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東雲 続編エピローグ 2話



そんなわけで、まさかのお泊りになってしまったわけだけど。

東雲
トイレは2階にもあるから好きに使って
着替えも、とりあえずオレのを貸すから

サトコ
「はぁ···」

(って、そんなことはどうでもよくて!)

サトコ
「教官、あの···っ!」
「泊めてもらう私が言うのも何なんですが!」

東雲
なに?

サトコ
「さすがに、初めてのご実家でのお泊りで同···」
「同じ部屋っていうのは···っ」

東雲
はい、ここね

教官は、私が訴え終わる前にドアを開いた。


【部屋】

東雲
ここ、客間だから
今晩は好きに使って

サトコ
「···え?」

(客間?)

東雲
なに、不満?

サトコ
「いえ、そんなことは···」
「ただ、さっき『同じ部屋』って···」

東雲
同じ···?

教官は少し考え込んだあとで「ああ」とつぶやいた。

東雲
あれは『いつもと同じ部屋』って意味だけど
客間、他にもいくつかあるし
その中の『いつも使う部屋』って意味

(なんだ、そういうこと···)

東雲
え···まさかキミ、オレの部屋に泊ま···

サトコ
「違います!」
「ここでいいです!ここで十分です!」

東雲
あっそう
じゃ、問題ないよね

教官はクローゼットを開けると、シーツやら何やらをいろいろ取り出した。

東雲
これが着替え
それとシーツ
悪いけど、ベッドメイキングは自分でやって
家政婦さんたち、もう帰っちゃってるから

サトコ
「はい」

東雲
オレの部屋は隣
何かあったら声をかけて
それじゃ、おやすみ

サトコ
「おやすみなさい···」

ドアが閉まったのを確認して、私はホッと息をつく。
そのとたん、1日の疲れがドッと出て、私はその場にへたり込んでしまった。

(なんか···あっという間の1日だったな···)

初めて訪れた、教官のご実家。
でも、印象に残っているのは大きな門と大きな家と···

(刑事ドラマのことばかり···なんて···)

サトコ
「···ま、いっか」

ひとまず、着替えを済ませてシーツを張り替える。
角を折り込んだところで、ベッド前に貼られた黄ばんだ紙が目に入った。

(なにこれ···何て書いて···)

サトコ
「『コンコン2回···はい』『3回···いいえ』···」
「『4回···もう寝た?』···へぇ···」

貼り紙に書いてある文字は、明らかに子どものものだ。

(もしかして、教官が子どもの頃に書いたものだったりして)
(でも『コンコン』ってなに?咳···それともノックとか?)
(だとしたら、こういうこと?)

コン、コン、コン、コン!

(···って、何やってるんだろ、私)
(何も実際に叩かなくても···)

コン、コン!

サトコ
「うわっ!」

(まさかの返事!?)
(ええと、ノック2回は確か『はい』で···)

すると、今度はプルルとスマホが鳴った。

(あ、教官からだ!なになに?)

······『まだ起きてるの?』

はい、とメッセージを送ろうとして···

(うーん、せっかくだし···)

コン、コン!と壁を2回叩いてみた。
すると、またメールが届いて···

······『眠くないの?』

コンコン!

······『ていうか、なんで知ってんの?それ』

(『それ』って、このノックのことだよね)

サトコ
「ええと『貼り紙を見つけました』···送信っと···」

すると、今度はしばらく間が空いて···
壁ではなく、客間のドアがノックされた。

東雲
オレだけど、入ってもいい?

サトコ
「どうぞ」

東雲
どこ?その貼り紙って

サトコ
「あそこです。ベッド脇の···」

東雲
···うわ

教官は、貼り紙を確認するなり、心底嫌そうな声を上げた。

東雲
なにこれ···
なんでこんなものが残って···

サトコ
「あ、じゃあ、やっぱりこれ、教官が書いたんですね」

東雲
···っ

サトコ
「凄いアイディアですね。ノックで会話するとか」

東雲
べつに
限られた会話しかできないし

サトコ
「確かにそうですけど···」
「それでも、やっぱりすごいです!」
「子どもの頃に、こんなことを思いつくなんて」

東雲
······

サトコ
「これで誰と話してたんですか?会長とですか?」

東雲
いや、ばあやと
ここ、以前はばあやの部屋だったから

貼り紙を確認して気が済んだのか、教官はすっとベッドから降りた。
とたんに、さっきまで温かかった左隣が妙にスースー感じてしまう。

(もう、部屋に戻っちゃうのかな)
(できれば、もう少しお喋りしたいなぁ。なんて···)

東雲
散歩でもする?

サトコ
「!」

東雲
キミ、まだ眠くないみたいだし
せっかくだから、夜の庭でも···

サトコ
「します!ぜひ!」

東雲
じゃあ、着替えてきて
部屋で待ってるから

サトコ
「はいっ!」

ドアが閉まるなり、私は再び自分の服に手を伸ばした。

(ウソみたい···教官から誘ってくれるなんて)
(どうしよう···なんかすっごく嬉しい···)

急いで着替えを済ませると、姿見で自分の全身を確認する。
そのとき、ふと棚の上にあった写真立てに目が行った。

(これ···子どもの頃の教官の写真···)

サトコ
「ぷ···っ」

(髪型!今と全然変わってないんですけど!)

いくつかある写真立てのうちの1つを手に取ってみる。
どうやらこれは小学校の入学式のときに撮影したもののようだ。

(うわ、やっぱり蝶ネクタイつけてる!)
(それにズボンも半ズボンだし)
(会長はやっぱり美人だなぁ。なんかPTAの役員とかやってそう···)

サトコ
「ええと、他には···」

真ん中の写真立てを見て、最後に右端の小さなものを手に取る。
どうやら保育園時代のもののようだ。

(うわ、目がおっきい!なんだか女の子みたい···)

サトコ
「···ん?」

(この一緒に写ってる女の人、誰だろう···)

少なくとも教官のお母さん···野方会長ではない。
あまりにも容姿が違いすぎている。

(だとしたら親戚のおばさんとか?)
(でも、それにしては、なんだかべったりくっついて···)

サトコ
「···ん?」

(この後ろの保育園、この間お手伝いに行ったところだよね)
(山梨の「のびのび保育園」···)

プルル、とスマホが震えて「まだ?」とメッセージが表示された。

サトコ
「やば!」

写真立てを棚の上に戻すと、私は急いで客間を飛び出した。



【庭】

シン···と静まり返った庭を、教官とのんびり歩く。
足元がそれほど暗くないのは、ところどころで明かりが灯っているからだ。

サトコ
「なんか、かくれんぼするのに最適な庭ですね」
「隠れるところ、いっぱいありそうだし」

東雲
まぁ、確かに···
キミなら、友だちを呼んでかくれんぼしそうだよね

サトコ
「しますよ、絶対!」

東雲
で、隠れる場所を探しているうちに迷子になって···
庭で遭難するってわけ

サトコ
「うっ、それは···」

悔しいけど、否定できなかった。
それくらいこの庭は広くて緑が多い。

東雲
ま、オレも迷いかけたけどね
ここに来たばかりのとき

(···ん?)

東雲
それもあって、しばらくここには近づかなかったけど

(あれ···じゃあ、生まれたときからここに住んでたわけじゃないってこと?)
(そういえば、さっきの写真も···)

サトコ
「教官って、前は山梨に住んでいたんですか?」

東雲
······

サトコ
「あ、その···客間にあった写真を見たんですけど」
「この間行った山梨の保育園のものがあったから···」

なんとなく語尾を濁してみたのに、教官は「ああ」とあっさり頷いた。

東雲
あの写真か···母さんと一緒に写ってる···

サトコ
「母さん?」

東雲
保育園の前で、オレと一緒に写ってる人
あの人、オレの生みの母親

サトコ
「!?」
「『生みの親』って···」

東雲
オレ、養子だから
東雲家の

サトコ
「ええっ!?」

思わず大声をあげると、「うるさい」と呆れた顔をされた。

東雲
今時、珍しくないじゃん、それくらい
オレの周りにも何人かいるし

サトコ
「は、はぁ···」

(そう言われても、私の周りには教官くらいしか···)
(どうしよう···この話題、続けてもいいの?)
(それとも、無理やりでも話題を変えた方が···)

東雲
いいよ。気を遣わなくて

サトコ
「!」

東雲
べつに隠してたわけじゃないし
単に今まで話す機会がなかっただけで

サトコ
「······」

東雲
何か聞きたいことは?

サトコ
「え、ええと···」

(いきなりそう言われても···)
(どうしよう、ひとまず無難なことを···)

サトコ
「引き取られる前は、山梨にいたんですか?」

東雲
そう。母さんと2人で暮らしてた
けど、事故で母さんが亡くなって···
保育園の園長の伝手で、東雲家に引き取られた

サトコ
「······」

東雲
ぶっちゃけ、かなりの大逆転劇だよね
一夜でいきなり『お坊ちゃま』になったわけだから

サトコ
「······」

東雲
両親も、あのとおりの人たちだし
ま、父さんの『警察ドラマ』マニアっぷりは、どうかと思うけど
あと、母さんの『写真好き』ね
うち、オレのアルバムだけ無駄に多いから

淡々とした口調で語られる事実。
でも、やっぱり私は、何て返せばいいのかわからない。

東雲
···なにその顔
嫌いなんだけど。同情されるの

サトコ
「違います。そうじゃなくて···」

伝えたいことがあるはずなのに、うまく口にできない。
私は、教官の腕にギュッとしがみついた。

東雲
···なに?

サトコ
「······」

東雲
ほんと、意味不明だね。キミ

サトコ
「······」

東雲
ま、いいか

教官は、私の手をふりほどくことなく、またゆっくりと歩き出した。

夜風で身体が冷えるまで、私たちは庭を散策した。
今夜は、私よりも教官の方が饒舌で···
めずらしいことに、いくつかの思い出話もしてくれた。
でも、そのほとんどが私の耳を素通りしてしまって···

【客間】

部屋に戻ると、私はすぐにベッドに潜り込んだ。
窓から差し込む月明かりが、黄ばんだ貼り紙を薄っすらと照らしている。

(コンコン4回は「もう寝た?」のサイン···)
(でも、これだって、もしかしたら···)

子どもの頃の教官は「眠れない夜」が多くて。
だから、こんなサインを作ったのかもしれなくて。

(だって、すぐに眠れるなら必要ないよね、こんなもの···)

脳裏に、まだ幼い姿の教官が思い浮かぶ。
ベッドに横たわって、それでも眠れなくて···
暗闇のなか、コンコンコンコンと壁を叩く小さな手。

(小っちゃい頃の教官は、どんなことを思ってたんだろう)
(眠れない夜に、ひとりぼっちで何を考えていたのかな)

翌朝。

サトコ
「ふわぁ···」

(まずい···あまり眠れなかった···)
(教官、もう起きてるかな···)


【リビング】

サトコ
「おはようございます···」

東雲母
「あら、もう起きたのですね」

サトコ
「あっ、お···おはようございます、会長!」

東雲母
「コーヒーか紅茶はいかがかしら」

サトコ
「い、いえ··どうぞお構いなく···」
「それより、あの···何かお手伝いでも···」

東雲母
「お手伝い?」

サトコ
「はい、その···朝ごはんのお手伝いとか···」

東雲母
「お客様にそのようなことはさせられませんよ」
「それに、朝食はばあやが腕によりをかけて作っています」

サトコ
「そ、そうですか···」

(うう、どうしよう···)
(教官もまだ起きてないみたいだし、一度客間に戻った方が···)

東雲母
「せっかくだから、アルバムでも見ますか?」

サトコ
「え···」

東雲母
「歩さんのアルバムです」
「もし、興味があるなら持ってきますが···」

サトコ
「あ、ぜひ···」

東雲母
「そう思って、もう用意をしておきました」

ドサドサッ!

サトコ
「!?」

(こ、この量は···)
(まさか、これ···全部教官の···)

東雲母
「これはあくまで一部です」
「もし、他のものがよければ持ってきますが」

サトコ
「い、いえ···これで十分です」

(なんか「あゆむんを見守る会」に戻った気分···)

懐かしく思い返しながらも、私はそのうちの1冊を手に取ってみた。

サトコ
「うわ、可愛い!」

東雲母
「それは小学校1年生のときの運動会ですね」
「歩さんは、障害物競走で3位になりました」

サトコ
「3位···」

(だから、メダルが銅···っていうか茶色なんだ)

サトコ
「ええと、こっちの写真は···」

東雲母
「遠足ですね」
「確か行き先は、2キロほど先の自然公園です」
「ただ、このときは新しい靴を履いたせいで靴擦れができたらしくて···」
「ばあやの前で、こっそり泣いていたようです」

(ええっ、あの教官が!?)
(うわ···泣き顔の教官、ちょっと見てみたいかも···)

サトコ
「これは···作文ですよね」

東雲母
「ええ、2年生のときのものですね」

タイトルは「将来の夢」
そこには「お父さんの会社の社長になります」と書いてある。

(そっか···まだ警察官じゃないんだ···)
(そうだよね。教官は、さちさんの影響で警察官を目指したんだもんね)

サトコ
「···ん?」

ふと、目に止まったのは、作文の最後の2行だ。

······「ぼくはよい子になります」
······「お父さんとお母さんの自まんの子どもになります」

サトコ
「自慢の、子ども···」

胸の中で呟いたつもりが、つい口から出てしまっていたらしい。
会長の頬に、少し寂しそうな笑みが浮かんだ。

東雲母
「それは小さい頃の歩さんの口癖です」
「『良い子になる』『自慢の子供になる』と···」
「そのせいか、反抗期らしいものもほとんどなくて···」

サトコ
「······」

東雲母
「親としては、少しくらい迷惑をかけてくれても良いのですけど···」

???
「迷惑ならかけたじゃない」

(えっ···)

東雲
ウチを継がずに警察官になったんだから
これ以上の迷惑はないと思うけど

東雲母
「何を言うんです」
「そんなこと、迷惑のうちに入りませんよ」

東雲
そう?

ふわ、とあくびをすると、教官は私の隣に腰を下ろした。

東雲
コーヒーちょうだい

サトコ
「あ、はい···」

東雲
いや、キミじゃなくて

かわりに立ち上がったのは、向かいに座っていた会長だ。

東雲母
「お砂糖は2つで良かったかしら」

東雲
うん···あとミルク多めで
それと、彼女にもミルク多めのコーヒーを

サトコ
「い、いえっ、お構いなく···」

東雲
なに遠慮してんの
好きだよね?ミルク多めのコーヒー

サトコ
「好きです!好きですけど!」
「だからって、そんな···」
「会長にコーヒーを淹れていただくなんて恐れ多いこと···」

東雲
ハイハイ、黙って
母さん、もういなくなったから

サトコ
「!?」

(うそっ、いつの間に!?)

愕然とする私を見て、教官はポンポンとソファを叩いた。

東雲
ま、座りなよ
へんな遠慮しないで

サトコ
「で、でも···」

東雲
ていうか付き合って
息子ミッションに

(え···)

東雲
気が楽だし
キミがいてくれたほうが

(教官···)

また、きゅう、と胸が痛くなる。
そんなの、教官が望んでいなかったとしても。

(だって、わりと普通のことだよね)
(実家に帰省して、お母さんに「お茶飲みたーい」なんて言うの···)

でも、教官にとってそれは「ミッション」なのだ。
東雲家の「息子」としての。

(息子らしくあるための···)

東雲
で、なにかわかった?
昔のオレのこと

サトコ
「あ、はい···いろいろ教えてもらいました」
「運動会のこととか、遠足で靴擦れしたこととか···」

東雲
···は?

サトコ
「靴擦れ、痛いですよね」
「泣きたくなる気持ちもわかるっていうか···」

東雲
なに言ってんの
泣いてなんかいないし

サトコ
「えっ、でも会長が言ってましたよ」
「教官が、ばあやさんの前でこっそり泣いてたって···」

東雲
違っ···
泣くわけないじゃん!

サトコ
「でも···」

東雲
泣いてない!

サトコ
「嘘です!教官、耳が真っ赤···」

東雲父
「やあ、仲が良いね」

(ぎゃっ!)

サトコ
「お、おはようございます!」

東雲父
「おはよう。昨日はよく眠れたかな?」

サトコ
「は、はい、おかげさまで」

東雲父
「そうか。それはよかった」
「ところで今日は『週末刑事・青春ハルキ』のDVDを···」

東雲
悪いけど、今日は午前中で帰るから
鑑賞会ならひとりでやって?

東雲父
「歩~、そう言わずに···」

東雲
ひとりが嫌なら、母さんに付き合ってもらえばいいじゃん

東雲父
「またそんなことを···」
「歩は冷たいなぁ」

教官のお父さんはしょんぼりした様子で、一人掛けのソファに腰を下ろす。
けれども、すぐに何かを思い出したのか「そう言えば」と顔を上げた。

東雲父
「先日、納屋を片付けていたんだが···」
「懐かしいものを見つけたぞ」

東雲
へぇ、なに?
『太陽に燃えろ』のDVDとか?

東雲父
「いや、これなんだが···」

教官のお父さんが取り出したのは、折りたたまれた画用紙だった。

to be continued



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