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あ、クリスマスは愛のため中止です 難波カレ目線



【飛行機】

窓の外を見ると、一面の星空。
しかしさっきから、こぼれ出るのはため息ばかりだ。

(ったく、なんでこうなるか···ガッカリさせちまったよな)

俺は今、飛行機の機内にいる。
外事案件で急きょC国に飛んでくれと依頼されたのが数時間前のこと。
大慌てで準備を整え、空港で飛行機に飛び乗った。

(現地の捜査員と落ち合う予定がこんなに早まるとはな···)

いくら事件は水物とはいえ、このタイミングは完全に予想外だった。
サトコの落胆を想い、もう一度深いため息をつく。

(もしかして、ガッカリしてるのは俺の方か···?)

胸ポケットには、
今日の昼休みに入手したばかりのサトコへのクリスマスプレゼントが入ったままだ。

(せめて部屋に置いてあれば)
(当日に取りに行ってもらうサプライズもあったんだが···)

今回の俺は、つくづくついてない。



【C国】

C国に着いて一週間。
思いがけず現地の捜査員とのやり取りがうまく行き、
年明けを待たずに任務を終えられそうな気配が出て来た。

(あとはこの、工作員に関する資料を無事に日本に持ち帰れば···)

サトコの喜ぶ顔を思い浮かべ、温かな気持ちになっていた時だ。

難波

(さっきから、誰かついて来てねぇか?)

ふと不穏な空気を背後に感じ、
タバコに火を点けるふりをして、オイルライターで背後を窺った。
銀のオイルライターには、ぼんやりとだが確かに人影が映り込んでいる。
俺は迷わず、走り出した。

【路地】

(ったく、なんでこうなるんだ?)

息が切れる。
足が張る。
誰かを追いかけるのは得意だが、逃げるのはあまり慣れていない。
とにかく、がむしゃらに走るしかなかった。
路地から路地へ。店の表から厨房を抜けて裏道へ。

難波
はぁ、はぁ···

ようやく物陰で一息つきながら、背後の様子を窺った。

(どうやら、撒けたみたいだな···)

ホッとしながら、何気なく胸ポケットを探った。

難波
嘘だろ···!?

そこにあったはずのサトコへのクリスマスプレゼントが、
いつの間にかなくなっている。

(どこだよ···一体、どこに落とした?)

とりあえず見る限りの場所に視線を向けるが、どこにもそれらしき物は落ちていない。

(本当についてねぇな···)

もはやどころどうやって走ったのかも定かではない。
失くしたプレゼントを見つけ出すのは、到底不可能に思えた。

(サンタさんよ、いるなら俺に失くしたプレゼントを見つけて届けてくれよ···)

あのプレゼントを渡した時のサトコの笑顔だけを楽しみに頑張ってきたというのに、
これですべておじゃんだ。

(サトコ···許してくれよな···)
(っていうか、サトコの声、いい加減聞きてぇな···)


【空港】

12月25日。
俺は何とか日本の地に降り立った。

(今日は学校の予定はどうなってるんだっけか?)

なにかあったようななかったような気がして、とりあえず後藤に電話を掛けた。

難波
もしもし、後藤か?

後藤
室長、お疲れさまです。C国はどうですか?

難波
どうもこうも···もう日本だよ

後藤
え、年明け帰国の予定じゃ···

難波
帰ってきちゃ悪いか

後藤
い、いえ、とんでもない

後藤の背後は、やけに騒々しい。
楽しげな音楽も鳴っている気がして、思わず耳を澄ませた。

難波
ところで後藤、そういうお前は今どこで何してんだ?

後藤
あ···俺は今、公安学校のクリスマスパーティーに

難波
クリスマスパーティー?

(そんなことやってんのか。道理で騒々しいわけだ···)
(ということは、サトコも今はそこに?)

難波
場所はどこだ?

後藤
駅前のイタリアンです

難波
ああ、あそこな。分かったすぐ行く

後藤
あの···!

後藤が何か言いかけたが、さっさと電話を切った。

(よし、これでもうすぐサトコに会えるぞ···!)

【パーティー会場】

(サトコはどこだ?)

盛り上がる店内をぐいぐい奥まで進み、サトコの姿を探した。
しかしどこにもその姿は見当たらない。

後藤
おつかれさまです。早かったですね
何か飲まれますか

難波
いや、それより···これで今日の参加者は全員か?

後藤
そのはずです。氷川だけ、来てすぐにケーキだけ置いて帰ったと聞きましたが···

難波
帰った!?

後藤
ええ、少し前みたいですが

(それなら、まだその辺に···)

俺は店を飛び出した。


【帰り道】

店から寮に向けての道を、俺は走った。

(なんか最近の俺、走ってばっかじゃねぇか?)

息が切れて、C国での逃走劇を思い出す。
あの時、追手から身を隠しながら、サトコの声が聞きたくて仕方なかったことも。

(そうか、ここは日本なんだから···)

俺はふと思いついて、携帯で電話を掛けてみた。

♪~

難波
!?

思いがけず近くから聞こえてくる聞き覚えのある呼び出し音。

サトコ
『もしもし?』

受話口からサトコの声が聞こえてきた瞬間、胸の中が温かなもので満たされた。
そんな感情を悟られないように、殊更平静を装う。

難波
おお、お疲れさん。その前に、メリークリスマスだな

サトコ
『室長···メリークリスマス』

ちょっとサトコの声に涙が混じった気がして、俺は慌てて周囲を見回した。
すると角をひと曲がった先に立つ、愛おしい姿が目に飛び込んできた。

(いた···)

難波
悪かったな。ずっと連絡もできなくて

サトコ
『そんな···聞いてます。急に決まった海外渡航任務だったって』

難波
そうなんだよ。挙句にどこもめちゃくちゃ電波が悪くてな
連絡したくてもできなかった

サトコ
『そんなことじゃないかなって思ってました。でももう、大丈夫になったみたいですね』

徐々にサトコとの距離を詰めながら、でも気配を悟られないようにそっと近付く。

難波
おお、今な。今はようやく、電波のいいところまで戻ってこれたから

サトコ
『お仕事、大変だと思いますけど頑張ってくださいね』

難波
ああ

サトコ
『私のことなら、気にしなくて全然大丈夫です』
『今日も公安学校のみんなとクリスマス会で』
『私は私でちゃんと楽しんじゃってますから!』

目の前に一人ぼっちでいるくせに、
俺に心配を掛けまいと、必死に楽しい振りをするサトコ。
その健気さに、俺の胸はいっぱいになった。

サトコ
「年明けに買ってきたら、また一緒に···」

難波
ただいま

その瞬間、サトコが息を止めたのが分かった。

サトコ
「え、室長···?」
「···おかえりなさい」

その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
俺は愛しさのあまり、思わずその頬に後ろからキスを落とした。

(こんなに冷たくなって···)

身体も唇も、すっかり冷え切ってしまっているサトコ。
それは単に寒さのためだけではないように思えた。

(俺が、寂しい思いをさせたからか···)

申し訳ない思いが溢れて、言葉の代わりにもう一度――
今度はちゃんと正面から唇を重ねた。
サトコがそっと瞑った瞳から流れる、ひと筋の涙。
それを指で拭い、唇を重ねたまま強く抱きしめる。

難波
今夜は離さねぇぞ

サトコ
「私も···離れません」

微笑み合い、二人手を取り合い歩き出す。
俺の手を握るサトコの手は、心なしかいつもより力強くて。
会いたかった気持ちが痛いほど伝わって、
俺は心から、無理にでも帰国して本当によかったと思った。


【難波マンション】

チュンチュンチュン···

難波
いっけねぇ!
おい、サトコ起きろ!朝だ、朝!

サトコ
「え?え?えー!」

時計を見たサトコは、慌てて部屋を飛び出していった。

(参ったな。昨日の夜、強がるサトコがかわいすぎてついつい···)
(それにしても···夜な夜な可愛がり過ぎてうっかり寝過ごすとは···)

ガチャッ

再びドアが開き、顔を見せたサトコはもうすっかり出勤支度を整えていた。

サトコ
「それじゃ、お先に行ってきます!次こそは、ちゃんと私が室長を癒しますから」

難波
え、あ、ああ···

バタン!

勢いよくドアが閉まり、小刻みな足音が遠ざかった。

難波
なんだ、今の···

かわいらしい年下の女の子かと思えば、時にああして頼りがいある男前な一面も見せる。

(本当に、面白いヤツだな)

俺は思わず、一人で笑ってしまった。



【教官室】

難波
おはようさん

久々に学校に顔を出すと、歩が怯えた目で俺を見た。

難波
どうした、歩

東雲
どうしたって、背中が痛いんですよ、背中が

難波
ああ、あれな···

加賀
何の話だ

後藤
室長に背中を叩かれて、その時の手形が2週間経っても消えないらしいです

こそこそと囁き合う声が聞こえてきて、俺は不敵に笑いながら後藤と加賀を振り返った。

加賀・後藤
「!」

(お前らもおかしなことしようとすると、こうなるぞ)
(サトコの湿布貼りは、俺だけの特権なんだからな)

怯える教官たちの視線を受けながら、俺は今日も職務にまい進する。
次の休み、必ずクリスマスの穴埋めをしてやれるように。

Happy End



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