カテゴリー

あの夜をもう一度 難波1話



【寮 自室】

季節は、春。

サトコ
「公安学校1年目ももうすぐ終わりか~。まあ、その前に高い壁があるわけだけど···」

私は軽いため息とともに、机の上に広げられたたくさんの教材に目を落とした。
期末の査定に、2年生への進級試験···
このところ、テスト三昧の日々が続いている。

サトコ
「でも、これさえクリアすれば!」

一時は、学校にいられなくなりそうになったこともあった。
そんな私が今、こうして2年生への階段を上ろうとしているなんて、
よくよく考えたら、ちょっとした奇跡だ。

(この1年、本当にいろんなことがあったもんね···)

後藤
氷川、公安課室長の難波さんだ

サトコ
「公安学校の氷川サトコです。よろしくお願いします」

難波
ああ、学校のか···
こんな若い子が入ったんなら、俺もたまには顔出すかなぁ

後藤
···はい。みんな待ってます

難波
またまた。嬉しいこと言ってくれるね
じゃあ、はい、これ

(初めて会ったときは、いきなりたくさんお菓子をくれてビックリしたな)
(しかも、明らかにパチンコの景品で···)
(最初はさぼってばかりで、なんてテキトーな人なんだろうって思ってたっけ)
(でも、尾行の任務中に痴漢を追いかけちゃったときは···)

難波
そいつを降ろせ

サトコ
「ちょ、ちょっと待ってください!これには、訳が···」

難波
言い訳をするな

サトコ
「!」

難波
お前は、公安失格だ
プロに徹することができないヤツは、辞めちまえ!

(あの時は、本当に怖かったな)
(もう二度と許してもらえないかと思ったけど、その後に会ったら室長は意外とケロッとしてて···)

難波
ちょっと、まだ
任務が残ってる

サトコ
「し、室長!?」
「こ、困ります···私は、その···」

難波
届かねえから、湿布貼ってくれ

(ああいう室長の大らかさに助けられてきたんだって、今ならすごくよくわかる)
(初めての潜入捜査を終えた、あの時だって···)

難波
よくやった

サトコ
「でも、私は···」

難波
なんだ、後悔してんのか?

サトコ
「···してません」

難波
強がるな
お前の胸の内なんて、手に取るように分かる
でも、それでいい

(室長が隣に居てくれたことが、どんなに心強くてありがたかったことか···)

しみじみと思い出せば思い出すほど、室長への想いと感謝が募った。

サトコ
「室長、今頃何してるかな···」

(そうだ、せっかくだから今日、何か感謝の気持ちを伝えるプレゼントを持っていこう···!)

今夜は、室長の部屋を訪ねる予定になっていた。
約束の時間まであと4時間。

(何がいいだろう?室長が喜んでくれるのは、やっぱり手作りだよね)
(でも料理はよく作ってるし···たまにはお菓子とか?)

サトコ
「そうだ、クッキーなんてどうだろう?」

急にワクワクした気持ちになって、スマホでクッキーの作り方を検索した。

サトコ
「だいたい2時間もあればよさそうかな。それじゃそれまで、もうひと勉強頑張りますか!」



【難波マンション】

その夜。
室長の家を訪れた私は、まずはいつも通りに夕食の準備を行った。

サトコ
「はい、できました!」

難波
おお~、今夜は肉じゃがか

サトコ
「この前、室長が食べたいって言ってくれたのに、結局作れなかったので」

難波
ん、そうだったか?

サトコ
「もう忘れちゃったんですか~?」

(あの時、いきなり後ろから抱きしめられて···)

サトコ
「これじゃ、肉じゃがが作れませんよ?」

難波
···やめだ

サトコ
「え?」

難波
やっぱり予定変更

(結局そのまま、朝まで···)

難波
どうしたんだ、ひよっこ

サトコ
「へ?」

難波
さっきから突然ニヤニヤしたり、赤くなったり···

サトコ
「そ、そんなことは···それより、肉じゃがどうでした?」

いつの間にか、室長のお皿は空になっている。

難波
うまかった。やっぱり、サトコの料理は間違いねぇな
特に、ブリの照り焼きと肉じゃが

サトコ
「でも今日は、これだけじゃないんです!」

難波

不思議そうに私を見つめる室長の前に、リボンをかけた箱を差し出した。

難波
なんだ、これ?心なしか、いい匂いが···

サトコ
「開けてみてください」

室長はちょっと不器用そうにリボンを解くと、中身を見て意外そうな顔になった。

難波
お、クッキー···もしかして、これも手作りか?

サトコ
「はい。この一年間の感謝を込めて作ってみました」

難波
すげぇな~こんなもんも作れんのか

室長は嬉しそうに微笑んで、さっそくクッキーをひとつ、口の中に放り込んだ。

難波
しかも、うめぇ

サトコ
「本当ですか?」

難波
ああ、プロの味だよ。これなら店で売れるんじゃねぇか?

(こんな風に喜んでもらえるなんて思わなかったから嬉しいな···)

微笑んで見つめる私の前で、室長はあっという間にクッキーを平らげた。

難波
おお、うっかり食いすぎちまった
でもこれ、本当にうまかったぞ

サトコ
「よかった···頑張って作った甲斐がありました!」

難波
試験前で忙しいのに、俺のためにありがとうな

サトコ
「そんな···お礼を言うのは私の方なんですから」

難波
いいんだよ、礼なんて

室長はにっこりと微笑むと、大きな手で満足げに私の頭を撫でまわした。

難波
またひとつ、ひよっこの新しい顔を知った気分だ

サトコ
「実は···」

難波
なんだ、もしかして、まだ他にも俺に見せてない顔があるのか?

サトコ
「そうじゃないんですけど、まだ、あるんです···」

バッグの中から、もう一つ箱を取り出す。

難波
もしかして、それも···?

サトコ
「ちょっと、気合い入れて作り過ぎちゃって···でも、こんなに迷惑ですよね」

箱をしまいかけた私の手を、室長が掴んだ。

難波
いや、もらうよ。喜んで

サトコ
「本当ですか?無理してるんじゃ···」

難波
なわけねぇだろ。他のヤツに食われるくらいなら、俺が食う

サトコ
「じゃあ、お言葉に甘えて」

室長は箱を受け取るなり、またひとつクッキーを口に放り込んだ。

難波
やべぇな、止まらん···

サトコ
「ふふっ」

(ハチミツがやめられないクマさんみたい···)

公安学校では見ることのできない無邪気さに、思わず笑みがこぼれてしまう。

(こんな反応初めてだな···こんなに喜んでくれるなら、今度は違う味のも作ってみよう!)


【居酒屋】

数週間後。
ようやく試験も終わり、久々ののんびりとした休日がやってきた。

(嬉しいな。今日は夜だけとはいえ、久しぶりのデート!)

いつもの居酒屋で待っていると、室長が小走りに店に入ってきた。

難波
悪い、待たせたな

サトコ
「いえ、私もさっき来たところですから。お仕事、大丈夫でしたか?」

難波
ああ、最後は力技で片付けてきた
さてと、今日は飲むぞ~

(私の試験が終わったからって、けっこう無理して時間作ってくれたのかも···?)

室長の優しさが嬉しくて、ついついお酒も進んでしまう。

難波
この日本酒うまいな

サトコ
「え、本当ですか?」

難波
ちょっと飲んでみるか?

サトコ
「はい!わぁ、本当だ···口当たりがいいですね」

私は迷わず、店の奥に叫んだ。

サトコ
「店員さん、私にも同じのください!」

難波
いい飲みっぷりだね~

サトコ
「待ちに待った試験明けですから。それに、室長とお酒飲むのは楽しくて」

難波
いいね~、その反応。俺も飲みっぷりいいヤツと飲むのは楽しいよ
周りの男連中は飲めないんだか飲まないんだか、いまいち面白みに欠けるんだよな···

(そっか···やっぱり、お酒好きな人はよく飲む人と飲んだ方が楽しいよね)

サトコ
「じゃあ、今日は私がとことんお付き合いします!」

難波
お、嬉しいねぇ。でも、無理はすんなよ

室長は少し赤らんだ顔でニッコリすると、私の頭にポンと手を置いた。

(実はそんなに威張るほど強くもないけど、室長に喜んでもらえるなら···)

サトコ
「店長、このお酒も、おかわりお願いします!」

難波
じゃあ、俺も。こりゃ、負けてらんねぇな

飲んで、笑って、また飲んで。
飲むほどにどんどん室長の笑顔が欲しくなって、気付いた時にはかなり杯を重ねてしまっていた。

(ちょっと頑張りすぎ···?でも、楽しいからいいか)

【帰り道】

ほろ酔いの帰り道。
ふと思い出して、バッグの中から箱を取り出した。

サトコ
「そうだ、室長!これ、どうぞ」

難波
ん?なんだ?

サトコ
「今度は、チョコレートクッキーです!」

難波
おお~、でかしたぞ、ひよっこ
ちょうどそろそろ甘いものが欲しくなってきたところだ

サトコ
「ですよね♪」

室長はさっそく箱を開けると、また嬉しそうにクッキーを頬張った。

難波
うん、これもいい

サトコ
「本当ですか?それじゃ次は、抹茶クッキーとか、チャレンジしてみちゃおうかな~」

難波
いいな、それも

酔っているせいもあって、室長はこの間にも増して嬉しそうだ。

(よーし、こんなに喜んでもらえるなら、もっと腕を磨こう!)


【居酒屋】

それからまた数日して。

千葉
「室長主催の飲み会なんて、入学した時以来だよね」

鳴子
「試験から解放されたーって感じ!今日は存分に祝杯をあげないとね」

サトコ
「いいなぁ、鳴子も千葉さんも余裕で···」

(···この間、室長と飲みに行ったときは、ただひたすら開放感を味わっていられたけど)
(あれから日が経つごとに、進級できるのかどうかという不安が···)

鳴子
「なにを弱気なこと言ってるの、サトコ。大丈夫、大丈夫」

サトコ
「そうかなぁ···」

(なにしろ私は、みんなみたいに優秀だから公安学校に来たって訳じゃないし···)

千葉
「せっかくなんだし、今日は飲もうよ。泣いても笑っても、試験はもう終わっちゃったんだし」

???
「そうそう。今さら泣いたところで、嘆いたところで、結果はひっくり返せないからね」

超えに振り返ると、いつの間にか来ていた東雲教官がニヤリと笑った。

サトコ
「し、東雲教官!」

東雲教官は通りかかった後藤教官をさりげなく引き留めると、
後藤教官と一緒に私たちの向かいの席に座りこむ。

東雲
採点は日々着々と進んでるよ。結果が出るのが楽しみだね

サトコ
「あ、あの···私は···」

東雲
知りたい?確かサトコちゃんは···

後藤
おい、歩

東雲
おっと···お酒って怖いですね。危うく、口を滑らしちゃうとこでした

後藤
何をいい加減なことを言ってるんだか···
心配するな。まだ誰の合否も決まっちゃいない

千葉
「よかった···」

鳴子
「千葉くんは心配する必要ないでしょ。心配するのは私とサトコだよ」

サトコ
「······」

(やっぱり鳴子も、私は危ないと思ってるんだ···って、当たり前か···)

思わず、ため息がこぼれた。

東雲
まあ、いいじゃない。そうやって危機感を持つって大切なことだと思うな

後藤
それは確かに

東雲
でも、室長が突然飲み会をしようって言い出すなんて、絶対何かあるよね

サトコ
「そ、そうなんですか?」

後藤
別に意味はないだろ。ただの気まぐれだって本人も言ってたし

東雲
どうでしょう···気まぐれに見せかけて計算づくなところもありません?
もしかしたらこれは、この中の誰かのお別れ会なのかも···

鳴子
「えええ~!」

千葉
「でもそれ、あるかもしれないよね」

サトコ
「そんなぁ···」

(室長、そういうことなんですか···?)

思わず、すがるように室長を見た。
何も知らない室長は、奥で加賀教官と2人で楽しそうに日本酒を飲んでいる。

難波
じゃあ次、これはどうだ

加賀
これは···狸祭

難波
おお、また当たりだ。加賀、お前すごいな

加賀
いえ、これくらい大したことないですよ
そんなことより難波さん、俺当てたんで、飲んでください

難波
むむむ、致し方あるまい!

室長は言葉とは裏腹に、嬉しそうに日本酒を煽った。

難波
じゃあ次は俺の番だな

加賀
それじゃ、これの銘柄を···

(利き酒してるのかな···室長、なんだかすごく楽しそう···)

難波
これはな···十五代だ!

加賀
さすが、お見事です。それじゃ、今度は俺がいただきます

難波
よし、いけ

室長に並々とお酒を注がれ、加賀教官はそれをグイッと煽る。

難波
おお、いいねぇ···やっぱり男はこうでないとな
加賀、今日はとことんいくぞ

加賀
望むところです

難波
よし、それじゃ、俺について来い

二人は楽しげに熱く見つめ合いながら、改めて互いのグラスにお酒を注いだ。

(室長、私と飲んでる時とはまた全然違うよね。男同士の酒って感じで···)
(私も加賀教官くらい飲めたらいいんだけど···)

後藤
おい、氷川···氷川、どうかしたか?

サトコ
「!」

(やだ、私···何を加賀教官と張り合ってるんだろう?)
(恋人と部下じゃ、見せる顔が違って当然なのに···)

to be continued



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする