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あ、クリスマスは愛のため中止です 後藤1話



【教官室】

12月に入ったある日のこと。
私は後藤さんの教官室で事務処理を手伝っていた。

後藤
手伝ってもらって悪い

サトコ
「いえいえ。後藤さんのお役に立てて嬉しいです」

後藤
おかげで今年分は年内に何とかなりそうだ

サトコ
「もうすぐ冬休みに入っちゃいますもんね」

後藤
そうだな···

後藤さんの目がカレンダーに吸い寄せられる。
私も密かにその視線を追った。

(12月、冬休み···と言えばクリスマス!)
(今年は後藤さんから誘ってくれるのかな···忙しそうだし、私から誘ってみようかな?)

ソワソワとした気持ちを抑えながら、その時を待っているのだけれど。

(もし仕事が入るとクリスマスもお正月も吹っ飛んじゃうよね)
(できることなら、私も後藤さんも何もないといいな···)

黙々と作業に没頭し、あと数件で終わるという頃。

サトコ
「···あれ?この書類、先月の24日に期限来ちゃってますね」

後藤
どれだ

サトコ
「ホラ。 “申請期限:11月24日” って···」

後藤
···まあ、何とかなるだろう
本庁に問い合わせてから処理するから、他の書類と分けておいてくれ

サトコ
「分かりました」

後藤
···24日···

後藤さんが何かに気付いたように顔を上げる。
その目が再びカレンダーに向かい···

後藤
今度のクリスマスだが···

サトコ
「は、はい!!」

思わず声に力が入る。
その時だった。

ガチャッ

??
「じゃじゃーん!お待たせしました子猫ちゃん!」

サトコ
「!?」

振り向くと、黒澤さんが笑顔で立っていた。

黒澤
アナタの黒澤、登場です☆
お2人に呼ばれた気がしたので駆けつけました

後藤
呼んでない。帰れ

黒澤
あれ?変だな~『会いたい』って声が聞こえたのに···

(それって幻聴では···?)

黒澤
でも、思いがけなく会えて嬉しいでしょ?オレはお2人に会えて嬉しいです!

サトコ
「えーと···?」

眩しい笑みを向けられたけれど、どう反応したものか分からない。

黒澤
照れるのは分かりますけど、素直に喜んで貰えた方がオレも嬉しいです
ほら、笑顔!ね?

サトコ
「は、はい···」

とりあえず笑ってみる私に、黒澤さんは『うんうん』と頷いた。

黒澤
やっぱりこの時期は楽しみで、ついニコニコしちゃいますよね。分かります

サトコ
「?この時期···って、何かあるんですか?」

黒澤
またまたぁ。このちょ~~~忙しい時期の楽しみと言えば、アレしかないでしょ?

サトコ
「···?」

<選択してください>

 アレってなんですか? 

サトコ
「えっと、アレって···?」

黒澤
おっと!?サトコさんなら絶対分かるはずですよ
後藤さんは······
残念ながら、分からないかもしれませんが···

後藤
お前が今俺を馬鹿にしていることは分かる

黒澤
冗談ですって☆

 アレですね! 

サトコ
「アレですね!楽しみです!」

(···って、なんのことかいまいち分からないけど···)

黒澤
って言ってますよ、後藤さん!

後藤
···俺に振るな

黒澤
やっぱり女の子は季節物に敏感ですからね~

 ボーナスですか? 

サトコ
「ボーナスですか?」

黒澤
い、意外に現実的!
うーん、当たらずとも遠からずですね、違います!

後藤
どっちだ

黒澤
ボーナスも楽しみですが···夢、大事ですよ
ゆ・め

後藤
顔が近い

後藤さんが私から黒澤さんを引き離した。

(あっ、もしかしてクリスマスかな?黒澤さん好きそうだもんね)

後藤
黒澤、回りくどい言い方をするな。氷川が困っている

黒澤
すみません。オレ、サトコさんを困らせちゃいました?

サトコ
「あ、いえ。それ程では···」

黒澤
ですよね!
はぁ······こんなに愛されて、皆さんのアイドルもつらいです······

後藤
誰がアイドルだ

口を挟もうにもタイミングが見つからない。
黒澤さんは内ポケットから1通の封筒を取り出した。

黒澤
皆のアイドル☆黒澤透から、サトコさんと後藤さんへのラブレターです!じゃっ

バタン!

後藤
一体何だったんだ···

サトコ
「この封筒、Invitationって書いてあります」

後藤
招待状か···。良い予感はしないが、ひとまず開けてみてくれ

サトコ
「分かりました」

手近のペーパーナイフで開けてみると、
中からキラキラのシールで埋め尽くされたカードが出て来た。

サトコ
「『Mr.Kプレゼンツ!』」
「『公安学校、クリスマス大大大パーティー』···?」

後藤
···大が多いな

サトコ
「ええと、12月の第2週の金曜日に、学内で大規模なパーティーを開くそうです」

『なんと!本庁の上層部もご招待!!あの人もこの人も来ちゃうかも?』
『という訳で生徒も教官も全員強制参加です☆』
『無断欠席者は黒澤が責任持って笑いながら迎えに行きますからね!』

黒澤さんらしいハイテンションな文言を読み上げる。

後藤
黒澤の笑いながらの迎えか···かなり嫌だな

サトコ
「本庁のお偉方ってどなたのことですかね。···後藤さん?」

何かを考え込むようにしていた後藤さんが、私の視線に気づいて目を上げた。

後藤
さすがに長官レベルじゃないとは思うが

サトコ
「アハハ、そうですね」
「それに長官がいらしたら皆恐縮して、パーティーじゃなくなっちゃいそうです」

(でも、よかった。クリスマス当日じゃなくて···)

これで当日は後藤さんと過ごせる···と思っていると。

後藤
氷川

サトコ
「は、はい!何でしょう」

後藤
このパーティーのあと、うちで2人で過ごさないか

サトコ
「え···はい!お邪魔します」

(金曜日の夜だし、そのままお泊まり···っていうお誘いかな)

ひそかにウキウキしていると、なぜか後藤さんが何かを言いにくそうな顔になる。

後藤
···いや、実は
年末から年始にかけて、短期の任務が入ってしまって···

サトコ
「···!」

後藤
イブ当日は、一緒に過ごせない

サトコ
「···そうですか···」

きっとその時、私の顔には落胆の色が浮かんだのだと思う。
後藤さんは申し訳なさそうに私を見やった。

後藤
···悪いな

サトコ
「あ、いえ!私のことは気にしないでください」
「気を付けて行ってきてくださいね」

後藤
ああ。ありがとう

サトコ
「後藤さんとのひと足早いクリスマス、楽しみにしてます!」

(仕事なら仕方ないよ、うん!)
(それなのに···私、思いきりガッカリした顔したりして)

慌てて笑顔を浮かべたけれど、後藤さんにもしっかり見られてしまった。

(後藤さん、気にしてないといいけど···)



【カフェテラス】

数日後、私は鳴子と一緒にランチを取った。

サトコ
「うーん···」

鳴子
「ちょっとサトコ、さっきから唸ってどうしたの?」

サトコ
「あっ、ごめん。声出ちゃってた?」

鳴子
「うん、割と。どこかで誰かのスマホが鳴ってるのかなって思うくらい」
「悩みがあるなら聞くから。抱え込んでるのよくないよ」

サトコ
「···ありがと。鳴子」
「あのね。これは私じゃなくて、友だちの話なんだけど···」
「クリスマスデートを楽しみにしてたのに、彼氏に仕事が入って」
「それで···つい、ガッカリした顔しちゃったんだって」

鳴子
「あちゃー···」

サトコ
「その子も彼氏が気にしてるんじゃないかって心配で」
「どうすればいいのか相談されたんだけど」
「私もどうアドバイスすればいいのか分からなくて···」

鳴子
「うーん。お互い働いてると、どうしてもぶつかる問題だよね」
「でもさ···一緒に過ごしたかったって言葉や態度で伝えるのも、甘え方の1つだよ」

サトコ
「!」

鳴子
「相手によっては、そうやって気持ちを伝えることを喜んでくれたりするしね」

サトコ
「···そっか」

沈んでいた気持ちが少しだけ浮上する。

(でも···もし嬉しいと思ってくれたとしても、やっぱり後藤さんに負担になってたら嫌だし)
(早いうちに機会を見つけて謝ろう···)


【廊下】

翌日。
授業を終えて学校内を歩いていると、ファイルを抱えた黒澤さんとすれ違った。

サトコ
「黒澤さん、お疲れさまで···」

黒澤
あっ!
飛んで火に入る冬のサトコさん!!

サトコ
「えっ」

黒澤さんは笑顔で私に極厚のファイルを押し付けた。

黒澤
いやぁ、実はパーティーの準備が全然進んでなくて···

サトコ
「!?で、でもパーティーって明後日じゃ···」

黒澤
そうなんですよ
いかに全知全能のオレでも
さすがに職員生徒全員プラスお偉方の面倒を1人で見るのは無理みたいで

(それ、気付くの遅すぎじゃ···)

黒澤
という訳で、サトコさん!助けてください!!

サトコ
「いえ、お手伝いは良いんですけど···」

押し付けられたファイルを何気なく開くと、最初にToDoリストが挟まれている。
終わっているのは会場の手配と校内の告知だけだった。

サトコ
「まだこんなに仕事が残ってるんですか!?」

黒澤
はい!!

(笑ってる場合ですか!)
(これじゃ2人に増えたところでどうにもならないよ···!)


【パーティー会場】

その後慌てて声をかけ、急きょ生徒・教官総出で準備することになった。

黒澤
長官たちへの声掛けはやっておきました!

サトコ
「ありがとうございます。それはさすがに私たちには無理なんで助かりました···」

(それはそれとして、本当に教官たちも来るんだ···)

黒澤
次は何をやりましょうか。何でも言ってくださいね☆

(いつの間にか、私が責任者になってる!?)

サトコ
「鳴子は当日のお偉方のアテンドを割り振ってくれる?」

鳴子
「はーい」

サトコ
「千葉さんは···」

千葉
「分かった、すぐに取り掛かるよ」

黒澤
いやー、人数が多いとどんどん準備が進みますねえ
これで何とか明日には間に合いそうです。皆さん、頑張りましょうねー!

加賀
まずはお前が働け、クズ

黒澤
えー?嫌だな。オレ、誰よりも働いてるじゃないですか

颯馬
だいぶ認識の相違があるようですね

後藤
黒澤だからな···

石神
やめておけ。深く考えても仕方ない、時間の無駄だ

難波
まーまー。こういう時はお互い様だ、手伝ってやれ

東雲
透、飾りの材料足りない

黒澤
あっ、すみません。じゃあ買い出しお願いします!

一同
「······」

教官たちの目が黒澤さんを捉える。
怒りが滲む眼差しに寒気が走った。

(怒ってる、怒ってるよ···!)
(黒澤さん、無事に新年を迎えられるといいけど···)

そして迎えたパーティー当日。

(な、何とか間に合った···)

ほとんど寝ずに準備したせいで、会場には早くも気だるげな雰囲気が漂っている。
黒澤さんだけは元気いっぱいで、張り切ってマイクを握った。

黒澤
···はいっ!みなさん、本日はようこそお集まりいただきました
みなさんのサンタクロース、黒澤透です!!

東雲
サンタの袋には何が入ってるんでしょうね。 “厄災” ?

颯馬
 “タダ働き” かな

加賀
 “無駄骨” だろ

難波
まあまあ。お前らも飲め

石神
乾杯がまだですが

後藤
上役たちに挨拶してからでないとマズいですよ

加賀
うるせぇ。酒くらい好きに飲ませろ

(やっぱり教官たちから負のオーラがじわっと···)

それにしては皆さん珍しく、文句らしい文句は言おうとしない。
不思議に思いつつ、学生一同で幹部たちと教官たちにお酌をする。

サトコ
「長官、どうぞ」

警察庁長官
「ありがとう」

鳴子
「次長!ビールお注ぎします!!」

黒澤
皆さんグラスは行き渡りましたか?
では···メリー・クリスマス!!!

一同
「メリー・クリスマス!」

あちこちでグラスがぶつかり、賑やかなパーティーが始まった。
教官たちの橋渡しで、学生たちが教官たちにも話しかける。

(とりあえず、何とか開催にこぎつけてよかった···)

ホッとしつつブッフェの料理をよそっていると、後藤さんと行き会った。

サトコ
「後藤さん!お疲れさまです」

後藤
お疲れ
ギリギリまでの準備、大変だったな

サトコ
「ありがとうございます。後藤さんも」

後藤
このチキンは美味い。早めに確保しておけ

サトコ
「あ、はい!いただきます」

後藤さんの態度はいつも通りで、先日の一件を気にしている様子はないけれど···

サトコ
「あの···後藤さん」

後藤

私は周りが見ていないことを確かめ、何気なく続けた。

サトコ
「先日はすみませんでした」
「あの···年末の話をしてたときに、ガッカリした顔をしてしまって」
「自分でも子供っぽかったって反省しています」

後藤
ああ···いや
そういう所も、アンタのいい所だ

微かな笑みを浮かべて、後藤さんは私を見つめ返した。

後藤
だからもう、気にするな

サトコ
「···ありがとうございます」

小さくうなずいて、後藤さんはブッフェテーブルから離れて行った。

(ああいう風に言葉をくれる後藤さんが、私はやっぱり好きだな···)

気付けば会場は大いに盛り上がり、黒澤さんの司会も冴えわたっている。

黒澤
皆さんが仲良くおしゃべりしてくれて、オレもとっても嬉しいです!
次は皆さんお楽しみ···
デラックスでファビュラスでワンダフルな、クリスマスビンゴコーナーです!

to be continued



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