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あ、クリスマスは愛のため中止です 後藤カレ目線



【室長室】

師走に入ったある日、室長の執務室に呼び出された。

難波
年末に悪いんだがな。冬休みに入ったら、本庁の潜入捜査を手伝ってやってくれ

なんでも下準備の手が足りず、困っているのだという。

難波
ん?なんだ。それとも外せない用事でもあるのか

後藤
いえ。分かりました

(仕事の命令だ。是非などない)

···だが数日前から妙にソワソワしているサトコを思い出すと、少し気が重くなる。

(多分、クリスマスの予定を気にしているんだろう)

自身の残念な気持ちにサトコへの申し訳なさが入り混じり、
何とも形容しがたい気分だった。

(だが、仕事は仕事だ。そこは弁えてくれているだろう)



【個別教官室】

···もちろん、サトコは駄々を捏ねたりはしなかった。だが。

後藤
実は年末から年始にかけて、短期の任務が入ってしまって···

サトコ
「···!」

後藤
イブ当日は、一緒に過ごせない

見開いた目に、一瞬だけ落胆が浮かぶ。

後藤
···悪いな

サトコ
「あ、いえ!私のことは気にしないでください」
「気を付けて行って来てくださいね」

すぐに笑顔を浮かべてはくれたが、
あの落胆こそサトコの本心だろう。

(サトコは仕事と私事をきちんと弁えている···)
(だが、だからこそ、我慢させてしまっているのか?)

【教官室】

それから数日後、サトコが黒澤と連れ立って教官室へやってきた。

後藤
どうした。珍しい組み合わせだな

サトコ
「はい。それが実は···」

黒澤
オレとサトコさんから、折り入ってお願いがあって来ました
次の金曜日のクリスマスパーティー、手が足りなくて全然準備できてません

加賀
それでまさか、手伝えってんじゃないだろうな

黒澤
ピンポーン!正解です

加賀
あ゛?ぁ゛?

サトコ
「ひっ···私を睨まないでください!」
「あの、私からもお願いします」
「このパーティーを楽しみにしている生徒も多いみたいですし」
「今からでも皆さんでやれば、きっと間に合いますから···!」

一瞬、教官たちの視線が交わった。

難波
仕方ないな。お前ら、手伝ってやれ

サトコ
「ありがとうございます!」

黒澤
あっ、難波さんにも当日の閉会の辞をお願いします!
だから飲み過ぎないでくださいね

難波
···面倒だな。長官や次長に押し付けちまえ

石神
やはり主催側の責任者が一度は壇上に立たないと格好がつかないでしょう

東雲
···で、何を手伝えばいいわけ

黒澤
歩さんは会場の飾りつけをお願いします
イメージは過度にクリスマスに浮かれてる感じで

東雲
リア充っぽくってことね。了解

(まったく、この忙しい時期に仕事を増やしてくれるとはな)

本来ならば文句を言うなり、手伝いを拒むなりしてやりたいところだ。

サトコ
「あの···私、教官たちは絶対ノーって言うと思ってたんですけど···」

黒澤
そんなことないですよ。皆さんなんだかんだで優しいですから☆

怯えるサトコの隣で、黒澤は呑気に笑っている。
だがその笑顔の裏で何を考えているのか、サトコは知る由もない。

(大方、この期間に上役の見張りをしておきたいんだろう)
(一枚岩とは言えない組織に入ったひび割れを早めに見つけておきたい、といったところか)

加賀さんでさえ準備に協力しているのは、それが薄々分かるからだ。
だが煩わしく思う気持ちまでは、どうにもならなかった。


【パーティー会場】

クリスマスパーティー当日。
料理を取りにブッフェテーブルへ行くと、サトコが料理を取ってるところだった。

サトコ
「後藤さん!お疲れさまです」

後藤
お疲れ

サトコ
「あの···後藤さん」

後藤
何だ

サトコは少し言いにくそうに言葉を続ける。

サトコ
「先日はすみませんでした」
「あの···年末の話をしてたときに、ガッカリした顔をしてしまって」
「自分でも子どもっぽかったって反省しています」

後藤
ああ···いや

(やはり気にしていたのか)

後藤
そういう所も、アンタのいい所だ

そう言うと、サトコの顔がパッと明るくなる。

後藤
それより、俺はアンタに我慢させてないか

サトコ
「えっ。いえ!」

サトコは急いで首を振り、くすぐったそうな笑みを浮かべた。

サトコ
「我慢なんて···全然」
「もしこれが我慢だとしても···後藤さんの隣にいるためなら、いくらでも我慢します」

後藤
そう言われると尚更心配になるが···

サトコ
「でも、それも含めて嬉しいので」

しおれる顔や微笑む顔がいじらしい。
自分に課すものが大きいサトコだけに、飲み込む本音も多いのだろう。

(自分の口下手がこうなると恨めしいな)

フォローしてやろうにも、上手く伝わっているかどうか。

後藤
分かった。また後でな

サトコ
「はい!」

この後のことをさりげなく確かめると、サトコの顔が一気に明るくなる。
その一瞬さえ愛おしかった。

ビンゴが始まり、パーティーはひと際盛り上がりを見せた。
景品を受け取るサトコを遠目に見ながら、
先に抜ける許可をもらおうと石神さんの隣に立つ。
だがこちらが切り出す前に、石神さんはステージにいるサトコを一瞥した。

石神
見たところ氷川も疲れているようだ。連れて帰って休ませろ

後藤
···分かりました

軽く頭を下げてその場を離れる。

(石神さんも気付いていたのか···さすがだな)


【後藤マンション】

サトコが持ち帰ったビンゴの景品は、
残念ながら家電でも商品券でもシャンパンでもなかった。

サトコ
「ねこ、みみ···?」

猫耳の飾りを目にして、サトコは明らかに動揺していた。

(よりによってサトコにこれを?)
(ということは、アイツ···わざと)

後藤
黒澤·········

頭の中で黒澤に回すしち面倒な仕事を思い浮かべ始めた俺の隣で、
サトコは何やらモゾモゾとしていたが、
猫耳を着けてしなを作った姿を見て、こっちも一気に酔いが醒めた。

サトコ
「お、怒んないで、にゃん···」

後藤
······

潤んだ上目遣い、自分を庇うようにも見える手。
その頭で揺れる、三角の耳。
恋人に猫耳を着けるなど、全く趣味ではない。
だが。

後藤
···フ···
···ハハッ!

サトコの咄嗟の行動がおかしくて、怒りはいつの間にか消えていた。

(にゃんって···)
(そんなのアリか?)
(いつもは真面目なのに、たまにこういうことをしてくる)

そうして笑っているうち、またぐっと酔いが回る。

(趣味じゃなくても誰より可愛いと思えるのが···)

後藤
···不思議だな

サトコ
「え···?」

後藤
毎年···いや···アンタとこうして過ごす度、もっとサトコを好きになる

サトコ
「!」

触れた頬がみるみる赤くなることさえ、愛おしい。

後藤
このままじゃアンタのことが好きになり過ぎて、そのうちおかしくなりそうだ···

サトコ
「···っ」
「後藤さんの気持ち、すごく嬉しいです」
「だけど···それでもきっと、私の好きにはまだ敵いません」

微笑む眼差しを向けられて、また抱きしめたくなる。
どれほど言葉を重ねても、この気持ちは伝えきれない気がした。

【寝室】

翌朝。
深く眠るサトコの寝顔を眺める。
僅かに触れる指先が温かい。

(俺はいつからこんなにサトコを好きになったんだろうな···)

教官と補佐官として隣にいるうちに、いつの間にかこんなにも惹かれていた。
と、サトコがとろんと瞼を開く。

サトコ
「ん···?」
「···あ······おはよう、ございます」

どこか恥ずかしそうに、サトコは俺に微笑みかけた。
首の下に腕を滑り込ませて抱き寄せる。

後藤
おはよう。もう少し寝てていい

サトコ
「···はい···後藤さんも···」

後藤
ああ

腕の中に抱きしめて、髪を優しく撫で続ける。
サトコは安心したように、再び寝息を立て始めた。

(『おはようございます』···か)
(俺がそんなアンタの何気ない言葉にまで癒されてることも)
(寝ぼけた顔を、あと5分でいいから腕の中に抱いていたいと思うことも···)
(アンタは、きっと知らないだろうな)

一緒に朝を迎えるたび、照れた顔で言ってくれる挨拶。
それは今の俺にとって、かけがいのない幸福の1つだった。
そんな自分の方が、実はサトコよりよほど子どもっぽい気もする。
眠るサトコを抱きしめ直すと、自然に安堵の吐息が漏れた。

(来年のクリスマスも、一緒に祝おうな。サトコ)

Happy End



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