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東雲 ヒミツの恋敵編 Happy End



【モニタールーム】

もう一度、捜査をさせてほしい。
そうお願いした私に耳に届いたのは、教官の呆れたような溜息だった。

東雲
なに、今更
処分を受けるんじゃなかったの

サトコ
「確かにあのときはそう思っていました」
「それが『責任を取る』ってことなんだって」
「でも、気付いたんです」
「それじゃ何も解決しない···」
「責任を取るなら、まずは事件を解決しなければいけないんだって」

東雲
······

サトコ
「今度こそ結果を出します」
「処分はその後いくらでも受けます」
「だから、どうかもう一度だけ···」
「私と宮山くんを捜査メンバーに加えてください!」

タイピング音が、いつの間にか聞こえなくなっていた。
それでも頭を下げたままでいると、ぼそりと小さな声が聞こえてきた。

東雲
バカ。遅すぎ

サトコ
「!」

東雲
それと許可を出すのはオレじゃない
室長だから

サトコ
「分かりました!今すぐ室長のところへ···」

難波
んー、呼んだか?

(うそ!)

振り返ると、マシンルームから室長が顔を出している。
私は急いで駆け寄ると、再び深々と頭を下げた。

サトコ
「お願いします!私と宮山くんを捜査に戻して下さい!」

難波
······

サトコ
「今度こそ、教官たちの指示に従います」
「何かするときも、必ずちゃんと連絡を入れます」
「だから、どうかお願いします!」
「『事件を解決する』という形で、責任を取らせてください!」

難波
うーん···
どうするんだ、歩

東雲
室長の判断に任せます

難波
それでいいのか?だったら···

その続きを聞く前に、室長のポケットから着信音らしきものが流れてきた。

難波
なんだ、タイミングが悪いなぁ
はい、難波···
ああ···ああ···
······

室長はポケットから手帳を取り出すと、文字を書き込んで私に見せた。

(···「宮山を呼べ」?)

東雲
言われたとおりにして

サトコ
「はい」

室長の電話が終わるのとほぼ同時に、モニタールームのドアが開いた。

宮山
「お疲れさまです」

難波
ああ、ちょうどよかった。こっちに来い

室長の厳しい表情に気付いたのか、宮山くんの顔がわずかに強張った。

難波
今、黒澤から連絡が入った
習志野学がいなくなったそうだ

(え···)

宮山
「いなくなったって、どういうことですか!?」
「いったい、いつ、どこで···」

難波
今から2時間前、場所はT大学だ
習志野は客員教授として朝からT大学を訪れていたそうだが···
『購買に行く』と出て行ったきり戻ってきていないらしい

(それって···)

宮山
「まさか、菊田が···」

難波
あいにく菊田は、朝から研究所にいて今日は外出していない

サトコ
「でも、誰かに指示を出せばさらうことも···」
「!」

宮山くんと視線が合った。
たぶん、考えていることは同じだ。

難波
···どうした?

サトコ
「菊田を尾行した時、彼はガラの悪そうな男と会っていました」
「そのとき、菊田がスマホで地図サイトを見せていて···」

難波
ああ、報告書に添付してあったヤツだな

東雲
これですね

教官がタブレット端末を開いた。
どうやら宮山くんが提出した資料を取り込んでいたらしい。

難波
場所は···23区外か

東雲
調べたところ、古い研究所でした。今は使われていないようですが
行くにはかなり時間がかかります

室長は険しい顔つきのまま、私と宮山くんを見比べた。

難波
···こいつらに任せても問題ないか?

東雲
大丈夫でしょう

2人
「!!」

(じゃあ···)

東雲
オレは、大学周辺と習志野の自宅を当たる
キミたちはすぐにこの研究所に向かって

2人
「はいっ!」



【タクシー】

逸る気持ちをなんとか抑えて、私たちはタクシーの後部座席に乗り込んだ。
けれども、帰宅ラッシュが始まっているせいで、車は思うように進まない。

宮山
「くそっ、なんでこんなときに電車が止まってんだよ」
「絶対、電車の方が早いのに···」

運転手
「あれ?お兄さん、聞いてないの」
「なんか、この沿線のビルに爆弾が仕掛けられたらしいよ」

宮山
「爆弾!?」

サトコ
「まさかテロとか···」

運転手
「違う違う。犯人は就活に失敗した学生だって」
「最終面接で落とされた会社のビルに、爆弾30個仕掛けたらしいよ」

宮山
「30個って···」

ニュースサイトによると、事件が発覚したのは30分ほど前だ。
これでは、すぐの運転再開は見込めそうにない。

(こうなったら、もう神頼みしか···)
(どうか、少しでも早く到着しますように)
(無事に習志野を救出できますように)



【ビル】

結局、予定より20分遅れで、私たちは目的地にやってきた。

宮山
「俺、こっちを探しますんで」
「先輩はそっちに行ってください」

サトコ
「了解」

ほこりっぽいなかを、懐中電灯を照らしながら1室ずつ確認していく。

(せめて、あと1~2時間早く来られれば···)
(そうすれば、もっとスムーズに確認できたんだけど···)

最後の部屋を確認し、2階にあがろうとしたそのとき。

(電話···宮山くんからだ!)

サトコ
「はい」

宮山
『すみません、来てください』
『怪しい部屋を見つけたんです!』

サトコ
「!!」

【物品庫前】

宮山くんが立っていたのは「物品庫」の前だった。

宮山
「見てください、ここ」
「ドアノブのかわりに、へんな箱が設置されていて···」

確かに、ドアノブがあるはずの部分が、箱らしきもので覆われている。

宮山
「どう見ても怪しいですよね、これ」

サトコ
「うん···」

(でも、この箱···どこかで見たような···)
(あ···!)

宮山
「じゃあ、まずはこの箱を···」

サトコ
「触らないで!」

箱に触れようとした宮山くんの手を、私は慌てて掴まえた。

宮山
「なっ、何するんですか!」

サトコ
「見て、この箱のフタ」
「パネル状になってる」

宮山
「それが何だって···」

サトコ
「これ、たぶん『からくり箱』だよ」
「普通に開けると爆発するはず」

(落ち着け···まずは連絡···)

震える手でスマホを握って、教官の番号を呼び出した。

サトコ
「氷川です。こっちで怪しい部屋を見つけました」

東雲
どういうこと?

サトコ
「実は···」

できるだけ手短に、必要なことを説明する。
その内容に、教官が息を飲んだのが分かった。

サトコ
「···教官、指示を」

東雲
解除方法は?覚えているの?

サトコ
「それは···」

(解除するための手段は、確か5つ)
(1つ目は上のパネルを右にスライド···2つ目は左···3つ目は···)

サトコ
「大丈夫です。手順は『図解』で掲載されてました」

東雲
···分かった
終わったら連絡して

サトコ
「はい!」

通話を切るなり、私は宮山くんに「離れていて」とお願いした。
深呼吸をし、息を吐き出して···
最初のパネルに触れてみる。

(大丈夫···)
(「図」を覚えるのは誰よりも得意だ)

記憶の中の解除方法通り、1枚ずつパネルを動かしていく。

(4枚目のパネルを下···5枚目を右···)
(これで「B」の文字ができあがるはず···)

サトコ
「···よし、開けるよ」

(これで正解なら、何事もなく箱が開くはず···)

宮山
「先輩、俺が開けます」

サトコ
「大丈夫···」

宮山
「先輩···っ」

サトコ
「いいから!離れて待ってて」

フタに手をかけ、力を込める。
一気に下におろすと、フタそのものがスライドして箱の中身が現れた!

サトコ
「これ···!」

複雑そうな配線。
真っ赤な光を放つデジタル時計。

(まさか時限爆弾···!?)

宮山
「東雲教官に連絡します」

サトコ
「う、うん···」

宮山くんが電話している間、私は箱の中の配線を確認した。

(時計は2つ···)
(でも下の時計は動いていない)

見た限り、下の時計から出ている配線の方が複雑そうだ。
だからこそ、かえって作動しなかったのかもしれない。

(念のため、爆発処理班用に写真を撮ろう)
(全体を写したものと、上下に分けたもので···)

宮山
「そんな···!」

いきなり聞こえた悲痛な声に、驚いて振り返った。

宮山
「知ってます。でも、こっちだって···」
「ですが···!」

サトコ
「宮山くん」

手を差し出し、電話を代わるようにお願いする。
宮山くんは、顔をしかめながらも私にスマホを貸してくれた。

サトコ
「お電話代わりました」

東雲
よく聞いて
爆発物処理班はすぐには向かえない

サトコ
「!」

東雲
今、別の現場に駆り出されている
そっちに回せたとしても1時間後···
移動も含めれば到着は2時間後になる

(2時間って、そんな···)

サトコ
「無理です!」
「カウンターは残り30分を切ってます!」

東雲
処理は?

サトコ
「!」

東雲
自分たちで処理できる?

サトコ
「それは···」

改めて上の配線を確認する。
下と比べて、こちらはそれほど複雑ではない。

(それに、これ···テストにも出ていたはず···)

宮山
「···できます」

サトコ
「!」

宮山
「俺たちに処理しろって言ってるんでしょう?」
「だったらできます」
「やってみせます!」

(宮山くん···)

サトコ
「···宮山くんが『やれる』と言っています」

東雲
分かった
キミは彼をサポートして

サトコ
「了解です」

電話を切って、スマホを宮山くんに返す。
彼は、すでに携帯工具を取り出していた。

宮山
「手元を懐中電灯で照らしてください」

サトコ
「わかった」

小さな刃先が、配線の間に差し込まれる。
宮山くんは、わずかに目を細めると最初の配線をパチンと切った。

宮山
「···よし」

そこからは一切の躊躇いを見せなかった。
的確に、確実に、配線を次々と切っていく。

宮山
「······」

(すごい···冷静だ···)
(いくら首席とはいっても、まだ入校したばかりなのに···)

気が付けば、繋がっている配線は残り3本となっていた。

(でも、切るのはあと1本だけのはず)

そこで、なぜか宮山くんの手が止まった。

サトコ
「···宮山くん?」

宮山
「······」

サトコ
「どうしたの。あと少しで···」

宮山
「先輩···代わってください···」

(えっ···)

宮山
「なんか、手···」
「手が···急に震えてきて···」

サトコ
「······」

宮山
「無理です···俺···」
「できるって、言ったけど···」
「やっぱ無理···っ」

震えっぱなしの宮山くんの手を、私は両手で包み込んだ。

宮山
「···っ」

サトコ
「大丈夫だよ。絶対できる」

宮山
「······」

サトコ
「宮山くんなら、絶対にできるから」

宮山
「そんな無責任な···」

サトコ
「無責任なことなんて言ってない!」
「宮山くんは優秀だって、ちゃんとわかった上で言ってる」
「それに、誰よりも努力していることも···」

宮山
「······」

サトコ
「だから、失敗するはずがない」
「大丈夫。あと少しだから」

宮山
「······」
「···だったら手を離してください」
「このままだと作業できません」

サトコ
「あっ、そうだよね。ごめん」

宮山くんは工具を握り直すと、再び配線に刃を当てた。

宮山
「···行きます」

パチン、と最後の1本が切れた。

宮山
「···っ」

(···よし!)

サトコ
「宮山くん、目を開けて」
「大丈夫、成功だよ。ちゃんと止まってる」

宮山
「············ほんとだ···」

よほど緊張していたのか、宮山くんはペタリと座り込んだ。

宮山
「良かった···」
「やりました···先輩···」

サトコ
「そうだね。よかったね」

(これで30分以内に爆発することはなくなった···)
(あとは教官の指示を仰いで···)

ピピピピピッ!

(えっ、アラート音!?)

宮山
「先輩、今度は下の時計が···!」

サトコ
「なんで!?さっきまで動いてなかったのに···」

宮山
「と、とりあえず、すぐにこれも止めないと···」

けれども、下の時計と繋がっている配線はかなり複雑だ。
おそらく宮山くんでも解除できない。

(残り時間···30分を切ってる···)
(どうしよう···どうすれば···)

サトコ
「···っ」

(ダメだ、私が不安そうな顔をするな)
(まずは電話···教官と連絡を取って、それから···)

東雲
退いて!

サトコ
「!」

東雲
状況説明

サトコ
「は、はい、あの···」
「上の時計と繋がった配線は解除できたんですけど···」
「そうしたら下の時計が動き出して···」

東雲
分かった
懐中電灯

宮山
「は、はいっ!」

(なんで、教官がここに···?)
(現実だよね?まさか都合良すぎる夢とかじゃ···)

東雲
···っ
宮山、氷川さんと代わって

宮山
「えっ」

東雲
氷川さん、懐中電灯

サトコ
「は、はいっ!」

慌てて場所を代わって、箱の中を懐中電灯で照らした。

(あ、これ···)

サトコ
「手前の配線、持ち上げますか?」

東雲
お願い

(次は···ああ、さらに奥の配線を切るのかな)
(だったら、影にならないように、少し避けて···)

サトコ
「宮山くん、上からも懐中電灯を照らして」

宮山
「は、はい!」

教官のこめかみに汗が滲んでいる。
余裕そうに見えるけど、本当はかなり緊張しているのかもしれない。

(だって、こんな複雑そうなの···)
(楽に処理できるはずがない···)

東雲
···ラスト1本

教官は息を吐き出すと、刃先を細い配線の間に差し込んだ。
私も宮山くんも、息を潜めてその行方を見守る。

パチン!

小さな音とともに、下のデジタル時計がピタリと止まった。
それでも、緊張感が続いているのは、先ほどの件があるからだ。

(まだ、何か仕掛けがあるかも···)

しばらく様子を見て···
ようやく、教官はドアに耳を近づけた。

宮山
「東雲教官?」

東雲
しっ···
······
···寝息が聞こえる

サトコ
「じゃあ、この中に習志野が···」

東雲
習志野かどうかは分からないけど、確実に誰かいる
今、オレたちにできるのはここまでだ

今度こそ、お互いの間を流れる空気が緩んだ。
あからさまに息をついた私たちを見て、教官はめずらしく頬を緩めた。

東雲
おつかれさま

サトコ
「ハイ···」

宮山
「おつかれさま···です···」

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1時間後···
ようやく処理班が到着して、爆発物が設置されたドアを解体してくれた。
中にいたのはやっぱり習志野で、救出されるなり病院へと運ばれていった。
さらに···

黒澤
みなさーん!おつかれさまでーす

東雲
透、遅すぎ

黒澤
ハハッ、すみませーん
ついさっきまで加賀さんに罵られていたもので

東雲
···そのわりに嬉しそうだね

黒澤
あ、分かりますか?
加賀さんの罵り方って、石神さんや後藤さんとも違うからいろいろ新鮮で···

東雲
それで?菊田は?

黒澤
もちろん捕まえましたよ、刑事部が

サトコ
「えっ」

宮山
「公安部じゃないんですか?」

黒澤
ええ、刑事部です
ま、菊田はウチではそれほど重要人物ではないですからね

サトコ
「??」

(どういうこと?)


【教官室】

サトコ
「ええっ、ただの怨恨事件!?」

東雲
そう。菊田はずっと習志野の名声を羨んでいた
だから、パーソナルキャッチングの研究をやめさせようとしたり···
習志野を誘拐して、大ケガをさせようとした
今回の諸々は、ただそれだけのこと

サトコ
「じゃあ、例の『ありのまま団』は···」

東雲
一切関係なし
少なくとも、脅迫状と習志野誘拐についてはね
もっとも、連中が講演会を聞きに来ていたことを思えば
今後絡んでくる可能性は十分あるわけだけど···

サトコ
「はぁ···」

(じゃあ、私と宮山くんの潜入捜査はいったい···)

東雲
なに?ガッカリしてんの?
だったら次からは捜査の前に教えようか

サトコ
「はい、ぜひ···」

(···ん?)

サトコ
「あの···『捜査の前』っていうのは···」

東雲
ああ。結構前から分かっていたから
今回の件と『ありのまま団』がほぼ無関係だってこと

サトコ
「ええっ!?」

教官いわく、例の祝賀会の前にはすでにそういう推測がされていたらしい。
ただ100%とは言い切れないから、念のため私たちが駆り出されただけで···

(うう、知らなきゃ良かった···)
(なんだかますます虚しいんですけど···)

東雲
···ま、でも悪くないんじゃない?キミと宮山のコンビも

サトコ
「えっ?」

東雲
キミたちがカフェで見かけた『ガラの悪い男』は、別の監視対象組織の関係者だったし
今回、習志野が助かったのも、キミたちのおかげなわけだし
案外名コンビになるかもね。キミと宮山って

(そうなのかな···)
(だとしたら少しは頑張った甲斐もあったような···)

東雲
···へぇ、嬉しいんだ
宮山と『名コンビ』って言われて

サトコ
「それは、まぁ···2人で頑張ったわけですし」
「でも、私はもっと頑張らないといけないですよね」
「今回活躍したの、ほとんど宮山くんですし」

東雲
······

サトコ
「習志野の行方を突き止められたのも、宮山くんのハッキングがあったからだし」
「爆発物の解除も、宮山くんに任せちゃったし」
「おかげで、私なんて『どっちが指導係か分からない』って言われたりして···」

東雲
···ふーん
じゃあ、これは?

教官は机の引き出しを開けると、1枚の答案用紙を引っ張り出してきた。

サトコ
「これ、この間の···」

東雲
追試の結果。爆発物処理の
100点満点

(やった!)

東雲
つまり···
できたはずだよね、キミにも
爆発物の敗戦処理くらい

(···あ···)

東雲
聞いたよ、宮山から
最後の最後で、急に怖くなって投げ出しかけたって
キミに代わってもらおうとしたって

サトコ
「······」

東雲
でも、キミは代わらなかった
どうして?

サトコ
「それは···」

理由はいくつかある。
宮山くんが切ろうとしていた配線が「正しい」って分かっていたから、とか。
どうせ「あと1本だけだし」とか。

(でも一番の理由は···)

サトコ
「以前『コチ電業』の案件の時···」
「教官は、私のことを信じていろいろ任せてくれましたよね」

東雲
···ああ

サトコ
「あれ、すごく嬉しかった···」
「それに自信にもなったんです」

東雲
······

サトコ
「だから、私もそうしようって」
「宮山くんのこと、信じて任せてみようって」
「だって私は、教官の教え子ですから」

精一杯の感謝の気持ちを込めて、口にした言葉···
それなのに、教官は···

東雲
···生意気

(えっ···)

東雲
オレの言いつけ守らなかったくせに
さんざん迷惑かけたくせに

サトコ
「す、すみませんすみません!」
「本っっ当にすみません···っ」

東雲
だったら迷惑料
払え。今すぐ

(ええっ!?)

サトコ
「む、無理です!」
「まだ給料日前だし、冬のボーナスも1年定期にしちゃったし」

東雲
······

サトコ
「じゃ、じゃあ『高尾山限定ピーチネクター』···」

東雲
······

サトコ
「ダメなら、横須賀限定か浦和限定···」

東雲
キス
してない気がするけど。1週間以上

(············え?)

東雲
して。早く

サトコ
「ま、待ってください」
「今、勤務中じゃ···」

東雲
勤務時間外
勤怠表ではそうなってる

(だとしても、家ならともかく、ここ学校だし!)
(もし、いきなり誰かが入ってきたりしたら···)

東雲
まだ?

サトコ
「だ、だって···」

東雲
ああ、もしかして···
焦らしプレイ?

サトコ
「!!」

東雲
へぇ、好きなんだ?そういうの

サトコ
「違···っ」

教官が、まだ何か言っている。
けれども、すでにいっぱいいっぱいで正直何も聞こえない。

(く···っ)
(こ、こうなったら···)

(えい···っ)

東雲
···っ

(い、いいよね、これで)
(なんか勢い任せっぽくなっちゃったけど、キスはキスだし···っ)
(これでクリア···)

サトコ
「!!」

(ちょ···え···)
(なんで腰に手を回して···)

サトコ
「ん···っ」

東雲
······

サトコ
「んんっ···」

気が付けば、主導権はすっかり奪われていて···
ネクタイを掴んでいたはずの手からは、力が抜けそうになって···

サトコ
「はぁ···はぁ···」

(ダメ···だ···)
(心臓がまだバクバクして···)

東雲
120円

(円!?)

東雲
今のキスの値段
缶のピーチネクター1本分

サトコ
「ひどっ」
「いくらなんでも安すぎませんか?」

東雲
でも下手だし。キミ

(うっ···)
(そりゃ、教官に比べたらいろいろ足りないですけど···!)

東雲
ま、週末でいいや
残りの支払いは

サトコ
「!」

東雲
今週の土曜の予定···

サトコ
「空いてます!まるっと空いてます!」
「なんなら金曜からでも···」

東雲
1泊でいい

サトコ
「!!!」

(『1泊』ってことは···)
(お泊り確定ーっ!)

東雲
···バカ。喜びすぎ

サトコ
「だって···」

まだ月曜日なのに、気持ちはすでに週末に飛んでしまった。
それくらい私は浮かれていた。
だから、余計に気付かなかったのかもしれない。
あの「彼」の気持ちが変わり始めていたことに。


【資料室】

その週の金曜日···
つまり「お泊り」前日のこと。

(よし、できた···っと)

サトコ
「宮山くん、答え合わせしよう」

宮山
「······」

サトコ
「···聞こえてる?」

宮山
「······」

サトコ
「宮山くん!」

宮山
「···っ」
「な、なんですか、いきなり大声を出したりして」

サトコ
「だって、なんかボーっとしてるから···」

(ていうか、ここ数日ずっとこんな調子だよね)
(少し前に、後藤教官に褒められた時もそうだったし)
(一緒に勉強していても、いきなり帰ったりして···)

サトコ
「あのさ、もしかして何か悩み事でもあったりする?」

宮山
「え···」

サトコ
「この間から、顔付きが暗いっていうか···」
「ちょっと気になってたんだ」

宮山
「······」

サトコ
「ね、良かったら話してみない?」
「宮山くんさえ良ければ、話を聞くよ?」
「話せば何かスッキリするかもしれないし」

宮山
「『スッキリ』···」

サトコ
「うん、スッキリ」

宮山
「···じゃあ、言いますけど」

宮山くんの目が、なぜかまっすぐに私を捉えた。

宮山
「俺、好きになりました。アンタのこと」

サトコ
「うん···」

(···ん?)

宮山
「好きです。先輩」
「俺と付き合ってください」

(え···っ)

Happy End



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