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東雲 ふたりの卒業編エピローグ 2話



【寮 自室】

サトコ
「ただいま···」

誰もいない部屋に帰ってきて、ゴロンとベッドに横たわる。
昨日の夕方、浮足立ってこの部屋を出ていったのが嘘のようだ。

サトコ
「はぁぁ···」

(なんでこんなことになっちゃったんだろう)
(もしかして私、どこかで間違えたのかな)

サトコ
「だとしたら、どこで···」

(···ダメだ、わかんない)
(だって、途中まではいい雰囲気だったよね?)

そう、昨晩ーー
シャワーを浴びたばかりの教官に手を取られて···

東雲
どうしてほしい?

サトコ
「えっ」

東雲
キス。約束の
リクエストに応えるけど

サトコ
「あ···」

(卒業キッスのこと···)

サトコ
「そ、そうですよね···やっぱり···」
「···っ」

(な、なんで手の甲にキッス···)

東雲
···なに?決まった?
どこにキスしてほしいか

サトコ
「それは···」
「ひゃっ···」

(今度は指!?)
(ていうか、そこ···ダメ···)

東雲
弱いね、相変わらず
指の間のところ···

サトコ
「や···っ」

(だったら舐めないで···)
(ほんと···ダメ···)

東雲
···まだ?リクエスト

サトコ
「あ···く···唇で···」

東雲
いいの?この弱いところじゃなくて

サトコ
「いい···です···」
「卒業記念···だし···」

東雲
···そう

教官の両手が、私の両頬を包み込んだ。
唇同士が触れ合う寸前で、ふと優しく笑うような気配がした。

東雲
卒業おめでとう。サトコ

サトコ
「ありがとう···ございま···」
「ん···っ」

ちょん、ちょん、と唇がぶつかって···
ようやく深く重なり合う。

(あ、なんか···)
(すごく···そういう感じの···)

さっきの、指の間を刺激された時と同じだ。
明らかに私を煽るためのキスだ。

サトコ
「教か···」
「ん···ん···っ」

いつの間にか、バスローブのベルトが外されていた。
するん、と肩から滑り落とされて思わず身震いしてしまった。

東雲
···寒い?

サトコ
「ちょっとだけ···」

すると、抱き寄せられて、耳裏にキスされた。
それから、うなじや首筋に唇を落とされた。

(あっ···)

再び、身震いしたのは、胸元の締め付けが緩くなったときだ。
真っ白なレースを丁寧に外された。
ベッドの柔らかなスプリングが、私と教官の体重を受け止めた。

(え、ええと···)
(こういうときって···どうするんだっけ···)

過去の記憶を掘り起こそうとしてみる。
けれども、なかなか正解が出てこない。

(だって···最新の記憶···)
(2年以上も前···で···)

サトコ
「ん···っ」

(あ···またキス···)

東雲
······

(どうしよう···気持ちいい···)
(頭のなか···フワフワして···)

気付けば、自然と教官の首に手を回していた。

サトコ
「教官···」

(もっと···)

東雲
······

(もっと···いっぱい······キッス······)
(え···)

東雲
······

サトコ
「あの···教官···?」

東雲
······めん

サトコ
「??」

東雲
ごめん。やっぱり···

(ええええっ!?)

(あのあと、教官はしばらく戻ってこなくて···)
(どうも洗面所に閉じこもっていたっぽくて···)
(そこから出てきたのは、たぶん1時間以上経ってからで···)

サトコ
「···っ」

(ど、どうしよう···とりあえずここは···)
(寝たフリ!)

サトコ
「ぐうぐう···」

東雲
······

サトコ
「ぐうぐう···ぐう···」

東雲
······
···はぁ···

サトコ
「!」

(ため息!?)
(今、ため息ついたよね?)

(あれってどういう意味だったんだろう···)
(「狸寝入り」がバレて呆れられた···?)
(ううん、それならきっとあの場で叩き起こされていたはずだよね)

サトコ
「となると他の理由···」

(もしかして私···積極的すぎたのかな)
(「いかにも」なレースの下着に萎えちゃった···とか)
(自分からキスを求めにいったことでドン引きされた···とか)

もっとも、そんな理由ならまだマシだ。
今後、気をつければ何とかなるはずだから。

(問題は違う理由の時だよね。たとえば···)

東雲
性的興奮を覚えない相手に『セクハラ』って騒がれてもさ

(うん、あったよね。この発言···)
(ほかにも···)

東雲
胸の大きさなんてどうでもいいんじゃない?
大事なのは相手が誰かってことなんだし
オレ、さちならどっちでも平気
ついでにキミも
性的興奮を覚えないからどっちでもいい

サトコ
「性的興奮···か」

(今はそんなことないって思いたいけど)
(いざとなったら「やっぱりムリ」ってなった可能性も···)

サトコ
「あーあーあーっ!」

(ダメだ、これ以上考えるな)
(落ち込むから···立ち直れなくなるから!)

サトコ
「···とりあえず部屋の片づけをしよう」

(退寮日までそんなに日にちがあるわけじゃないし)
(早めに準備するに越したことは···)

サトコ
「ん?」

(この本···資料室の···)
(しまった!返却期限、とっくに過ぎてるよね)
(今日中に返しに行かなくちゃ)



【学校 廊下】

土曜日ということもあって、校内はシンと静まり返っていた。
昨日まで卒業式で騒がしかったのがなんだか嘘のようだ。

(この本を返したらスーパーに行って来よう)
(冷蔵庫空っぽだから、食材を買ってこないと···)

???
「いやぁ、歩さんの言ってた通りでしたよ」

(え、「歩さん」?)

サトコ
「!!」

(マズい、向こうから教官と黒澤さんが···)

とっさに物陰に隠れたところで、ハッとする。
よくよく考えたら、隠れる必要なんてなかったはずだ。

(でも、昨日の今日で気まずいっていうか···)
(ちょっとまだ顔を合わせにくいっていうか···)

東雲
じゃあ、例のOL落とせたの?貿易会社勤務の

黒澤
もちろんです

東雲
勝率は?

黒澤
3勝1敗1引き分けですかね

東雲
悪くないじゃん

黒澤
またまた~百戦錬磨の歩さんには敵いませんよ~
未だ伝説ですからね。一昨年の年末の戦績
まさかの『5勝0敗』!

東雲
ああ···そんな頃もあったよね

(なんの話?まさか合コン?)
(···ありえる。教官、以前はよく合コンに行ってたもんね)
(しかも「お持ち帰り率」がけっこう高いって評判で···)

サトコ
「······」

(そういえば、昨日もいろいろ手馴れていたよね)
(レストランのアレコレもそうだし、部屋への誘い方も···)
(それに、ブ···)
(ブラのホックも、片手であっさりはずして···)

東雲
顔を出してみようかな。久しぶりに

(え···)

黒澤
じゃあ、セッティングしますよ
どういうタイプがいいですか?

東雲
お色気系

(な···っ)

黒澤
了解です。決まったら連絡しますね

(お色気···)
(やっぱり昨日ダメだったのもそういう理由···)

サトコ
「···違う違う!」

(まだそうと決まったわけじゃないから!)
(今の話も、ほら···ええと···)

サトコ
「スカウト!」

(そうだよ、『公安刑事』のスカウトの話かも!···そんなの聞いたことないけど)

サトコ
「···はぁぁ···」

(ダメだ、落ち着こう。混乱しすぎだってば)
(ひとまずこの資料を返して、それから···)



【スーパー】

サトコ
「あ、果物安い」

(リンゴとバナナと···)

サトコ
「桃···」

(昨日の、食前酒で飲んだカクテル···美味しかったな)
(スパークリングワインのなかに、つぶした桃が入っていて···)

サトコ
「はぁぁ···」

(しまった、またため息が···)

どうやら昨日の件は、思っていた以上に精神的ダメージが大きかったらしい。
それに加えてうっかり聞いてしまった黒澤さんとの会話···

(お色気···やっぱり原因はそこなのかな)
(バスローブを脱がされて、ブラのホックをパチンと外されて···)
(それで萎えたんだとしたら···)

サトコ
「いやいやいや···」

(胸のサイズは関係ないって言ってたし!)
(となると原因は···)

サトコ
「形?」

(そ、そんなの気にしたことないんですけど···)
(でも、教官、好みとかありそうだし、女子力高いし···)
(ううん、女子力は関係ないけど、なんかいろいろなこだわりが···)

???
「···サトコちゃん?」

(えっ?)

さち
「ふふ、やっぱり。久しぶりねー」

(うわ、本物!野田サチコじゃない!)

サトコ
「ご、ご無沙汰しています」

さち
「そうね、たぶん結婚式の時以来よね」
「あのときは来てくれてありがとう」

サトコ
「いえ···」
「そういえば、赤ちゃん生まれたんですよね」
「おめでとうございます」

さち
「ありがとう。パパ似ですごく可愛いのよ」
「今日はお家でパパとお留守番してるけど···」
「あ、よかったら今度うちに遊びに来て。歩くんと一緒に」

サトコ
「えっ、でも···」

さち
「ふたりには妊娠中の大事な時期にお世話になったし」
「せっかくだから、うちの娘見てほしいの。ね?」

サトコ
「は、はぁ···」

(さちさんの娘さん···見てみたい気持ちはあるけど···)
(今、このタイミングで教官を誘うのは···)
(···ううん、むしろ「逆」だ)
(このタイミングだからこそ、いいキッカケになるかも)

サトコ
「わかりました。2人で伺います」

さち
「よかった!楽しみにしているわね」


【改札】

そんなわけで翌週···

サトコ
「おはようございます」

東雲
···うん

教官は、なぜか私の手元をチラッと見て「行こうか」と歩き出した。

(あれ、いいのかな。手土産、買わなくて)
(あ、すでに用意しているとか?)
(そうだよね。教官の方が、さちさんの好みを知ってるもんね)
(それに女性ウケしそうなものにも詳しそうだし)
(なにせ、合コン百戦錬磨···)

東雲
···なに、行かないの?

サトコ
「いえ!」

途中まで出かかったため息を飲みこんで、私は後を追いかけた。

(参ったな、やっぱりまだ気まずいよ)
(さちさんの家に着くまでに何とかなればいいけど···)

けれども、そう期待どおりにいくはずもなくて···

(マズい···ここまでほぼ会話がなかった気が···)

思えば、教官と会うのは卒業式の翌日以来だ。
その間、LIDEでのやりとりはあったものの、会話は無難なものばかり。
核心に触れたことは一度もなくて···

(こうなったら思い切って聞いちゃった方が良いのかな)
(たとえば···)

サトコ
「教官、質問です!」

東雲
どうぞ

サトコ
先日、私、公安学校を無事に卒業したのですが···
どうしてホテルで中断したんですか?
私にムラムラしなかったせいですか?
それとも、私が教官の好みじゃ···

(って、ダメダメ!これじゃ、直球すぎるってば!)
(もう少し遠回しに···たとえば······)

ふいに、手と手がコツンとぶつかった。

サトコ
「す、すみません!」

東雲
え···

サトコ
「今、手がぶつかって···」

(って、なんで謝ってるの!)
(むしろ今の、手をつなぐチャンス···)

そこまで考えて、気付いてしまった。
いつもなら、とっくに手をつないでいたかもしれないことに。

(でも、今日はろくに会話もなくて···)
(隣を歩いていても、ずっと距離があって···)

東雲
行きすぎ

サトコ
「えっ?」

東雲
ここだけど。さちの家

サトコ
「あっ、すみません」

エレベーターが8階に着き、ゆっくりとドアが開いた。

(どうしよう、もう着いちゃった)
(なんだか気分がどんどん重く···)
(···ダメダメ、せっかくのお呼ばれなんだから)
(ここは笑顔、笑顔で···)

東雲
吉祥寺?

サトコ
「えっ?」

東雲
キミが持ってる紙袋。たしか吉祥寺にあるケーキ屋の···

サトコ
「ああ、そうですね」
「中身は本ですけど」

東雲
···え?

サトコ
「帰りに図書館に寄ろうと思って。これ、返却期限が明日で···」

東雲
待って。それ、手土産じゃないの?

サトコ
「違いますけど···」
「えっ、手土産は教官が用意したんじゃ···」

東雲
していない
駅前で買うつもりだったけど、キミがその紙袋を持ってたから

(ええっ!?)

サトコ
「そんな···マズいですよ、何もないなんて」

東雲
キミが誤解させるから

サトコ
「···っ」

(そんな言い方···)

サトコ
「ひどいです。その理由はナシです」
「勝手に誤解したの、教官じゃないですか!」

東雲
だとしても、キミが気を利かせるべき
手土産くらい、キミが用意して···

サトコ
「するつもりでしたよ。駅前のお店で!」
「なのに教官、さっさと改札をくぐっちゃったから···」
「てっきり自分で用意してきたのかなって」

東雲
それだけ?
少なすぎでしょ。判断材料が

サトコ
「でも、教官のほうがさちさんの好みをわかってるし、それに···」
「女性が喜ぶものとか、詳しそうですし」

東雲
······は?

サトコ
「百戦錬磨」
「5勝0敗」

東雲
キミ、なに言って···

サトコ
「すごいですよね、合コンで『負けなし・5勝』って」
「そういうの、女心に詳しくないと絶対ムリ···」

ふいに、数メートル先のドアが音を立てて開いた。

さち
「あー、いたー!よかったー」
「てっきり迷子になってるのかと思っちゃった」
「エントランスのドアを開けたあと、全然上がってこないんだもん」

東雲
さち姉···

サトコ
「すみません。心配かけてしまって」

さち
「いいの、いいの」
「さあ、2人とも入って。きららがお待ちかねよ」


【リビング】

さち
「はーい、はじめまして」
「『関塚きらら』でーす」

(うわぁ、本物···うわぁ···)

さち
「抱っこしてみる?」

サトコ
「はい、ぜひ!」

(うわぁ···やわらかい···)

さち
「どう?抱っこしてみた感想は」

サトコ
「すごく可愛いです!やわらかくてふにゃふにゃして···」
「それにミルクの味がします」

さち
「味?」

東雲
『味』じゃなくて『香り』
もしくは『におい』

(うっ···)

サトコ
「そ、そうです、『におい』です」

さち
「ふふ、それなら分かるかも」
「赤ちゃんって甘いにおいがするものね」

さちさんが嬉しそうに微笑む。
おっとりした性格は、お母さんになっても変わっていないようだ。

(それにしても可愛い子だなぁ)
(目尻とかさちさんに似てるから、将来はきっと美人な子に···)

さち
「ふふ···サトコちゃんも赤ちゃん欲しくなった?」

サトコ
「えっ」

さち
「可愛いだろうなぁ」
「歩くんとサトコちゃんの赤ちゃん」

2人
「!!」

(そ、その話題、今は···)

東雲
···べつに
当分考えてないし。結婚なんて

さち
「えー、そうなの?」

東雲
うちの彼女、今度勤務先が変わるから

サトコ
「そ、そうなんです。だから今は仕事のことで頭がいっぱいで···」

さち
「そっかぁ···2人とも『正義の味方』だもんね」
「そういうのも素敵よね。仕事もプライベートも充実してるって」

サトコ
「は、はい、まぁ···」

(まさか言えないよ)
(「プライベートはいまいち」なんて···)

さち
「······」
「···ね、歩くん」
「隣の客間で、きららのお守りをしてくれる?」

東雲
オレが?

さち
「うん。それで、サトコちゃん···」
「ちょっとお茶でもしましょ。せっかくだから2人きりで」

to be continued



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