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勘違いBABY 加賀カレ目線

【加賀マンション】

サトコを部屋に泊めた朝、目を覚ますと腕の中にいるサトコが固まっていた。

加賀
···なんだ

サトコ
「え···あ、加賀さん···おはようございます」

加賀
なんで腹に力入れてる

いつもの柔らかさを求めて腹を揉もうとすると、サトコがびくりと震えた。

サトコ
「ダメです···!今、おなかの力を抜くわけにはいかないんです!」

加賀
······

(またわけのわかんねぇことを始めやがった···)
(···まあ、いつものことか)

そう思い、そのまま放置しておくことに決めた。

【教官室】

翌日の昼過ぎ、教官室に入ってきた歩が、まっすぐこっちにやってきた。

東雲
兵吾さんの補佐官、借りてもいいですか?

加賀
あ?

東雲
例のアレ、そろそろやらないと

歩が言っているのは、公安学校特有の “卒業アルバム” 制作のことだ。
極秘資料になるので、齟齬が出ないよう、訓練生の誰かひとりにすべてやらせるという話だ。

加賀
あいつじゃなくてもいいだろ

東雲
でも、彼女が一番扱いやす···
···頼みやすいんですよ

加賀
人の補佐官、使いっ走りにしてんじゃねぇ
あいつには他にやらせる仕事がある。他を当たれ

東雲
あの子が一番ラクなのに···

歩は納得していないのか、明らかに不満げだ。
わざとらしくため息をつき、自分のデスクへと戻っていく。

(面倒なヤツに育ったもんだな)
(もとから、かわいげはなかったが···)

だが何を言われようが、譲るつもりはない。
自分の女が他の男の小間使いにされるのを、黙って見ている趣味はなかった。

(まあ、歩のことだから上手く他の奴を使うだろ)
(千葉でも佐々木でも、そこそこ使える奴なら他にもいる)

そのときは、それほど気にもしていなかった。

【個別教官室】

数日後、サトコが神妙な顔で個別教官室にやってきた。

サトコ
「すみません···実は、病院に行きたいので休みをいただきたいんです」

加賀
病院···?

サトコ
「はい。土曜日は混んでいるので、平日しか予約が取れなくて···」

特に具合が悪そうな素振りも見せていなかったので、少し意外だった。

(肌の柔らかさと身体の丈夫さだけが、テメェの取り柄だろ)
(···なんかあったのか?)

加賀
体調でも悪いのか

そう尋ねてみたが、サトコは『念のため』と首を振るばかりだ。

サトコ
「駅前の総合病院に行こうと思ってるんです。莉子さんの紹介で」

加賀
···そうか

サトコ
「あの···いいでしょうか」

加賀
ああ。行って来い
訓練中倒れたらただじゃおかねぇ

サトコ
「あ、ありがとうございます···!」

頭を下げて、サトコが退室する。
駅前の総合病院といえば、確か莉子と公私ともにつきあいのある医者がいたはずだ。

(身体のことで、俺より莉子に相談するってことは···)

つまり、女同士でなければ話せないようなことだろう。

(そのうち本庁に行く用事もあるし、仕方ねぇ、あいつに探りいれてみるか···)

教官室を出ていくサトコの肩は、なんとなく、いつもよりも細く見えた。

【本庁】

数日後、本庁で用事を済ませた後、莉子との待ち合わせ場所に向かう。
そこには、先に来ていた莉子の姿があった。

莉子
「兵吾ちゃん、こっちこっち」

加賀
暇なのか

莉子
「呼び出しておいてそれはないでしょ。これでも結構忙しいのよ」
「でも珍しいじゃない。兵吾ちゃんから私に会いたいなんて」

加賀
別に会いたかったわけじゃねぇ

隣に並ぶと、早速切り出した。

加賀
あいつに、病院を紹介したらしいな

莉子
「ああ、サトコちゃん?」
「なんてね。きっとそのことだと思ってたけど」

訳知り顔で微笑む莉子に、舌打ちが漏れる。

(···相変わらず、食えねぇ女だな)
(まあ、こいつがすんなり話すわけねぇか)

加賀
部下の体調を把握しておくのも、上官の仕事だ

莉子
「ふーん?まあ、そういうことにしておいてあげてもいいけど」

加賀
いいから、さっさと答えろ

莉子
「そんな言い方していいの?」

口元に笑みを浮かべて、莉子が俺に視線を流す。
だがすぐに、どこか悪戯をたくらんでいるガキのような顔になった。

莉子
「残念だけど、いくら兵吾ちゃんにでも教えられないわね」

加賀
···あいつのことで、俺よりお前の方が詳しいのが気に入らねぇ

莉子
「ふふ、それが本心?」
「でも悪いわね。いい女は、口が堅いものなのよ」

ひらひらと手を振り、莉子がその場を立ち去る。
その言葉に、含みを感じ取った。

(やっぱり、なんかあるってことか)
(だったらなおさら、黙っちゃいられねぇ)

さっさと本庁を出て、学校へと戻った。

【教場】

サトコを探して歩いていると、通りかかった教場から声が聞こえてきた。

サトコ
「じゃあ、これを全部打ち込めばいいんですね」

東雲
そう。たったの2年分だから。簡単でしょ?

サトコ
「膨大な量ですけど···」

ふたりはこちらに背を向けて、パソコン画面を見ている。
そこに映し出されているのは、卒業アルバムという名の極秘資料で使用するデータだ。

(あのガキ···人の補佐官、勝手に連れて行きやがって)
(あいつも、何ノコノコついて行ってんだ)

どちらにしろ、もう引き受けてしまったのだろう。
それなら、最後までやらせるしかない。

(だが···理由くらいは知っておかなきゃ気が済まねぇ)
(それにしても、最近ずいぶんとコソコソするな、あの駄犬は)

心の中で舌打ちして、ひとまずその場を立ち去った。

【裏庭】

サトコ
「すみません!一度引き受けてしまったので、断れなくて···」
「本当です!他に理由なんてありませんから···!」

反応を見るために少し隙を作ってやると、サトコは慌てた様子で逃げ出した。
必死に謝りながら、校舎の方へと走っていく。

(···何があっても口を割らねぇつもりか)

加賀
···テメェは卒業する瞬間まで、俺の補佐官だろうが

どんな理由があろうとも、他の奴があいつを使うのは納得がいかない。
サトコが立ち去った後も、しばらくその場にとどまっていた。

【教官室】

教官室に戻ると、歩の姿はなかった。

(卒業アルバムの件が終わるまで、顔を合わさねぇつもりか)
(どいつもこいつも、めんどくせぇ···)

石神
虫の居所が悪そうだな

椅子に座ると、石神の声が聞こえた。

(ただでさえムカついてるってのに、よりにもよってテメェか)

加賀
ほっとけ

石神
そのつもりだ

加賀
だったら話しかけてくるんじゃねぇ

石神
お前は世間話もできないのか

加賀
テメェのは、ただのイチャモンだろうが

石神
刑事という立場でありながら、チンピラのような態度のお前には言われたくない

加賀
黙れ、クソ眼鏡サイボーグが

石神
小学生か

後藤
ごふっ

振り返ると、後藤が飲みかけのコーヒーを吹き出している。

後藤
······

加賀
···おい

後藤
···なんでもないです

石神
なんでもないことないだろう

後藤
いえ···本当に

コーヒーを片付けながら、後藤がちらりと、俺と石神を見比べる。

後藤
···小学生···

加賀
あ?

後藤
いえ···

言葉少なに、後藤は口元を押さえながら教官室を出て行った。

数日後、教官室に入ってきた歩が、ニヤニヤしながら俺を振り返った。

東雲
今日で、卒アル作業は終わりです

加賀
チッ···結局、人の駒勝手に使いやがって

東雲
すみません。でもさすが兵吾さんの補佐官ですね
他の子に頼むよりは早く終わりましたよ

加賀
知ったこっちゃねぇ

東雲
今日の放課後、教場で最終チェックします

まるで捜査の報告をするかのように、歩が続ける。

東雲
最後の講義が終わったあとすぐ始めますから
たぶん5時くらいには終わると思うんですけど

加賀
別にどうでもいい
だが、次はテメェの補佐官でやれ

東雲
そうですね。 “以後” はないですけど、以後気をつけます

加賀
···テメェも、大概だな

俺のため息を聞いて満面の笑みを浮かべると、歩は自分のデスクに戻っていった。

(···あの細かい報告)
(ったく···面倒なガキだ)

歩の思惑に気付き、内心舌打ちする。
ガキの遊びに付き合うのは面倒だが、今回ばかりはそれもやむなし、というところのようだった。

【教場】

歩に報告を受けた時間を見計らって、教場へと足を運ぶ。
そこには、ぐったりと机に突っ伏したサトコがいた。

サトコ
「やっと終わった···これで明日から、加賀教官の仕事に戻れる···」

東雲
ああ、キミ、あの人の補佐官だっけ

白々しいやりとりを聞きながら、教場に入る。
歩は俺に気付いたが、サトコは振り返る気配もなかった。

(俺をここに呼び出したからには、なんかあんだろ)
(仕方ねぇ···乗ってやるよ)

目配せすると、ピーチネクターを飲みながら歩が肩をすくめた。

東雲
だから、言っておいたから。感謝してよね

サトコ
「言っておいた···?なんのことですか?」

東雲
キミが産婦人科を受診したこと

加賀
······

(···なるほど)

それを聞いて、ようやくすべて理解できた。
なぜサトコが歩の手伝いをさせられていたのか、俺から逃げ回っていたのか。

(クズが···それならそうと早く言え)

正直、それを莉子だけならまだしも、歩が知ってたのは気に入らない。
だが話を聞く限り、どうやら偶然知ってしまったような雰囲気だ。

(···だったら、テメェの口から俺に言いに来い)
(テメェの身体のことを他の奴らが知ってて俺が知らねぇなんざ、納得いくか)

歩が俺を指さし、サトコが恐る恐る振り返る。
言いたいことは山ほどあったが、結局口をついて出たのは、歩への言葉だった。

加賀
クズは返してもらう

東雲
ええ、どうぞ

歩の含み笑いに、なおさら苛立ちが募る。
だが、ガキに構っている暇はない。

(今は、こいつを休ませるのが先だ)

【加賀マンション】

サトコの話を聞くと、どうやらそもそもの原因は俺の言動にあったらしい。

サトコ
「この前、私のおなかを揉んで···『柔らかい』って」
「好きな人にそう言われたらもう、おなかのお肉の存在を忘れることができなくなって」

加賀
······

(全然覚えてねぇな···)

だが、サトコがそう言うのだから事実なのだろう。
無意識とはいえ、傷つけたこと、体調を崩すような無茶なダイエットをさせたことは確かだ。

加賀
···悪かった

サトコ
「いえ···」
「···え!?」

加賀
覚えてねぇ、なんて言い訳はしねぇ
悪かったな···傷つけて

(そんなくだらねぇことで、って言っちまうのは簡単だが)
(俺の言葉のせいで、こいつなりに悩んだらしいからな···)

あからさまに驚いた様子を見せるサトコに、もうひとつ、言いたいことがあった。
さっき歩の口から『産婦人科』という単語を聞いて、ずっと考えていたことだ。

加賀
もし本当にガキができたとしたら、今回みたいに隠すんじゃねぇ
···テメェとは、いい加減な付き合いをしてるつもりはねぇからな

サトコ
「······!」

ハッとしたあと、サトコの目から涙があふれる。
苦笑して、指で拭ってやった。

加賀
泣くな

サトコ
「だって···嬉しくて」
「いきなりそんなこと言うの、反則ですよ···」

加賀
いきなりじゃねぇ
今までは、あえて言う必要もねェと思ってただけだ

(···変わったもんだな、俺も)
(仕事の邪魔になるような “大事な女” なんざ作るつもりはなかったのに)

家族が増えれば、きっと今以上に失いたくないものも出てくるだろう。
公安刑事として、それが足枷になる可能性は十分にあった。

(それでも···仕方ねぇ)
(このクズを、手放せねぇと思っちまったんだから)

俺が作ったたいして美味くもない飯を、喜んで食っているその姿。
それを隣に置いておきたいと思ったのは、他でもない自分自身だった。

飯を食わせ終わったあと、着替えさせてベッドに寝かせる。
一緒に横になり、無理をさせないように抱きしめた。

サトコ
「あ···触っちゃダメですよ、加賀さん」

加賀
あ?

サトコ
「特に、おなかは絶対ダメです」

加賀
······

(テメェの身体は、俺のもんだろうが)
(まあ···今日のところは勘弁してやるか)

そのかわり、触り心地のいい頬を両手で包み込む。
何度かキスを繰り返すうちに、サトコの表情がとろけ始めた。

サトコ
「ダメ···です···」

加賀
アホか。期待したツラしてんじゃねぇ

サトコ
「期待、なんて···」

(···いつから、そんな顔するようになった)
(色気のねぇガキだったくせに、今は···)

俺にだけ見せるその表情は、紛れもない、“女” だ。
そして、そんな顔をするようにしたのは自分だということも、わかっている。

(···テメェは、これからもっと変わるんだろうな)
(いや···俺も、か)

サトコが眠りにつくまで、キスを浴びせる。
普段よりも少し体温が高いサトコを抱きしめて、眠りについた。

Happy End

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