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あ、クリスマスは愛のため中止です 難波1話



【道場】

訓練生たち
「えいっ!やあっ!」

柔道場に威勢のいい声が響く。
今は、護身術の特別授業中だ。

海司
「それでは次に、背後から羽交い絞めになった時の技を教える」
「東雲教官、犯人役をお願いします」

東雲
はい、それじゃ

いきなり後ろから抱きついた東雲教官の腕を解き、海司教官が身体を入れ替える。

海司
「ここまでできれば、あとは普通に投げればいい。それでは···氷川」

サトコ
「はい!」

海司
「今と同じように、身体を入れ替えるところまでやってみろ」

サトコ
「あ、はい···よろしくお願いします」

東雲教官の前に進み出て、一礼する。

東雲
お手柔らかにね。それでは···

言うが早いか、東雲教官が後ろから抱きついてきた。

東雲
はい、捕まえた

サトコ
「!」

(確かここでこうやって腕を解いて、身体を入れ替えて···)

サトコ
「えいっ!」

ドスン!

サトコ
「あ···」

東雲

サトコ
「だ、大丈夫ですか!?」

東雲
ゴリラ···

海司
「おい、氷川。見事な投げだけどな、そこまでやれって誰が言った?」

サトコ
「すみません。思わず···」

(普段の訓練の賜物か、あの体勢になると身体が勝手に投げに入っちゃうんだよね···)

ようやく起き上がった東雲教官は、顔をしかめてしきりと腰をさすっている。

サトコ
「東雲教官、痛みますか?」

東雲
これ、痛くなさそうに見える?

サトコ
「いえ···」

(すごく···すごく痛そうです···)

東雲
とりあえず、あとで教官室ね

ニッコリ微笑まれて背筋が凍った。

サトコ
「は、はい···」

(目が···全然笑ってない···)



【教官室】

サトコ
「失礼します」

恐る恐る教官室に顔を出すと、東雲教官不在だった。

(しょうがない、ここでちょっと待つか···)

片隅に立って待っていると、続々と教官たちが戻ってくる。

後藤
なんだ、氷川。そんなところでどうした?
まさか、立たされてるのか?

サトコ
「そ、そういうわけでは。ちょっと、東雲教官を···」

加賀
ということはテメェか、あいつをやったのは

サトコ
「それはですね···」

後藤
歩をやった?それはどうにも穏やかじゃありませんね

加賀
後藤も気を付けろ。このクズは危険だ
教官すら平気で投げ飛ばすらしいからな

サトコ
「そ、それはちょっと語弊が···」

後藤
···あ、室長、今少しいいですか

後藤教官の声にハッとなって見ると、ちょうど室長が入ってきたところだった。

難波
ん、なんだ?

(室長、相変わらず忙しそうだな。でもクリスマスくらい、誘ってみてもいいよね?)
(最近なかなか会えないし)
(二人きりになれるチャンスがあればすぐにでも誘いたいけど···)

後藤教官が室長から離れたのを見計らい、急いで近づこうと一歩踏み出した。

ドンッ

サトコ
「わあっ、すみません···!」

石神
···なんだ、今度は俺か?

サトコ
「え?」

石神
東雲が投げ飛ばされたと聞いたが

サトコ
「あ、あれはですね···わざと投げ飛ばした訳ではなく」
「ちょっとした事故といいますか···」

加賀
犯人の常套句、知ってるか?

サトコ
「へ···?殺人犯?」

加賀
俺はやってません、てな。やったヤツは大体そうほざくんだよ

サトコ
「ですから···!」

教官室を出て行きしな、室長が私を振り返った。
教官たちにからかわれている私を見て、苦笑を浮かべている。

難波
······

(ああ、室長が行ってしまう···!それにしても室長、疲れてそうな顔してるな)
(さっきも後藤教官と話しながらしきりと腰をさすってたし)
(そろそろ湿布を貼りに行ってあげないといけない頃かも···?)

ぼんやり考えていると、急に目の前に東雲教官が現れた。

東雲
なにボーっとしてんの?

サトコ
「わっ···いえ。東雲教官をお待ちしてました」

東雲
待ってた相手が現れて、普通わって驚くかな

サトコ
「すみません···先程の件も、重ね重ね···」

東雲
本当。さすがにあれはない

言いながら、東雲教官は長椅子にうつ伏せで横になった。

サトコ
「?」

東雲
はい、これ貼って

東雲教官がひらひらさせている白いもの···湿布だ。

サトコ
「ああ、はい。それでは」

そっとシャツをまくり上げる。

(うわ、白っ!?)

現れた肌の、そのあまりの白さに思わず目を見張った。

(少し浅黒くてがっしりした室長とは全然違う···)

そのキメの細かい肌に、そっと湿布を貼ろうとした。
その瞬間――

ペシッ!

サトコ
「!?」

東雲
ぐ···っ!?

脇から伸びてきたごつい手が一瞬で湿布を奪ったかと思うと、
そのまま思いきり湿布を東雲教官の腰に叩きつけた。

東雲
······何するんですか、難波さん

(室長···確か、さっき一度出て行ったはずじゃ···)

サトコ
「いつの間に···」

難波
はい、いっちょあがり

室長は私たちの驚きにも構わず、満足げに勝ち誇った笑みを浮かべている。

難波
軟弱だな、歩

東雲
オレが軟弱なんじゃなくて、難波さんの力が強すぎるんですよ

難波
そうか?あれでも手加減したつもりなんだが···

東雲
あれで···?

難波
まあ、今のは俺からの愛のムチだ

東雲
いらないなぁ、こういう愛···

ブツブツ言いながらシャツを整え、東雲教官は出て行った。
ふと気づくと、いつの間にか教官室には室長と私の二人きりになっている。

(ついに、チャンス到来!?)

サトコ
「あ、あの、室長」

難波
なんだ?

<選択してください>

 クリスマスは仕事ですか? 

サトコ
「今年のクリスマスなんですけど···その、お仕事は?」

難波
ああ、そうか。そういや、もうそんな季節だったな
確かイブは仕事が入ってるが、本チャンの日は空いてると思うぞ

サトコ
「そ、それじゃ、一緒に過ごしてくれますか?クリスマス」

 お願いがあるんですけど 

サトコ
「ちょっと、お願いがあって···」

難波
もしかしてサトコも、たまに欲しいか?愛のムチ

サトコ
「い、いりませんから!そうじゃなくて、クリスマス···」

難波
そうか、クリスマス···イブは仕事だが、確か本チャンの日は空いてたな

サトコ
「じゃあ、一緒に過ごしてもらえますか」

 なんだと思いますか? 

サトコ
「···何だと思いますか?」

目をじっと見て尋ねるが、室長はしきりと首を捻っている。

難波
もしかして、さっきのパワハラか?

サトコ
「それ言われるとそうかも···」
「じゃなくて、クリスマスのことです。当日はお仕事ですか?」

難波
なんだ、クリスマスか
確かイブは仕事が入ってるが、本チャンの日は空いてると思うぞ

サトコ
「そ、それじゃ、一緒に過ごしてくれますか?クリスマス」

難波
ん?

室長はなぜか、しばし天を仰いだ。

難波
······

(あれ?もしかして、困らせちゃった?)

サトコ
「あ、あのもし無理だったら···」

難波
無理じゃねぇよ。いいぞ、クリスマス

サトコ
「ほ、本当ですか?」

難波
ああ、もちろんだ

サトコ
「やった!」

(勇気を出して誘ってみてよかった···!一緒に過ごすクリスマス、楽しみだな)



【ショッピングモール】

久しぶりのお休みは、ふたりで一緒に買い出しに行くことになった。

(まだ12月に入ったばかりなのに、室長、気合い入れてくれてるみたいで嬉しいな)

難波
この輪っかもあった方がいいか?

サトコ
「ん、輪っか?って、ああ、リースのことですね」

難波
去年は確か、文字の書いてあるビラビラしたのと
クリスマスツリーしか買ってねぇよな

(文字の書いてあるビラビラしたのって···ガーランドのことかな)

難波
だったら今年は···

室長はブツブツ言いながら、あれもこれも手に取り始めた。

サトコ
「だ、大丈夫なので落ち着いてください」
「飾りはたぶん去年買ったもので十分かと」

難波
そうか?

室長は何だか妙に残念そうだ。

(やる気を削いじゃったみたいでかわいそうだったかな)
(でも今年のテーマは、室長の疲れを癒すクリスマスだし)
(飾り付けやなんかよりは、もっと別の方に力を···)

サトコ
「クリスマスの日、何か特別に食べたいものはありますか?」

難波
食べたいものか。うーん···

室長はしばし考え込んでから、嬉しそうにハッとなった。

難波
ケーキ

サトコ
「え、ケーキ?」

難波
ああ、サトコの手作りケーキが食いてぇな

(そっか···でもケーキはあんまり作り慣れてないし、当日までに少し練習を···)

難波
せっかくだから、一緒に作ろう

サトコ
「え···?」

難波
よし、そうと決まれば早速、今日から練習だな


【難波マンション】

カチャカチャカチャカチャ······

私がスポンジケーキの材料を混ぜている傍らで、
室長はさっきから懸命にクリームを泡立ててくれている。

(こういうのって普通、彼女が一人でこっそり練習するもんじゃ···)

目の前のこの光景が、可笑しかったり嬉しかったり。

難波
どうだ?ツノみたいの、立つようになったぞ

サトコ
「わ、ほんとですか?」

覗き込むと、引っ張り上げられたクリームの先が確かに
ピキンと角のようになっている。

サトコ
「すごい···」

(さすがはパワーあるな、室長···)

サトコ
「いいと思います。ていうかこんなにピキンてツノ立ってるの、初めて見ました」

難波
だろ?これならだれにも文句言われねぇだろ
ん?

室長は私の顔を覗き込むと、頬にそっと指を滑らせた。

難波
悪い、クリーム飛んでた

サトコ
「あ···」

室長は指先についたクリームを、何気なくペロリと舐める。

(こういうこと、さらっとしちゃうんだよね···室長って)

難波
ん、どうした?

サトコ
「い、いえ。あれ?室長も、頬にいっぱいはねてますよ?」

難波
マジか?

慌てる室長の顔を、タオルでそっと拭いてあげる。
室長はちょっとくすぐったそうにしながらも、どことなく嬉しそうだ。

難波
ケーキ作り、意外と楽しいな

サトコ
「ですね」

でもその翌日から――
なぜか室長は、突然連絡を絶った。


【学校 廊下】

(うーん、今日もメールの返信なしか···)
(もともとそんなにマメなタイプじゃないけど···)

連絡が取れなくなってそろそろ5日。
こんなことは、ここ最近ではなかったことだ。
深いため息をついた瞬間、後ろから声を掛けられた。

??
「朝からため息を吐くな」

サトコ
「あ、石神教官···」

石神
また問題か

<選択してください>

 はい 

サトコ
「はい」

思わず言ってしまってから、ハッとなった。

石神
何だ?

サトコ
「いえ、今のは思わず、その···」

石神
本心が出たんじゃないのか

サトコ
「あの···そ、それじゃひとつ、教えてください」

 いいえ 

サトコ
「いえ、そういうわけでは···」

石神
他のことに気を取られながらの訓練は危険だ
教官を投げるくらいならいいが、そのうちお前自身もケガをしかねない

サトコ
「は、はい。すみません」
「あの···そ、それじゃひとつ、教えてください」

 ······ 

石神
特にないならいいが

石神教官はあっさり行こうとする。

サトコ
「あ、あの!やっぱり、ひとつ教えてください」

私は意を決して、切り出した。

サトコ
「室長に、最近なにかありましたか?」

石神
何か?別に何もないと思うが···
だいたい、室長は今C国のはずだろ

サトコ
「C国?いつからそんなところに?」

石神
聞いてないのか?確か5日ほど前だな

(それって、ケーキ作りの練習をした翌日···)
(それじゃやっぱり、あれ以来連絡が取れないのは···)

石神
戻るのは年明けと聞いたが

サトコ
「え···」

(と、年明け!?)

to be continued



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