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東雲 続編 7話



【ラーメン屋台】

石神教官から連絡をもらった日の夜。
久しぶりに私は、仕事は関係なく屋台を訪れた。

サトコ
「すみませーん!ラーメン替え玉と日本酒をお願いします」

おじさん
「はいよ」

(はぁぁ···)
(たった数週間だったけど、ずいぶん長かった気がするなぁ)

振り返ってみれば色々なことがあった。
たった1人での潜入捜査はもちろんのこと···

(「あゆむんを見守る会」に入れられたり、櫻井さんにヤキモキしたり···)
(それから···)

サトコ
「教官···」

(この任務が終わったら、ますます会う機会が減っちゃうんだなぁ)

しかも、エレベーターの一件以来、教官とは一度も顔を合わせていない。
おかげで、恋人としての今後もかなり不透明だ。

(ほんと、これからどうなるんだろ···)
(勢いであんなことしちゃったし···このまま自然消滅とか···)

サトコ
「うう···」

コップの中身を半分空けたところで、いつもより早く酔いが回ってくる。
おまけに、眠気まで襲ってきた。

(まずい···そろそろ帰らないと···)
(でも、もうまぶたが···)

抵抗も虚しく、私はカウンターに突っ伏してしまう。
意識が完全に落ちかけたところで、カタンと小さな物音がした。

???
「すみません。いつもの」

(ん···この声···)

聞き覚えがある···と思ったところで、何故かくしゃりと頭を撫でられた。

(あ、なんか···気持ちいい···)
(手つき···すごく優しくて···)

???
「この子が飲んでるの、日本酒ですか?」

おじさん
「そうだよ」

???
「結構飲んでましたか?」

おじさん
「いや···2杯目くらい」

(違うよ、3杯目···)

うっすら目を開けると、隣には見慣れた横顔があった。

(やっぱり···)

サトコ
「教か···」

東雲
ごめん、起こした?

サトコ
「······」

東雲
いいよ、寝てて

(教官···優しい···)
(ってことは私、また夢を見てるんだ···)

夢だったら、何を言っても許される気がした。

東雲
···なに、じっと見て

サトコ
「バカ···」

東雲
······

サトコ
「教官のバカ···」

東雲
···うん

サトコ
「意地悪···」
「浮気者···」
「キノコ···」

東雲
······

サトコ
「キノコ···」

東雲
2回言わなくてもいいから

そのわりに、頭を撫でる手つきはやっぱり優しい。

東雲
あとは?

サトコ
「······」

東雲
言いたいことは今ので全部?

サトコ
「お···」
「怒ってんですから···」

東雲
······

サトコ
「私のこと···疑って···」
「私は···信じてたのに···」
「ホテルとか···聞いても···」

東雲
···うん

サトコ
「浮気者···」

東雲
それも2回目

サトコ
「わか···」

東雲
わか?

サトコ
「別···れ···るのかな···」

(イヤだ···そんなの無理···)
(教官が「別れる」って言っても、絶対に「うん」って言えない···)

頭を撫でてくれていた教官の手が、いつの間にか私から離れていた。

東雲
···なにそれ
オレ、捨てられるの?

サトコ
「······」

東雲
嫌いになった?
オレのこと

(教官のこと···嫌いに···)

<選択してください>

A: 嫌い

サトコ
「嫌い···」

東雲
······

サトコ
「うそ···」

東雲
······

サトコ
「嫌い···じゃない···」

東雲
···そう

B: 好き

サトコ
「好き···」

東雲
······

サトコ
「好きです···好き···」

東雲
···そう

C: キノコ

サトコ
「キノコ」

東雲
······

サトコ
「キノコ···」

東雲
···4回目だし
答えになってないし

おじさん
「はいよ、いつもの」

東雲
ありがとうございます

ラーメンが届き、会話が途切れ···
なぜか、また瞼が重たくなってくる。

(へんなの···夢の中なのに眠くなるなんて···)
(ま、いっか···)

サトコ
「すぅ···すぅ···」
「すぅ···」

東雲
······

1時間後···

サトコ
「うう···ん···」
「···っ」

(まずい···結構寝てた気が···)

サトコ
「すみません、お会計···」

おじさん
「もうもらったよ」

サトコ
「えっ、誰から···」

訊ねようとした時、おでこに何か貼ってあることに気が付いた。

(なんだろう、これ···付箋···?)

サトコ
「!」

(この文字、教官の···!?)
(うそ、さっきの夢じゃなかったの!?)
(それに、このメッセージ···)

サトコ
「『油断するな』···」

(何これ···どういうこと?)



【庶務課】

翌日。
私は庶務課の仕事をこなしながら、昨日の付箋のことを考えていた。

(あのメッセージ、何だったんだろう···)

最初は、屋台で眠りこけていた私に注意を促したのかと思った。
でも···

(教官なら「油断しすぎ」って書きそうなんだよね)
(「油断するな」だと、なんか違うような···)

プルル···

(メール···石神教官からだ···)

課長に気付かれないように、机の下でコッソリ内容を確認する。

(「東雲は出社しているか?」···)

サトコ
「···?」

(どうして、そんなことを···)

疑問に思いつつも、ひとまず勤怠管理DBにアクセスしてみる。

(あれ、出社していない?)
(特に休みの予定も入っていないみたいだけど···)

その旨を報告すると、すぐに返信が届いた。

(「至急、連絡をくれ」···?)

【外】

サトコ
「おつかれさまです、氷川です」

石神
勤務中にすまない
再度確認するが、東雲は出社していないんだな?

サトコ
「はい、DB上で確認しただけなので、絶対とは言い切れませんが···」

石神
······

サトコ
「あの、それが何か···」

石神
東雲と連絡が取れない
今朝、会う予定だったが、そこにも現れなかった

(え···)

サトコ
「あの···どういうことですか?」
「どうして石神教官が、東雲教官と···」

石神
昨夜、東雲から連絡が来た
例の過激派組織と繋がっていたのは、櫻井修子ではないかもしれない、とのことだった

サトコ
「!?」

石神
その証拠と盗まれた情報の詳細を、今朝もらうはずだったが···

サトコ
「ま、待ってください」
「どうして東雲教官が、そのことを···」

石神
······

サトコ
「東雲教官は、警察を辞めたんですよね?」
「もう部外者のはずですよね?」

石神
······

サトコ
「教官!」

石神
···東雲は警察を辞めていない
あいつが「コチ電業」にいたのは、お前と同じ目的···
つまり潜入捜査のためだ

サトコ
「!」

石神
本当なら、あいつ1人に任せるつもりだったが···
「もう1人応援を欲しい」とのことで、お前を入れることになったそうだ

(じゃあ、教官は最初から全部知って···)

サトコ
「···っ」

(そういえば、盗聴器を仕掛けに行ったときも···)

東雲
来て
早く立って

サトコ
「何するんですか、いきなり···」

東雲
うるさい!
とにかく早く···

(そうだ···教官は最初から「私を助けるため」だけにあの場に現れた···)
(あんなの、私の行動を把握していなければできっこないのに)

石神
状況を飲み込めたか?

サトコ
「はい···」

石神
あいつはかなり重要な情報を手に入れていたはずだ
それなのに、いきなり今日になって連絡が取れなくなった
その意味することは···分かるな?

サトコ
「はい···」

(失踪、もしくは拉致···)
(でも、あの教官が失踪するとは思えない···)

そうなると、答えは1つしかないのだ。

石神
次の指示は追って連絡する
それまで氷川は待機していてほしい

<選択してください>

A: わかりました

サトコ
「わかりました」
「いつでも動けるように準備しておきます」

石神
よろしく頼む

B: 東雲を探しに行ってはダメ?

サトコ
「東雲教官を探しに行ってはダメですか?」
「待機するくらいなら、教官を探しに···」

石神
それについては別の人間が動いている
お前が気にすることはない

サトコ
「でも···!」

石神
ひとまずお前は待機だ。いいな?

サトコ
「···わかりました」

C: いつまで待機ですか?

サトコ
「待機っていつまでですか?」
「できることなら、少しでも何か···」

石神
焦って動いたところで結果は出ない
むしろ足手まといになるだけだ

サトコ
「···っ」

石神
どれくらい待つのか、今の時点ではなんともいえない
ひとまずそのまま待機していろ。いいな

サトコ
「···わかりました」

通話が終わり、私は終了ボタンを押そうとする。
けれども、ガタガタと手が震えてうまく操作できない。

(昨日の付箋はそういうことだったんだ)
(過激派組織の関係者は、櫻井さんじゃないかもしれない···)
(だから「油断するな」って···)


【食堂】

昼休みになり、私はスマホを手に社食へと向かった。
けれども、どんなに待っても一向に電話が掛かってくる気配はない。

(どうしよう···いっそ、調べられることでも調べてみる?)
(教官が使っていた役員室に忍び込んで、手掛かりを探すとか···)

けれども、すぐにそれは却下する。
私が指示を受けたのは、あくまで「待機」だ。

(それに、そうしたことは終業後じゃないと無理だ)
(今できるのは、情報を集めたり検証したりすることだけ···)

そもそも、教官は誰に目を付けていたのだろう。
石神教官は「櫻井さんじゃないかもしれない」としか聞いていない。
私も、例の付箋のメッセージを受け取っただけだ。

(油断するな···油断するな···油断···)

サトコ
「···ん?」

(これって、もしかして他の意味も含んでいたりする?)
(捜査の方向性が間違っているってだけじゃなくて···)
(私が油断する相手···つまりノーマークだった相手が怪しいっていう···)

サトコ
「それって···」

(まずは、庶務課の人たちだよね)
(それから、野方さんや「あゆむんを見守る会」の先輩たち···)
(あとは···)

加地
「お疲れさま」

(そうだ、加地さん···)

加地
「あれ、珍しいな。今日はいつもの定食じゃないんですね」

サトコ
「ああ、はい···ちょっと食欲がなくて···」

加地
「なにか悩み事でも?」

サトコ
「いえ、そういう訳じゃないんですけど···」

(···やっぱり考えすぎだよね)
(加地さんや「あゆむんを見守る会」の先輩たちが、過激派組織と繋がってるなんて···)
(となると「私が油断する相手」って可能性は消去して···)

加地
「もしかして社長補佐のせいですか?」

サトコ
「え?」

加地
「社長補佐、今日、無断欠勤してるそうじゃないですか」
「『あゆむんを見守る会』の会員としては心配でしょう?」

サトコ
「······」

加地
「どうしたんでしょうね、いったい」
「会社に来ないで、何をしているのかな···」

加地さんは目を細めると、ぼんやりと窓の外を見つめた。
その横顔を見た瞬間···

(あれ···?)

ふいに、ぼんやりとした「画像」が頭の中で点滅し始めた。
まるで、警鐘を鳴らすかのように。
「大事なことだから思い出せ」とでも言うかのように。

(なに、これ···何の画像···?)
(最近、どこかで見たような···)

サトコ
「!」

今すぐ駆け出したくなるのを堪えて、私はひたすら先を急ぐ。

(そうだ、「あれ」だ···多分あの中で見たんだ!)
(だったら、まずは確かめてみないと···)

課長
「ああ、長野さん、さっきキミに社内便が···」

サトコ
「分かりました!」

課長への返事もおざなりに、私が向かった先は···

【受付】

サトコ
「すみません、お昼休み中に!」

女性社員A
「ほんとよ。どうしたの、いきなり」
「あなたが『あゆむん・コレクション』を見たいだなんて」

サトコ
「それが、その···どうしても確認したい写真があって···」
「次の会合までに、必ず返します!」

女性社員A
「くれぐれも汚したりしないようにね。それじゃあ」

先輩が戻っていくのを確認して、私は急いでページをめくった。
何枚も何枚もある東雲教官の隠し撮り写真···

(これでもない···これでもない···これでも···)

サトコ
「あった···!」

(そうだ「これ」だ···)
(この写真が、ずっと頭に引っかかっていたんだ!)

さらにページをめくってみると、気になる写真がもう2枚ほど見つかった。

(どうしよう···たった3枚の写真じゃ何の証拠にもならない···)
(でも、もしも調べる許可をもらえるなら···)

【外】

私は石神教官に電話すると、自分が気付いたことを説明した。
やや長めの沈黙が続いたあと···

石神
分かった。やってみろ
ただし、無理はするな

サトコ
「はい!」


【広報課】

その日の夜。
誰もいないことを確認して、私は「あの人」の所属する課のドアを開けた。

(席は、廊下側から2番目···)
(あった···これが「あの人」の使っているパソコン···)

すぐさま起動させると、おなじみのログイン画面が出てくる。
IDとパスワードは、もちろん事前に管理DBから入手済みだ。

(よし、これを入力して···)

ピピッ!

(うそ、エラー?)
(なんで?入力ミスした覚えは···)

念のため、再入力してみたものの、再びアラート音が鳴るだけだ。

(どういうこと?まさか帰り際に変更した?)
(だとしたら、再入手しないと···)

サトコ
「!」

(誰かいる!?)

背後で感じたかすかな気配に、私は慌てて振り返ろうとする。
けれどもそれを阻止するように腕を回されて、そのまま首を絞められた!

サトコ
「ぐ···っ」

(まずい···!)
(これ···柔道の「裸絞め」···!)

それでも必死にもがいて暴れると、相手の腕の力がわずかに緩む。
その際に身体を捻り、私は傍にあった本に手を伸ばした。

ガッ!

???
「くっ···」

(よし、今だ!)

すぐさま身を沈めると、相手のホールドからなんとか逃げ出す!
そうして、振り返った先にいたのは···

加地
「まいったな···意外と乱暴なんですね」

サトコ
「······」

加地
「それで?どうして僕のパソコンを探ろうとしたんですか?」
「社長補佐から頼まれましたか?」

サトコ
「······」

加地
「···そんなはずないか」
「彼は今、外部と連絡を取れるような状況ではないのに」

さらりと告げられた一言に、私は思わず息を呑んだ。

サトコ
「じゃあ、やっぱりあなたが社長補佐を···」

加地
「僕は手を下してはいませんよ」
「ただ『ある連中』に連絡しただけです」
「『うちの会社に邪魔な人間がいる』と」

(『ある連中』···それって···)

サトコ
「『青の掟』ですか。過激派組織の」

加地
「おや、そのことも社長補佐から聞いたのですか?」

サトコ
「······」

加地
「隠さなくてもいいですよ。そうならそうと···」

サトコ
「いえ···社長補佐からは何も聞いていません」
「加地さんが怪しいと思ったのも、つい数時間前です」

加地
「数時間前?」

サトコ
「『あゆむんを見守る会』の先輩たちの隠し撮り写真の中に···」
「3枚だけ、加地さんが写り込んでいるものがありました」
「その3枚とも、あなたはじっと社長補佐を見つめていた···」
「それも、今みたいなすごく冷ややかな目つきで···」

加地
「······」

サトコ
「それで、思ったんです」
「社長補佐の無断欠勤とあなたは何か関係があるのかもしれない」
「あなたが、社長補佐に何かしたのかもしれないって···」

加地
「たった3枚の写真で?」
「それだけで、あなたは僕を疑ったのですか?」

サトコ
「そうです。だから···」
「本当はただの勘違いならいいと思ってました」
「加地さんには、いろいろお世話になったから」

でも、かすかな期待は絶たれた。
ついさっき、加地さんは自白したのだ。
「過激派組織に連絡をした」と。

サトコ
「正直、今でも信じたくありません」
「あなたが過激派組織の一員だなんて」

加地
「あいにくそこまで深いつながりはありませんよ」
「僕はただ、彼らが欲しがっている情報を提供しただけだ」
「代わりに、僕の望みを叶えてもらうために」

サトコ
「望み···?」

加地
「この会社の失墜ですよ」
「それから、東雲社長への復讐···」

加地さんはうっすら微笑むと、スーツの懐からスタンガンを取り出した。

加地
「心配いりませんよ。あなたに恨みはない」
「すべてが終わるまで、おとなしく監禁されていればいいんです」

サトコ
「······」

加地
「もうすぐ、この会社は落ちぶれる」
「テロリストに情報を盗まれたことが知られ、世間から袋叩きにされ···」
「信頼を失い、株価は暴落する···」
「そして東雲社長は、たった1人の息子を失う···」

サトコ
「···っ!」

加地
「それまで、あなたはおとなしくしていれば···」

サトコ
「ふざけないで!」

(冗談じゃない!こんな人になんか絶対に捕まってやらない!)
(ここから逃げて、今聞いた情報を届けて···)

サトコ
「教官を助けるんだから···っ!」

私は、そばにあった1メートル定規を握りしめる。
そして、彼の手元めがけて振り下ろした!

to be contineud



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