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勘違いBABY 加賀1話

【加賀マンション】

もうすぐ卒業を控えた、ある休日の朝。
鳥のさえずりで目を覚ますと、まだ外は薄暗かった。

(うう···今日は休みなのに、自然に目が覚めちゃった···)
(ゆっくり寝ててもいい日まで目が覚めるなんて、この2年間で体に染みついた習慣、怖い···)

寝返りを打とうとして、身体をがっちりホールドされていることに気付いた。
後ろから私を抱きしめる加賀さんの腕が、お腹に回されている。

(加賀さんのほうを向きたい···寝顔見たい···)
(なんとかして、抜け出して···)

でも動いた瞬間、腕に力がこもった。
もがいてももがいても、抜け出せる気がしない。

(ダメだ···いっそ、このまま二度寝しちゃおうかな)
(久しぶりに加賀さんと一緒の休みだし、のんびりしてもいいよね)

顔が見れないのは残念だけど、きっと加賀さんが目を覚ますまで離してもらえない。

加賀
ん···

加賀さんが身じろぎする気配に、慌てて動きを止める。
起こさないように黙っていると、お腹を触る手がもぞもぞと動いた。

加賀
···わら···ぇ···

サトコ
「···え?」

(い、今···『柔らかい』って···)
(私のお腹···!?柔らかい!?)

まだ加賀さんの手は、私のお腹をむにむにと触っている。
すっかり目が冴えてしまい、ただ呆然と加賀さんにお腹を触られ続けた休日の朝だった。

【カフェテラス】

翌日、講義が終わった放課後、鳴子と一緒にカフェテラスにいた。

鳴子
「サトコはこれから、補佐官の仕事か」

サトコ
「うん。加賀教官の仕事が終わるまで、待ってないと」
「ところで、ねぇ鳴子···私、太った···?」

鳴子
「え?」

きょとんと、鳴子が私を見つめる。
でもその視線は、私の手元で止まった。

鳴子
「卒業が近いとはいえ、毎日訓練してるし、太ってはいないと思うけど」
「···その話題で、そのドーナツ?」

私が持っているのは、最近学校の近くにできたドーナツ屋のドーナツだ。

サトコ
「ハハハ···ほら、ここのドーナツ、甘さ控えめだから···」

鳴子
「甘さ控えめでも、カロリーはそんなに変わらないからね」

サトコ
「ですよね···」

そっと、ドーナツを袋にしまう。
すると、見計らったかのように東雲教官がカフェテラスに入ってきた。

東雲
いたいた

サトコ
「東雲教官、お疲れさまです」

東雲
お疲れ。ねぇキミ、暇だよね?

サトコ
「いや、あの···」

ドーナツの袋を隠しながら、東雲教官から目を逸らす。

(加賀さんを待ってる間なら時間あるけど、素直にそう答えるとロクなことにならない···)
(···特に、相手が東雲教官の場合は···!)

サトコ
「えーと、これからちょっと···補佐官の仕事が」

東雲
大丈夫、一週間もあれば終わるから

サトコ
「一週間!?そんな規模の話だったんですか?」

東雲
一週間で終わるなら早いもんでしょ、卒業アルバムなんだから

サトコ
「卒業アルバム?」

鳴子
「もしかして、私たちの卒アルを作るんですか?」
「でもそれなら、今からじゃ間に合わないんじゃ」

東雲
この学校が、普通の卒業アルバムなんて平和ボケしたもの作ると思う?

サトコ
「平和ボケ···」

鳴子
「じゃあ、どんなの作るんですか?」

東雲
新設された “公安刑事養成施設” であるこの学校の、成果記録
警察内部の記録用、極秘資料···ってとこ

サトコ
「私が知ってる卒業アルバムと違う···」

鳴子
「だってもう、 “極秘資料” って言っちゃってるもん···」

東雲
委員は一名。キミね

サトコ
「私だけですか?ほ、他に助っ人とか···」

鳴子
「あの、私でよければ」

東雲
極秘資料だから、関わる人間は極力少ないほうがいい
ってことで、キミ決定だから

私に向かってにっこり笑う東雲教官から、鳴子がすいっと目を逸らした。

鳴子
「サトコ、ごめん···役に立てなくて」

サトコ
「ううん、気持ちだけもらっておくよ···ありがとう···」
「あ、でも···すみません、返事は保留にしてもらっていいですか?」

東雲
なんで?

サトコ
「加賀教官に頼まれた仕事がけっこうたくさんあって···」

東雲
キミ、鈍くさいもんね

サトコ
「うっ···ササッとできるようになってきた仕事もあるんですけど」

東雲
まあいいや。兵吾さんには、オレからも言っとく
ああ、それと

カフェテラスを出て行こうとして、東雲教官が何か思い出したように振り返った。
そして、私がこっそり隠したドーナツ袋を見ながらニヤリと笑う。

東雲
写真って、横に広がって写るって知ってた?
主に、倍に

サトコ
「······!」

(横に広がる···倍に···!)

東雲教官の言葉に、加賀さんの言葉が重なる。

加賀
···わら···ぇ···

(やっぱり、太ったんだ···!卒業が決まって、ちょっと気持ちがたるんでたかも···)
(ダイエット···ダイエットしなきゃ···!)

【廊下】

翌日から早速、ダイエットを決行した。

(いろいろ調べたら、豆乳ダイエットがいいみたい)
(あとは、バランスのいい食事と適度な運動···これは訓練があるから問題ないよね)

少しずつではあるけど、順調に体重も落ち始めたある日。
訓練から戻った鳴子の顔色が悪いことに気付いた、

サトコ
「大丈夫?体調悪いんじゃない?」

鳴子
「うん···実は、アレの二日目で」

サトコ
「あっ、そっか···」

顔色が悪い原因が分かり、思わず鳴子に寄り添う。

サトコ
「医務室で少し休んでる?」

鳴子
「ううん、さっき薬飲んだから、そろそろ効いてくると思う」
「あれ?そういえばサトコは最近、調子悪いって言わないね」

サトコ
「···言われてみれば、予定日とっくに過ぎてるかも」

思わず、鳴子と顔を見合わせた。

鳴子
「ねぇサトコ、それって···」

<選択してください>

A: 妊娠したかも

サトコ
「···妊娠したかも」

鳴子
「え!?」

サトコ
「いや、冗談だよ。まさかそこまで驚かれるとは」

鳴子
「だよね。あーびっくりした」
「そもそもサトコ、そんな相手もいないもんね」

サトコ
「う、うん···」

(加賀さんとのことは鳴子には秘密だけど、嘘をつくのは心苦しい···)

B: ただの生理不順

サトコ
「ただの生理不順だと思うよ」

鳴子
「なんだ。妊娠じゃないの?」

サトコ
「そ、そんなこと、大きい声で言っちゃダメだってば」

鳴子
「あ、ごめん。どこで誰が聞いてるかわかんないもんね」

サトコ
「うん···特に東雲教官とか黒澤さんとかね···」

C: 誤解しないで

サトコ
「ご、誤解しないで···!そういうアレじゃないから!」

鳴子
「うん、わかってるよ。生理不順でしょ?」
「だってサトコ、そんな相手いないもんね」

サトコ
「そこまで言われると、慌てた自分が恥ずかしい···」

鳴子
「サトコ、最近豆乳ダイエットしてるんでしょ?」
「イソフラボンがホルモンに影響しすぎたんじゃないの?」

サトコ
「そういえば、最近積極的に豆乳を飲んでたかも···」
「他にも、サプリとか大豆食品食べたりとか」

鳴子
「何事にも限度があるからね。やりすぎはまずいよ」
「ダイエットに成功しても、体調に影響が出るのはね···」

サトコ
「そうだよね···鳴子に言われるまで気付かなかった···」

(情けない···とりあえず豆乳ダイエットは中止にしよう···)
(せっかく痩せ始めたところだったけど、仕方ないよね···)

鳴子を支えて講義室へ向かいながら、ついため息をこぼす私だった。

【教官室】

その後、豆乳を飲むのをやめてみたけど、しばらく経ってもアレが来る気配がない。

(うーん、他に原因があるのかな···)

誰もいない教官室に資料を運び込み、ひと息つく。
すると教官室のドアが開いて、莉子さんが入ってきた。

莉子
「あら、サトコちゃんひとり?」

サトコ
「莉子さん、お久しぶりです。教官たち、出払ってるみたいで」

莉子
「残念。秀っちに用があったんだけど」

軽くため息をついた後、莉子さんが私の顔を覗き込んできた。

莉子
「サトコちゃん、大丈夫?もしかして調子悪いんじゃない?」

サトコ
「えっ?」

莉子
「顔色がよくないけど···風邪?無理しちゃダメよ」

(さすが莉子さん、鋭い···)
(そうだ···あのこと、莉子さんに相談してみようかな)

サトコ
「実は···来ないんです。アレが」

莉子
「······!」

一瞬、莉子さんの表情に衝撃が走る。
でもすぐに、何事もなかったような顔になった。

莉子
「それは、つまり妊···」

サトコ
「違います」

莉子
「なんだ」

莉子さんが何を言いたいのか察知して、サッと首を振る。
莉子さんは少しつまらなそうにしながらも、うんうんとうなずいた。

莉子
「そうよね。カレがそんなミス犯すはずないか」

サトコ
「え?なんですか?」

莉子
「ううん。気にしないで」
「で?原因は解ってるの?」

サトコ
「いえ···たぶん、この前まで試してた豆乳ダイエットのせいかなと思うんですけど」

莉子
「ああ、なるほど···でもサトコちゃん、ダイエットなんてしてたの?」

サトコ
「はい···のっぴきならない事情がありまして」

莉子
「そのままでも充分かわいいのに」
「でも心配なら、婦人科のいい先生を紹介してあげましょうか」

サトコ
「本当ですか?助かります」

莉子
「今は総合病院の産婦人科にいるんだけど」
「ただ···土曜日はかなり混むから、平日しか予約が取れないと思うのよ」

サトコ
「平日ですか···」

(でも、莉子さんの紹介なら安心だし)
(休みをもらって、診てもらって来ようかな)

【個別教官室】

莉子さんのツテで平日の予約を入れた後、加賀さんに許可をもらいにやってきた。

加賀
病院?

サトコ
「はい。土曜は混んでたので、平日しか予約が取れなくて」

加賀
···体調悪ぃのか

少しだけ、加賀さんの声が低くなる。

<選択してください>

A: ほんの少しだけ

サトコ
「いいか悪いかと言われれば、ほんの少し悪い感じです」

加賀
はっきりしろ

サトコ
「そこまで心配していただくほどのものじゃないです···」

加賀
最初からそう言え

(もしかして、ちょっとくらいは心配してくれた···?)

B: 念のためです

心配かけないように、慌てて首を振った。

サトコ
「そこまでじゃないんです。念のために」

加賀
ならいいが···

サトコ
「すみません···自分の体調管理もできてなくて」

C: 心配ですか?

サトコ
「もしかして、心配して···」

加賀
······

加賀さんの手が伸びてきたので、思わず両手で頭をガードした。

加賀
チッ

サトコ
「すぐアイアンクローするのやめてください···!」

加賀
どこの病院だ?

サトコ
「駅前の総合病院です。莉子さんの紹介で」

加賀
···わかった。行って来い
訓練中倒れたらただじゃおかねぇ

サトコ
「あ、ありがとうございます···!」

(なんとか許可もらえてよかった···!最後の一言が怖いけど···)

頭を下げて、個別教官室をあとにした。

【病院】

数日後、病院で診てもらった後、会計のため待合で待つ。
検査の結果、特に問題もなく、ただの生理不順ということになった。

(よかった。精神的なものも大きいと言ってたから)
(なんでもないってわかれば、きっとそのうちくるよね)

桂木
「ん···?君は」

サトコ
「あ···こんにちは!」

それは、警護課の桂木さんだった。

サトコ
「お久しぶりです。桂木さんも受診ですか?」

桂木
「いや、俺は知り合いの見舞いに来ただけですよ」
「君は···」

桂木さんの言葉をさえぎるように、院内にアナウンスを告げる音が響き渡る。

アナウンス
『産婦人科を受診された、氷川サトコさん。忘れ物をお預かりしています』

桂木
「!」

サトコ
「ん?私?」
「あっ!スマホ忘れてきた!」

さっき、待合室で荷物を整理した時に落としてしまったらしい。

サトコ
「すみません、私、行かないと」

桂木
「あ、ああ···気を付けてください」

桂木さんが一瞬、私の身体に視線を流した気がした。
でもひとまずスマホを取りに、産婦人科の病棟へと戻ったのだった。

スマホを取って戻ってくると、会計のところに東雲教官が立っているのが見えた。

サトコ
「教官?どうしたんですか?」

東雲
知り合いの見舞いに来ただけ

サトコ
「あ、そういえばさっき、桂木さんにも会いました」

東雲
ああ、オレも会ったけど
ところで···さっきのアナウンス、やっぱりキミだったんだ

サトコ
「はい···お恥ずかしながら、スマホを忘れて」

東雲
ふーん
···で?産婦人科に用事なんて···もしかして、“できちゃった” ?

サトコ
「······!」

その満面の笑みは、まるで悪魔の微笑みのようだった···

to be continued

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