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あの夜をもう一度 東雲2話



【東雲マンション】

(な、なんで宮山くんまで来てるの!?)

唖然とする私の隣で、千葉さんはにこやかにふたりに声をかけた。

千葉
「お疲れさまです」

宮山
「千葉先輩?それに氷川先輩も···」
「もしかして、デートですか?」

(ちょ···っ)

千葉
「違うよ。偶然そこで会ったんだ」
「で、東雲教官の家まで案内してもらっただけ」

宮山
「へぇ、案内···」
「氷川先輩、東雲教官の家をご存知だったんですね」

サトコ
「そそそ、それはもともと補佐官だったからで···」

宮山
「ああ、そういえば先輩、前に言ってましたもんね」
「非番日の夜中0時過ぎに、教官と同じ空気を吸いたくて、近所をウロウロ···」

サトコ
「ああああっ」

(言ったけど!言った気がするけど!)
(あれは非番日に教官の家に行ったのを誤魔化すためで···)

東雲
キミたち、もう少し静かにしてもらえるかな
ここ、エントランスなんだけど

宮山
「それもそうですね。じゃあ···」
「東雲教官の家で話すのはどうですか?」
「それならご近所迷惑にもならないでしょうし」

(なっ···それは···)

東雲
そうだね。せっかくだからお茶くらい出そうか

(ええっ!?)

東雲
千葉は、資料のピックアップだったよね
用意するにはもう少し時間がかかるから、キミもあがっていけば?

千葉
「ありがとうございます」

(マズい···このままじゃ、絶対千葉さんにバレる!)
(こうなったら···)

サトコ
「教官!氷川も部屋に上がりたいです!」

東雲
え、べつにキミは···

サトコ
「ぜひ上がらせてください!」
「ていうか、お手洗い!お手洗いをお借りしてもいいですか!」

宮山
「なんですか、その悪徳セールスみたいなやり口···」

(余計なお世話!)
(こっちは必死なんだから!)

東雲
···ま、いいけど
はい、鍵。部屋番号、覚えてる?

サトコ
「はい!」

東雲
じゃあ、お先にどうぞ

サトコ
「失礼します!」

【リビング】

(とりあえず私物···全部片付けないと!)
(雑誌、化粧ポーチ···バッグも寝室の隅っこに隠して置いて···)
(あの、床の上の「髪の毛チェック」もしないと···)

宮山
「へぇ、ここが教官のご自宅ですか」

千葉
「さすがキレイに片付いていますね」

(もう来た!早すぎ!)

宮山
「···あれ、どうしたんですか、先輩」
「床に這いつくばって」

サトコ
「え、ええと···その···」
「床がつるつるして気持ちいいなぁって」

宮山
「そうですか?」
「そのわりに、ずいぶん汗をかいているようですけど」

千葉
「ああ、氷川、暑いんだって」

宮山
「暑い?外の気温5度なのに?」

(うう、もう嫌だ、この状況···)
(緊張しすぎて胃が痙攣しそう···)

東雲
みんな、適当に座って
今、コーヒーを用意するから

(···きた、これだ!)

サトコ
「教官、コーヒーなら私が···」

(よし、これでキッチンに逃げられる!)

宮山
「氷川先輩、この家のキッチンを把握しているんですか?」

(ぎゃーっ!)

サトコ
「し、ししし知らないけど!」
「コーヒーを淹れるのは補佐官の役目かなって···」

宮山
「『元』ですよね?」

サトコ
「だったら『後輩』!」
「後輩として、先輩にコーヒーを淹れさすわけには···」

千葉
「それなら俺が淹れようか」

(千葉さん!?!?)

宮山
「···なんで千葉先輩が?」

千葉
「え、だって『先輩・後輩』ってことなら俺も該当するし···」

宮山
「該当しても、コーヒーがどこにあるのか知らないでしょう?」

千葉
「そうだけど、それは氷川も同じだよな?」

サトコ
「同じだよ、同じ!」
「私、何も知らないから!」
「コーヒー豆の置き場所も、コーヒーメーカーの使い方も···」
「マグカップがどこにあるのかも、ぜんっぜん知らない···」

東雲
はい、お待たせ。アイスコーヒー

ドンドンドンドンッ、とそれぞれの前にグラスが置かれた。

サトコ
「···すみません···」

千葉
「ありがとうございます」

宮山
「······」

東雲
···なに、宮山

宮山
「俺のだけ、どう見てもアイスコーヒーじゃないんですけど」

東雲
ああ、キミのは特別だから
『幻のネクター限定ファジーネーブル風味』

宮山
「!」

東雲
好きでしょ、キミ。こういうの

宮山
「···すみません、俺、『オレンジジュース』一択なんで」
「ということで交換してください。氷川先輩」

東雲
!!

サトコ
「えっ、どうして?」

宮山
「先輩、おいしいって言ってたじゃないですか。ファジーネーブル味」

サトコ
「言ったけど、今日はダメだよ」
「アイスコーヒー、口つけちゃったし」

宮山
「いいです。俺、そいういうの気にしないんで···」

千葉
「だったら俺と交換する?」

宮山
「えっ」

千葉
「一度飲んでみたかったんだ、それ」
「俺もアイスコーヒーひと口飲んじゃったけど、気にしないんだよね?」

宮山
「そ、それは、まぁ···」

千葉
「じゃあ、俺のをどうぞ」

宮山
「は、はぁ···」

東雲
···ぷっ

宮山
「!」

(なんか、おかしな雰囲気になってきた気が···)
(怖いから、あまり関わらないように···)

東雲
そういえば、少し前の話だけど
氷川さん、学校で居眠りしているとき、寝言を言ってたよね
『ダメーっ、千葉さん』って

千葉
「えっ」

サトコ
「!!!」

(それ、たぶん今日の寝言···!)

東雲
あれさー、なんの夢見てたの

サトコ
「そ、そそそそそんな大層な夢ってわけじゃ···」

宮山
「でも、ずいぶん意味深ですよね」
「『ダメぇっ、千葉さぁん』って」

(宮山くんまで!?)
(ていうか、そんな色っぽい言い方してないし!)

サトコ
「······ごめん、覚えてない」

2人
「「嘘だ」」

サトコ
「嘘じゃないです!」
「本当にその···覚えてない······」

(ってことにしてほしいんですけど···!)

千葉
「···そういえば、俺も最近氷川の夢を見たよ」

サトコ
「えっ」

千葉
「まぁ、正確には『氷川と佐々木』の夢なんだけど」
「2人が失恋して号泣して、俺がご飯をおごらされるって夢」

宮山
「へぇ、案外『正夢』だったりして」

千葉
「つまり、氷川と佐々木が失恋するってこと?」

宮山
「ええ」

(な···っ)

サトコ
「そ、そんな縁起の悪いこと言わないでよ」

宮山
「そうですか?むしろ、いいことかもしれませんよ?」
「失恋って、新しい恋の可能性が広がるわけですし」

千葉
「ああ、なるほど···」

東雲
···あいにく、夢は他人に話した時点で正夢にならなくなるらしいけどね

サトコ
「ほんとですか!?」

東雲
少なくとも、オレはそう聞いているけど

宮山
「へぇ、東雲教官って案外迷信とか信じてるんですね」

東雲
べつに。オレは聞いた話を伝えただけ

宮山
「じゃあ、千葉先輩が見た夢は正夢で決定ですね」

東雲
オレは逆夢だと思うけど

サトコ
「あの、2人とも落ち着いて···」

千葉
「なんか悪いことしちゃったかな。俺が夢の話をしたせいで···」

サトコ
「そんなことないよ!」
「夢の話をし始めたのは東雲教官だし」

(このふたりが言い合ってるのは、アレがアレで、アレだからで···)

東雲
···そういえば、千葉に預かってほしい資料、2通あるんだけど
1通目はそこにある封筒だから

千葉
「ああ、これですね」

千葉さんが、テーブルの上にあった茶封筒を手に取った。
すると、その下に現れたのは···

サトコ
「!!!」

(ガーベラのペンダント!?)
(なんで、アレが封筒の下敷きに!?)

千葉
「へぇ···資料、けっこうありますね」

(···よかった、千葉さんはまだ気付いてない)
(今のうちに、ペンダントを回収しないと)
(さりげなく、手を伸ばして···)

千葉
「あ、氷川···」

サトコ
「···っ、ななな、なに!?」

千葉
「先月借りた本、まだ借りていてもいいかな」
「時間がなくて、読み終わってなくて···」

サトコ
「いいよ!好きなだけ借りちゃって!」

(それよりペンダント!どうにかしないと···)

焦る私の目の前で、宮山くんが素早く右手をテーブルの上に滑らせた。

(あっ!)

宮山
「······」

(宮山くんが、ペンダントを···!)
(ありがとう!隠してくれてありがとう!)
(それにしても、どうして封筒の下にあったんだろう)
(昨日、洗面所で外した気がするんだけどな)

そんなこんながありながらも、なんとか「ご自宅訪問」は終了して···

千葉
「それじゃ、資料、たしかにお預かりしました」

宮山
「コーヒー、ごちそうさまでした」

サトコ
「え、ええと···」
「おじゃま、しました」

東雲
3人とも気を付けて帰ってね


【帰り道】

(とりあえず、駅までは一緒に行こう)
(そのあとは、適当に理由をつけて離脱して···)

千葉
「そういえば、宮山はなんで東雲教官の家に来ていたの?」

宮山
「レポートのアドバイスをもらいにです」
「最初は、この近くの図書館を利用していたんですけど、どうしても腑に落ちないところがあって」
「それで、ふと『東雲教官の自宅、この近所だったなぁ』と思って」

(なるほど、そういうこと···)

宮山
「でも、よかったです。カノジョと一緒のときじゃなくて」

サトコ
「ゲホッ」

千葉
「ああ、たしかにそれは気まずいよなぁ」

宮山
「でしょう?」
「まぁ、いたらいたで面白かった気もしますけど」

(ちょ···!)

千葉
「ハハッ···たしかに」
「案外、寝室とかに隠れていたりして」

サトコ
「!」

宮山
「いやぁ、むしろ『木を隠すなら森の中』じゃないんですか?」

サトコ
「!!」

千葉
「···うん?『森の中』って···」

サトコ
「あああ、あの!」
「私、寄るところがあるから、これで!」

千葉
「そう?じゃあ、また···」

宮山
「待ってください、氷川先輩」

宮山くんは、私の右手を取ると、握手するようにギュッと握ってきた。

宮山
「今日は面白かったです。それじゃ」

サトコ
「う、うん···おつかれ···」

ふたりを見送ったあと、そっと右手を開いてみた。
手の中にあったのは、例のガーベラのペンダントだった。


【東雲マンション】

その日の夜···

サトコ
「はぁぁ···」

ソファでぐったりしていると、教官にしょっぱい顔をされた。

東雲
···なに、その態度
陸に上げられたかっぱ?

サトコ
「もう、なんとでも言ってください」
「残りのライフ値、ほぼ『0』ですから」

(でも、千葉さんにバレずに済んでよかったな)
(そういう意味では、外出中に会えたのは不幸中の幸い···)

サトコ
「あっ!」

東雲
···なに?

サトコ
「教官、ちょっとそこにいてください!」

【寝室】

(ええと、作りかけのアルバムは、さっきベッドの下に隠したはず···)

サトコ
「あった!」

(空いているページに、印刷してきた写真を貼って···コメントをつけて···)
(···完成!)

サトコ
「よし、あとは···」



【リビング】

サトコ
「教官~!」

東雲
···なに

サトコ
「私たち、出会ってからもうすぐ2年ですよね?」
「そーこーで···」
「どうぞ!」

東雲
·········なにこれ

サトコ
「2人の『愛の軌跡』を綴ったアルバムです!」

東雲
奇跡?ミラクル?

サトコ
「違います!」
「そりゃ、教官と付き合えたのは、ある意味『奇跡』ですけど!」
「今回言いたいのは『道筋』とか、そういう意味の『軌跡』です!」

東雲
······

サトコ
「というわけで、一緒に見ていきましょう」
「まずはこれ!入学式の写真です」

東雲
···キミしか写ってないんだけど

サトコ
「大丈夫です。ほら、ここ!」
「この隅っこに小さく教官が写っています!」
「なんと、これが初の2ショット写真です」

東雲
······

サトコ
「2ページ目。じゃじゃんっ!」
「温泉旅館で行われた研修のとき!」

東雲
ああ、キミが池に落ちて、生臭くなったときの···

サトコ
「そ、そのことは忘れてください」
「それより大事なのは、この1枚です!」

東雲
···なにこれ

サトコ
「わかりませんか?」
「私と教官、離れた場所にいるのに同じポーズを取ってるんです!」
「シンクロです!奇跡です!」
「そんなわけで3ページ目···」

東雲
···ねぇ、まともな写真はどのページから?

サトコ
「うっ、それは···」
「この7ページ目くらいからで···」

東雲
遅っ

サトコ
「仕方ないじゃないですか!」
「その···私の片思い期間が、長かったわけですから···」

東雲
ていうか、この7ページ目の、恐竜展のときのだよね
だったら、まだ付き合ってないじゃん

(うっ、痛いところを···)

サトコ
「と、とにかく!」
「ここから徐々にラブラブ愛の軌跡が始まるんです!」
「『ジルマ・ワンダーランド』とか、『さちさんの結婚式』とか···」

東雲
······

サトコ
「スクーターで流星群を見たこともあったし」
「あと、お花見に行ったことも···」

ちゅっ、といきなり唇にキスされた。

サトコ
「!?」

(な、なな···な···)

東雲
キスとか控えてたよね、この花見の時期って
『泊まり』も禁止してたし

サトコ
「!!」
「そうです!」
「教官、いきなり『卒業するまでキスしない』って言いだして」

東雲
撤回したけどね。割とすぐに

サトコ
「『すぐ』じゃないです。けっこう続きました!」

東雲
···そうだっけ?
泊まり禁止は、そこそこ続いた気がするけど

サトコ
「お泊まり保育のお手伝いに行くまで、でしたよね」
「この写真のときの···」

東雲
ああ、キミがオレの背中に抱きついて寝てた···

サトコ
「···っ!よ、よく覚えてますね、そんなこと」

東雲
記憶力いいから、キミと違って

サトコ
「!!」
「わ、私だって、教官とのことはいろいろ覚えています!」
「クリスマスとかバレンタインデーとか···」
「七夕のこととか!」

ページをめくるたびに、お互いの思い出を披露しあう。
たったそれだけのことが、ただただ楽しい。

東雲
···で、この写真が最後?

サトコ
「はい。ガーベラ畑に行ったときの」
「絶対これを最後のページにしようと思って」

ガーベラの花言葉のひとつは「希望」だ。

サトコ
「この写真が最後で『つづく』だと···」
「次のアルバムも『希望』に満ちたものになるかなぁ、なんて」

(って、ちょっと恥ずかしすぎるかな)
(「少女趣味」って笑われたりして···)

東雲
いいんじゃない
キミらしくて

(え···)

サトコ
「ホントですか!?『恥ずかしい』とか思いませんか!?」

東雲
べつに
嫌いじゃないし。こういうの

(教官···)

サトコ
「教官ーっ」

東雲
···あ、コーヒー忘れてた

(な···っ)
(教官の胸にダイブしたかったのに!)

東雲
それと、写真追加しておいたから
奥付のところに

サトコ
「···奥付?」

(奥付って、最後のページのことかな)
(日付とか製作者の名前を入れる···)

サトコ
「!!!」

(こ、この写真は···!)
(教官と初めて「恐竜展」に行ったときの···!)

サトコ
「教官、なんでこの『白目写真』がここに···っ」

(ていうか、アルバム作ってたの、バレてたってこと?)
(いつの間に!?)

サトコ
「もう···もう······」
「もう――っ」

私は、アルバムを閉じると、キッチンへ駆け込んだ。
いつも私の一歩前を行く教官に、抱きつくために。
そして、抱きしめ返してもらうために。

Happy End



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