を踏み入れて、愕然とした。

(荷物の片づけをしてる···)

これまでさんざん教官に「バカ」って言われてきた。
それでも、この状況が何を意味するのか、分からないほどバカではない。

東雲
昨日はちゃんと帰れた?

サトコ
「え···あ、はい···」

東雲
寮監には?バレなかった?

サトコ
「大丈夫です···」

(って、そんなことを話したいんじゃなくて···!)

サトコ
「警察、辞めるんですか?」

東雲
······

サトコ
「違いますよね?」
「実は任務とか···」
「それで、ほんの少し公安学校から離れるだけですよね?」

東雲
······

サトコ
「だって、昨日言いましたよね」
「公安刑事としての心構えっていうか、そういうことを私に···」

東雲
······

サトコ
「教官···!」

東雲
メール、見た?

サトコ
「!」

東雲
見た?

サトコ
「···はい」

東雲
だったらいい

(何それ···どういう意味?)
(あのメールの、何が「いい」なの?)

訊ねたいことはたくさんある。
それなのに、どうしても言葉が出てこない。

(だって、教官の眼差しがいつになく優しいから···)

終業時間を告げるチャイムが鳴り響き、私はポンッと背中を押された。

東雲
今までありがとう
お疲れさま

それが···私が教官の姿を見た最後となった···

······Fin

(って、ふざけんなーっ)

スマホのメール作成画面に、私はシャシャシャと文字を入力する。

(よし、できた!これで送信···っと)

鳴子
「···また東雲教官にメール?」
「確か1時間前にも送信してなかった?」

サトコ
「いいの!納得いくまで送り続けることにしたの!」

(確かに、あのときはその場の雰囲気に流されたけど!)
(よくよく考えてみたら、なんで辞めるのか謎のままだし!)
(しかも、そんな大事なこと顔文字のひとつで片付けるなんて···)

サトコ
「女子高生か!っての!」

鳴子
「···何の話?」

千葉
「さあ?」

(とにかく、何も知らないまま引き下がるなんて絶対に嫌だ)
(もう「教官」と「補佐官」ではなくってしまったけど)
(まだ「彼氏」と「彼女」ではあるはずだし···)

再び頭をよぎりそうになったメールの一文は、速攻で脳内から削除する。

(もし、あれがそういうつもりの言葉だったとしても···)
(ちゃんと確かめるまでは絶対に諦めないんだから!)



【カフェテラス】

けれども···

(まさか1週間経っても1通も返事が来ないなんて···)
(私、まだ教官の「彼女」なのかな···)
(「彼女」だって···思ってもいいのかな···)

黒澤
どうかしましたか?

サトコ
「あ、黒澤さん···」
「じゃなくて黒澤教官···」

黒澤
元気がありませんね。悩みがあるなら相談に乗りますよ
特に恋の悩みなら任せてください

(え···)

黒澤
いっそ、今から恋の進路指導はいかがですか?
この黒澤透、いつでも恋する女性の···

後藤
ここにいたのか、黒澤
お前はどうして教官用の制服を着ないんだ

黒澤
あーそのことなんですが···
やっぱり、堅苦しいというか···公安学校の新しい風としては、あえて制服は着ない方向で···

後藤
訳の分からないことを言ってないでさっさと来い

黒澤
あ、痛っ···痛たたたっ
ダメです、後藤さん!まだ氷川さんの恋の進路指導が···

(···行っちゃった)

???
「では、代わりに私が相談に乗りましょうか」

(えっ···)

サトコ
「あ、お疲れさまです」

颯馬
お疲れさまです。よろしければミルクティーをどうぞ

サトコ
「···ありがとうございます」

(優しいな、颯馬教官···)

颯馬
ところで歩は元気ですか?

サトコ
「ゲホッ」

颯馬
ああ···元気ということはありませんか
彼はああ見えて独占欲が強くて寂しがり屋なようですから
貴女と会える時間が減った今、きっと毎日不機嫌で···

サトコ
「す、すみません。元気かどうかはちょっと···」

颯馬
おや、連絡を取り合っていないのですか?

サトコ
「はい、まぁ···」

(取り合ってないというか、拒否されてるというか···)

颯馬
そうですか。まぁ、よくよく考えてみれば···
貴女たちは、ただの『元教官』と『元補佐官』でしたもんね

(うっ···)

颯馬
それなら仕方ありませんよね
恋人同士ならともかくとして

(うう、さっきからなんだか胃痛が···)

颯馬
ところでご存知でしたか、サトコさん
女性が昔の相手を忘れるには、新しい相手を作ることが一番なのだそうですよ

サトコ
「はぁ···」

颯馬
というわけで、加賀さんがお呼びです

(···え?)

颯馬
彼が貴女の新しいお相手になるといいですね

(そ、それはどういう意味の「お相手」でしょうか···)


【教官室】

この上なく嫌な予感を抱きながら、私は教官室のドアノブに手を掛けた。

サトコ
「失礼します。加賀教官は···」

加賀
遅ぇぞ、クズ

(うわ、いきなりドアップ!?)

サトコ
「すみません!すみません、お待たせしてしまって!」
「ところでご用件は···」

加賀
テメェは今日から俺のものだ

(えっ、「俺のもの」!?)

加賀
何してる。さっさとついて来い、このグズが

サトコ
「は、はい···」

(ていうか、何それ!なんで急にそんなことに!?)

【モニタールーム】

モニタールームに入るなり、加賀教官はファイルをどさっと積み上げた。

加賀
まずはこのファイルをすべて読め
それから、ここにある該当事項をすべて拾い出せ

サトコ
「で、でも私、午後から成田教官の講義が···」

加賀
俺の指示と、くだらねぇ講義、どっちが大事だ?

サトコ
「ど、どっちって···講···」

加賀
······

サトコ
「加賀教官の指示です!間違いありません!」

加賀
だったらさっさとやれ、クズ

サトコ
「は、はい···っ」

さらに、そのあとも···

加賀
あの野球帽の男から目を離すな
もし見失ったらグラウンド30周だ、クズ

サトコ
「は、はい···」

そして夜は···

加賀
それくらいの暗号も解けねぇのか!
このまま居残りする気か。このグズが!

サトコ
「すみませーんっ!」


【寮 談話室】

(疲れた···こんなにクタクタになったの、久しぶりだ···)

鳴子
「おつかれー」
「聞いたよ、今日から加賀教官の補佐官になったんだって?」

サトコ
「う、うん···」

千葉
「···ずいぶんやつれてるな」

鳴子
「やっぱりキツいの?」

サトコ
「そりゃ、もういろいろと···」

(今日だけで何回『クズ』とか『グズ』とか言われたことか···)

千葉
「でも、正直驚いたよ」
「いきなり氷川が加賀教官に連れて行かれた時は」

サトコ
「え、見てたの?」

千葉
「うん。あの時俺、教官室で調べものをしていてさ」
「そしたら急に『今日からテメェは俺のものだ』だろ?」
「ほんと、何ごとかと思ったよ」

サトコ
「だよね···私もビックリしたもん」
「そこはちゃんと『俺の補佐官だ』って言って欲しかったよね」

鳴子
「え、でも···」
「その『俺のもの』っての、あながち間違ってないんじゃない?」

サトコ
「えっ」

千葉
「どういうこと?」

鳴子
「いや、あの···あくまで噂で聞いた話だけどさ」
「加賀教官って、女性の補佐官がつくともれなく手を出すらしいよ」

(ええっ!?)

千葉
「いやいや、さすがにそれはただの噂だろ」

鳴子
「私もそう思いたいんだけどさ」
「そこは、ほら···加賀教官だし···」
「しょっちゅう壁ドンとかしてる人だし!」

(そういえば、私もされた覚えが···)

サトコ
「ど、どうしよう、鳴子!」

鳴子
「どうしようって、そこは色々と指導受けとこう!」

サトコ
「えっ!?」

鳴子
「いいじゃん、鬼教官に指導されるなんて羨ましい!」
「あー、私も颯馬教官から指導されたーい!」

千葉
「あの···やっぱり考えすぎなんじゃないかな」
「一応、ほら···教官だし。訓練生に手を出すなんてことは···」

鳴子
「千葉くんは黙ってて!」

鳴子
「さあ対策を練ろう、サトコ」

こうして鳴子の妄想が炸裂して一夜が過ぎ···

【個別教官室】

(まずい···気が付いたらもう21時···)
(そして、どこをどう見ても加賀教官と2人きり···)

加賀
何ジロジロ見てやがる

サトコ
「す、すみません···」

(どうしよう···)
(こんなに緊張するの、加賀教官の部屋に泊めてもらったとき以来···)

サトコ
「!」

(そう言えば、あのときは全く何もなかったよね)
(てことは、今回もきっと何事もなく終わるはず···)

加賀
おい、クズ
テメェはまだ未練があるのか

サトコ
「え···」

加賀
歩への未練だ。まだあるのか?

(な、なんでこのシチュエーションでその質問が···)

サトコ
「み、未練なんてそんなものは···」

加賀
······

サトコ
「その···補佐官としての未練はありますけど」
「初めての担当教官でしたし」

加賀
······

サトコ
「で、でもそれ以上は、その···何も···」

加賀
そうか、だったら···

ドンッ、と壁に右足をつけて、加賀教官は私の進路を塞いだ。

加賀
今すぐ俺を口説け

サトコ
「へっ」

加賀
聞こえねぇのか。俺を口説けと言ってるんだ、クズ

(な、なんで私がそんなことを···)

<選択してください>

A: 無理です!

サトコ
「無理です!口説くなんてできません!」

加賀
できなくてもやれ。俺が命令してんだ

サトコ
「そ、それでも無理なものは無理です!絶対に無理です!」
「なので、そういうのは他を当たってください!」

いっそ土下座する勢いで、私は深く頭を下げる。
すると···

B: (でも、逆らえない···)

(でも、逆らえない···)
(てことは、なんとしても口説かないと···)

サトコ
「こ···こここ···」
「今晩うちに来ますか!」

加賀
······

サトコ
「うちって言っても寮ですけど!」
「壁も薄いと思いますけど!」

加賀
······

サトコ
「あと、いろいろ散らかってるのと、狭いのと」
「それから、それから···」

C: (ここは誤魔化さないと···)

(ここは、なんとしても誤魔化さないと···)

サトコ
「こ、これは足ドンですよね?」

加賀
···は?

サトコ
「その···『壁ドン』ってあるじゃないですか」
「腕で壁を『ドンッ』ってやって迫るっていう···」
「でも、今は足でドンッってやってるから『足ドン』かな···と···」

加賀
······

(···ダメだ、誤魔化せそうにない)

サトコ
「すみません!やっぱり今のは忘れてください!」

加賀
······

サトコ
「あと、口説くのも無理です!絶対無理です!」
「加賀教官を口説くなんて恐れ多い···!」

いっそ土下座する勢いで、私は深く頭を下げる。
すると···

加賀
あのガキ、ロクな躾してねぇな

加賀教官は舌打ちすると、すぐそばのドアを開けた。

加賀
室長、テスト終了です。入ってきてください

(え、テスト?)

状況が飲み込めずうろたえているうちに、室長が入ってきた。

加賀
···聞いてましたか、今の

難波
まぁな。とりあえず、氷川に色仕掛けは期待できそうにないなぁ

加賀
それなら、ここは···

難波
けど、情報収集の方法は、他にもいろいろあるだろ
それに、まぁ···現場に出ないと分からないこともあるからなぁ

室長は顎の無精ひげを撫でると、ニヤリと笑って私を見た。

難波
というわけで氷川、単独任務だ
来週から、『コチ電業』に潜入して来い

to be continued



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