カテゴリー

エピソード0 石神3話



【道場】

ルームメイト――などと呼べる存在ではない。
同じ部屋を使う男の名は、加賀兵吾。

(人物への耐性はできていたはずだったが···)

上官
「次、石神秀樹、加賀兵吾!」

石神
はい

加賀
···はい

訓練の一環として行われる組手の稽古。
同様のの訓練は、これまでに何度も受けていて決して不得手ではなかった。
しかし――

加賀
······

石神
······

(···隙がない)

対峙しながらも、付け入る隙を見つけられずに視線だけが交わり続ける。

(どうする?こちらから仕掛けるか?)
(だが、一か八かを試すような方法は、本来の俺のやり方では···)

間合いを取り続けるだけの時間が続く。
緊張が増せば増すほど、時折眼鏡の外にある視界の差が気になってきた。

(外しておけばよかったか?いや、さすがにそれでは···)

加賀から自身の視界に注意が逸れた時だった。

加賀
···甘ぇな

石神

空気が動いたと思った瞬間には、襟元が引き寄せられていた。

石神
···っ

軸足で留まろと思ったが、それが敵う力の強さではない。
腹に力を入れた時には天井が見え、上から加賀が覆いかぶさっていた。

上官
「止め!勝者、加賀!」

石神
···ありがとうございました

加賀
口の割に大したことねぇな

石神
······

(野生の勘だけは発達しているようだな)

そう考え、それが負け惜しみだと気付き自分を恥じる。
組手のあとは、そのまま並んで待機することになっていて、隣に加賀が腰を下ろしてきた。

加賀
······

石神
······

上官の手前、部屋にいるときほどではないが崩れた佇まい。
注意が口をつこうとして、意味のないことだと止める。

(こんな男でも、先日の筆記試験結果も上位に入っていた)
(素行以外は成績優秀と言えるのかもしれないが···)

警察官としての素養を問うような面までフォローできているのかと言われれば、
どうかという気もする。

(特に特筆すべき能力が、この男にあるのか···)
(いや、そもそも、なぜこんな男が警察官を志した?)

石神
···この職を志望した理由は何だ

加賀
人にモノを聞くときはテメェから話せ

石神
俺は···
······

警察官を志望したのには、それなりの理由がある。
だが、それはここで語るような内容でもなかった。

石神
この国や、人々の暮らしを守りたいと思ったからだ

(定型過ぎる答えだな)

加賀
へぇ、ご立派なこって

石神
······

小さく鼻で笑ってくる加賀を見れば、こちらが本音で答えていないことは見透かされていた。
となれば、さらに話を聞くことも憚られる。

(一筋縄ではいかない男であることは間違いないようだ)

同時に甘く見ることもできない――それだけはわかっていた。


【車内】

数日後、現場実習が開始し、課題は現在起きている事件を解決すること。

加賀
チッ、テメェと組まされるとはな

石神
安心しろ。同感だ

(同室でバディを組まされることになるとは···)

加賀
俺がひとりで解決する。クソ眼鏡は本でも読んでろ

石神
お前の方こそ、女のところにでも行ったらどうだ?そのほうが早く解決できそうだ

加賀
······

石神
···時間の無駄だ。さっさと捜査方針を立てるぞ

どちらかが指揮を執ったほうが効率的なのは、わかっている。

(それでも···)

加賀が指揮権を譲るとは思えない。
ならば、ここで1歩退くべきなのは自分の方だと理解しながらも。

(この男のことだ。綿密な計画を立てることもなく、思いつきで捜査を進めるんだろう)

それを考えれば、退くこともできない。

石神
今回は地下アイドルのストーカー事件だったな

加賀
ネットの書き込みから、ある程度特定されてんだろ

石神
まだ特定にまでは至っていないという話だ
だが、今日のライブに参加することは、ほぼ間違いない
犯人は不特定多数が参加できる掲示板で、ファンクラブ限定のイベントにも言及している

資料として持ってきたファンクラブの名簿を加賀に渡すと、ヤツは目も通さずに放った。

石神
必要な捜査資料だ

加賀
こんなもん、いちいち目を通してられっか
後ろ暗いところがある奴は、一目でわかる
現場を見た方が早ぇ

石神
根拠のない捜査に賛成はできない

加賀
なら、テメェはそこで紙を見てろ

石神
おい···

何の捜査の打ち合わせもないまま、加賀は車を出ていく。

(同じ事件を担当するのに、全く意思疎通ができないまま始める奴があるか)

加賀の勝手すぎる行動に内心舌打ちを仕掛け、これでは奴と同じだと頭を冷やす。

(ペースを乱されてどうする)
(加賀のやり方に賛同できないなら、自分のやり方で進めるだけだ)

ライブが行われる会場の前で張り込みを始めた加賀を横目に、俺は名簿をチェックしていく。

(掲示板の情報と直近のライブ参加数を考えれば、ある程度容疑者を絞れる)
(あとは会場のファンクラブ席の写真から···)

情報と人物を照会し、頭に叩き込んでいく。
すると――


「いて!いてて!何すんだよ!」

加賀
黙れ

車の窓から外を見れば、加賀がひとりの若い男を拘束しているのが見えた。

(あいつ···)

何を根拠に、あの男を拘束したのかと車を飛び出す。



【ライブ会場前】

石神
加賀!

若い男
「何なんだよ、あんたら!」

加賀
ここで活動してるアイドルからストーカー被害の報告が上がってる
テメェ、何か知ってんだろ


「な、なんの話だよ!俺は普通にライブに来ただけで···」

石神
この男を捕まえた理由は?

男を拘束する加賀の腕に手をかけ問うと、奴は視線だけを送ってくる。

加賀
勘に決まってんだろ

石神
何···?

加賀
思いつめたような虚ろな目でライブに来る奴は、早々いねぇ
ストーカー事件の犯人はコイツだ

石神
つまり···証拠はないということだな?

加賀
これから吐かせりゃ問題ねぇ

若い男
「証拠もないのに捕まえるとか、許されんのかよ!職権乱用!暴力警官!」
「ネットで拡散してやるからな!」

石神
···離せ、加賀

加賀
ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ

石神
現行犯ではなく、かつ証拠もないのにどうやって取調室まで連れ込むつもりだ

どれだけ加賀の勘が鋭く、たとえ目の前の男が犯人だったとしても。

(証拠がなければ、拘束はできない)

石神
加賀

加賀
···チッ

これだけは退けないと強く呼ぶと、加賀の手が離された。

石神
失礼しました

若い男
「···っ」

若い男は掴まれていた腕を軽く払ったあと、会場へと走っていく。

加賀
頭でっかちの正義感野郎

石神
···どういう意味だ

加賀
そのままの意味だ。テメェのケツはテメェで拭けよ

加賀の言葉の意味を理解するのは、それからすぐ後のこと――


「握手会で男が暴れてるぞ!」

ライブ終了間近。
会場からの声の駆けつけた先で刃物を振り回していたのは――先ほど、加賀が拘束しかけた男だった。

to be continued



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする