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Season3 プロローグ2話



【電車】

(やっぱり、撮ってる···)
(どうする?ここで取り押さえることは、そう難しくはないけど)

サトコ
「······」

2年前の私なら、すぐにここで男の腕をつかんでいただろう。
小さなことだからと、犯罪を見逃す行為など到底理解できなかった。
けれど、今は―――

(ここで男を取り押さえて調書を取ってたら、配属式に遅れる)
(それに目立ったことをして、万が一にも誰かに顔をが割れるような事態は困る)
(今の私にとって、もっとも優先するべきなのは公安刑事としての対応···)

撮られているのが自分ということもあり、堪えようと心を落ち着けた時だった。

長身の男
「······」

(え···?)

私とスマホの間に割り込むように入ってきた背中。
一瞬、2年前の後藤教官の背中が、そこに重なった。

長身の男
「······」

男性が立ってくれたおかげで、私に向けられるカメラはもうない。

(これって偶然?それとも···)

気になるも声をかけるわけにはいかず、様子を見ていると···
事態を動かしたのは、スマホを持った男の方だった。
席を移動するのか、スマホ男が立ち上がると――

長身の男
「···さっきの、削除してくれますか?」


「!」

小声で言われた男がびくりと肩を揺らすのがわかった。

(やっぱり盗撮に気付いて助けてくれたんだ)

ちらりと男性の様子を窺うと、その目の強さが印象に残る。
威圧感とは違うけれど、有無を言わさないような独特の空気を持った人だった。

長身の男
「···どうする?」

サトコ
「え、あ···」

私の視線に気付いたのか、男性がこちらに顔を向けた。
『どうする?』が犯人への対応を問われているのだとわかり、小さく首を振る。

長身の男
「ふっ···」

了解の旨は微笑で返ってきた。
男性は男に動画を消させると、それ以上は何も言わずに逃げる背中を見送っている。

(一般の人でも、ここまでソツなくできる人もいるんだ)
(通勤時のトラブルに慣れてるのかな)

小さく頭を下げると、不意に男性が私に向き直った。

長身の男
「······」

(え?)

男性の手が伸びてきて、反射的に身構えるも···

長身の男性
「ここ、はねてるよ」

サトコ
「え···?」

指先が耳に触れたと思ったときには、サイドの髪を耳に掛けられていた。

長身の男
「うん、可愛い」

サトコ
「!?」

ふわっと微笑む男性は、少女漫画だったら絶対にバックに花が咲いていると思う。

(公安学校にはいなかったタイプ···)

別の車両に移動していく男性の背中を眺めていると···

車内アナウンス
「次は、霞が関、霞が関···」

サトコ
「!」

(降りないと!)
(でも、さっきの人にお礼を···!)

隣の車両行ってしまった男性の背中と、電車のドアを交互に見る。

(追いかけてたら、間に合わない···)
(ここからで、すみません!ありがとうございました!)

遠くなった背中に勢いよく一礼してから、地下鉄を降りた。

【大会議室】

向かった先は警察庁にある大会議室。
教官たちの遣いで警察庁は何度も訪れているけれど、自身の用事となると、また気分も違う。

(ここで行われるのは、公安学校の卒業生だけが集められて行われる配属式)
(どの班に配属されるんだろう)

出来るなら彼と同じ班に···そう願う気持ちを止められずにいると、背後から肩を叩かれた。

鳴子
「サトコ!」

サトコ
「鳴子!」

千葉
「久しぶり···ってほどではないか」

サトコ
「千葉さんも···緊張してたから、知った顔見るとホッとするよ」

千葉
「配属日だから制服で···ってことだったけれど、これもしばらく着納めだよな」

鳴子
「だよね~。もう結構人集まって来てるじゃない」

サトコ
「そうだけど、ほら···」

千葉
「ああ···この時点からもう、出世争いの敵って思ってるやつも多いから」

鳴子
「確かにね」

同期のライバル関係は訓練生の時とは比べものにならない。
卒業の時は肩を叩き合った人たちさえ、今日は気軽に声を掛けられない雰囲気だった。

千葉
「朝、石神教官に会った時、思わず “教官” って言いそうになって、焦ったよ」

サトコ
「そっか。もう学校じゃないから、これからは···」

千葉
「階級呼びだね」

(階級呼びってことは···石神教官は、石神警視···か)

庁内で会えば、教官たちも階級で呼ぶのだと思うと緊張感も増す。

鳴子
「配属先、どこになるのかな。どこに行っても厳しいのは変わらないと思うけど」

千葉
「いや、あながちそうとは言い切れないかも···」

鳴子
「それ、どういう意味?」

サトコ
「まだ知ってる教官たちの班がいいってことじゃない?」

千葉
「それも一理あるけど、そういう話じゃなくてさ」
「なんでも、公安課に史上最恐の部署が出来たとかって噂が···」

サトコ
「史上最恐って···」

鳴子
「石神教官や加賀教官より怖い人たちがいるの?それって、地獄?」

千葉
「おい、佐々木!」

鳴子の言葉を遮って、千葉さんが周囲に視線を巡らす。

千葉
「地獄の使者がいるかもしれないんだから、気を付けたほうがいいって」

声を潜める千葉さんに、私と鳴子は顔を見合わせた。

鳴子
「へぇ···」

サトコ
「千葉さんも言うようになったね」

千葉
「いや、今のは佐々木が言うから···」

自分で言って自分で口を押える千葉さんに、鳴子と小さく吹き出す。

(それにしても、史上最恐の部署って···どんな上官がいるの?)

石神教官や加賀教官よりも厳しい人を必死に考えていると···

警察官
「全員、整列!」

サトコ
「!」

ドアが開くと同時に号令がかかり、私たちは一斉に身を正して整列する。
次に姿を見せたには警備局局長で、会議室全体の空気が張り詰めるのがわかった。

警備局局長
「これより、公安学校卒業生の配属式を行う」

略式の配属式とはいえ、私たちは敬礼で応じる。
警備局局長直々に順に名前を呼ばれ、配属先が通達されていく。

(いよいよ···)

警備局局長
「次、氷川サトコ」

サトコ
「はい!」

(ずっと追いかけてきた背中)
(願わくば、彼と同じ班で···お願いします!難波室難波室難波室···)

警備局局長
「氷川サトコ、銀(しろがね)室配属」

(銀室···?)

サトコ
「はい···!」

同期A
「銀室って、例の···」

同期B
「ああ···」

聞き慣れない配属先に同期の中に、ざわめきが上がる。

(···まあ、そう都合よく話が進むわけないか)
(教官たちと一緒に働けないのは残念だけど)
(刑事の夢への第一歩を踏み出したことに違いはないんだから)
(頑張らないと!)

警備局局長
「以上!各自、配属先に速やかに向かうように」

全員
「はい!」

こうして配属式は早々の終わり、早速仕事に就くことになった。

【銀室】

サトコ
「失礼します」

緊張を覚えつつ公安課のドアを叩く。

捜査員たち
「······」

視線だけが向けられ、すぐに逸らされるのがわかった。

(う···まるで私の存在自体を無視するような···)

当然、女は私ひとり。
場違いだと思われているのは、注がれた冷たい視線から十分に伝わっている。

(ここで怖気づいて、どうするの!ここからが本番なんだから!)

ひそひそと交わされている会話に、押しつぶされそうな気持ちを奮い立たせた時だった。

to be continued

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