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東雲 Season2 カレ目線1話



【モニタールーム】

少し前から、マスクの残量チェッカーが点滅している。
でも、作業はまだまだ終わりそうにない。

(失敗した)

空気残量の一番多いマスクをオレが受け取るべきだった。
今、ここでオレが倒れたら、大勢の人間が共倒れになるのだ。
なのに、どうして残量の多いマスクを彼女と宮山に渡してしまったのか。
どう考えたって、これはオレの判断ミスだ。

(結局、冷静になりきれない)
(彼女が絡むとなおさら)

それならば、いっそ···

(別れたほうがいいかもしれない。あの子とはもう)

案外あの子だって、あっさり了承するかもしれない。
今は、宮山がついているのだから。



【教官室】

初めて宮山の名前を聞いたのは、昨年春のことだ。

東雲
新しい補佐官?オレにですか?

後藤
ああ、彼なんだが

渡された資料を、ざっと確認する。

東雲
宮山隼人···首席ですか
でも彼、後藤さんの補佐官を希望してますけど

後藤
まぁ、そうなんだが、歩のほうが向いていると思ってな

東雲
······はぁ

(面倒くさ。補佐官が2人とか)
(あの子だけで手一杯なのに)

とはいえ、後藤さんはすでに室長の許可を取ったという。
この状況で断るとなると、それなりの理由が必要だ。

【カフェテラス】

(理由···ね)

「うちの彼女だけで手一杯」というのは通用しないだろう。
じゃなければ、最初から許可が出るはずがない。

(ていうか意味不明すぎ。「オレが向いている」とか)
(むしろ、指導者としては後藤さんのほうが評価が高いのに)

サトコ
「あっ、そのマンガ、『PとDD』だよね!?」
「今度『FAT』の響生くんで実写化される···」

(···ん?)

よく知る声に振り返ると、うちの彼女が鳴子ちゃんの手元を覗き込んでいた。

鳴子
「そうそう。これ、超面白いんだよね」
「天才教授と超イケメン大学生の『禁断の恋』!」
「あー私も恋したーい。こんな教え子と」

サトコ
「えっ、教え子?」

鳴子
「もちろん!ほら、もうすぐ下級生が入ってくるでしょ」
「もしかしたら超イケメンの指導係になれるかもしれないじゃん」

(···それだ!)

【室長室】

難波
氷川に宮山を任せたい?

東雲
はい。なにせ彼女は、今期の『成長率ナンバー1』ですから
『補佐官』との兼務でも、特に問題ないと思いまして

難波
···なるほど。確かに面白そうでもあるな
まぁ、氷川ひとりだと負担が大きいから、お前がバックアップに···

東雲
もちろんつきます。その点については問題ありません

難波
わかった。石神と加賀にも話を通しておけよ

東雲
わかりました

室長の許可が取れたなら、石神さんからも了承してもらえるだろう。
兵吾さんにいたっては、このテのことに口出ししないから何も問題はない。

(まぁ、いい経験になるだろうし。あの子にとっても)

人に教えるためには、自分も学び直さなければいけない。
ましてや、相手は「本物の首席」だ。
あの子は、昨年学んだことを必死に復習しなおすことになるはずだ。

(彼女のスキルもあがる。オレの面倒も減る)
(まさに一石二鳥···)

とはいえ、この作戦は最初からうまくいったわけではなかった。
まず、宮山は完全に彼女を舐めきっていた。
出会い方が悪かったうえに、彼女が「裏口入学」だったことも把握済み。
だから、彼女の指導に一切耳を貸そうとしない。

【食堂】

一方の、うちの補佐官はというと···

サトコ
「はぁぁ···」

東雲
おつかれ

サトコ
「あ、教官···今からお昼ですか?」

東雲
そんなところ

トレイを置き、向かいの席に腰を下ろす。
けれども、彼女の視線はぼんやりと虚ろなままだ。

(···なに、その顔)
(いつもなら嬉しそうにあれこれ話しかけてくるくせに)

しかも、彼女の皿にはエビフライがまだ2本も残っている。
試しに、そのうちの1本をひょいと取り上げてみた。

サトコ
「······」

(···なるほど。無反応ってわけ)

冷めたエビフライをかじりながら、もう少し様子を探ってみる。

(目の下にクマ)
(ため息も多すぎ)

当然だ。
後輩に舐められて、ずっと空回りしているのだから。

(···仕方ない。そろそろ手を貸すか)

彼女も彼女だが、宮山の態度も決して褒められたものじゃない。
それでも、オレが注意をすれば、宮山の態度も少しは改まるはず···

【保管庫】

そんなときだった。
保管庫で、意外な光景を見かけたのは。

(思想集団X···たしか最初の資料は5年前の···)

宮山
「後藤教官、手伝います!」

(···ん?)

後藤
いや、俺の方は特に···

宮山
「いえ、手伝わせてください!」
「先週うかがったお話の続きも知りたいですし」

後藤
···あの話はもう終わりだ
知りたいことがあるなら指導係に聞け

宮山
「いいえ、俺は後藤教官の話を聞きたいんです!」
「お願いします。どうか続きを聞かせてください!」

(···なにあれ)
(スッポン2号?)

宮山は、もっとすかしたクールなヤツだと思っていた。
けれども、後藤さんに対しては案外そうでもないらしい。

石神
東雲、資料···
どうした?

東雲
ああ、すみません。ちょっと向こうが気になって

石神
向こう?
ああ、宮山か。あいつには『後藤を頼るな』と言ったんだが···

(···なるほど。石神さんが注意してもダメってわけ)

厄介なヤツ。
でも、間違ってはいない。
宮山は、いわゆる「意識高い系」の訓練生だ。
そんな彼に尊敬に値しない指導係を「頼れ」なんてムリな話なのだ。

(···方針変更)



【個別教官室】

オレは、ヘコみがちな彼女の背中を押すことにした。
そのほうが筋が通っていると判断した。

東雲
早かったかな
キミならできると思って任せたけど···
まだ早すぎたみたいだね

相手によっては心が折れる言葉。
あるいは「ムリせず甘えていい」と受け取るかもしれない。
けれども、オレは知っていた。
彼女が、そのどちらも選ばないことを。

サトコ
「すみません、もう大丈夫です!」
「明日からはちゃんとしますんで!」

その宣言をキッカケに、彼女の顔付が一変した。
ようやく、本来の彼女らしさを取り戻したようだった。
実際、宮山の信頼を勝ち得るために、かなりしつこくアプローチしていた。
さすがは「長野のスッポン」といったところだ。

(あとは、彼女が粘り勝つか、宮山が意地を通すか···)

そんな折、トラブルが発生した。
任務中、彼女と宮山が指示を無視した行動をとったのだ。



【教官室】

黒澤
いやぁ、なんだかまぶしいですねぇ、宮山くんって
『爆発物設置も万引きも同じ犯罪です!』なんて

加賀
くだらねぇ

石神
同感だ。公安刑事としては話にならん

ごもっともな意見を聞きながら、オレは静かに席を立った。

黒澤
あれ、歩さん、どこに行くんですか?

東雲
保管庫

そう、保管庫に資料を返しに行くだけだ。
そのついでに、今頃ヘコんでいるだろう「誰かさん」を見てくるだけだ。

【階段】

資料室、教場、カフェテラス···
そのどこにも、うちの補佐官の姿はなかった。

(となると屋上か裏庭か···)

【裏庭】

迷った末に選んだ4ヶ所目の寄り道先。

(ここがダメなら、面倒だけど屋上に···)

サトコ
「だったら刑事部に行けばいいよ」

(···うん?)

サトコ
「刑事部の刑事になって、犯罪と戦って···」
「みんなのヒーローになればいい」

驚いた。
彼女は宮山と一緒だった。
しかも、宮山に言っている内容にはめちゃくちゃ聞き覚えがあった。

(なにあれ)
(バカじゃないの?)

昨年、オレが彼女にぶつけた言葉。
オレ自身は、今の今まですっかり忘れていた。

(なのに覚えているとか)
(ほんと、予想外すぎ)

もっとも、彼女の言葉は宮山には届かなかったらしい。

宮山
「話は終わりですか?」
「だったら失礼します」

去っていく宮山を、彼女は追いかけなかった。
ただ、立ち尽くしている後ろ姿がすっかり萎えていた。

(···しょうもなさすぎ)
(あの程度でヘコむとか)

東雲
なに失敗してんの

サトコ
「!」

東雲
しかも、なにパクってんの
オレが言ったこと

サトコ
「···もしかして聞いていましたか?」

東雲
途中からね
ほんと、ダサ···
説得ひとつできないとか

けれども、分かってはいた。
おそらく、これが今の彼女の精一杯なのだ。
それに···

東雲
で、どうするの。宮山のこと
刑事部への推薦状でも取りつける?

オレの皮肉交じりの問いかけに、彼女は「待ってほしい」と首を振った。

サトコ
「時間がかかるんです」
「公安の仕事を、理解して納得するのって」

去年の経験を引き合いに出して、自分なりの考えを口にした。
なるほど、悪くなかった。
「マシなバカ」レベルの指導係としては。

東雲
分かった

了承して先に歩き出すと、彼女もあとから着いてきた。
足取りに覇気がないのは、考え事に夢中なせいだろう。

(これでいい。この子の答えは)

彼女は、今のベストを尽くした。
ここから先は、教官であるオレの仕事だ。

【保管庫】

その日の夜。

(宮山は···)
(ああ、いた)

東雲
おつかれ

宮山
「···!」
「ああ···おつかれさまです」

東雲
後藤さんは?

宮山
「えっ···」

東雲
てっきり後藤さんと一緒だと思ってたけど

宮山
「今日は違います···後藤教官に用事ですか?」

東雲
ううん、キミに
いちおう指導教官だし

とたんに、宮山の顔付きが険しくなった。

宮山
「もしかしてお小言ですか?『後藤教官を頼るな、指導係を頼れ』って」
「それとも今日の捜査の件ですか?それについてはもう···」

東雲
そこには口出ししない
氷川さんの務めだから
ついでに、誰に指導を仰ぐのかもキミが決めればいい
バカな人間の指導を受けるのは、つらいだろうから

宮山
「······」

東雲
だから、ひとつだけ
今のキミを一番理解できるのは氷川さんだと思う

宮山
「は!?なんで···」

東雲
キミと同じことをしたから
1年前、氷川さんは

宮山
「······氷川先輩が······?」

宮山の態度が少し軟化した。
だから、オレは1年前の出来事を説明した。

オレが、教官として手を貸したのはここまでだ。
あとは、彼女と宮山がぶつかり合いながら勝手に関係を築き上げていった。
小さなミスどころか、大きなミスもやらかした。
それで彼女が迷走したこともあった。
それでも、オレは必要以上に口出ししなかった。

【階段】

そのことで、教官としての姿勢を宮山に責められたときも···

東雲
教える必要なんてない
彼女は、オレの教え子で補佐官だ

宮山
「それが何なんですか!」
「まさか、教えなくても分かるはずだ、とでも?」

東雲
······

宮山
「···へぇ、ずいぶん信頼しているんですね」

そのとおりだ。
わかりやすく言えば、そういうことなのだ。

東雲
悪いけど···
彼女のことは、オレが一番よく知ってる
キミよりも、誰よりも

実際、このあと彼女は自分で答えを見つけ出した。


【サイキ・エレクトロニクス】

そして、宮山とふたりで与えられた任務を無事に終わらせた。
オレも多少手を貸したけど、それ自体は大きなことじゃない。
訓練生ふたりの成長に比べたら、ささやかなものだ。

【教官室】

数日後···

後藤
歩、莉子さんからの差し入れだ

東雲
ありがとうございます
···『ロシアン・ポーピくん団子』?

後藤
この中に1つだけ辛子入り団子が入っていたんだ

東雲
『入っていた』ってことは、すでに誰かが引き当てたんですね

後藤
さっき、加賀さんがな

東雲
どうりで···ロッカーを蹴飛ばした痕跡があるわけですね

(あの人、顔に似合わず甘党なのに···)

後藤
ん?その書類はこの間の···

東雲
報告書です。『サイキ・エレクトロニクス』の···

後藤
ああ、氷川と宮山が解決したんだったな

後藤さんの眼差しが、ふといたずらっぽいものに変わった。

後藤
似てるだろう?

東雲
誰がですか

後藤
氷川と宮山
いいコンビになると思わないか?

東雲
······


【東雲マンション】

(いいコンビ···あの子と宮山が···)

否定するつもりはなかった。
確かに、あのふたりは相性が良さそうだ。
このまま組ませれば、お互い競い合って成長できるだろう。

(だから、後藤さんはオレに宮山の指導を任せたのか)

その点も腑に落ちた。
頭では理解していた。
なのに、心の片隅にあるモヤついた気持ちがどうしても拭えない。

(バカバカしい)
(オレは何にこだわって···)

ピンポーン!

LIDEの着信音が響いた。
ディスプレイに表示されたのは、彼女からのメッセージだ。

――「やりました!小テスト100点です!」

(···浮かれすぎ)
(たかだか小テストくらいで···)

ピンポーン!

――「これからも、東雲教官の補佐官として恥ずかしくないよう頑張ります!」

(補佐官···オレの···)

そうだ、あの子は「オレの補佐官」だ。
少なくとも3月までは。
なのに、指がうまく動かなかった。
返信の言葉が浮かばなかった。
結局さんざん悩んだ末···

(···これでいいか)

ひと言だけ書いて返信すると、すぐさまスタンプが連打された。

――「ひどい」
――「『バカ』じゃない!」
――「意地悪」
――「嫌い」

(······なに、このスタンプ)
(しかも全部キノコのキャラクターとか)

東雲
ん?今度はメッセージ···

――「嘘です。教官のこと大好きです」

東雲
·········バカ

返信しないでアプリを閉じた。
胸の片隅にあったモヤつきが、ようやく薄れたような気がした。

【校門】

その後、サバイバル訓練があったり、子猫を拾ったり···
泥酔した翌朝、本気で冷や汗をかいたり···
そんな日々を経て、新しい年を迎えた。
気が付けば、彼女の卒業まで3ヶ月を切っていた。

to be contineud



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