カテゴリー

東雲 ヒミツの恋敵編 5話



【駅前】

土曜日。
ひととおりの準備を整えて、私は待ち合わせ場所にやって来た。

(宮山くん、まだかな)
(そろそろ待ち合わせ時間なんだけど···)

サトコ
「あ、いた!」

(なんかキョロキョロしてる···?)

サトコ
「宮山くん、こっち!」

宮山
「!」

サトコ
「良かった、会えて。さ、行こう」

宮山
「は、はい···」



【電車】

(忘れ物はないよね)
(コードネーム用の名刺も持ってきたし、レコーダーも···)
(···ん?)
(あ、目が合った···)
(えっ、逸れされた?)

サトコ
「宮山くん?どうかした?」

宮山
「い、いえ、べつに···」

サトコ
「遠慮しないで言ってよ」
「疑問点があるなら、任務の前に解消しないと···」

宮山
「そういうんじゃないんで!」

サトコ
「じゃあ、何?」

宮山
「······」

サトコ
「宮山くん!」

宮山
「···雰囲気···」
「いつもと違うんで」

(え、それって···)

サトコ
「別人みたいってこと!?」

宮山
「そこまでは···」
「ただ、いつもの先輩らしくないっていうか···」

(よしっ!)
(よしよしよしっ!)

宮山
「···なにガッツポーズしてんですか」

サトコ
「だって、私らしくないってことは『変装成功』ってことだよね?」

宮山
「は?」

サトコ
「1年前にOLのフリをしたときは大失敗だったんだよね」
「なぜか警察官ってバレて、やけに道を訊かれたりして···」
「でも、今はうまくできてるってことだよね」
「あー成長したなー、私」

宮山
「···この程度で成長とか···」

サトコ
「いいじゃない。たまには自分を褒めてあげないと」

(滑り出しは上々)
(この調子で潜入捜査もがんばるぞー!)



【ホテル】

祝賀会会場に着いた私は、名刺ケースを手に受付へと向かった。

受付嬢
「お名前をお願いいたします」

サトコ
「長野かっぱです」

受付嬢
「···っ!」
「長野、か···かっぱ様ですね」

(···また笑われてる)
(別にいいけど、こんなの慣れちゃったし)

受付嬢
「ではお次の方···」

宮山
「······」

受付嬢
「??お名前をお願いします」

宮山
「あ···秋葉野···」

受付嬢
「秋葉野、どちら様ですか?」

宮山
「···冥土···」

受付嬢
「冥土様ですね。アキバノメイド···」
「!!」

宮山
「あの···早く受付···」

受付嬢
「し、失礼しました。あ、秋葉野冥土様ですね」

(受付のお姉さん、めちゃくちゃ笑いを堪えてる···)
(宮山くんは宮山くんで、顔が真っ赤だし)

ようやく受付が終わったのか、宮山くんは憤慨した様子でやって来た。

宮山
「なんなんですか、この偽名は!」
「こんなの、かえって悪目立ちするじゃないですか!」

サトコ
「そんなの、私に言われても···」
「室長が勝手に決めた名前だし」

(でも、さすがに「アキバのメイド」っていうのは···)

<選択してください>

A: ま、元気出して

サトコ
「ま、元気出しなよ」
「きっとそのうち慣れるって」

宮山
「···そうですね」
「『長野かっぱ』よりはマシですし」

(な···っ)

サトコ
「そんなことないよ!『長野かっぱ』のほうがマシだよ!」

宮山
「かっぱは妖怪じゃないですか」
「その点、メイドは人間です」

(うっ、言われてみれば確かに···)

B: もしかしてメイド喫茶好き?

サトコ
「もしかして宮山くんってメイド喫茶が好きなの?」

宮山
「好きなわけないでしょう!まったく興味ありませんよ!」

サトコ
「じゃあ、なんでこの名前?」

宮山
「それこそ室長に聞いてください」
「『お帰りなさいませ、ご主人様~』とか『にゃんにゃん・ジャンケンポーン』とか···」
「ああいうのには、まっっっったく興味ありませんから!」

サトコ
「そ、そうなんだ···」

(でも、そのわりにずいぶん詳しいような···)

C: もしかして昔バイトを···

サトコ
「もしかして昔メイド喫茶でバイトしてたとか···」

宮山
「バカですか、アンタ」
「男のメイドなんて聞いたことありませんよ」

サトコ
「そうかな。でも、女装すれば意外と···」

宮山
「女装なんて似合わないですから!」
「東雲教官じゃあるまいし」

サトコ
「ええっ!?」
「それこそあり得ないよ!教官が女装なんて···」

(あ、でも、ちょっとくらいなら···)
(髪の毛サラサラだし、お肌きれいだし···)

宮山
「···今『ありかも』って思ったでしょ」

サトコ
「違っ、思ってない!」
「教官は単に女子力が高いだけなんだから!」

宮山
「そんなムキにならなくても···」

宮山
「ところで、そろそろ会場に入りませんか」
「いつまでもここにいるのも何ですし」

サトコ
「そうだね」
「っと、その前に『人物設定』の確認だけど···」
「私は業界紙から依頼を受けたフリーライターね」
「で、宮···秋葉野くんは私のアシスタント···」

宮山
「違うでしょう。そこは逆です」
「俺がライターで、先輩はアシスタントです」

サトコ
「ええっ、どう見ても私のほうが年上だよ?」

宮山
「そんなことないです。先輩、落ち着きないし、色気足りないし」

(ぐっ···)

宮山
「そもそも習志野学とまともに話せるんですか?」
「噂によると、あの人、かなりの変人みたいですよ?」

サトコ
「そ、それは···」

モッピー!お金がたまるポイントサイト

【パーティー会場】

結果的に、宮山くんの指摘はかなり的を射ていた。

習志野
「そうそうそうなんだよ!···が···で···が···になるから···」

宮山
「わかります。確かそちらの···が···して···で···ですから」

(···出た、半分以上聞き取れない言葉のオンパレード)
(でも、宮山くんはちゃんと会話についていってるんだよね)

これなら、習志野学のことは宮山くんに任せてしまったほうがいい。

(となると、私は···)

ひとまず、宮山くんに合図を送って会話の輪からそっと外れる。
さらに飲み物をもらいに行くふりをして会場内をぐるりと回ってみた。

(不穏な動きをしている人もいないし···)
(パッと見、この会場にいるのは名の知れた研究者ばっかりだよね···)
(でも、この間の人も「見た目」は日本人って感じだったからな···)
(あの暗号がないと、見ただけじゃわからないよ)

さらに注意を払ってみたものの、怪しい人物は特に見当たらない。

(さすがに祝賀会には潜り込めなかったのかな)
(···ううん、油断は禁物。最後まで気を抜かないようにしないと)

そんな具合で会場内をウロウロして···
気が付けば1時間が経過していた。

(ヤバ···いったん合流したほうがいいよね)
(宮山くんは···)

サトコ
「えっ」

(まだ習志野学と話し中!?)

そっと近づいてみると、習志野学のご機嫌な話し声が聞こえてくる。
一方の宮山くんは、さすがに疲れを隠しきれないようだ。

(大丈夫かな。話し相手になるの、代わったほうがいいのかな)
(でも、私だと会話についていけないし···)

そのときだった。
誰かが私の横をすっと追い抜いて行ったのは。

???
「時間だぞ、習志野」

習志野
「時間?」

???
「スピーチだ。忘れたのか?」

習志野
「······」
「···おお、そうだった!スピーチ、スピーチ!」
「けど、気が乗らないなぁ」
「菊田、キミが代わりにステージに立ってくれよ」

菊田
「バカを言うな。いつのも研究発表とはワケが違うんだ」

習志野
「でも、もっと彼と話がしたかったんだけどなぁ」

宮山
「あの、よろしければ今度研究所に伺いましょうか」

習志野
「おお、それがいい!続きは研究所で話そう!」
「日にちは···」

(すごい···宮山くん、すごい!)

習志野たちが去ったのを確認して、私は宮山くんに駆け寄った。

サトコ
「お疲れさま!うまくいったね」

宮山
「べつに。これくらいはできて当然でしょ」

サトコ
「そんなことないって」
「宮山くんじゃなかったら、こんなにすんなりとはいかなかったよ!」
「ほんと、すごいね」

宮山
「···はぁ」
「ところで、そっちはどうだったんですか」
「例の思想集団は···」

サトコ
「今のところ、特に見当たらないんだよね」
「もちろん見逃してる可能性もあるわけだけど···」

宮山
「閉会まであと1時間以上ありますね。どうしますか?」

サトコ
「そうだね、別行動をとろうか」
「私、あっち側を見て回ってくるよ」
「宮山くんは入口周辺と、この辺りをお願い」

宮山
「分かりました。祝賀会が終わったらロビーで落ち合いましょう」

その後、さらに会場内を見て回ったものの、特に成果は得られなくて···



【ホテル外】

サトコ
「うーんっ···疲れたーっ」

宮山
「結局『ありのまま団』については何の情報も得られませんでしたね」

サトコ
「そうだね」
「でも1つめの目的は達成できたわけだし」
「お疲れさま、アキバのメイドさん」

宮山
「その呼び方はやめてください」

サトコ
「ははっ、ごめんごめん···」

グゥゥ···

(あ···)

宮山
「もう腹が減ったんですか?」

サトコ
「うん、まぁ···」
「祝賀会ではあまり食べられなかったし」

宮山
「そうですか···」
「だったらメシでも行きますか?俺も腹減って···」

サトコ
「ああ、ごめん」
「この後、予定が入ってるんだ」

宮山
「······」

サトコ
「うわっ、もう21時···」
「それじゃ、おつか···」
「ぎゃっ!」

慣れないヒールで駈け出そうとしたせいだろう。
足元がガクンと横に傾いた。

(しまった、転ぶ···)

けれども、すんでのところで、背後から抱きかかえられた。
驚いて顔を上げると、あきれた顔つきの後輩と目が合った。

宮山
「バカですか、アンタ」

サトコ
「ご、ごめん···」

支えてもらった腕を借りて、なんとか体勢を立て直す。

サトコ
「ありがと、助かった」
「それじゃ、また明日!」

宮山
「···おつかれさまです」

(はぁぁ···ほんと危なかった···)
(っと、電車に乗る前に教官にメッセージを送らないと)
(あとは、念のため、スーパーの営業時間を確認して···)

宮山
「······」

幸いなことに、スーパーでの買い物はギリギリ間に合った。

(卵と小麦粉とパン粉は家にあるって言ってたよね)
(となると、あとは海老と···)
(そうだ、サラダも作ろう!それとスープとデザートと···)

そうして、なんとか買い物を済ませて···

【東雲マンション】

教官の家に辿り着いたのは、22時を過ぎたころだった。

サトコ
「すみません、遅くなっちゃって」

東雲
いいよ、別···
······

(あれ、なんか驚いてる?)

サトコ
「どうかしましたか?」

東雲
···いや
それよりお腹空いたんだけど

サトコ
「了解です。任せてください!」

(さあ、今日こそ、美味しいエビフライを作るぞーっ)

30分後···

東雲
···これは?

サトコ
「え、ええと···エビフラ···」

東雲
見事だね。このブラックタイガー

(く···っ)

サトコ
「で、でもサラダは自信ありますんで!」
「それとスープも···」

東雲
ハイハイ

いただきます、と手を合わせて、教官は箸を手に取った。
真っ先に口にしたのは、今日のメインのエビフライだ。

東雲
苦···
マズ···

サトコ
「す、すみません···」
「なんか、その···ブラックになってしまって···」

東雲
ほんとにね
あと少し炭化が進んだら立派な産業廃棄物だよね、これ

(た、確かにその通りだけど···)

それでも、教官は適度に衣を外しながら残りはちゃんと食べてくれる。

(教官のこういうところ、やっぱり好きだな)
(なんだかんだ言いながら、なんかこう···)

東雲
···キモ
ニヤニヤするな

サトコ
「すみません!でも···」
「なんか嬉しいんです」

<選択してください>

A: ちゃんと食べてもらえて

サトコ
「ちゃんと食べてもらえて」

東雲
ハイリスクな選択だけどね
しかも、そのわりにリターンは少ないし

(うっ、確かにその通りだけど···!)

サトコ
「ええと、あとですね···」

B: ごみが減って

サトコ
「ゴミが減って」

東雲
···なにそれ
オレは産廃処理なわけ?

サトコ
「ち、違いますよ!そういう意味じゃなくて···」

東雲
どうだか···

サトコ
「本当ですってば!」
「それに、その···」

C: 教官が優しくて

サトコ
「教官が優しくて」

東雲
······

サトコ
「なんだかんだ言いながら、いつもちゃんと食べてくれますし」
「教官のそういうところ、やっぱり優しいなぁ···って」

東雲
···レベル低
この程度で『優しい』とか、低燃費すぎ

サトコ
「余計なお世話です!」

(ていうか誰のせいでこうなったと···!)

サトコ
「それに···」

サトコ
「嬉しいって理由はもう1つあって···」
「休日の夜に、こうして教官と一緒にいられるじゃないですか」
「それも、なんだか嬉しいなぁ···なんて···」

東雲
······
···バカ

教官は箸を置くと、なぜか私のほうに手を伸ばしてきた。

(え、なになに···)

サトコ
「···っ」

教官の指先がすくいあげたのは、私の胸元を飾っていたペンダントだ。

東雲
このペンダントトップ、この間の···

サトコ
「はい、ホワイトデーにいただいた『ガーベラ』です」
「やっぱりペンダントにするのが一番いいかなと思って」
「こうして肌身離さずつけていられますし」

東雲
···そう

教官の眼差しが、ゆらりと揺れた。
こうした色を滲ませた目に、この数か月で私は私は何度も捕えられてきた。

(どうしよう···まだ食事中なのに···)

それでも、気配を感じて目を閉じてしまうのは···
私も、それを望んでいるからだ。
ちゅ、と軽く唇が触れ合って···
何度も何度もそれを繰り返して···

(エビフライ···冷めちゃう···)
(それにデザートも···)

でも、そんなことを考えていられるのは今のうちだけだ。
かすかに開いた唇から、温かなものが潜り込んでくるまでのこと。

(教官···)

首に手を回すことは、いつの間にか覚えていた。
だって、そのほうが深く長くキスできるから。

(もっと、いっぱい捕えたらいいのに···)
(たくさんキスして、たくさん触れ合って···)
(そうやって···教官の熱···いっぱい捕えたら···)

ピピピピッ···ピピピピッ···

(あ、この音···)

東雲
···時間だね
準備して。駅まで送る

サトコ
「···はい」

【帰り道】

春の夜風が予想外に冷たくて、思わず首をすくめてしまった。

サトコ
「まだ寒いですね」

東雲
夜はね
ひんやりしてるし。首裏とか手とか

サトコ
「あっ、じゃあ···」

教官の手を摑まえようとして、ふと先日のことを思い出す。

(そういえば、宮山くんに撮られたの、マンションの前だったよね)
(まさか、今日も見られてるなんてこと···)

東雲
···なにキョロキョロしてんの

サトコ
「え、ええと、その···」
「···っ」

(う、うそ!教官から手を···)

東雲
···なに

サトコ
「だ、だって、誰かに見られでもしたら···」

東雲
ありえない
人の気配しないし

繋がれた手に力が込められる。
たったそれだけのことで、胸がふわんと暖かくなった。

(やっぱり嬉しいな)
(ちょっとの時間でも、こうして教官と過ごせるの···)

サトコ
「あの···残ったスープとサラダは、明日食べてくださいね」
「それとデザートも冷蔵庫の中に入ってますんで」

東雲
ブラックタイガーは?

サトコ
「そ、それは···」
「一応、お任せってことで」

東雲
あっそう

(それにしても、どうしてエビフライだけうまくいかないんだろ)
(もしかして私、エビの呪いにかけられてる?)
(たとえば、私の祖先が、昔エビにひどいことをしたとか···)

東雲
そういえば任務は?
まさかそっちも失敗?

サトコ
「いえ、ちゃんとうまくいきました」
「って言っても『ありのまま団』については何もないんですけど···」
「習志野学の研究所に伺う約束は無事に取り付けましたんで」

東雲
へぇ、宮山が?

(うっ···)

サトコ
「そ、その通りですけど···」

(なんでバレたんだろ···)
(って考えるまでもないか)

宮山くんが優秀なのは、教官もよく知ってることだ。

サトコ
「宮山くんってすごいですよね」
「首席で入校するだけあって頭が良くて···」
「それなのに努力を惜しまなくて」

東雲
······

サトコ
「今日だって、あの習志野学と1時間も話をしていたんですよ」
「私には絶対無理です」

東雲
そうだろうね
なにせ『ウラグチ』だし

(くっ、また懐かしいあだ名を···)
(でも···)

サトコ
「私だって負けません」
「私のモットーは『常に前進』です」

東雲
······

サトコ
「教官からいただいた、この『ガーベラ』に誓って···」
「氷川サトコ、これからも後輩に負けずに前進し続けます!」

ガーベラの花言葉に引っ掛けて、笑顔でそう宣言してみせる。
それなのに、教官は微妙そうな顔付きになって···

東雲
綿毛が偉そうに···

サトコ
「ひどっ!確かにそっちも否定しませんけど」
「ていうか教官から離れる気はありませんけど···」
「えいっ」

東雲
ちょ···離れろ
くっつきすぎ!

サトコ
「無理です。綿毛なんで」

東雲
バカ
調子に乗るな

冷たかったはずの外気も、もう気になることはない。
心も身体もだいぶ温かくなったから。

(来週の週末もこんなふうに過ごせるかな)
(過ごせたらいいなぁ)

ところがだ。


【教場】

一夜明けたらとんでもない状況が私を待っていた。

サトコ
「おはよう···」

いつもどおり挨拶をして、教場に足を踏み入れる。
そのとたん、皆のお喋りがなぜか気持ち悪いほどピタリと止んだ。

(···なにこれ)
(なんか、へんな雰囲気···)

鳴子
「ちょっと!サトコ!」

サトコ
「あ、鳴子おはよう···」

鳴子
「おはようじゃないよ。とりあえずこっちに来て!」

鳴子に腕を引かれて、グイグイと教場の隅っこへと連れて行かれる。

鳴子
「ねぇ···あの噂、本当なの?」

サトコ
「噂?」

鳴子
「サトコと宮山くん!」
「付き合ってるのか、って聞いてるの!」

(ええっ!?)

to be contineud



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする