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あ、クリスマスは愛のため中止です 石神2話



(ん······)

寒さを感じて目を覚ますと、雪の中に埋もれるように倒れていた。

(そうだ···男の子を助けた時に···)

足を滑らせ、雪に覆われた崖から転げ落ちたことを思いだす。
ゆっくりと上半身を起こし、手足を動かしてみる。

(大丈夫だ、どこも痛くない)

サトコ
「でも参ったな···」

辺りを見回すも、暗さでよく見えない上に、とにかく一面雪だらけだ。

(だけど、あの子を預けた後でよかった···)

千葉さんがしっかりと抱き留めてくれた姿がはっきりと残っている。

(とにかく、まずは場所の把握を···)

立ち上がろうとしたその時、何かが手に触れた。

サトコ
「···石神さん!?」

すぐ隣で、私の方へ手を伸ばすような格好で石神さんが倒れている。

(落ちる瞬間に名前を呼ばれたような気がしたけど···幻聴じゃなかったんだ!)

サトコ
「石神さんっ!!」

名前を呼びかけるも、反応がない。
慌てて口元に顔を寄せてみる。

(よかった···息がある)

呼吸と脈も確認し、ひとまずホッとする。

(でも早く何とかしないと、どんどん体温を奪われちゃう···)

サトコ
「石神さん!わかりますか?石神さん!」

何度も名を呼びながら、頬を叩いて刺激を与え続ける。

(とにかくここから動かないと)

しかし、真っ暗な上に吹雪いているため、周りの様子がさっぱりわからない。
落ちてきた軌跡もすでに雪で覆われてしまったらしく、
どこからどう落下したのかも分からない。

(どうしよう···このままじゃ2人とも···)

携帯の電池は切れ、完全に遭難状態となってしまった。

(そうだ、鳴子と探索したルートって···)

昼間、ホテルの裏手の山道を進んだことを思い出した。

(さっきホテルの裏に回ったんだよね)
(男の子を発見した地点とホテルの立地を考えれば)
(落ちた場所がだいたい分かるはず···)

気絶したままの石神さんをそっと抱き寄せながら、必死に考える。

(やっぱりそうだ、ここはちょうど昼間歩いた辺り···ということは···)
(この先に小屋があるはず···!)

石神さんの腕を肩にかけ、引きずるようにして歩き出した。
深い雪の中、一歩足を動かすだけでも相当な力がいる。

(でも···今、石神さんを助けられるのは私しかいないんだから···!)


【小屋】

サトコ
「ハァハァ···助かった···」

なんとか小屋まで辿り着いた私は、石神さんをそっと下ろした。
有り難いことに、そこには毛布も薪もある。

サトコ
「すぐに火を点けますからね」

石神さんを毛布でくるみ、火を起こす。

(お願いだから早く目を覚まして···)

薪がパチパチと音を立て始める中、祈る思いで石神さんの身体をさする。
その時ふと、昼間の訓練の際に教わったことを思い出した。

(雪山でのこういう遭難時は、肌で温め合って体温の維持を図れって···)
(···けどまさか、いきなりそれを実践することになるなんて···)
(しかも石神さんを相手に···)

躊躇う気持ちを振り払い、意を決して服を脱ぎ始める。

(できることは何でもして、私が石神さんを助ける···!)

防寒着を脱ぎ捨て、上着を脱ぎ、蓄熱セーターを脱ごうとしたその時――

石神
···待て、意識はある

(えっ!?)

微かな声と共に、セーターに掛けた手を掴まれた。

サトコ
「石神さん!!」

石神
早まるな···そういうことは、きちんと状況を判断してから行え

ゆっくりと身体を起こし、石神さんは私が脱いだ上着を押し付ける。

石神
裸で温め合うのが効果的なのは···相手が低体温で···意識のない場合だ

サトコ
「は、はい···」

石神
···俺は意識がある。緊急時こそ冷静な判断を心がけろ

<選択してください>

 素直に謝る 

サトコ
「すみません、気が動転してしまって···」

石神
···分かっているならいい

サトコ
「でも、実践でこれでは···」

石神
次に生かせ

サトコ
「はい···」

 反論する 

サトコ
「でも、呼んでも叩いても反応がなかったので···」

石神
だからっていきなり裸になるヤツがあるか

サトコ
「そうですよね···」

石神
下手をしたらお前も命の危険に晒される場合もある

サトコ
「はい···」

 黙って聞く 

(冷静になるよう心がけてたつもりだけど···確かにちょっと早まったかも···)

石神
聞いているのか?

サトコ
「はい、聞いてます···」

(起きた途端にお説教なんて···でも、石神さんらしい···)

怒られているのに、熱い涙がこみ上げてくる。
何を言われても、今は石神さんが目覚めてくれたことの方が嬉しい。

石神
···まったく
俺の惚れた女は手がかかる···

不意に抱き寄せられ、上着を肩に掛けられた。

石神
ありがとう、助かった

(石神さん···)

抱きしめられた身体に、石神さんの体温が伝わってくる。

サトコ
「よかった···無事でよかったです···本当に···」

声に出した途端、一気に涙があふれてしまった。

石神
······

石神さんはそっと私の頬に手を添え、親指で優しく涙を拭ってくれる。

(石神さんの手、冷たい···)

思わずその手を取り、両手で包み込むようにして掴んだ。

サトコ
「はぁ~っ」

包んだ手を温めたくて、そこへ何度も息を吹きかける。

石神
······

(ん···?)

気付くと石神さんがポカンとした表情で私を見つめていた。

(はっ!私ってば母親みたいなことを···!)

サトコ
「すみま···っ!?」

謝ろうとした言葉が、突然のキスに消された。

(石神···さん···?)

一瞬で唇は離れ、石神さんの顔がみるみる赤くなる。

石神
あ、いや···その···

サトコ
「え···」

石神
い、今のはお前が悪い

真っ赤になって抗議してくるものの、石神さんは私の手を離さない。

(なんか···こっちまではずかしくなってきちゃうな···)

このまま沈黙が訪れ、小屋の中はパチパチと薪が燃える音だけが響く。

サトコ
「···外はまだ吹雪いているみたいですね」

石神
ちょっと様子を見てみるか···、っ

立ち上がろうとした石神さんが、一瞬眉間にしわを寄せた。

サトコ
「石神さん?もしかしてどこか痛むんじゃ···」

石神
大したことない

そう言って立ち上がるも、わずかに右足を庇っている。

サトコ
「右足、挫いてるんじゃないですか?」

石神
これくらい問題ない、十分歩ける

サトコ
「でも···」

<選択してください>

 「雪山は無理です」 

サトコ
「その足で雪山は無理です」

石神
大丈夫だ

サトコ
「ダメです!」

石神
······

 「私が肩を貸します」 

サトコ
「それなら私が肩を貸します」

石神
その必要はない

サトコ
「否定されても離れませんから」

石神
···それじゃかえって歩きづらい

 「まず手当が先です」 

サトコ
「まず手当が先です」

石神

手当てするほどの怪我じゃない

サトコ
「放っておけば悪くなるばかりですよ?」

石神
···言い出したら聞かないな

サトコ
「とにかく···そのままちょっと待っててください!」

私は小屋の扉を少し開け、一握りの雪を掴んでハンカチに包んだ。
それを石神さんの患部に当てて固定する。

石神
手際がいいな

サトコ
「日頃から “厳しく” 指導されていますから」

石神
そうか···そうだな

石神さんは僅かに頬を緩ませた。

サトコ
「やはりこのままここで朝が来るのを待ちましょう」

石神
ああ。それが賢明のようだ

幸い薪はたっぷりあり、一晩くらいなら暖は取れる。

サトコ
「今頃みんな大騒ぎでしょうか···」

石神
だろうな

サトコ
「私の失態で迷惑をかけてしまい···申し訳ないです」

石神
帰ったら反省文は免れない

サトコ
「はい···」

石神
俺も一筆書くことになりそうだ

ふっと小さく微笑むと、石神さんは改めて私を抱き寄せた。
そのまま自分を包んでいる毛布で私も包み込む。

サトコ
「あったかいです···」

石神さんの体温をしっかり感じながら、改めて無事でいてくれることに安堵する。

石神
少しでも身体を寄せあった方がいい

サトコ
「はい···」

石神
裸になる必要はないが

サトコ
「···わかってます」

石神
もう少し気絶していればよかったか

サトコ
「······えっ」

石神
冗談だ。ガラにもないことをしたな

(石神さんってば···)

つい笑ってしまった私につられるように、石神さんも微笑んだ。

石神
そうだ···これを···

サトコ
「···?」

毛布の中でもぞもぞと動き、石神さんはポケットから小さな包みを取り出した。

石神
昼間、渡しそびれた

(昼間···?あっ、鳴子たちに呼ばれたあの時···)

石神
···呼んでるぞ

サトコ
「はい···」
「でも今何か話が···」

石神
いや、なんでもない

何か言いたげだった石神さんは、
そのままうやむやにして去って行ってしまったことを思い出した。

石神
少し早いが、クリスマスプレゼントだ

サトコ
「···!」

石神
···今年はこの合宿で会うのが最後になりそうだからな

サトコ
「石神さん···」

(一緒に過ごせなくて寂しいって思っていたけど···)
(石神さんも同じ思いでいてくれたんだ···)

サトコ
「開けてもいいですか?」

石神
構わないが···

石神さんは、なぜか少し困ったような顔になる。
その隣で小さな包みを開けると――

サトコ
「わあ、スノードーム!」

小さなドームの中に、サンタ帽を被った白クマがちょこんと座っている。
そっと振ると、柔らかな粉雪がゆっくりと白クマの上に降りかかる。

サトコ
「可愛い···」
「ありがとうございます。嬉しいです」

石神
まさか雪山の中で渡すことになるとは思わなかったが

(あ···それで困ったような顔をしてたのかな···?)

サトコ
「もしかして、雪山合宿が決まる前に買ってくれたんですか?」

石神
ああ···黒澤のせいでこんなことに···

(ふふ···確かに雪山で遭難中にスノードームをもらうなんて···)

そう思ってふと気づく。

サトコ
「そういえば、今の私たちの状態って···」

石神
···?

サトコ
「真っ白い雪に囲まれた小屋の中に閉じ込められて···リアルスノードーム状態ですね」

石神
···ふっ、そうだな

困ったような顔をしていた石神さんが、少し嬉しそうに笑った。

サトコ
「すごい記念になるようなプレゼント、ありがとうございます」

石神
狙ったわけじゃない

サトコ
「でも嬉しいです、本当に」

石神
ならよかった

サトコ
「私もプレゼント持って来ればよかったです···」

思わずつぶやくと、石神さんは毛布の中で優しく私を抱きしめ直した。

石神
心配するな

サトコ
「···?」

石神
なければ、奪えばいいだけのことだ

サトコ
「え?···んっ!」

再びの突然のキスに、私は目を閉じるのも忘れて硬直してしまう。
でも、だんだんと深くなっていくキスに、いつしか自然と目を閉じる。

(このキスが···石神さんへのプレゼントになってるのかな···?)

甘く優しいキスを交わしながら、ぼんやりとそんなことを思う。
雪に閉ざされた世界で、2人だけの熱い時間が過ぎてゆく。

石神
たまには···こんなのも悪くない

吹雪の音に紛れ、石神さんは甘く静かに囁いた。

Happy End



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