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勘違いBABY 東雲カレ目線

うちの彼女は、特別美人でも可愛いわけでもない。
本来のビジュアルは65···
おまけして70点···
なのに、テストや訓練が続くと50点前後まで下がる。
なぜなら、勉強疲れで最低限のケアすら怠るからだ。

(あり得ない。女子力低すぎ)
(スキンケアもヘアケアも基本中の基本なのに)

そのくせ、たまに妙にキラキラして見えることがある。

【寮監室】

例えば、こんなときに···

瑞貴
「『補佐官』ということは、ここの訓練生なんですか?」

サトコ
「は、ははは、はい!」

(···なにこれ。キラキラしすぎ)
(いくら元ファンだからって、こんなの···)

瑞貴
「···ふふ、目が真ん丸」
「うちのキャサリンみたい」

黒澤
ああ、かわいいですよねー、キャサリンさん

とたんに、彼女の顔がパァッと熱を帯びた。
たぶん「自分=可愛い」と勘違いしているせいだ。

(違うから。可愛いのは「キャサリン」だから)
(そもそも「キャサリン」って、藤咲巡査部長が飼ってるリスの名前だし)

なのに、彼女のキラキラオーラは増してゆく。
おめでたいことこの上ない。
オレは、ちらりと壁時計を確認した。

東雲
氷川さん、そろそろ行かないと
飲み会に送れるんじゃないかな?

(それに仕事の話ができないんだけど。キミがいると)
(藤咲巡査部長が持ってきた案件の話を)

サトコ
「じゃあ、私、行きますけど···」
「帰りに『幻のピーチネクター』···」

東雲
いいよ、もう買ってきたから
それより、ほら。急いで

そう、彼女を急がせるのは「仕事のため」だ。
決して無駄なキラキラオーラのせいじゃない。

東雲
それじゃ、気を付けて

彼女を宿直室から追い出すと、オレはふたりに向き直った。

東雲
···では、仕事の話をしましょうか
この『成人向けDVD』に出演している男優について調べてほしいと···

黒澤
えー、その前にサトコさんの話をしましょうよ

(······は?)

瑞貴
「サトコさん、というのは···」

黒澤
さっきの、歩さんの補佐官です
すごいんですよー。公安学校に首席で入学した優秀な訓練生で···

(違うし。ウラグチだし)
(ていうか今話すことじゃないじゃん、そんなの)
(それも藤咲巡査部長の前で···)

いや、どうでもいいんだけど!藤咲巡査部長のことは!

黒澤
そうそう、サトコさんといえばやっぱり···

東雲
透。ちょっと来て

黒澤
はい?なにか···

東雲
いいから。こっちに来い

黒澤
えっ···ちょ···
あ···そこはダメ···歩さん···っ
あああああ······っ

瑞貴
「······?」

かくして透がおとなしくなったことで、仕事の打ち合わせは順調に進み···

瑞貴
「それでは、あとはよろしくお願いします」

東雲
任せてください。では

(······さて、と)

東雲
透、手分けしてDVDの閲覧···

黒澤
すぅ···すぅ···

(···なにこれ。なんで寝てんの、こいつ)
(しかも、ちゃっかり宿直室のベッドに潜り込んで···)

東雲
起きろ、透

黒澤
う······ん······

東雲
後藤さん呼ぶよ!それか石神さんでも···

黒澤
Nシステム···環七···方面···

掛け布団を剥ごうとした手が止まった。
そういえば、透は今朝まで仕事をしていたのだ。

(······まぁ、いいけど。5分くらいなら)

時刻を確認しようとして、23時を過ぎていることに気が付いた。
もしかしたら、あの子の飲み会ももう終わっているかもしれない。

【廊下】

静かにドアを閉めて、スマホを手に取った。
コール数回で、弾むような声が耳に届いた。

サトコ
『おつかれさまです!』

東雲
おつかれ
今は······外?

サトコ
『はい、飲み会の帰りです』
『あと10分くらいで寮に着きます』

東雲
あっそう。じゃあ···

迎えに行く、と言おうとしたら「待ってください」と止められた。

サトコ
『もうちょっと付き合ってください』

(「付き合う」?何に?)

サトコ
『だって、今日はちょっとしか話をしてないじゃないですか』
『せっかく、飲み替えの前に宿直室まで会いに行ったのに』

(なるほど···「電話に付き合え」ね)

おそらく、オレがこのまま通話を切ると思ったのだろう。
相変わらず早とちりなことこの上ない。

(それに『今日はちょっとしか話をしてない』って···)
(キミのせいじゃん。ハッキリ言って)

数時間前の光景が、脳裏によみがえる。
憧れの元アイドルを前に、キラキラ全開だった彼女。

東雲
あのときは···

(オレたちが、あまり会話できなかったのは···)

東雲
キミが、大好きな藤咲巡査部長に夢中だったからで···

けれども、言い終わる前に受話口からクラクションが聞こえてきた。
こっちにまで届いたくらいだから、おそらくかなりの音量だ。

サトコ
『すみません、教官!今なんて···』

東雲
···っ、だから······

(二度も言えるか、あんなこと)

折しも雨が降ってきて、何とか話題は切り替わった。
やけに頬が熱いのは、絶対、間違いなく、ただの気のせいだ。

さて、翌朝。
昨日の雨がウソのように、外は快晴···

【個別教官室】

なのに、うちの補佐官ときたら···

東雲
ねぇ、資料

サトコ
「······」

東雲
氷川さん、資料

サトコ
「···っ、はい、どうぞ!」

(···なに、今の)
(どんよりしすぎ)

【モニタールーム】

さらに、放課後になると···

後藤
···歩、この人物についてどう思う?

東雲
そうですね···挙動不審といえばそんな気も···

サトコ
「はぁぁ···」

東雲・後藤
「??」

サトコ
「はぁぁ···ありえない······」

後藤
なにがあり得ないんだ、氷川

サトコ
「···っ、なんでもありません!」

後藤
だが···

サトコ
「本当です!本当になんでもないんです!」

(嘘ばっかり)
(絶対なにかあったくせに)

候補1・講義中に成田さんに怒られた。
候補2・朝の訓練で兵吾さんに連続舌打ち。

(それ以外だと···)

東雲
······

(そういえば、昨日コンビニまで迎えに行ったとき···)

東雲
お待たせ

サトコ
「!!!」

東雲
···なに驚いてんの

サトコ
「い、いいいえ、なにも···」

(あのあと、いろいろあって追求しそびれたけど···)

(···あやしい)
(もしかして昨日の飲み会が原因?)

【寮 自室】

というわけで、その日の夜···

東雲
退いて

サトコ
「ちょ···教官···っ」

彼女の部屋に踏み込んで、ぐるりと全体を見回してみる。
と、見覚えのある紙袋が目に入った。

(これ···たしか、昨日の帰り道に持ってた···)

そうだ···彼女はこの紙袋を覗いていたのだ。
オレが背後から声をかけた時に。

(とりあえず、カマかけてみるか)

東雲
へぇ、なるほど
これ、昨日の帰りも持ってたよね
中身は······

わざと、ゆっくり袋を覗こうとする。
案の定、彼女は焦った様子でオレに飛びついてきた。

サトコ
「違っ···それ、私のじゃなくて···」

(ハイ、原因確定)

サトコ
「いえ、私のは私のなんですけど···」
「昨日会った同期に『お土産』って押し付けられたもので···」

(ハイハイ···で、中身は······)

東雲
······

さすがに、言葉を失った。
昨日といい今日といい、オレはこのテのDVDに縁があるのか?
いや、そういう問題じゃなくて···

東雲
『お土産』って相手が喜ぶものを送るよね、ふつう
ということは···

サトコ
「誤解です!喜んでません!」
「女性向けセクシーDVD3点セットなんて、そんなもの···」

(···なるほどね)

どうやら、彼女にとってはありがた迷惑な土産だったらしい。

(実勢、未開封だし、まぁ···)
(···うん?)

ふと、パッケージに記載されているセクシー男優の名前が目に留まった。

(これって···たしか···)
(例の男優と「同一人物」の可能性があったはず···)

東雲
·········ふーん

(引き良すぎ···すごい偶然···)
(他のDVDは···)

東雲
ふーん···ふーーん······

サトコ
「あ、あの···教官···」

東雲
···なるほど
なかなかバリエーションに富んでるね

内容を確認するふりをしながら、残り2本の男優をチェックする。
さらに、ネット評価を検索するフリをして制作会社を確認した。

(へぇ···レーベルは違うけど、親会社は同じっぽい···)
(ていうか、関連会社に監視対象企業が入ってるじゃん)

さて、このDVD···どうするべきか。
こちらとしては、資料としてこのまま預からせてほしい。
彼女も、観るつもりはないみたいだし。

(けど、まぁ···)
(いいよね。ちょっとくらい意地悪しても)

その結果、いろいろあって···
オレは、仕事をひとつ彼女に押し付けることに成功した。
鬱々としそうな案件だったから、まさに「渡りに船」といったところだ。
······え、キス?
それは、まぁ···それなりに······
彼女流に言うなら「1週間と5日ぶり」にチャージできたわけだし···
「90点の彼女」を堪能できたわけだし?
そんなの、本人には絶対に伝えてやらないけど。

【東雲マンション】

で、週末。
久しぶりに、彼女がうちに泊まりに来た。
食事を終え、シャワーも済ませた午後10時。

東雲
ねぇ、さっき使ったバスタオル···

サトコ
「ぐぅ···ぐぅ···」

(···寝てる。いつの間に)

正直、この状況はわからなくはない。
昨日は課外研修だったので、戻りが遅かったはずなのだ。

(でも、さすがにどうなの···この格好は)

ソファによりかかって、口を半開きにして···
例えるなら、ひっくり返ってるカエルだ。

(ほんと、ヤバすぎ)
(透の寝姿の方が、まだマシなんだけど)

でも、もっとヤバいのは···
無防備すぎる彼女に、ちょっとムラッと来てるオレのほうで···

(あり得ない···ほんとバカ···)
(こんな女子力低い相手に、なんでまた···)

ソファの背もたれに手をついて、窺うように顔を近づけてみる。
その際、気配を殺してしまうのは、職業柄やむを得ない···
というのは、もちろん言い訳で、本当は多分に後ろめたさがあるせいだ。

(ていうか、このシチュエーション···)
(最近、どこかで見たような···)

東雲
······

(わかった···アレだ···)
(例の成人向けDVD···)

捜査対象になったセクシー男優は、主に「女性向け」の作品に出演していた。
そのため、オレも資料として何本か映像を確認したけど···

(ウザすぎ。恥ずかしすぎ。夢見すぎ)
(そもそも長すぎるし。本番まで)

とある作品では、30分中20分はソファでただベタベタしていた。
兵吾さんが観たら、絶対「前振り長ぇっ」ってブチ切れるはずだ。
ただ、うちの彼女は···

(案外好きそうなんだけど。ああいうの)
(すぐに抱きつこうとするし、スキンシップ好きだし)
(何より甘やかされるの、絶対好きそうだし···)

そう···女性向けDVDは、とにかく女性を甘やかすシーンが多いのだ。
オレからすれば、ありえないくらいに。

(できるわけないし。あんなこと)
(せいぜい眠っているときくらいしか···)

彼女の頬にかかっていた髪の毛を、指ですくい上げる。
ギシ···とソファが音を立てて軋んだ。

(こういうシチュエーションのとき···どうしてたっけ)
(たしか、頬以外にキスをして···それから優しく···)

サトコ
「ふふ···ふ···」

(······え?)

サトコ
「瑞···貴ぃ······」

(ふーーーーーん)

東雲
起きろ、ミーハー

目の前の鼻を、思いっきりつまんでやる。
彼女は、「ぶはっ」と息を吐き出して目を覚ました。

サトコ
「な···なに···」
「え···教官······?」

東雲
悪かったね。藤咲巡査部長じゃなくて

サトコ
「藤咲···」
「!!」
「そうですよ!もうちょっとでファンサもらえるところだったのに」

東雲
ふぁんさ?

サトコ
「ファンサービス!『お手振り』とかそういうのです!」
「藤咲瑞貴のコンサート、せっかく最前列だったのに···」

東雲
···ウザ

(そもそも夢の話じゃん、それ···)

東雲
だったら寝れば。もう一回
オレは寝室に行くから···

サトコ
「ダメです!」

立ち上がりかけたところを、勢いよくタックルされた。

東雲
なに、今度は···

サトコ
「ファンサしてください」

東雲
は?

サトコ
「藤咲巡査部長からのサービスを奪ったんですから」
「代わりに、教官がファンサしてください」

(いや、オレ、アイドルじゃないし)
(そもそも、なんでオレが代わりに···)

サトコ
「頭ポンポンだけでいいです」
「ちょっとだけ···甘やかしてくれたら···」

東雲
······

ようやく思い至った。
たしか、このシチュエーションも例の資料DVDのなかにあったはずだ。

(仕事に疲れたOLが、同僚の男に甘える話)
(男はここで頭を撫でて···その後のセリフが···)

東雲
『それだけでいいのかい』?

サトコ
「!」

東雲
『なんなら、もっと甘やかしてあげてもいいけど』···

サトコ
「!!」

彼女の頬が、みるみるうちに赤く染まってゆく。
たぶん、オレが「元ネタ」を知っているとは思っていなかったのだろう。

(甘すぎ。目を通したに決まってるじゃん)
(ターゲットが出ているって確定した分については)

ちなみに、元ネタの作品では、このあと「本番」が始まる。
成人向けだから、「甘やかす」とはそういう意味なのだろう。

(さて、どうする?)

もう少しからかうか。
それとも、このくらいでやめて、ご要望どおり頭を撫でて···

サトコ
「卒業後···」

東雲
えっ

サトコ
「卒業後···甘やかしてください···」
「楽しみに···待ってますから······」

東雲
······
···っ

(なにそれ···)
(なんなの、ビジュアル平均70点のくせに!)

たまに「採点不可能」に見えてしまう―――
そんな彼女に、今日もオレは心を揺さぶられているのだ。

Happy End

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コメント

  1. かんな より:

    相馬さんの本編とかお願いしたいです!

    • sato より:

      かんなさん
      コメありがとうございます(^^)/
      颯馬さんの本編ですね!
      頑張って公開しますので、気長に待っててください(笑)

      サトコ