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東雲 続編エピローグ 1話



【裏庭】

それは、お泊りが解禁されてから数日後のこと。

鳴子
「あ、メール···」
「うーん、来月末かぁ」

サトコ
「どうしたの?」

鳴子
「中学のときの友だちからのお誘いでさ」
「今度、タイムカプセルを掘り返そうって話になってんだよね」

サトコ
「タイムカプセル?」

鳴子
「卒業するときに、皆で埋めたんだ」
「本当は20年後に掘り返すはずだったんだけど···」
「校舎を移転するとかで、今年掘り返すことになったみたい」

千葉
「それが来月なんだ」

鳴子
「そういうこと」

サトコ
「鳴子は何を入れたの?」

鳴子
「それが覚えてないんだよね」
「だから、余計に憂鬱っていうか···」

サトコ
「どうして?」

鳴子
「ぶっちゃけ微妙じゃん。中学のときのタイムカプセルって」
「黒歴史満載って感じでさ」

サトコ
「そうかなぁ」

鳴子
「そうだって!」
「どうすんのよ。『好きな男子へのポエム』とか出てきたら」

サトコ
「うっ、確かに···」

千葉
「でも、それはそれでいいんじゃない?」
「中学生ならではって感じでさ」

鳴子
「そういう千葉くんは、好きな子へのラブレターとか入れてそうだよね」

千葉
「えっ···」

鳴子
「しかも、書くだけ書いて渡しそびれたヤツ」
「そういうのを、こっそりタイムカプセルに入れてそうじゃん」

千葉
「そ、そんなことは···」

???
「へぇ、出しそびれたラブレターか」

(この声は···)

東雲
確かにそれ、千葉らしいよね

千葉
「い、今の話、聞いてたんですか?」

東雲
聞いてたわけじゃないよ。勝手に聞こえてきただけ
それにしても切ないよねー
3年間片思いし続けた相手に、ラブレターを渡しそびれるなんて

千葉
「え···」

東雲
相手は同じクラスの仲のいい子で、千葉とは友達以上恋人未満の関係

千葉
「···っ」

東雲
彼女にこの想いを伝えたい···でも今の関係を壊したくない···
で、ようやく告白を決めたその日に、彼女に彼氏ができたことが発覚
それで泣く泣く『おめでとう』って祝福して、ラブレターはタイムカプセル行き

千葉
「え、ええと、今の話は···」

東雲
ああ、気にしないで。全部オレの妄想だから

鳴子
「ええっ、そうなんですか?」
「なんかリアルすぎるから、てっきり本当の話かと思っちゃいましたよ」
「ね、サトコ」

サトコ
「う、うん···」

東雲
違う違う。フィクション、フィクション

(そのわりに、千葉さんが涙目になってるような···)

鳴子
「ところで、東雲教官はそういう思い出ってないんですか?」
「クラスのみんなとタイムカプセルを埋めたとか···」

東雲
ああ···あるにはあるよ
学校のヤツには1円玉を100枚入れたかな

(···ん?)

鳴子
「どうして1円玉なんですか?」

東雲
うーん、まぁ···
ハイパーインフレを期待して、みたいな?

鳴子
「??」

東雲
タイムカプセルを開ける前ハイパーインフレが起きたらさ
1円玉そのものが市場から消えそうじゃない?
そうなったら1円玉には『古銭』としての価値がついてさ
古銭買取専門店とかで、1円以上の値段で売れるってワケ

鳴子
「は、はぁ···」

千葉
「つまり投資ってことですか」

東雲
ま、そんなとこ

(さすが教官、子どもの頃から抜かりない···)
(じゃなくて!)

さっきの話を聞いて、ちょっと引っかかったことがあった。

(私の話が正しかったら、もしかして···)



【個別教官室】

というわけで、その日の夕方。

サトコ
「本当はタイムカプセルに何を入れたんですか?」

東雲
だから『1円玉』って言ったじゃん

サトコ
「それは『学校用』の話ですよね?」
「それ以外のカプセルに何を入れたんですか?」

東雲
···へぇ

教官はようやくこっちを見ると、探るような眼差しでにやりと笑った。

東雲
どうしてそう思ったの?

サトコ
「それは···」
「鳴子たちとタイムカプセルの話をしてるとき、教官、『学校のヤツ』って言い方をしてたんで」
「だったら『それ以外のタイムカプセル』もあるのかなって」

東雲
なるほど。悪くない推理だね

(ってことは···)

サトコ
「当たりですか?当たりですね!?」
「じゃあ、どんなものを入れたんですか?」

東雲
······
···さあね

(ええっ!?)

サトコ
「教えてくださいよ!気になるじゃないですか!」

東雲
なんで?
他人のことじゃん

サトコ
「他人じゃないです!好きな人のことです!」
「教官は気になりませんか?私の子供時代のこととか···」

東雲
ならないね。まったく

(うっ、ひどい···)

サトコ
「教官ーっ」
「もう少し、私にも興味を持ってくださいよー」
「私なんて『子どもの頃の教官』ってだけで、いろいろ妄想···」
「じゃなくて、想像しちゃうのに」

東雲
へぇ、どんな?

サトコ
「ええと、例えばですけど···」
「子どもの頃の教官は、学校で学級委員をやっています」
「これは、絶対に譲れません!」

東雲
···ふーん

サトコ
「スポーツもそこそこできるけど、面倒だから本気は出さない感じ」
「たとえば、ドッジボールでは最初に当たって、あとはずーっと外野でサボってると思います」

東雲
······

サトコ
「あと、正装は絶対に『半ズボン派』だと思うんですよ」
「それと、ネクタイは『蝶ネクタイ』ですね!」
「あ、でも『リボンタイ』でも可愛いかも···」

東雲
···キモ

サトコ
「···ですよね。さすがに自分でもそう思いました」
「でも、何が言いたいかっていうと、好きな人のことはいろいろ気になるってことで···」

東雲
うち来る?

それは、いきなりの提案だった。

東雲
うち来る?
オレの実家

(···はい?)

東雲
知りたいんでしょ。オレのこと
だったら、うちの両親に聞けば?

(両親···)

それは、つまり教官のお父さんとお母さんで···
実家に行くってことは、いわゆる「ご両親に紹介」ってことで···

(で、でも会長にはもう紹介してもらって···)
(あ、でも社長···というかお父さんにはまだで···)
(だから、ええと···ええと···)

サトコ
「ええっ!?」

東雲
遅···

サトコ
「だ、だって、そんなのいきなりすぎるっていうか!」
「心の準備もできてないですし···」

東雲
あっそう
じゃあ、行かないってことで···

サトコ
「ま、待ってください!」

私は、慌てて教官の背中に飛びついた。

サトコ
「行きます!行かせてください!」
「ぜひ、ご両親にご挨拶させてください!」

東雲
ふーん。じゃあ···
考えておいて。言い訳

サトコ
「言い訳?」

東雲
『長野かっぱ』って名乗った理由
これ、教官としてのキミへの課題だから
それじゃ、よろしく

(···そうだった)

ここで、ようやく私は思い出したのだった。
自分が偽名を名乗って、アルバイトをしていたことを。


そんなわけで週末。

サトコ
「駅から結構歩くんですね」

東雲
ああ、そうかもね。特に気にしたことなかったけど
普段は送り迎えしてもらえるから

サトコ
「はぁ···」

(送り迎えって···)
(やっぱりアレかな。お抱えの運転手さんとかいるのかな)
(で、でも私だって、吹雪の日は送り迎えしてもらってたし!)
(···運転してたのは、うちの両親だったけど)

東雲
ああ···うち、あの行き止まりのとこだから

サトコ
「え···」

(行き止まりって···)

サトコ
「!!!」

(なにこれ、海外?ヨーロッパあたりの貴族のお家?)
(こ、こんなすごそうな家が実家って···)

東雲
じゃあ、行こうか

サトコ
「ま、待ってください!ちょっと深呼吸を···」

東雲
······

サトコ
「それと服装チェックと髪型チェックと···」
「手土産チェックと、スマホの電源オフ···」

東雲
いや、映画館じゃないし

サトコ
「···っ」
「そ、そうですよね。スマホは関係ない···」
「ふがっ」

いきなり間抜けな声が出たのは、教官に鼻を摘まれたからだ。

東雲
緊張しすぎ
バカじゃないの

サトコ
「だ、だって初めての実家···」

東雲
だから何?
たかだか家じゃん

サトコ
「でも···っ」

東雲
取り繕うな
いつもどおりでいろ

サトコ
「!」

東雲
母さんは、すでにキミのことを知ってるし
父さんは、たぶんキミと気が合うと思う

(教官···)

東雲
それにキミ···
取り繕えば取り繕うほど、おかしな失敗しそうだし

(うっ、確かに···)

意地悪そうな笑顔。
それなのに、ガチガチだった肩から徐々に力が抜けていく。

(だって教官···いつもより声が優しくて···)
(···ん?)

ふと、別の視線を感じて、私は門の向こうを見た。
すると、竹ほうきを手に仁王立ちしているおばあさんがいて···

サトコ
「あ、あの···教官、あの人は···」

東雲
あの人?

サトコ
「門の向こうにいる、あの···」

東雲
···ああ

教官はぱあっと笑顔になると、おばあさんの元へと駆け出した。

東雲
久しぶり、ばあや!元気にしてた?

ばあや
「もちろん、見てのとおりですじゃ」

(ばあや···ってことは、お手伝いさんなのかな)
(それにしては、ずいぶん親しげな気が···)

ばあや
「ところで坊ちゃま、あの者ですか」
「坊ちゃまを夢中にした『ヘンな虫』というのは」

(ん、こっちを見た?)

東雲
ああ···まぁ、そんなところ

ばあや
「それはそれは···」
「趣味が変わられましたな。さち様とは大違いですな」

(うっ···それ、地味に傷つくんですけど···)

ばあや
「まぁ、早く来なされ。旦那様も奥様もお待ちじゃ」

東雲
そう···
じゃあ行くよ。氷川さん

サトコ
「は、はいっ!」

目の前の門が、音を立ててゆっくりと開いていく。
私は大きく息を吐き出すと、最初の一歩を大きく踏み出した。

【リビング】

とはいえ、豪邸の威力はハンパなかったわけで···

(なんか···天井が高すぎるんですけど···)
(それにこのリビングだけで、うちの実家よりもずっと大きいような···)

東雲
キョロキョロしすぎ

サトコ
「す、すみません!」
「でも、なんか異世界に紛れ込んだみたいで···」

言い訳しているうちに、入り口のドアが開いた。

東雲父
「やあ、待たせてしまったかな」

東雲母
「久しぶりですね、歩さん」
「それに長野さんも」

(来た···!)

サトコ
「ご、ご無沙汰しています、会長!」

東雲母
「お元気でしたか?」

サトコ
「は、はい···その節はお世話になりました」

東雲母
「いえ、こちらこそ」
「新しい仕事先はいかがですか?」

サトコ
「そ、そのことなんですけど···」

(今だ···)
(本当のことを話すなら、今しかない!)

私は、勢いよく立ち上がると「コチ電業」の経営者でもある2人に頭を下げた。

サトコ
「申し訳ありません!」
「私、御社でアルバイトをするにあたって、いろいろ嘘をついておりまして!」

東雲母
「嘘?」

サトコ
「実は、その···」

私は、話せる範囲の「本当のこと」を2人に説明した。
まず、自分は警察官であること。
アルバイトで入社したのは、捜査のためだったこと。
本名は「氷川サトコ」だということ。

東雲母
「まぁ···それじゃあ、『長野かっぱ』というのは···」

サトコ
「偽名です。いろいろあって、その···」

東雲
潜入捜査のときは本名を明かさないことが多いんだ
父さんの好きな、なんだっけ···あの2時間ドラマの···

東雲父
「『潜入刑事・霧切舞子』か?」

東雲
そう。あのドラマの中でも、潜入中の主人公は偽名を使うだろ
彼女も、今回はそういう立場だったってわけ

東雲父
「···そうか。なるほどな!」
「氷川さんは『霧切舞子』だったってわけか!」

サトコ
「は、はい···まぁ···」

東雲母
「では、本当の職業は刑事なのですね」

東雲
刑事というか、『刑事のタマゴ』だね
彼女、まだ『警察学校』で勉強中だから

たくさんの「真実」に「嘘」を混ぜて、教官は言い訳の補足をしてくれる。
おかげで、ご両親には納得してもらえたようだ。

東雲母
「大変ですね。女性ながらそのような危険な仕事に携わるのは」

サトコ
「はい、でも···」
「自分で選んだ道ですから」

東雲母
「···そうですね」

東雲
ま、そういうわけだから
これからは『長野さん』じゃなく『氷川さん』って呼んであげて

東雲母
「わかりました。そのようにしましょう」

サトコ
「本当に、嘘をついて申し訳ありませんでした」

東雲母
「その件については、もう謝る必要はありませんよ」

東雲父
「そうそう、潜入捜査なら仕方のない事だよ」
「ところで···」

教官のお父さんが、なぜかニッコリと笑顔になった。

東雲父
「氷川さんは、刑事ドラマは好きかな?」

東雲
ちょ、父さん···!

サトコ
「あ、はい。割と好きですけど···」
「『踊れ』シリーズとか『相方』シリーズとか」

東雲父
「うんうん」

サトコ
「あと、さっき仰っていた『潜入刑事・霧切舞子』シリーズも···」

東雲
氷川さん!

教官が、何故か焦ったような声を上げる。
けれども、それに反応するよりも先に教官のお父さんがポンと私の肩を叩いた。

東雲父
「待っていたよ、キミのような子を」
「歩はすぐにケチをつけるから、一緒に観ていてもつまらなくてね」

サトコ
「??」

東雲父
「『潜入刑事・霧切舞子』、全巻揃ってるから」
「これから一緒に鑑賞会をしようじゃないか」

(え···)

東雲
父さん、彼女はそのために呼んだわけじゃ···

東雲父
「いいからいいから」
「なんなら歩も一緒に来るかい?」

東雲
ムリ

東雲父
「これだからなぁ」
「さあ、氷川さん。シアタールームへ案内するよ」

サトコ
「え、あの···」

(こ、これってどうすれば···)

慌てて教官を振り返ると、「行け」とばかりに手を払われた。
その隣では、会長が「あらら」と言いたげにため息をついている。

(え、えっと···これは···)
(もしかしてマズい展開なんじゃ···)

そこから、怒涛の「刑事ドラマ鑑賞会」が始まった。

東雲父
「ああ、これこれ!」
「やっぱりね、警視庁と所轄の刑事ってのは揉めるものなのかい?」

サトコ
「ええと···実際は揉めるほど接点がないって聞きますけど···」

東雲父
「あっ、ここだよ、このシーン!」
「今、刑事が警察手帳を見せて駅の改札をくぐっただろう?」
「歩は『こんなのあり得ない』って言ってたけど···」

サトコ
「そうですね···昔は分からないですけど···」
「今は手帳を見せても通れないんじゃないかと···」

東雲父
「いやぁ、私はねぇ」
「この『舞子』シリーズの公安刑事の男たちが大嫌いでねぇ」

サトコ
「え···」

東雲父
「彼ら、ひどいじゃないか」
「エリートだからって、舞子を見下してね!」

サトコ
「そ、そうですか?」
「でも、その···公安刑事も頑張ってると思うんですけど···」

こうして、まさかの「ドラマ鑑賞会」は夜まで続き···


【リビング】

東雲父
「いやぁ、楽しかったよ」
「ありがとう、氷川さん。いろいろ解説してくれて」

サトコ
「い、いえ···」
「私のほうこそ、楽しかったです···」

(でも、さすがに7時間続けての鑑賞会はちょっと···)

東雲
おつかれ
紅茶でも飲む?

サトコ
「いえ、そろそろ帰らないと···」

東雲父
「ん?帰るのかい?」
「せっかくだから泊まっていったらどうだね?」

サトコ
「ありがとうございます。でも、そういうわけには···」

東雲
いいじゃん、泊まれば?
キミ、どのみち帰れないみたいだし

サトコ
「えっ?」

東雲
電車、止まってるって。ほら

教官が見せてくれたのは、スマホのニュースサイトだ。

サトコ
「ええと···『ビル火災で在来線が全線不通』···」
「『復旧の目処は立っていない』···」

東雲父
「じゃあ、決まりだな」
「歩、氷川さんを部屋に案内してあげなさい」

東雲
わかった。···同じところでいいよね

(えっ、「同じ」って···)

聞き返すかどうか迷っているうちに、教官が立ち上がった。

東雲
行こう。ついてきて

(そ、そんな、あっさり···)
(え···ええっ!?)

to be contineud



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