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星降る夜、君と知らないキスの味 2話



【空港】

難波
いや~、腰痛ぇな

サトコ
「大丈夫ですか?」

難波
まあ、なんとか···

飛行機を降りた室長は、しきりと腰をさすりながら歩いて行く。

(室長、機内でもずっと仕事してもんね)
(このベトナム行きも仕事なんだからしょうがないとは思うけど···)

私は、機内での室長とのやり取りを思い出していた。



【教官室】

サトコ
「外字担当案件?!?」

難波
しっ!

思わず声を上げた私の口元を室長が塞いだ。

難波
実は国内でレアメタルの取引をしていた宗教団体の幹部が
ベトナムで貿易会社を設立したっていう情報があってな
今回はその貿易会社の実態を調査、観察するのが目的だ

サトコ
「なるほど···」

(公安としては、怪しい宗教団体の動きには警戒する必要があるもんね)

サトコ
「それで、みなさんでベトナム行きの航空券を···」

教官たちが航空券を取り合っていた姿が思い出される。

石神
事情は分かった。そういうことなら、俺と行こう

加賀
テメェには荷が重いだろ。俺と行くよな、クズ

東雲
ちょっと待って。ここはオレが適任じゃないですか?

後藤
適任というなら俺でしょう。氷川とのコンビネーションは室長の折り紙つきです


【空港】

サトコ
「···ということは、みなさんで同じ事件を?」

難波
こんなことは珍しいが、ないことじゃない
たがいに手柄を競うのは、刑事のサガだ

(まさかそういう事情だったなんてね···)
(私はてっきり、みなさんどれだけベトナムに行きたいのかと思ってた···)
(私だって公安刑事の一人のはずなのに、我ながら観察力ないな···)

難波
おい、どうした?
ここは日本じゃないんだ。ボーっとしてると、はぐれて泣くことになるぞ

サトコ
「は、はい。ちょっと待ってくださいよー!」

慌てて室長を追いかける。
仕事ではあるけれど、海外に出た解放感からか、2人ともどことなくのんびりしていた。

サトコ
「とりあえず現地警察に顔を出す感じですか?」

難波
いや、出さねぇよ

サトコ
「え、いいんですか?挨拶とかしなくて」

室長は不意に立ち止まると、声を潜めた。

難波
外事案件だからな。すべては水面下で進める必要がある

サトコ
「それもそうですね」

難波
まずは現地の協力者に会うぞ

サトコ
「はい」

【ホテル】

サトコ
「な、何てステキな···!」

予約してあったのは、海辺に建てられたリゾート感満載のホテルだった。
室長はさっさとフロントに向かうと、
日本語が話せる人を見つけて手続きを始めていた。

難波
予約名は氷川サトコ
それから、同じ名前宛てに封筒が届いているはずなんだけど···

サトコ
「···封筒?」

(しかも、私宛?そんな予定、あったかな···)

フロントマン
「お待たせいたしました。こちらが部屋の鍵と、お預かりした封筒です」

難波
おお、サンキュ~

室長はフロントマンにチップを握らせ、その場で封筒を開いた。

難波
トイ・イェウ・エム···?

フロントマン
「!?」

室長の呟きに、フロントマンが驚いたような表情になった。

(···どうしたんだろう?)

難波
あんた、知ってんのか?この『トイ・イェウ・エム』って

フロントマン
「それは、英語で言うアイラブユーですね」

難波
え?

サトコ
「ええっ!?」

(アイラブユー?一体、誰から?)

思わず愕然とした表情で室長を見た。

難波
ち、違うぞ?これはあくまでも店の名前だ

サトコ
「店の名前···?」

フロントマン
「ああ、それならきっと、ここから1時間ほどのところにある居酒屋ですね」

(なんだ、そういうことか···)

難波
どうやって行けばいい?

フロントマン
「車しかないですね」

難波
車か···

サトコ
「あ、室長。ロビーの隅にレンタカーの受付がありますよ」

難波
おお、本当だ。了解、助かったわ

私たちはフロントマンにお礼を言うと、とりあえず荷物を部屋に置きに行った。

【部屋】

案内されたのは、海に浮かぶヴィラ。

サトコ
「すご~い!」

難波
本当に、すげぇな···

さすがの室長も物珍しげに室内を見回している。

サトコ
「目の前に広がる海!海に面したバスルーム!そしてキングサイズのベッド!」

大喜びで言ってしまってから、ハタと気付いた。

サトコ
「もしかして···ベッドはこれひとつですか?」

難波
まあ、そうだろうな

しかもベッドの上には、バラの花びらが散らされている。

(なんだか、ハネムーンの新婚さんみたい···)

急に恥ずかしくなって、顔が真っ赤になったのが分かった。

難波
キングサイズか~。これまた将来選ぶ参考になるな

サトコ
「え?そ、それって···」

難波
やっぱり···クイーンかキングにしような

サトコ
「え?」

難波
一緒に暮らす時の話しだよ

(こんな雰囲気のいいところでそんなこと言われたら、ますます···)

ほてりを増す顔を俯けながら、ようやくひと言。

サトコ
「セ、セクハラです···」

難波
おっと···ついこの間、庁内のセクハラ講習受けたばっかりだった···

室長は笑いながら鍵を手に取った。

難波
それじゃ、そろそろ行くか



【街】

ホテルのロビーで受付を済ませると、私たちはすぐ傍のレンタカー店に案内された。

難波
おお、いろいろ揃ってるな。どれにするか~

サトコ
「できるだけコンパクトな方が動きやすそうじゃないですか?」

難波
いやいや、それは都会の場合だな
郊外なんかに向かうときは、大きすぎるくらいの方が···

クルクルと駐車場内を見回していた室長の目が、一台の車にくぎ付けになった。

難波
これ···

サトコ
「ん?ジープ···ですか?」

(ジープって、小さい頃にはよく聞いた気がするけど、最近あんまり聞かないな)

難波
懐かしいな、このモデル!

室長は目をキラキラと輝かせて車の中を覗き込んでいる。

(なんだか子どもみたい···室長もこんな顔するんだ)

レンタカー店店員
「お客さま、お目が高いデスネ~。これ、ジープファンにはとても人気の車デスヨ」

難波
これね、子どもの頃大人になったらこれに乗りたいって初めて思った車ですよ

レンタカー店店員
「それはいい。これ、運命ネ」

難波
運命か···いや、そうかもしれねぇな
よし、これにしよう!
いいよな。サトコ

サトコ
「も、もちろん···」

(確かにごつくて室長が好きそうな車だけど···ちょっと古そうだなぁ···)

一抹の不安が過るが、室長は大喜びで国際免許を提示している。

(この短期間にちゃんと国際免許まで用意してきてるなんて···)

改めて室長の本気とこれが任務旅行であることを感じ、
リゾート気分で緩んだ気持ちを締め直す。

難波
そんな緊張した顔すんな

サトコ
「でも···」

難波
俺とお前は、表向きは旅行を楽しむ恋人同士って設定なんだ
仕事のことは胸の奥深くにしまっとけ

サトコ
「はい」

(仕事だけど、仕事っぽくしすぎない···調査対象に怪しまれない程度に、楽しもう!)


【コーヒー畑】

それからの3日間は、延々と続くコーヒー畑を抜けて『トイ・イェウ・エム』に通い続けた。

難波
なるほどなぁ···本当に『カフェイン好きにはたまらない!』
『ベトナム、コーヒー三昧4泊5日ペアの旅』なわけだ

サトコ
「でもこれだけコーヒー畑見てるのに、まだ一杯もコーヒー飲んでないですけどね」

難波
それもそうだな。アリバイ作りのために、そろそろ一杯くらい飲んどかねぇとな

バフン!

サトコ
「ん?」

難波
どうした?

サトコ
「いま、何か変な音しませんでしたか?」

難波
そうかぁ?

室長は何も聞こえなかったのか、くわえ煙草でのんびりと車を走らせている。

(なんだか怪しい音だったけど、大丈夫なのかな···?)
(なにしろ古そうな車だから、ちょっと心配···)

私の心配をよそに、今日も無事、ジープはホテルに到着した。

【ホテル】

難波
う~、痛え!

ボフッ

今日も室長は、部屋に入るなり腰をさすってベッドに倒れ込んだ。

サトコ
「大丈夫ですか?」

難波
今日もマッサージ···頼む

サトコ
「マッサージもいいですけど、私、今朝ホテルの売店で見つけましたよ!」

難波
ん?

サトコ
「じゃじゃ~ん!」

もったいぶって取り出したのは、ベトナム製の湿布薬だ。

難波
おお、湿布か?

サトコ
「はい。やはりこれが一番効くかと」

難波
さすがはサトコ。気が利くね~
さっそく頼むよ

サトコ
「それでは」

うつ伏せで横たわった室長のシャツをめくりあげ、
程よい筋肉が付いた腰にしっかりと湿布を貼り付ける。

(なんか懐かしいな。この感覚···)

サトコ
「どうですか?」

難波
いやぁ、効くね~
やっぱり湿布は旅のお供に欠かせねぇな

サトコ
「ですね」

難波
······

微笑ながらふと見ると、室長はもう軽い寝息を立てて眠ってしまっていた。

(疲れてるんだな。それに、湿布のお蔭で痛みを感じずに寝れてるのかも···)

このところ、室長はいつもすぐに寝てしまう。
少し寂しくはあるけれど······

サトコ
「んん···」

(ちょっと、苦しい···)

朝になると、いつもガッチリと抱きしめられている。

(これがあるから、夜が早くてもいいやって思っちゃう。とはいえ···抜け出せない···)

室長と密着してるのは嬉しいが、室長が起きてくる前に身づくろいしておきたいのも女心。
必死に抜け出そうともがいていると、室長が突然口を開いた。

難波
サトコ···

サトコ
「?···は、はい?」

難波
これも···はむなむにゃむ···

サトコ
「ん!?」

(もしかして寝言?)
(なに言ってるのか全然わからないけど···なんか、かわいい!)

思わず微笑んで、すぐ目の前にある室長の顔をじっと眺めた。
少し無精ひげの伸びた頬。
まばらに額にかかる髪。
寝ている時の無防備な顔は仕事の時の緊張感あふれる表情とは全く違って、
いくら見てても飽きない。

(なんかいいな···こういうのんびりとした時間···)

難波
サトコ、起きろ!

サトコ
「!?」

室長の声に、慌てて飛び起きた。
どうやら室長の顔を眺めているうちに、再び寝てしまったようだ。

難波
出かけるぞ

サトコ
「は、はい!いつものところですね」

難波
いや、今日は違う

サトコ
「え···」

ついに事態が動き出した気配に、体中を緊張が駆け抜けた。

to be continued



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