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エピソード0 石神5話



【応接室】

警察大学校での現場実習では解決したとされていたアイドルストーカー事件。
複数犯の可能性を考え、非番中に向かった先で事件は起きた。
駆けつけた加賀と共に、事件は解決したが···

上官
「研修中の警察官が上への報告なく単独で動くとは何事だ!」
「駆け出しの警察官ならともかく、お前たちは模範となり···」

石神
······

加賀
······

戻るなり、延々と続く上官の説教を聞き流す。

(立場をわきまえずに単独行動をしたのは事実)
(だが、思いつきや衝動的なものではない)
(置かれた状況と考えた上で、警察官として取るべき行動を取っただけだ)

研修という枠であったからこそ、動けたということを上官は理解していないだろう。

上官
「···それでも、お前たちには上から大きな期待がかかっている」
「始末書を出せ。それで今回は不問にする」

石神
はい

加賀
···はい

説教をロクに聞いていないのは、加賀も同じ。

(こいつがどんな始末書を書くのか···見ものだな)

【寮】

加賀
······

石神
······

今夜は加賀がめずらしく寮の部屋にいる。
理由は言うまでもない――始末書を片付ける必要があるからだ。

(無難に、こんなところか)

いい意味でも悪い意味でも問題のない始末書の書き方は、すぐに身についた。
ペンを置いて横に視線を送ると、真っ白な始末書と眉間にしわを寄せた加賀の横顔が目に入る。

石神
やる気がないのか?

加賀
始末書なんて自分で書くもんじゃねぇ

石神
正しい情報を残すためにも必要なものだ
···そもそも、お前はなぜ、あの場に来た?

加賀が事件現場に来た理由は、まだ聞いていない。

加賀
···アイドルの女だ

石神
···まさか、ファンになったとでも?

加賀
あ゛ぁ!?

眉をひとめながら問うと、奴は反論するように身体ごとこちらに向けてきた。

加賀
あんなガキ、誰が相手にするか

石神
ならば、どういう意味だ

加賀
あの事件のあとも、同じようなイベントを続けてるっつーから、様子を見に行った
危機管理能力がねぇのか、学習しねぇバカなのか···
それなりの自衛手段はとるようになったのか

石神
······

(つまり···事件後の被害者のケアをしようとしていたわけか?)

ストレートな物言いではないが、要はそういうことだ。

(自分のことしか考えていない)
(事件も手柄のひとつくらいにしか考えていないかと思っていたが···)

加賀が被害者のその後まで考えていたのは、大きな驚きだった。

加賀
テメェこそ、何であそこにいた

石神
捜査資料から単独犯では納得できない部分がいくつかあった
複数犯であれば、ひとりが逮捕され、警察の手が緩んでいる今を狙うと考えたまでだ

加賀
···あの男から吐かせるより、テメェの方が早かったってことか

石神
人間相手のことは、こちらの思い通りに進まないこともある
だが資料は正確であれば、裏切ることはない

加賀とめずらしく視線が交わる。

(とはいえ···どういう流れであれ、俺たちは同じ場所に帰着した)
(加賀とは考え方も捜査方針も全く違う。だが···)

巡り巡って、結局ひとつの場所で顔を合わせるのでは――そんな確信めいた予感があった。

石神
···お前のような男は生涯相容れることはない

加賀
頭でっかちのクソ眼鏡と相容れて堪るか

石神
だが『事件は起こってからでは遅い』···その言葉だけは真実だな

加賀
······

(今回、犯人グループを捕えられたのは、最初の事件を未然に防げたからだ)
(あの場で被害者に危害が加えられていれば···)

事態はより悪い方向へ進んでいたのは間違いない。

加賀
···プロファイリング

石神

加賀
捜査資料がどうのとか小難しいこと言ってんじゃねぇ
テメェがやってんのは、要はプロファイリングだろ
···無駄に長く考えるだけあって、正確さはあったみてぇだな

石神
······

なぜか舌打ちをしながら告げる加賀の話の内容が、すぐに頭に入ってこなかった。

(俺のやり方を少しは認めたということか···)

互いに妙な居心地の悪さを覚え、眉間のシワだけが深くなっていく。

加賀
始末書、書いとけ

こちらに始末書の書類を投げると、そのままベッドに寝転がる。

石神
断る

加賀
連帯責任とらされんぞ

石神
そんな脅し通用すると思うのか
今の会話をそのまま上に報告するまでだ

加賀
チクリ野郎が

石神
宿題ができない子どもと同じレベルだな

わずかに交わったかと思えば、また反発して離れていく。
磁石のS極とN極のような距離が···俺と加賀の関係だった。


【街】

加賀
犯人は、あの男だ。引っ張るぞ

石神
またお前の “勘” か?いい加減にしろ。証拠がない状況で、どうやって連れて行く

加賀
やましい野郎は叩けば埃が出るんだよ。テメェはそこで指をくわえて見てろ

石神
待て、加賀···!

何度繰り返したか分からない、加賀とのやり取り。

(これも研修が終わるまでのことだが···)

研修が終わり、それぞれの現場に戻った時。

(また加賀と道が交わるようなことがあれば···)

その時はどうなるのか――今、想像することはできなかった。



【教官室】

(あの時の答えが、これから示されるのか)

加賀
······

石神
······

タバコの煙に軽く咳払いすると、視線を上げた加賀がこちらを向いた。

加賀
ふっ

何を思っているのか、ニヤリと口角を上げる様はあの頃と変わらない。

(警察大学校での研修後、加賀派刑事部で数年経験を積んだあと、公安に引っ張られてきたが)
(所属が違うこともあり、こうして顔を合わせるのは何年振りか···)

加賀
久しぶりだな、クソ眼鏡

石神
ここで貴様と会うことになるとはな

加賀の胸元にあるのは、同じ記念品の万年筆。
何もかも違うというのに、こういうところだけは同じというのも、変わっていないらしい。

(以前とは違い、俺たちが訓練生を育てる立場···)
(お前はどんな指導をする?加賀)

指導者には向かない···そう思う一方で。
この男が残す結果を誰より見たいと思っているのは―――俺かもしれなかった。

to be continued



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