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教官たちの贈り物 石神



【室長室】

室長室に呼ばれ、現在追いかけている組織について室長から話があった。

難波
状況証拠はそろった。あとは裏を取るだけだ

石神
突入させますか

難波
いや、その前にもう少し詳しい情報が欲しい
奴らが根城にしているクラブに、氷川を潜入させろ

石神
氷川を···ですか

難波
女の方が油断するだろ
色仕掛けでもなんでもさせて、必ず情報を持って帰らせろ

石神
わかりました

(色仕掛けか···)

平静を装い頭を下げ、室長室を出た。


【個別教官室】

室長室から戻ると、サトコを個別教官室に呼び出した。

サトコ
「クラブに潜入、ですか」

石神
今回は、お前ひとりで行ってもらう
相手を油断させるためだ。もちろん、できる限りのサポートはする

サトコ
「はい。よろしくお願いします」

石神
『必ず情報を持って帰れ。そのためなら、色仕掛けもやむを得ない』
···とのことだ。それぐらいの覚悟を持って挑め

室長からの言葉を伝えると、サトコが少し考え込む。

サトコ
「色仕掛け···」

石神
······

サトコ
「···分かりました」

顔を上げたサトコには、決意の色が滲んでいた。

(上司として、公安刑事としてこの選択は間違いではないのだろう)
(だが···恋人として複雑ではある)

サトコ
「しかしながら私は、ハニートラップ向きではない自覚があります」
「一度ターゲットの知り合いと接触する形で、アプローチしてみます」

石神

サトコ
「あとで、東雲教官にターゲットのデータをもらいますね」
「···ハニートラップは、あくまで最終手段ということで」

石神
···分かった。一度それでやってみろ

サトコ
「ありがとうございます」

(···サトコも俺の知らない間に成長していたようだな)

心のどこかで安堵している自分に気付き、ようやく表情が緩んだ。

石神
よく考えればお前の色仕掛けが成功するとは到底思えない

サトコ
「うっ···わ、私だって、やればできるんですよ?」
「でも、その···やらないだけで」

石神
成功率の低い方法は避けるに越したことはないだろう

サトコ
「いえ、卒業までの間で成功率は跳ね上がってるはずですから!···たぶん」

ムキになるサトコを笑いながら、心の中では自分への苦笑が浮かぶ。

(言うことを聞かなかった部下に安心してしまうなんて、上司としてはダメなのかもしれないな···)

サトコ
「それじゃ、まずは東雲教官のところに行ってきます」

石神
ああ。話は通しておく

サトコが、意気揚々と個別教官室を出て行く。
その背中を眺めながら、あの日のことを思い出していた。

長髪の男
『ここ防音だから声も気にしなくていいよ』

サトコ
『い、いきなりやめてください!』

盗聴器から聞こえてきたサトコの声に、生じた感情はいつも通りのものだった。
確実な情報を持ちかえること。相手に決して悟られないこと。
そのために自分がここにいるのだと、あの頃は疑っていなかったーーー

【校門】

潜入捜査に向かうサトコと、最終確認を行う。
東雲から受け取ったデータをもとに、ターゲットの知り合いの方から攻める作戦だ。

石神
自身で判断のつかない状況になったら、すぐに連絡しろ

サトコ
「分かりました」

卒業までの間に、サトコの捜査技術は格段に上昇した。
以前は心もとなかったが、今まではそれなりに安心して見送ることができる。

(···あの頃は、ここまで成長するとは想像していなかったな)

石神
俺はあの男との関係性を築けと言っただけだ。誰が身体の関係を築けと言った

サトコ
「私だって、そんなつもりはありませんでした」

石神
俺が行かなければ、あのまま情事に及んでいたんじゃないか?

(···今、あんなことがあったら)
(俺は···正気でいられるだろうか)

あのときの自分にとって、サトコは “面倒な訓練生” でしかなかった。
その彼女は今、教官たちの信頼を勝ち取りひとりで潜入捜査へ向かう。

サトコ
『···しかしながら私は、ハニートラップ向きではないと自覚があります』
『一度ターゲットの知り合いと接触する形で、アプローチしてみます』

色仕掛けでも構わないと告げたときのサトコの言葉に、安堵していた自分。
サトコが男に襲われかけたあのときの捜査を思い出し、無意識のうちに拳を握った。

サトコ
「それじゃ、行ってきます」

石神
···ああ

彼女を送りだし、そっと拳を開く。

(俺が、ひとりの女に入れ込むだと?)
(人生とは、分からないものだな)

自嘲気味に笑い、校舎へと戻った。

Happy End



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