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エピソード0 加賀1話

無線から、雑音が混じった声が途切れ途切れに聞こえる。

浜口鉄郎
『違う···違ったんだ、加賀!』

加賀
おい、浜口

浜口哲郎
『真犯人は、奴らじゃない!本当は···』

【加賀家】

俺が、親父の後を継がずに警察官を目指した理由。
それは、親父への不信感からだった。

美優紀
「兵吾···本当に家を出るのね」

加賀
ああ。そのうち連絡する

美優紀
「毎日しなさいよ。あんた一人じゃ心配だわ」
「···それに奨学金、足りなかったら言いなさいよ。少しくらいなら···」

加賀
今さらガキ扱いすんなよ
もう誰からも援助は受けねぇって決めたんだ
テメェの世話ぐらいなんとかする

美優紀
「生意気言っちゃって···」
「···まぁ、もう兵吾も大学生だもんね」
「バイトばっかりしないでちゃんと学校行くのよ。寝坊しないように」

加賀
うるせぇ···
じゃあな

正義感の強い姉は、家の中で唯一の味方だった。

(この先自分から連絡を取るのは、姉貴だけだろうな)

親とは縁を切るつもりで、家を出る。
そのくらい、この家にはいい思い出がなかった。

そろそろ、卒業後の進路を考えなければならない頃。
大学に提出するために必要な処理を取りに、実家に戻ってきた。

(姉貴のヤツ、電話に出やがらねぇ···)
(あいつが送ってくれりゃ、わざわざ帰ってくることもなかったんだが)

家を出て以来、実家に帰ってきたことはない。

(どうせ、親父はいねぇだろうが···)
(どっかに入り浸って、昔からめったに家には帰らねぇ奴だ)

食器が割れるようなけたたましい音が聞こえたのは、玄関のドアを開けた時だ。
ただならぬ雰囲気にリビングへ走ると、親父が姉貴に手を上げているところだった。

美優紀
「いい加減にしてよ!なんで私がお父さんの言いなりにならなきゃいけないのよ!」

加賀の父親
「子どもは親の言うことを黙って聞いてればいいんだ」
「お前は、私が決めた男と結婚する。それ以外の選択肢はない」

美優紀
「そんなの絶対に嫌···!」

加賀の父親
「この···!」

加賀
おい!

姉貴をつかんでいる親父の手を捻りあげ、感情のまま拳を振り下ろす。
姉貴は何度か殴られたのか、頬が腫れていた。

美優紀
「兵吾···!」

加賀
親らしいことは何ひとつしてこなかったくせに、子どもを利用するときだけ親父面か
さすが政治家様は違うな。あ?

加賀の父親
「兵吾···貴様、よくも」
「誰のおかげで、ここまで育ってこられたと思っている」

加賀
あんたに育ててもらった記憶はねぇが?ろくに家に居着かなかったくせに
 “経済面” では世話になったかもしれねぇが、そのうちまとめて突っ返してやるよ

加賀の父親
「···ふん、言うようになったな」
「ちょどいい。お前もよく聞け」
「お前はいずれ、私の後を継ぐ。自由でいられるのも大学生のうちだけだ」

加賀
その話はもう済んでるはずだ。俺は政治家にはならねぇ
あんたと同じ道なんざ、冗談じゃねぇ

加賀の父親
「···いずれ後悔するぞ」

加賀
上等だ

父親を殴ったのは、これが初めてだ。
だがこのとき、今まで心のどこかで考えていたことが形になった。

(俺は、刑事になる)
(···刑事になっていつか必ず、テメェの悪事を暴いてやるよ。クソ親父)

【警察大学校】

国家公務員一種にどうにか合格し、大学を卒業したあと。
親父の妨害を乗り越えて警察大学校へ入校した。
入校式のあと寮の説明をされたが、窮屈な雰囲気にうんざりしてすぐ外へ出る。
襟元を緩め木陰に寝転がると、考えてしまうのは今後のこと、クソ親のことだった。

(いくら警察官になったとしても、あいつを追い詰めるのは実際問題難しい···)
(裏で権力を持ってるあいつは、いろんな奴らに守られてるからな···)

政治の道ではなく警察官を選んだのは、父親へのあてつけの意味もあった。
だが同時に、ガキの頃から見てきた父親の悪事を暴きたいという思いも、本当だった。

???
「······」

目の前に、誰かが立った。
見覚えのある眼鏡に、さっきの入校式を思い出す。

(ああ···あのクソ真面目なあいさつした新入生代表か)
(確か···石神と言ったな)

眼鏡野郎は、何か言いたげに俺を見下ろしたまま立っている。
その態度が妙に苛立ち、舌打ちがこぼれた。

加賀
いつまでそこに立っていやがる

石神
ここで何をしている

態度同様、言葉も高圧的な印象だ。

(どいつもこいつも、ロクでもねぇな)

石神
ここは寝転がる場所ではない

加賀
クソ眼鏡が

イメージ通り、クソ真面目らしい。
面倒になり、その場を立ち去った。

(寮に戻るような気分でもねぇ···)
(···ちょっと出てくるか)

【寮 自室】

それからしばらく、寮には戻らなかった。
適当な女のところを転々としたあと、入学式から数日後、寮に戻った。

(そういや、相部屋だったな)

寝ても覚めても同じ空間に他人がいるなど、煩わしいことこの上ない。
とっくに消灯時間も過ぎていたので窓から部屋に戻ると、そこに見覚えのある男がいた。

石神
お前は···

加賀
テメェ···

石神
不法侵入か

加賀
何で、テメェがここに···

石神
ここは俺の部屋だ

(ってことは···こいつと同室ってことか)

加賀
チッ···最悪だな

押し問答の末部屋に入ると、とっととベッドに潜り込む。
根暗眼鏡は、後ろからネチネチと説教を垂れてきた。

石神
すでに門限は過ぎている
この部屋は、お前だけの部屋ではない
同じ部屋を使う以上、最低限の規則は守ってもらおうか

(ゴチャゴチャうるせぇな···)

昼間は研修、夜は女どもの慣れない部屋で寝不足が続いている。
仕方なく寮に帰ってきたのも、それが理由だった。

石神
お前が規則を守らないというのなら···

(守らねぇなら、なんだってんだ)
(優等生はいい子ちゃん同士、よろしくやってろ)

心の中で悪態をついているうちに、眠りについていた。

【道場】

その後、石神とはなぜかたびたび訓練で組まされるハメになった。

上官
「次、石神秀樹、加賀兵吾!」

石神
はい

加賀
······
···はい

予想はしていたが、こうも毎回眼鏡野郎と組まされるのはうんざりする。

加賀
···またテメェとか

石神
それはこちらの台詞だ

加賀
同室ってだけで組まされるこっちの身にもなりやがれ

石神
それもこちらの台詞だ

眼鏡を押し上げる仕草すら、鼻につく。
奴を倒してやったあと隣で待機していると、
何を思ったのか、石神が『警察官を志した理由』を尋ねてきた。

加賀
人にモノを聞くときはテメェから話せ

石神
俺は···

(···なんだ、そのツラ)
(テメェが何を抱えていようと、関係ねぇがな)

石神
···この国や、人々の暮らしを守りたいと思ったからだ

加賀
······

石神
そのためにも、国民の模範となり、国家の治安を守る警察官を目指す
それが、俺の目指す正義だ

加賀
···へぇ、ご立派なこって

石神
······

(ふっ···いかにも優等生なこと言いやがって)

奴の様子から、今話したことだけが全てではないことは推察できた。
それでもなぜか、石神の言葉はずっと頭の片隅に残り続けていた。

【寮 自室】

寮に戻り自室のベッドに横になっても、石神の言葉が頭から離れなかった。

(この国や人々の暮らしを守りたい、か)
(俺が、警察官になろうとした理由は···)

石神の言葉を聞いて、答えられなかったのが事実だ。
どのツラ下げて、『親父の悪事を暴くため』などと言えるだろう。

加賀
テメェのことしか考えられねぇとか···ガキかよ···

(結局は俺も、親父と同じなのか···)
(ただの、自尊心の塊だったとか···)
(血は争えねぇな)

加賀
···チッ

石神が部屋に入ってきた気配がしたので、寝返りを打ち、背を向ける。
最後には問題から逃げるように、考えるのやめた。

to be continued

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