【バス】
(うわ~、一面の銀世界!)
雪山合宿のため、バスに揺られてスキー場へやってきた。
しかし、バス内は重苦しいほどに静まり返っている。
(それは···いつにも増して機嫌が悪い石神さんの存在のせい···かも?)
前方に座る憮然とした医師概算の横顔を盗み見しながら、数日前のことを思いだす――
【教官室】
難波
「例の、年度内予算をどう使い切るかの問題なんだが···」
石神
「是非とも学内施設の充実に当てるべきかと」
難波
「まあそれが妥当と言えば妥当なんだがな」
石神
「何か問題でも?」
黒澤
「実はもっと建設的な案が出たんですよ!」
石神
「建設的な案?」
黒澤
「学内の親睦を深めるための雪山合宿です!」
(わ、楽しそう!)
提出書類があり、たまたまその場にいた私は思わず笑顔になった。
颯馬
「何も極寒の地で親睦を深めることもないでしょう」
東雲
「聞いただけで風邪ひきそう」
黒澤
「寒いからこそ熱くなれるんです!」
後藤
「お前は常に暑苦しいが···」
黒澤
「とにかく、皆さんもゲレンデが溶けるくらいの恋をしに行きましょう!」
(恋って···)
颯馬
「建設的な方向が明らかに間違ってますね」
加賀
「くだらなすぎてめまいがする···」
難波
「でもまあ、雪山で熱くなるのも悪くないんじゃないか?」
石神
「室長まで何を···」
難波
「いや、別に俺はゲレンデを溶かすつもりはないが、雪見酒の一杯でも···」
石神
「室長!」
難波
「まあ、そう熱くなるな」
黒澤
「そうですよ、熱くなるのはゲレンデに行ってからで!」
石神
「黒澤···」
黒澤
「ひっ」
黒澤さんの短い悲鳴と同時に、室長がポン!と手を叩く。
難波
「よし。じゃあ雪山か学内施設か、ジャンケンで決めるか」
後藤
「本気ですか?」
難波
「ここは公正公平にジャンケンでいいだろ」
黒澤
「ですよね!」
後藤
「······」
石神
「···後藤、勝てばいい」
後藤
「はい···」
深くうなずいた後藤教官と、やる気満々の黒澤さんが向かい合う。
(なんか私、すごい現場に居合わせちゃったかも···)
黒澤
「いきますよ···最初はグー、ジャンケンポン!」
後藤
「···!」
黒澤さんはパー、後藤教官はグーを出した。
黒澤
「やった!雪山合宿に決定~!!」
石神
「······」
後藤
「···すみません」
沈黙する石神さんに、後藤教官は小さく呟いた···。
【バス】
(石神さん、来たくなかったんだろうな···)
(でも立場上、参加しないわけにもいかないもんね···)
加賀教官は自ら留守番役を買って出て不参加。
颯馬教官はインフルエンザで欠席。
否応なしに引率係となった石神さんの声が、前方席から低く響いてくる。
石神
「間もなく到着だ。全員、覚悟しておけ」
鳴子
「···今日の石神教官、いつにも増してピリピリしてない?」
<選択してください>
サトコ
「うん、そう思う」
鳴子
「本気で覚悟しておいた方がいいかもね···」
サトコ
「···まあね」
サトコ
「そんなことないよ」
鳴子
「いやいや、絶対いつもより怖いって」
サトコ
「···まあね」
サトコ
「そ、そうかな···」
鳴子
「え、このバス内の沈黙が全てを物語ってるでしょ」
サトコ
「···まあね」
千葉
「無事に帰れますように···」
到着間近のバスの中は、外気よりも冷たく凍り付いていた。
【ゲレンデ】
鳴子
「わ~、まさに白銀の世界だね!」
サトコ
「寒いけど、空気が気持ちいいね」
バスから降りると、一気に緊張が和らいだ。
中でも念願かなった黒澤さんのはしゃぎぶりがすごい。
黒澤
「見てください!右も!左も!」
「ゲレンデマジックで可愛い子ばっかりですよ!歩さん!」
東雲
「揺らさないで、髪が乱れる」
(黒澤さんってば···本当に来たかったんだな、雪山合宿)
とはいえ合宿は合宿、レジャーではない。
それを証明するかのように、石神さんが皆の前に立つ。
石神
「これより冬季冬山合宿を開始する」
「基本メニューは、雪山の歩き方から、雪山での遭難時対処方法」
「ならびに捜索、環境把握、それから···」
(ま、まだあるの?)
千葉
「1泊なのにてんこ盛りだな···」
ボソッと呟いた千葉さんの声に、石神さんが鋭く反応する。
石神
「何だ千葉、異論があるならハッキリ言え」
千葉
「いえ!異論ありません!」
石神
「ならいいが、雪山は常に危険と背中合わせの過酷な環境だ。気を抜くな」
千葉
「はい!」
黒澤
「石神さん、気合い入ってますね。実は最初から雪山合宿に賛成だったりして?」
後藤
「それはない」
石神
「···以上」
黒澤
「あ!ちょっといいですか!」
石神
「なんだ?」
黒澤
「全日程終了後の雪合戦大会メンバーが若干不足してます!」
「特に教官の方々、奮ってご参加ください!」
石神
「···連絡事項はそれだけか」
黒澤
「以上です!」
威圧感たっぷりに一瞥された黒澤さんは、シャキッと背筋を伸ばした。
石神
「···では、各自一旦部屋に入り荷物を置いたら再集合。その後、即訓練開始だ!」
一同
「はいっ!」
【雪山】
訓練服の上に防寒具を着込んで再集合後、鳴子と共に探索演習に出発した。
鳴子
「滑走ルートを外れると、途端に深い雪山に様変わりだね」
サトコ
「新雪が積もってるからすごく歩きにくいし」
スキー場の裏手にある雪道を進み、手つかずの雪山に難儀する。
鳴子
「でもやっぱり雪って綺麗」
サトコ
「なんかロマンチックなんだよね」
鳴子
「クリスマスの時期だから余計にそう感じるのかも」
鳴子はスキー場から聞こえてくるクリスマスソングに耳を傾けるようにして言う。
鳴子
「サトコ、今年のクリスマスはどう過ごすの?」
サトコ
「うーん、仕事かな」
鳴子
「そうなの?」
サトコ
「石神教官に頼まれてる仕事があって」
鳴子
「うわぁ、クリスマスに仕事を頼むなんて、まさに鬼教官」
サトコ
「あはは···」
(でも、石神さんもクリスマスは仕事だって言ってたし)
(どっちにしろ会えないんだよね)
深い雪の中を歩きながら、ふと寂しさを感じる。
(年末年始も私は実家だし、今年はこの合宿で会うのが最後になりそう···)
ましてや今日の石神さんの様子では、とても甘えた態度は見せられない。
(仕事上、2人の都合が合わないことは多いし、それは十分わかっているけど···)
やはり寂しさを感じずにはいられない。
(でも私は、公安刑事として頑張ってる石神さんが好きだから)
鳴子
「あ、あんな所に小屋がある」
サトコ
「え?あ、本当だ」
ついそんなことを考えてしまった私は、鳴子の声で現実に戻った。
鳴子
「使われてなさそうだね」
サトコ
「一応確認していく?」
鳴子
「うーん、探索ルートから外れているし、いいんじゃないかな?」
サトコ
「そうだね。そろそろ戻った方がいい時間だしね」
念のため地図にチェックだけ入れ、その場を通り過ぎた。
探索から戻ると、ちょうど昼休憩の時間となった。
黒澤
「さあ皆さん、ゲレンデが溶けるくらいの恋を見つけに行きましょう!」
黒澤さんを筆頭に、他の教官や訓練生たちも元気よくゲレンデへ向かう。
でも、その中に石神さんの姿はない。
(部屋でひと休みしてるのかな?)
石神
「氷川」
サトコ
「え···」
振り返ると、石神さんが立っていた。
石神
「お前は滑りに行かないのか?」
<選択してください>
サトコ
「今行こうと思っていたところです」
石神
「そうか。気を付けろよ」
サトコ
「はい。訓練に支障が出ないよう気を付けます」
石神
「いい心がけだ」
(褒めてもらえた···!)
サトコ
「あとで行きます」
石神
「昼休みは1時間しかないぞ」
サトコ
「少し体も休めたいので」
石神
「まあ、午後の訓練もあるからな」
(うっ···やっぱり午後もスパルタだよね···)
サトコ
「私は行きません」
石神
「休憩時間くらい楽しんで来い」
サトコ
「そうなんですけど、昼食もしっかり食べたいので」
石神
「腹ごしらえ優先か。お前らしいな」
(素直に言い過ぎちゃったかも···ちょっと恥ずかしいな)
サトコ
「石神さんは行かないんですか?」
石神
「俺はいい。それよりお前にちょっと···」
鳴子
「サトコ!」
石神さんが何か言いかけた時、鳴子がリフト乗り場の方から私を呼んだ。
その隣には千葉さんもいて、こっちへ来いと手招きしている。
石神
「···呼んでるぞ」
サトコ
「はい···」
「でも今何か話が···」
石神
「いや、何でもない」
そう言って、石神さんはそのまま背を向けて行ってしまった。
サトコ
「待ってくだ···」
鳴子
「サトコもおいでよー!」
(あ···)
追いかけようとした瞬間また呼ばれ、私は諦めて鳴子の方を振り返った。
サトコ
「今行くー!」
返事をしてもう一度石神さんの方を振り返り、その背中を見つめる。
(石神さん、さっき何か言いかけたよね···)
(また話せるチャンスがあるといいけど)
後ろ髪をひかれる思いで、鳴子たちの元へと走った。
午後の厳しい訓練も終わり、なんとか初日を終えた。
千葉
「もうヘトヘト···」
鳴子
「体の芯まで冷え切ってるし···」
サトコ
「早くお風呂で温まりたい···」
ぐったりして部屋に戻ろうとすると、
子どもたちが雪だるまを作ってテラスに並べている。
サトコ
「ふふ、可愛いね」
鳴子
「なんか和むね~」
男の子
「お姉ちゃんたちも一緒に作ろうよ!」
サトコ
「うん!」
疲労で身体が重くなってるにも関わらず、
子どもたちの元気な声につい誘われて、私たちも雪だるまを作ることになった。
サトコ
「できた!」
鳴子
「なにその顔、なんか怒ってない?」
男の子
「アハハ!お姉ちゃんの雪だるま、変な顔~」
赤い帽子を被った男の子が楽しそうに笑い声をあげた。
サトコ
「えー、変かな~?」
男の子
「怒りんぼ雪だるまだ!」
(確かにちょっと怒ってる···?ていうかこれ···石神さんに似てるかも···)
少し不機嫌そうなその雪だるまが、途端に愛しく見えてくる。
(部屋に連れて帰りたくなっちゃうな)
空が暗くなり始め、親御さんたちが子どもたちに帰るよう促し始める。
鳴子
「私たちもそろそろ戻ろっか」
サトコ
「そうだね」
男の子
「お姉ちゃんたち、明日もいる?」
サトコ
「うん、いるよ」
男の子
「じゃあまた一緒にあそぼ!」
サトコ
「そうだね、お昼頃なら遊べるかな」
男の子
「やった!約束だよ」
男の子は笑顔で手を振りながらホテルに入って行った。
(ふふ、可愛いな)
訓練の疲れも忘れ、私も笑顔で手を振り返した。
【ホテル】
サトコ
「ダメです···見当たりません···」
夜になり、夕方一緒に雪だるまを作った子どもが行方不明になったと連絡が入った。
ホテル内を探すもその姿は見つからない。
サトコ
「夕食を終えて、家族で大浴場へ向かう途中で見失ったそうです」
千葉
「ちょっと目を離した隙にってやつか」
後藤
「外へ出た可能性もあるな」
東雲
「冒険したくなったとか?」
難波
「ひとまずホテル周辺を捜索だ」
石神
「単独行動は避け、グループで手分けして捜索するように」
一同
「はいっ」
【ホテル周辺】
ホテルから出ると、外はかなり吹雪いていた。
鳴子
「これじゃ数メートル先もよく見えない···」
サトコ
「こんな吹雪の中で今頃···」
私が作った雪だるまを見て笑った、赤い帽子の男の子の笑顔を思い出す。
(絶対に見つけるから···!)
数名ずつに分かれて周辺を捜索し、ホテル裏手に回った。
鳴子
「なにか落ちてる」
サトコ
「え?」
真っ白な雪の中にポツンと何かが見える。
千葉
「何だろ?」
千葉さんが懐中電灯を向けると、それはあかい物のように見えた。
サトコ
「···あの子の帽子!」
鳴子
「えっ?」
サトコ
「千葉さん、そこからあのポイントを照らしてください!」
千葉
「わかった!」
サトコ
「鳴子!教官たちに連絡を!」
鳴子
「了解!」
大型の懐中電灯を持っている千葉さんに行く先を照らしてもらい、
私はそのまま深い雪の中を突き進む。
(間違いない、あの子のだ···!)
拾い上げた帽子を握りしめながら、改めて近くを見渡す。
サトコ
「···!?いた!いました!!」
帽子があった少し先に、薄っすら雪を被った小さな体が倒れていた。
深い雪をかき分けて近づき、すぐさまその身体を抱き上げる。
サトコ
「しっかりして!」
冷え切った頬を軽く叩きながら、必死に話しかける。
サトコ
「ねえ起きて!明日も一緒に遊ぼうって約束したでしょ!?」
子ども
「···おねぇ···ちゃん···?」
サトコ
「···!!」
か細い声を聞き届け、ぎゅっと小さな体を抱きしめた。
サトコ
「よかった···もう大丈夫だからね」
千葉
「氷川!こっちへ」
サトコ
「うん」
男の子を抱き上げ、駆けつけた千葉さんに預けたその直後――
ズサッ
(えっ···)
足元の雪が突然大きく崩れ、ぐらりと身体が傾いた。
(···落ちる!)
??
『サトコ!!』
吹雪の音に紛れ、かすかに私の名を呼ぶ声がした···
to be continued