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あ、クリスマスは愛のため中止です 難波2話



【寮 自室】

サトコ
「衝撃···」

室長と突然連絡が取れなくなって5日。
どうしていたのかと心配していた私は、
石神教官から室長が任務でC国にいることを知らされた。
しかも、帰国予定は年明けだという。

(年明けかぁ···仕事だからしょうがないけど···)

少なからずショックを受けて、私はベッドに倒れ込んだ。
そのまま枕を抱いて、ぼんやりと考え込む。

(メールの返事がないのは仕事中だから?)
(ってことは年明けまで、ずっと連絡来ないのかな)
(でももしかしたら、海外でメールが通じないだけかも)

スマホでC国の今の時刻を調べてみる。
どうやら現地は早朝のようだ。

(真逆···遠いな···時差ボケとか、してないかな···)
(二人で過ごすクリスマス、楽しみにしてたけど、これじゃしょうがないですよね···)

コンコン!

鳴子
『サトコ、いる?』

サトコ
「あ、鳴子···ちょっと待ってて」

ガチャッ

ドアを開けると、鳴子が驚いたようにまじまじと私を見た。

鳴子
「サトコ、どうしたの?その顔」

サトコ
「顔?なにかついてる?」

鳴子
「そうじゃなくて、ひっどい顔してるってこと。何かあった?」

鳴子は問いかけながらどんどん部屋に入ってくる。

<選択してください>

 うん、ちょっと 

サトコ
「うん、ちょっと···」

鳴子
「まさか、失恋?」

サトコ
「え、いや、別にそういうんじゃ···」

鳴子
「そっか、それじゃサトコも、この時期特有のクリスマスブルー的なヤツってわけね」

 ううん、別に 

サトコ
「なんというか···ううん、別に何もないけど···」

鳴子
「そう?何もないって顔はしてないけど」

サトコ
「そ、そう?」

鳴子
「もしかしたらサトコも、この時期特有のクリスマスブルー的なやつ?」

 それがね 

サトコ
「それがね···」

思わず言いかけて、慌てて誤魔化した。

サトコ
「私もさっき見て同じこと思ったんだ。どうしちゃったんだろうね、この顔」

(危ない、危ない···鳴子に室長のことぼやいちゃうとこだった)
(鳴子に言えれば一番楽だけど、そういうわけにもいかないし···)

鳴子
「なるほど···サトコもこの時期特有のクリスマスブルー的なやつってわけね」

サトコ
「ク、クリスマスブルー?」

鳴子
「彼氏がいない女子とか、彼氏とうまく行ってない女子がかかる、アレよ」

サトコ
「ああ、ソレ···ね」

(ちょっと違うけど、まあ似たようなものかも···)

鳴子
「そういうことならサトコも参加にしとくから、クリスマス会」

サトコ
「クリスマス会?」

鳴子
「そう、25日に公安学校のみんなとやることになったんだけど、来るでしょ?」
「各自、手作りお菓子を持参ってことになってるからよろしくね」

サトコ
「ちょ、ちょっと待って。25日は···」

鳴子
「まさか、ダメなの?」

サトコ
「ダメというか···」

(室長との約束の日だけど···)
(もうクリスマスには帰って来れなそうだし、まあいいか···)

鳴子
「せっかくなんだし、一緒に行こうよ。クリスマス会」

サトコ
「···そうだね」

鳴子
「やった!それじゃさ、前日は一緒にお菓子作りしよう」

サトコ
「うん、わかった」

鳴子
「わあ、俄然楽しみになってきた!」

サトコ
「私も。ありがとう、誘ってくれて」

(一人でガッカリしてるだけよりも、よっぽどいいよね)
(これはこれで、楽しいクリスマスになるかもしれないし)


【クリスマス会 会場】

そしてついに、12月25日。
クリスマス会の日。
貸し切ったお店に来てみると、
公安学校の訓練生たちを中心に、たくさんの人々が集まっていた。

(あ、後藤教官に東雲教官もいる···)

みんなそれぞれに着飾って楽しそうだ。

鳴子
「サトコ!わあ、かわいいじゃん、その服」

サトコ
「そ、そうかな」

(本当は、室長とのデートで着ようかと思って買ったんだけど···)

ふとそんなことを思った瞬間、室長の姿が頭をよぎった。

(室長、今C国でどうしてるかな)
(一人きりでクリスマスも新年もなく仕事の追われて···)
(それなのに私は、こんなところで楽しく盛りあがってていいのかな)

鳴子
「サトコ、どうしたの?」

サトコ
「あ、ううん」

鳴子
「それじゃ、あっち行こうよ。千葉さんがすごい料理作ってきてて···」

サトコ
「鳴子、ごめん。やっぱり私···」

私は持ってきたお菓子を傍らのテーブルに置き、踵を返した。

鳴子
「ちょっと、どうしたのよ、急に」

サトコ
「本当にごめん。楽しんできて!」

私はそのまま、鳴子が止めるのも聞かずに店を飛び出した。



【帰り道】

寮までの道をぼんやりと歩く。

(勢いで飛び出しちゃったはいいけど···)

華やいだ街から一歩出ただけで、急に辺りは静かになった。

(いいんだよね、これで)
(今日はひとり静かに、遠くにいる室長に想いを馳せながらクリスマスを祝おう)
(年明けに帰国したら、また一緒にケーキ作ったりできるかな)
(プレゼントも渡したいし···)

♪~

突然スマホが鳴り出して、ハッとなってバッグから取り出した。
液晶に浮かぶ着信者は、『難波仁』

(室長だ!)

サトコ
「もしもし?」

難波
おお、お疲れさん。その前に、メリークリスマスだな

サトコ
「室長···メリークリスマス」

心なしか室長の声がいつもより優しい気がして、ちょっと目頭が熱くなった。

難波
悪かったな。ずっと連絡もできなくて

サトコ
「そんな···聞いてます。急に決まった海外渡航任務だったって」

難波
そうなんだよ。挙句にどこもめちゃくちゃ電波が悪くてな
連絡したくてもできなかった

サトコ
「そんなことじゃないかなって思ってました。でももう、大丈夫になったみたいですね」

スマホから聞こえてくる室長の声は、海外からとは思えないほど近くてクリアだ。

難波
おお、今な。今はようやく、電波のいいところまで戻って来れたから

(じゃあ今は、ようやくひと息つけたって感じの時なのかな)
(疲れてるはずなのにちゃんと私のこと気にかけてくれてて、嬉しい···)

サトコ
「お仕事、大変だと思いますけど頑張ってくださいね」

難波
ああ

サトコ
「私のことなら、気にしなくて全然大丈夫です」
「今日も公安学校のみんなとクリスマス会で」
「私は私でちゃんと楽しんじゃってますから」
「年明けに帰ってきたら、また一緒に···」

突然、背後から誰かに抱きつかれた。

サトコ
「!」

難波
ただいま

サトコ
「え、室長···?」

(なんで、室長がここに?)

背後に誰かいたなんて、全然気が付かなかった。
でも、このふんわり香る柔軟剤の匂い、そしてこの大きな体とその温もり。
間違いなく、全てが室長のものだ。

(いつの間に···)

サトコ
「···おかえりなさい」

難波
おいおい、護身術はどうした?
こんなふうに抱きつかれて、ほんわかしてたらダメじゃねぇか

サトコ
「ちょっと、ビックリして···でもどうして···」

難波
一緒に過ごす約束だろ、クリスマス

室長は笑って言うと、後ろから私の頬にそっとキスを落とした。


【難波マンション】

サトコ
「そうですか、最終便で···」

難波
もう間に合わないかと思ったが、ギリギリなんとかなったな
それにしても走ったぞ。飛行機に乗る前も降りた後も

サトコ
「ありがとうございます。私のためにそんなに頑張ってくれて。でもこれは···」

改めて、しみじみと自分の今の状況を見直した。
さっきからずっと、私は室長の膝の上に座らされて後ろから抱きしめられ続けている。

難波
なにか不満か?

サトコ
「不満というわけでは···ただ」

<選択してください>

 足しびれませんか 

サトコ
「ずっとこうしてて、足しびれませんか?」

難波
ん、俺か?
俺は大丈夫だ
何しろ今、強がっちゃうかわいい子に癒されてるからな

 ちょっとおもしろすぎませんか

サトコ
「この状況、ちょっとおもしろすぎませんか?」

難波
そうか?どの辺が?

サトコ
「どの辺というか···」

難波
俺は今、強がっちゃうかわいい子に癒されてんだ
細かいことは気にすんな

 ちょっと落ち着かないかなーと 

サトコ
「ちょっと落ち着かないかなーなんて」

難波
俺はかなり落ち着いてるぞ?

サトコ
「そりゃ、室長はそうかもしれませんけど···」

言いながらさり気なく立ち上がろうとした私を、
室長はますます強く抱きしめて膝に戻した。

難波
俺は今、強がっちゃうかわいい子に癒されてんだ
おっさん疲れてんだからあんまり暴れるな

サトコ
「う···」

(そう言われてしまうと···)

結局それ以上抗えず、されるがままに抱っこされ続ける。

難波
今日は間に合ったとはいえ、ただ間に合っただけになっちまったな
クリスマス、あとで改めてちゃんとやり直すか···
それはそうと、それとは別に久しぶりにデートもしたいしな

室長はブツブツ言いながら、しきりと私を抱きしめている。

(まあいいか、それで室長が癒されるっていうなら···)

抱き枕になりきろうと心を決めたその時、
室長が私を抱っこしたまま、足元のカバンに手を伸ばした。

難波
そうだこれ、忘れないうちに渡さねぇとな

サトコ
「こ、これは···?」

差し出されたのは、いびつな形になったプレゼントの包みだった。

難波
クリスマスプレゼントだ。サトコ、メリークリスマス

サトコ
「あ、ありがとうございます。でもこれ、一体何がどうなるとこうなるんでしょう?」

(何かよからぬトラブルにでも巻き込まれたんじゃなければいいけど···)

心配して室長を見るが、室長は笑って誤魔化すばかり。

難波
まあ、いいじゃねぇか。人生いろいろ
プレゼントも色々だよ

サトコ
「そ、そうですね···」

(よくわかんないけど、まあいいか)

難波
でもな

室長はちょっと真面目な表情になると、後ろから私の顔をじっと覗き込む。

難波
どんな形になっても、俺の想いが詰まってることには変わらねぇから

サトコ
「室長···」

(嬉しい···室長、一生懸命選んでくれたんだ···)

微笑んだ瞬間、温かなキスが落ちてきた。
会えなかった時間を埋めるかのように、室長の唇はいつもより情熱的に私を包み込む。
一気に幸せがこみあげて、私はうっとりと目を閉じた。

難波
ごめんな。黙って行っちまって

サトコ
「ちょっと···寂しかったです。でもこうして帰って来てくれたから」

難波
どうしてもプレゼントを今日中に渡したかった

サトコ
「そうだ、私もプレゼントが···」

プレゼントを取りに立ち上がろうとする私を、室長がギュッと抱きしめた。

難波
ダ~メ~だ

サトコ
「でも、プレゼント···」

難波
それは後。今は気持ちだけ受け取っとくから

サトコ
「···わかりました」

(しょうがないなぁ。今は、室長のやりたいようにさせてあげよう)
(そもそも、室長を癒すのが今年のクリスマスのテーマだもんね)

私は諦めて、抱きしめる腕に身体を委ねた。
室長は再び唇を重ねながら、嬉しそうにギュウギュウ私を抱きしめている。

(これはこれで、思い出に残るクリスマスになりそう)

腕の中でされるがままになりながら、私はそっと微笑んだ。
どこか遠くで響くのは、聖夜を告げる鐘の音。
室長と二度目のクリスマスの夜が、静かに更けていった――

Happy End



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