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あ、クリスマスは愛のため中止です 加賀2話



【教官室】

加賀
主人に平気で嘘つくような、そんなクズに育てた覚えはなかったがな

あの言葉が、まだ耳に残っている。

( “クズ” なんて聞き慣れた言葉のはずなのに、この前はすごく冷たく感じた···)
(ううん、実際加賀さんの気持ちはきっといつも以上に冷ややかだったんだ)

結局あれからほとんど話もできないまま、数日が過ぎた。
その日の講義が全て終わった放課後、教官室を尋ねると東雲教官ひとりしかいない。

サトコ
「お疲れさまです。加賀教官は···」

東雲
あれ?知らないの?
兵吾さん、今日から25日まで、出張に行ってるよ

サトコ
「出張···」

(そんな話、全然聞いてない···)
(25日ってことは、クリスマスまで···?)

東雲
確か、補佐官も必要だったみたいだけど
今回はキミじゃなくて、別の子を連れて行ったのかな

サトコ
「え···」

(加賀さんが、別の補佐官を···)
(今までも、こういうことは何度かあったけど)

加賀さんは仕事内容によって同行させる補佐官を選ぶので、今までは特に気にしていなかった。

(でも···今回はたぶん、違うよね)
(いや、もしかしたら仕事的に別の人が向いていたからかもしれないけど)

でも状況が状況なだけに、妙に気になってしまう。
それと同時に、加賀さんにそうさせてしまったこと、置いて行かれた自分が本当に情けない。

(なんであのとき、嘘なんてついちゃったんだろう)
(加賀さんは、そういうのを一番嫌うってわかってたはずなのに)

東雲
···うざ

サトコ
「すみません···」

東雲
泣かないでくれる?迷惑だから

サトコ
「はい···」

じわりと滲んだ涙をこっそり隠したけど、東雲教官にはお見通しらしい。

サトコ
「自分が情けなくて···」

東雲
何やらかしたのか知らないけど、いつものことでしょ
ここで泣かれても、オレはあの人みたいに優しく慰める術持ってないから

仕事をしながら淡々と告げる東雲教官を、思わず二度見する。

東雲
何?

サトコ
「いえ···優しく慰めるって、加賀教官のことですか?」

東雲
優しいでしょ、キミには

サトコ
「あの暴言の数々が···!?」

東雲
あそこまで、言葉と本心が違う人も珍しいよね
あの人の場合、言葉じゃなくて行動がすべてでしょ

(言葉じゃなくて、行動がすべて···言葉と本心が違う)
(本当にそうだ···加賀さんはいつだって、私を優しく見守ってくれた)

それなのに、私はその気持ちを裏切ってしまった。

サトコ
「やっぱり、情けない···」

東雲
懺悔なら、家で勝手にやってくれる?
あと、兵吾さんなら25日の最終便で帰ってくると思うよ

サトコ
「でも、今の私が会いに行っても···」

東雲
「連れて行ってもらえなかった理由、自分で聞けば?」

東雲教官の言葉は、至極当然だ。

東雲
ミスは自分で取り返すって、教わったんじゃないの?
まあ、もしかしてもう手遅れかもしれないけどね

サトコ
「て、手遅れ!?」

東雲
使えない人間をそばに置くような人じゃないでしょ
まあ、キミのことはどうか知らないけど

(う······)
(浮気のつもりはなかったけど、他の男の人と遊びに行って···しかも嘘までついて···)

サトコ
「ど、どうしよう···」

東雲
自分で考えれば

サトコ
「うっ···はい···」

(でも、東雲教官の言う通りだ···ミスは自分で取り返さなきゃ)
(ここで落ち込んでても仕方ない···もう一度、ちゃんと謝ろう)

だから、加賀さんが帰ってくるまではしっかり仕事しよう。
そう決めて、書類整理を始めた。



【加賀マンション前】

クリスマス当日、学校が終わると急いで支度して加賀さんのマンションにやってきた。
小雨が降る中、傘をさして帰りを待つ。

(最終便って言ってたから、まだ時間はあるけど···)
(帰って来てから家を訪ねても、出てきてくれなかったら困るし)

長期戦を覚悟して、カイロを常備している。
でもその日は、カイロの温かさなど吹き飛ぶほどの寒さだった。

サトコ
「もしかして、雪になったりするのかな···」
「うう、寒い···でも、ここで帰るわけにはいかないし」

雨は本当に雪に変わり、傘も意味がなくなりそうだ。
雪が舞い落ちては溶けるアスファルトの上を歩く音に、顔を上げる。

加賀
······

サトコ
「加賀さん···お帰りなさい」

加賀
···何してやがる

<選択してください>

 加賀さんに会いたくて 

サトコ
「どうしても、加賀さんに会いたくて···少しでも話せたらって」

加賀
話すことなんざねぇ

サトコ
「お願いです···ほんのちょっとでいいですから」

加賀
······
···話ってなんだ

 話を聞いてください 

サトコ
「話を聞いてください···!5分だけでいいですから」

加賀
必要ねぇ

サトコ
「そこをなんとか···話をしたら、ちゃんと帰ります」
「ご迷惑は、おかけしませんから···」

加賀
···話ってなんだ

 東雲教官に聞いて 

サトコ
「東雲教官に聞いたんです。今日の最終便で帰って来るって」

加賀
あのガキ、余計なこと言いやがって

サトコ
「ちょっとだけでも話せませんか?どうしても加賀さんに言いたいことが」

加賀
······

(やっぱり、ダメなのかな···)

加賀
···話ってなんだ

サトコ
「あの···私」

何か言う前に、口を開いた途端、涙がこぼれた。

サトコ
「ごめんなさい···嘘つくつもりなんてなくて」
「浮気だと思われたらって、怖くて···」

加賀
······

サトコ
「私、加賀さんと、別れたくないです」
「ごめんなさい···もう、くだらない嘘なんてつきませんから」

加賀
···クズが

その言葉に、いっそう涙があふれる。

(今の、『クズ』って声···いつもと同じだった)
(あのときの冷たい声とは、違った···)

泣きじゃくる私を、加賀さんが静かに抱きしめる。
嬉しさと安心感に、思いっきり加賀さんに抱きついた。

加賀
···いつから待ってた

サトコ
「学校が終わってすぐです」

加賀
バカが···何時間待ってやがる

サトコ
「いいんです。会いたかっただけだから···」
「またこうして、加賀さんに触れてもらえる、なら···」

(あ、ダメだ···また泣きそう)
(泣いてばっかりなんて、加賀さんに嫌がられるのに···)

わかっているのに、涙が止まらない。
雪が降り続く中、寒さで震える私の身体を、加賀さんはずっと抱きしめてくれていた。


【リビング】

部屋にお邪魔すると、先にシャワーを浴びた。
加賀さんは私の顔を見ることなく、入れ違いでバスルームへ消える。

(やっぱり迷惑だったかな···出張で疲れてるのに、待ち伏せしたりして)
(私は話せてよかったけど、加賀さんはそうじゃないよね···)

今さらながら、自己嫌悪に陥る。
ようやく気持ちが落ち着いた頃、加賀さんがお風呂から戻ってきた。

加賀
······

サトコ
「加賀さん···疲れてるところ押しかけて、すみません」
「今日は帰りますね。また日を改めて来ます」

加賀
なんでだ

サトコ
「出張明けで、疲れてるかなって」
「私ばっかり、一方的に言いたいこと言って」

すみません、という言葉が、力強い加賀さんの腕に遮られた。
きつく抱きしめられ、何か言う前に加賀さんが口を開く。

加賀
テメェは、俺のもんだって自覚があるのか

サトコ
「え···」

加賀
他の野郎に尻尾振って、ほいほいついて行きやがって
テメェの主人は誰だ?千葉か?

サトコ
「···加賀さんです」
「加賀さんしか、いないです···加賀さんひとりです」

加賀
当然だ
次同じことやらかしたら、雪に埋めるからな

サトコ
「雪に埋める···!?そんなに降ってませんよ!?」

加賀
北の方に行きゃ積もってるだろうが

(北の方···まさか、埋めるためだけに北海道まで連れて行かれる···!?)
(でも···加賀さんの言葉、全部が優しい)

加賀
ニヤけてんじゃねぇ

<選択してください>

 嬉しいんです 

サトコ
「だって、嬉しいんです。こうして加賀さんに抱きしめてもらえて」

加賀
少しは反省しろ

サトコ
「し、してます!もう二度とやらかしませんから」

(それに、雪に埋められたくないし···)

 もっと罵って 

サトコ
「ふふ···もっと罵ってください」

加賀
······
どうしようもねぇマゾだな

(今回ばかりは、否定できないかもしれない···)

 頬を引き締める 

サトコ
「わかりました、顔引き締めます」

そう宣言して頬に力を入れようとしたけど、またすぐ緩んでしまった。

加賀
だらしねぇ顔だな

サトコ
「ちょっ、いひゃい!加賀さん、ほっぺ引っ張らないで···!」

(東雲教官に言われるまで、どうして忘れてたんだろう)
(加賀さんはいつだって、言葉は厳しくてもちゃんと私を想ってくれてるのに)

身体が離れると、加賀さんが私の顔を覗き込むようにして見つめてくれる。
目を閉じると唇が触れ合い、いつもとは違うついばむような優しいキスが何度も落ちてきた。

(これも、嬉しいけど···でも)

サトコ
「加賀、さん···」

加賀
なんだ

サトコ
「···いつものが、いいです」

加賀
······

腰を抱き寄せられ、激しく唇に吸い付かれる。
私からすべてを奪っていくような、それでいて気持ちが伝わってくる口づけだった。

サトコ
「っ······ぁっ」

加賀
無防備も、大概にしろよ

唇が離れると、耳元で加賀さんの低い声が響いた。
自分から加賀さんに抱きつき、何度もうなずく。

サトコ
「で、でも、あの···」

加賀
······

サトコ
「私······ひょ···兵吾さんの前以外、無防備になったことないです」

加賀
······
上等だ

さっきよりもさらに深く唇が重なり、激しく舌が絡み合う。
吐息だけが混ざり合い、加賀さんの大きな手が服の中でうごめいた。

サトコ
「んっ···」

加賀
激しいのがお好みだろ

ソファに押し倒され、性急に服を脱がされた。
下着を身につけていない肌に、加賀さんが舌を這わせる···

(絶対に、加賀さん以外の人に無防備になったりしない)
(こうしてほしいのは、加賀さんだけだから···)

まだ少し髪が濡れている加賀さんの表情は、いつも以上に色気に満ちている。
ソファの上で激しく絡み合いながら、身体の奥に注がれる熱を受け止めた。


【玄関】

翌朝、加賀さんは出張の報告をしに行くらしかった。

サトコ
「こんな朝早くから、大変ですね」

加賀
昨日直帰したツケが回ってきたな

見送るため、加賀さんのシャツを着て玄関に向かう。

(大きい···でもこれ、かなり嬉しいかも···)

加賀
···おい

返事をする前に、顔面を掴まれた。

サトコ
「う゛っ···な、なぜこのタイミングでアイアンクロー!?」

加賀
またニヤけてるからだ

サトコ
「だって、加賀さんのシャツ、加賀さんの匂いがするから···!」

加賀
······

サトコ
「あ!変態的な意味じゃないですから!ほんとに!」

加賀
テメェはよっぽど、人の匂いが好きらしいな

サトコ
「へ?」

加賀
前にも、こそこそ人のシャツ着てただろ

(そういえば···加賀さんの部屋に掃除しに来たときに、脱ぎ捨てられたシャツがあって)

こっそり着て抱きしめられている気持ちになっているのを、バッチリ見られていたことがあった。

加賀
犬は嗅覚が鋭いからな

サトコ
「犬じゃないです···!あと、好きなのは加賀さんの匂いだけですkら!」

加賀
······

サトコ
「そんな目で見ないでください···本当に変態的な意味じゃないのに···」

(昨日はあんなに優しかったのに、一夜で元に戻った···)
(でもやっぱり、こういうほうが加賀さんらしいな)

少し甘えたくなって、加賀さんに近づく。
そっと背伸びして、軽く口づけた。

加賀

サトコ
「あの···いってらっしゃい」

加賀
···チッ

先手を取られたと思ったのか、加賀さんはどこか納得していない様子だ。
私の腕を引っ張り、唇を耳元に寄せた。

加賀
···帰ったら、クリスマスのやり直しだ

サトコ
「あ···私も、加賀さんにお土産があるんです」

加賀
なら、いい子で待ってろ

サトコ
「···はい!」

その言葉に、素直にうなずく私だった。

Happy End



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