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東雲 Season2 カレ目線2話



【東雲マンション】

年が明け、都内ではめずらしく雪が降ったある日のこと。

サトコ
「あ、『PとDD』!」

彼女の声につられて、テレビ画面を観た。
流れていたのは、よくありがちな恋愛映画の予告CMだ。

(ふーん···)
(『破天荒な女教授とイケメン大学生の禁断ラブ』ね)

サトコ
「これこれ!この映画、すっごく観たかったんです!」
「教官、公開されたら一緒に···」

東雲
ムリ。興味ない

サトコ
「うっ···」
「で、でも主演の女優さんはマカデミー賞に選ばれたすごい人ですし」
「なにより響生くんが···」

東雲
しつこい
興味ないから

サトコ
「······」

東雲
それより試験勉強は?
大丈夫なの、キミ

サトコ
「その点は大丈夫です!」
「氷川サトコ、毎日猛勉強しています!」

東雲
ふーん···

サトコ
「それで、その···前から考えていたんですけど···」
「卒業試験期間中はデートも控えめにしようっていうか···」

東雲
······

サトコ
「あ、でも全然会えないのはつらいから···」
「土日の1日だけ会って、お泊りナシ···とか···」

東雲
いいんじゃない
優先順位が上だし。試験のほうが

サトコ
「·········ですよね」

そのわりに、彼女はしょんぼりと肩を落としてしまった。

(···なにその態度)
(自分から提案したくせに)

とはいえ、オレに却下してほしかったわけではないのだろう。

(駆け引きができる子じゃないし)
(となると···)

東雲
···補給する?今のうちに

軽く両腕を広げてみた。
彼女は、ハッと顔を上げた後···

サトコ
「教官~っ」

(ぐっ···)

サトコ
「教官、教官、教官···っ」

(ちょ···苦し···)
(ギュウギュウ抱きつきすぎ!)

それでも引き剥がさなかったのは、この温もりが嫌いではないからだ。

(···ま、いいけど)
(こっちも、しばらくおあずけなわけだし)

スンスン···

(···ん?)

スンスン···スンスンスン···

東雲
···なに、キミ
さっきから鼻をすすって

サトコ
「においです」

東雲
は?

サトコ
「今のうちに、教官のにおいの補給も···」
「ぎゃっ」

密着していた身体を突き飛ばした。
彼女は、勢いよくソファから転がり落ちた。

サトコ
「ひど···なにするんですか!」

東雲
それ、こっちのセリフ
キモいんだけど、においとか!

サトコ
「だって、大きいじゃないですか。においの記憶って」
「視覚より嗅覚の記憶が長持ちするって講義で教わりましたし」

東雲
だとしても、キモいから

(ていうか、まさか···)

東雲
キミ、子どもの頃、好きな男子のリコーダーとかを···

サトコ
「してません!そこまでヘンタイじゃありません!」
「だから教官、もうちょっとにおい···」
「じゃなくてハグを···」

東雲
ムリ
むしろ近づくな

サトコ
「教官~っ」

こんな調子で、あいかわらず「バカ」なうちの彼女だったけれど···



【教官室】

肝心の卒業試験はというと···

黒澤
へぇ、サトコさん、すごいじゃないですか
筆記も実技も上位5位以内なんて
さすが、歩さんの補佐官なだけありますね

東雲
うるさい
勝手に成績表を見るな、部外者

黒澤
そんな~。つれないこと言わないでくださいよ~
オレだって、短い間でしたが教官を務めたことがあるのに

颯馬
歩、時間ですよ

東雲
ああ、今行きます

黒澤
あれ、会議ですか?

颯馬
ええ。特別な会議ですから、黒澤はついてきてはいけませんよ

黒澤
了解デース

そう、この日の会議はちょっと面倒なヤツで···

【室長室】

難波
···以上が、最終課題で個別案件に取り組むことになった訓練生だ

渡されたリストを、改めて確認する。
そこには、うちの彼女や鳴子ちゃん、千葉を含めた数名の訓練生の名前が挙げられていた。

(千葉や鳴子ちゃんは、おそらく卒業後の配属先を見るための個別訓練···)

例えば、千葉は情報収集に長けているし機転がきく。
この最終課題の結果次第では、特殊な部署に配属されるかもしれない。

難波
···というわけで、千葉は颯馬がサポートしてくれ

颯馬
わかりました

(ほら、颯馬さんが担当についた)

たぶん、千葉に与えられた課題は難易度がかなり高いはず。
それだけ、上層部は彼に期待しているというわけだ。

(でも、うちの彼女の場合は···)

難波
次、氷川についてだが···
最終課題として歩の潜入捜査に同行させようと思っている

東雲
潜入捜査って、今度の『四ツ橋ケミカル』のですか?

難波
そうだ。ついでに試験官もお前が担うことになる
具体的な課題内容だが···

室長の説明を聞いて「やっぱり」と思った。
彼女が、個別試験の対象者に選ばれたのは、千葉たちとは真逆の理由だ。

東雲
···事情はだいたい分かりました
つまり、上層部は彼女の成績そのものを疑っているんですね?

難波
まぁ、そういうことだ
裏口入学で紛れ込んだ非エリートが、なぜ成績上位者になれたのか
上層部の一部がずいぶん気にしているようでな

(なるほど)

おエライさんたちは、彼女がヒイキされてるとでも考えたのだろう。
そして、その場合真っ先に疑われるのは···

東雲
いいんですか、オレが試験官で
上層部は、一番にオレを疑っていると思うんですけど

難波
だからこそ、お前の捜査に加えることにした
試験官として正当な評価を下せ
これまでどおりな

(···なるほど)

ある意味、上層部に対する室長の意地なのだろう。
その一方で、オレの教官としての適性も見られているというわけだ。

(まぁ、いいけど)
(こっちは普段どおりにやるだけだし)

【個別教官室】

(でも、その前に···)

東雲
『今度の土曜日空いてる?』···
送信···っと

LIDEでメッセージを送ると、すぐさまポップアップが表示された。

――『相手ます相手ます』

(···なにこれ、慌てすぎ)

おそらく、彼女としては「空いてます」と入力したつもりなのだろう。
そして、この返事が届くということは···

(ま、気付いてるか)
(さっきのがデートの誘いだってこと)

いざ、潜入捜査が始まると、デートする余裕はほぼなくなる。
ましてや、今回は卒業試験がらみだ。

(期間は最低1週間···ヘタすれば1ヶ月···)

そうなると、やっぱり「補給」は必要だろう。
もっとも、誰のための補給なのかは、敢えて考えないでおくけれど。

――『上野駅公園口11時』

それだけ入力して、スマホを放置した。
返事なんて、確認しなくても99%わかっていた。


【恐竜展】

久しぶりの恐竜展は、かなり満足のいくものだった。

(シノサウロプテリクスの尻尾の模様も見られたし)
(羽毛の感じも悪くなかったし)

サトコ
「ふふっ···」

彼女は彼女で、さっきからへんな忍び笑いを漏らしている。
どうやら記念に撮った写真がえらく気に入ったようだ。

(単純···)
(ただのフツーの写真なのに)

でも、まぁ、悪くない。
ニヤけ顔がキモくても、喜んでくれているのなら。

【公園】

けれども、浮かれた時間は思いがけない理由で途切れてしまった。
彼女とふたりで、上野公園を歩いていた時のことだ。

(···ん?)

最初は、ほんの少し「見られている」と感じただけだ。
それが···

サトコ
「教官、そのチラシは···」

東雲
『恐竜プラネタリウム』だって

サトコ
「へぇ、近日公開ですか。楽しみですね」

(···まただ)

明らかに「誰か」がこっちを見ている。
彼女がチラシに夢中になっているすきに、オレはスマホを取り出した。

(カメラを起動して···)
(『自撮りモード』に変更···)

少し角度を変えると、お目当ての人物が画面に映った。

(···なるほどね)
(さて、どうするか)

この状況で声をかけるのは、たぶん良策ではない。
おそらく、うちの彼女はパニックを起こすだろう。

(となると···)

東雲
あー喉渇いた
買ってきて。幻のピーチネクター

サトコ
「えっ、今ですか?」

東雲

サトコ
「でも、このあたりにコンビニなんて···」

東雲
はい、ゴー!

指を横に動かすと、彼女は憤慨した様子で走り出した。
今頃、心の中で「バカバカ、教官のバカ!」とでも言ってるのだろう。

(まあ、いいけど)
(鈍いあの子自身が悪いんだし)

それくらい、今こっちに向けられている視線は露骨だ。

(なるほど、隠す気がないってわけ)
(だったら···)

東雲
おつかれさま

振り返って声をかけると、宮山はニコリともせずに近づいてきた。

宮山
「おつかれさまです。偶然ですね、こんなところで会うなんて」

東雲
そうだね。キミが尾行したんじゃなければ

宮山
「そこまでヒマじゃありませんよ」
「さっきまで動物園にいましたし」

東雲
へぇ、ひとりで?寂しい週末だね

宮山
「そうでもないですよ。好きに動けるので快適です」
「教官も本当はひとりが好きなタイプでしょう」
「もっとも、今日は同行者がいたようですけど」

(···ふーん)

少し意外だった。
もっと、単刀直入に突っ込んでくるかと思っていたのだ。

(だったら、こっちは···)

東雲
ああ、氷川さん?もしかして会いたかった?
10分くらい待っていれば戻ってくると思うけど

宮山
「···隠さないんですね」

東雲
何を?自分の補佐官と一緒にいること?

宮山
「休日でしょう」

東雲
あいにく任務中
キミは部外者だから詳しくは話せないけど

宮山
「···っ」

宮山は小さく舌打ちした。
こうして態度に出すあたり、本当に堪え性がないヤツだ。

(まぁ、いいけど)
(このまま、むかっ腹を立てて去ってくれれば···)

宮山
「俺の親友に、教師がいるんですけど」

(···ん?)

宮山
「そいつが言ってました」
「『どんなに可愛い子でも、生徒からの告白は絶対に受け入れない』って」

(······へぇ)

東雲
わかるよ、その気持ち
倫理的にマズいものね、教師と生徒の恋愛なんて

宮山
「いえ、そうじゃなくて···」
「『教師と生徒の恋なんて幻想だ』って言うんですよ」

東雲
······

宮山
「生徒から見た『教師』は、自分にいろいろなことを教えてくれる」
「つまり『尊敬』や『憧れ』の対象になりやすい」

東雲
······

宮山
「でも、それは『学校』という特殊な空間だから成立する」
「その空間を出てしまったら『教師』もただの人間です」

東雲
だから受け入れないって?

宮山
「そうです。生徒の想いなんて、しょせん期間限定」
「卒業して『教師』じゃなくなったとたん、間違いなく冷めるから」

宮山の眼差しが、挑発的な色を帯びた。
なるほど、悪くない攻撃だ。

東雲
賢い人だね、キミの親友は

宮山
「同感です。それに誠実ですよ」
「『期間限定』だからこそ、割り切って楽しむこともできるのに」
「あいつは、それをしないんですから」

東雲
·········それで?

宮山
「この際だからハッキリ言いますけど」
「俺、氷川先輩が好きです」
「先輩が誰のことを好きでも、俺は諦める気はありません」

東雲
······

宮山
「本当の勝負は卒業後だと思っています」
「それで構いませんよね?」

東雲
······

その日の夜。
彼女の好きなDVDを理由に、家に泊まらないか、と誘ってみた。

サトコ
「泊まります!夕食食べたらお泊り道具買ってきます!」

東雲
化粧水とパジャマは貸すから

サトコ
「ありがとうございます!」

了承してくれたことにホッとした。
今の彼女を、そのまま寮に帰したくなかった。
なにより、オレがひとりになりたくなかった。
一晩中、この子をオレの隣に置いておきたかった。


【東雲マンション】

サトコ
「お風呂ありがとうございました」

オレが貸したパジャマに着替えて、彼女は嬉しそうにソファに腰を下ろした。

東雲
どっちを観るの?
本編?それとも特典映像?

サトコ
「もちろん本編···」
「ああ、でも、土方さんと高杉さんの寝起きドッキリ作戦も···」

さんざん悩んだ末、やっぱり本編から観ることにしたらしい。
DVDをセットして、再生ボタンを押した。
OP映像が流れてきたところで、彼女はオレとの距離を少し詰めてきた。

サトコ
「あの···教官···」
「くっついてもいいですか?」

東雲
好きにすれば

サトコ
「はい!」

身体の右半分が、彼女のぬくもりで温かくなる。
お風呂上りのせいか、いつもより体温が少し高い。

(重···)
(まぁ、我慢してあげるけど)

彼女は彼女で不安なのだろう。
あのあと、オレの目の前で宮山に想いをぶつけられたのだから。

(何が正解だったんだろう)

宮山に対して、オレはどんな態度を取ればよかったのか。

(あのときだって···)

宮山
「本当の勝負は卒業後だと思っています」
「それで構いませんよね?」

宮山の問いに対して、本当は答えを用意していた。

――『もちろん。キミの好きにすれば?』

余裕のある態度で、なんなら笑顔も添えて答えてやるつもりだった。
なのに、とっさに返せなかったのは彼女が戻ってきたから···
···ではない

(怯んだんだ、あのとき)

宮山の、まっすぐすぎる眼差しに。
だって、その目はかつての「誰かさん」とよく似ていたから――

ふいに、右肩が重たくなった。
隣を見ると、彼女が静かな寝息を立てていた。

(まだ見始めて10分なんだけど)

それだけ疲れていたのだろう。
起こさないようにソファに寝かせて、オレは寝室へと向かった。

【寝室】

(とりあえず毛布···)
(と、いちおう布団も敷いておくか)

プルル、とスマホが鳴った。
ディスプレイに表示されたのは、室長の名前だ。

東雲
はい

難波
遅くにすまん。例の潜入捜査の件だが···

室長の話によると、もう1人、訓練生を捜査に加えたいらしい。

難波
できれば下の連中がいい
だが、該当者がいなければ、同期でも構わん
もちろん、個別試験対象者は除いてもらうが···

東雲
条件はそれだけですか?

難波
ああ

それなら候補者の幅はかなり広い。
とはいえ、最適な人間は1人しか思い浮かばない。

(でも、アイツは···)

難波
···歩、聞いているか?

東雲
···っ!ええ

難波
今、浮かばないなら、答えは明日でいい
明日の朝イチで候補を挙げてもらえれば···

東雲
いえ、今指名します

私情を交えてはいけない。
オレは試験官でもあるのだ。

東雲
もう1人は宮山を···

【リビング】

毛布を手に、再びリビングに戻ってきた。
彼女は、口を半開きにして、幸せそうに爆睡していた。

東雲
···バカ
スッポン

その一言で、不覚にも「スッポン2号」のことを思い出した。
彼女とよく似た、あの眼差しを。

(···サイアク)

オレだって、当時は思っていた。
目の前のこの子のことなんか、絶対好きにならない。
新しい恋なんか始まるはずがない、って。

(でも、負けた)

この子のまっすぐな眼差しに抗えなかった。

東雲
キミはどうなんだろうね
氷川サトコ···

to be continued



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コメント

  1. みさき より:

    ありがとうございます!
    楽しみに待ってます!