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あ、クリスマスは愛のため中止です 東雲カレ目線



【東雲マンション】

12月25日
時刻は23時30分を過ぎたところ。
オレは、LIDEのメッセージが「未読」なのを確認して···
今日何度目になるか分からないため息をついた。

(まさか、まだ帰りのバスの中なの?)
(それとも、とっくに戻ってきて爆睡してるとか?)

だとしたら、オレはどうすればいいのだ。

(疲れてるんだけど。こっちも)
(できれば、さっさと着替えたいし)
(お風呂に入って、早めに眠りたいし!)

それを我慢しているのは、ひとえに今日が12月25日だからだ。
イベント好きなあの子が、ワクワクソワソワするはずの日。
なのに···

(本当にいいわけ?)
(クリスマスっぽいこと、何もやらなくて)



【個別教官室】

事の起こりは、先々週のある日のこと。

サトコ
「サンタクロース・ザウルス!」

(···は?)

突然飛び込んできた単語に、顔を上げた。
出かける予定を取り付けた彼女は、オレに背中を向けたまま「うんうん」とひとりで頷いている。

(なんだ、独り言···)
(ていうか何?「サンタクロース・ザウルス」って)

【東雲マンション】

東雲
ふーん···『恐竜カフェ』···

(で、『サンタクロース・ザウルス』は···)
(なるほど、併設ショップの『クリスマス限定ヌイグルミ』···と)

これで17日のデートの予想ができた。
行き先は、ほぼ間違いなく『恐竜カフェ』

(まずはカフェで「恐竜クリスマスケーキ」を食べる)
(で、帰りに併設ショップに寄る)

お目当ては「サンタクロース・ザウルス」
もちろん、オレへの「クリスマスプレゼント」として。

東雲
···分かりやすすぎ
···ま、いいけど

「恐竜カフェ」のチョイスは悪くない。
「サンタクロース・ザウルス」も、もらったら寝室に飾っておこう。

(あとは、まぁ···)
(そういうことなら、こっちも···)



【ショップ】

というわけで、デート前日。
オレは、たびたび足を運ぶ都内のボディケアブランド店へ来ていた。

東雲
ふーん···

(今年も充実してるじゃん、クリスマスギフト)
(あ、シアバターのハンドクリーム、自分用に買わないと···)

東雲
···うん?

(へぇ、「これ」もクリスマスパッケージ品が出てるんだ)
(他にセットになってるのは···化粧水と乳液···)

東雲
···悪くないじゃん

(決めた。プレゼントはこれを···)

と、ポケットの中のスマホが鳴った。
ディスプレイに表示されていたのは、意外にも母の電話番号だ。

東雲
はい

東雲洋子
『歩さん、今よろしいですか?』

東雲
いいよ。なに?

東雲洋子
『急で申し訳ないんだけど···』
『今年のお父さんの誕生日会、変更になるかもしれません』

東雲
そうなんだ。いつ?

東雲洋子
『それが···』

(······は?明日?)

【東雲マンション】

はた迷惑な「予定変更」が「確定」になったのが当日の午前9時。
オレは、LIDEで彼女にメッセージを送ると、ため息交じりに家を出た。

(サイアク···)

もちろん、父の誕生日を祝うことに不満はない。
誕生日会に出席するのも、息子としての務めだ。

(でも、急すぎるし)
(大した用意してないし)
(そもそもなんなの。「あの子を連れてこい」とか)

たぶん、父も母もあの子を気に入っているのだろう。
だが、一見図々しそうなうちの彼女は、あれで結構緊張しやすいのだ。

(最低3日は必要じゃん)
(あの子の、心の準備が)

なにより、今日のデートを心待ちにしていたはずなのだ。
クリスマス当日、一緒に居られない代わりに。

(しょうがない)
(プレゼントだけでも渡そう。帰るときに)

せめてものお詫びに。
ほんの少しでも、クリスマス気分に浸ってくれれば――

ところが、父の誕生日会はなぜか昔のオレの暴露大会になり···

【車内】

(···サイアク)
(疲労感、すごすぎるんだけど)

もちろん、あの人たちに悪気はない。
それくらいのことはオレだってよく知っている。
でも···

(暴露しすぎだから。さすがに)

サトコ
「♪ふふーんふーん···」

(···なに、このご機嫌っぷり)

東雲
···キモ
さっきからニヤけすぎ

サトコ
「すみません。ついいろいろ思い出しちゃって」

東雲
···あっそう
ま、いいけど。楽しかったなら···

サトコ
「ハイ、最高でした!」

(「最高」って···)
(予定変更したのに?)
(クリスマスデートじゃなくなったのに?)

サトコ
「あ、今日はここでいいです」

東雲
そう。じゃあ、また来週

サトコ
「はい!おつかれさまです」

笑顔で手を振る彼女。
後部座席には、渡しそびれたクリスマスプレゼント。

(···なにこれ)
(勘違いだったってこと?オレの)

結局、釈然としないままオレは出張へ行くことになり···


【出張先】

気付けば1週間が過ぎて···

石神
明日は9時に県警だ。俺は別件で8時に行くが···

東雲
オレは時間通りでお願いします

石神
わかった。では、明日県警で

東雲
ハイ。お疲れさまです

(さて、と···)

東雲
どうするかな、夕飯

出入り口に向かうオレの目の前を、一組のカップルが横切って行く。

男性
「今年はこの最上階のレストランを予約したんだ」

女性
「えっ、いいの?」

男性
「当たり前だろ。クリスマスなんだから」

(どいつもこいつも···)
(あの子じゃあるまいし)

東雲
······

(···違うか)

1週間前の彼女の笑顔が頭をよぎり、しょっぱい気分になる。

(くだらなすぎ)
(気にしてたの、オレだけとか)

もっとも、彼女は彼女で割り切ったのかもしれない。
今年のクリスマスは一緒に過ごせない、とわかった時点で。

(···ま、いいけど)
(来年も再来年もあるし。クリスマスは)

とりあえず、例のプレゼントは早めに渡すことにしよう。
できれば、26日に「出張土産のおまけ」って感じで···


【教官室】

ところが、翌25日――

東雲
お疲れさまです

後藤
お疲れ。どうだった、出張は

東雲
まあ、それなりに
あ、これ、お土産です

後藤
ああ···明日開けるか

東雲
そうですね。みんな、もう帰ったみたいですし

後藤
周さんはまだだけどな

東雲
えっ?

ホワイトボードを見ると「研修引率」と書いてあった。

後藤
研修が長引いた上に、高速で渋滞にハマっているらしい
戻りは23時近くになるらしいな

東雲
···そうですか

つまり、うちの彼女は、まだ高速道路上というわけだ。

後藤
···どうした?周さんと約束でもあったか?

東雲
いえ···
それじゃ、お先します

後藤
お疲れ。今日はゆっくり休めよ

東雲
はい

べつに誰とも約束はない。
うちの彼女とさえ。

(ていうか、オレだし)
(「今日会うの無理」って言ったの)

後藤
ああ···待ってくれ、歩。伝言があった
宮山が、お前にメールを送ったって言っていたんだが
送る必要のない写真を添付してしまったから、削除してほしいそうだ

東雲
削除って、メールごとですか?

後藤
いや、写真だけでいいらしい

(めずらしいな。あいつがそんなミスするなんて)


【東雲マンション】

帰宅して、着替えを済ませると、タブレット端末の電源を入れる。
メールを受信すると、確かに宮山からのメールが届いていた。

東雲
ああ、課題のレポート···

(で、削除する写真は···)

東雲
···自撮り?

そのわりに、顔付きがシラッとしている。

(場所も寮っぽいし)
(ほんと、意味不明···)

東雲
······

ウィンドウを閉じようとして、手が止まった。

(この後ろ姿···)

写真の隅っこに写っている、おかっぱ頭···
間違いない、うちの彼女だ···

(なに、これ···)
(しょぼくれてる?)

もちろん、しょぼくれる理由はいろいろある。

(でも、これは···)

オレは、スマホを手に取ると、宮山の番号を呼び出した。

宮山
『はい···』

東雲
オレだけど
メール確認した。ひとつ質問なんだけど···
この間違って送ってきた写真を撮ったのって、いつ?

宮山
『······ああ···』

微妙な間が空いた後、宮山はオレの予想していた答えを口にした。

宮山
『昨日ですよ。12月24日』
『夕方、外出する前にちょっと自撮りしたい気分になって』

東雲
···そう。了解

改めて、写真の「しょぼくれた背中」を見た。
零れそうになったため息は、かろうじて飲み込んだ。

東雲
···バカ

勘違いじゃなかった。
あの子はイベント好きで、クリスマスを楽しみにしていて···

(割り切れてないじゃん。どう見ても)

すぐに通話ボタンを押そうとして、今の彼女の状況を思い出した。
もしかしたら、今だ渋滞中のバスの中にいるかもしれない。

(LIDEの方がいいか)

画面をタップして、メッセージ送信に切り替えた。

――『お疲れ。寮に戻ったら連絡して』

できればプレゼントを渡しに。
それが難しいなら、せめて「クリスマスのメッセージ」だけでも送ろう。

(それで、あの子が笑顔になるなら)

そう考えていたのに···

東雲
まだ未読···
······

(···いや、いいけど)
(オレはいいんだけど!もともとクリスマスなんて興味ないし)

時計を見ると23時49分。
どちらにしろ、今からプレゼントを渡すのはとうていムリだ。

東雲
ああ、もう!

(LIDEでメッセージ!)
(それだけ!それで今年のクリスマスはおしまい!)

ようやく心を決めて、オレはスマホを手に取った。
そのときだった。

(え、誰か来た?)

まさか、という思いが、一瞬脳裏をよぎる。
うちの彼女は、イベント好きで···
クリスマスを無視するはずがなくて···
果たして、通話ボタンを押すと、画面に予想通りの笑顔があった。

東雲
······はい

サトコ
『メリークリスマス!よいこのサンタクロー···』

速攻で、通話ボタンを押した。
それでも、少しだけ指が震えていた。

(なにこれ···バッカじゃないの!?)

そんなわけで、日付が変わる3分前――
「自称サンタクロース」がオレの部屋に転がり込んできた。

サトコ
「とにかく開けてみてください」
「教官が喜んでくれそうなもの、用意しましたから」

頬を紅潮させて、彼女はオレに大きな塊を押し付けてきた。
とはいえ、こっちとしてはフクザツな心境だ。

(もう「ない」と思ってたのに。今年のクリスマスは)

それもあって、つい意地の悪い言葉が口をついた。

東雲
オレは用意してないって言ったら?

サトコ
「いいんです、そんなの想定内ですから」

(は?「想定内」って···)

反論したいのを堪えて、ひとまず大きな包みを解いた。
包装紙の中から現れたのは···

(え···)

東雲
このヌイグルミって···

サトコ
「『サンタクロース・ザウルス』です」
「っていっても、実は偽物なんですけど」

東雲
偽物?

彼女曰く、限定品はすでに売り切れていたらしい。
そこで、通常商品に手作りのサンタの衣装を着せたのだという。

東雲
···なるほど
だからガタガタなんだ、衣装の縫製が

けど、悪くない。
このガタガタなあたりが、いかにも彼女っぽくて。

(ヤバ···頬、緩みそう···)

懸命に口元を引き締めて、彼女の顔を覗き込む。
けれども、目が合った途端、彼女はスッと視線を外してしまった。

サトコ
「そんな意地悪なこと言ってますけど···」
「本当は喜んでくれてますよね?教官、恐竜好きですし」

(え?)

サトコ
「喜んで···くれてますよね?」

そんなの当然だ。
小っ恥ずかしいから、顔に出さないだけで。
けれども、逸らされた瞳はゆらゆらと揺れている。
言葉とは裏腹に、不安が漏れ出ているかのように。

東雲
······なにそれ、計算?

いや、そんなわけがない。
なにせ「ハニトラ」実習で、赤点ギリギリだった子だ。

東雲
あーもーギブ
やめてよ、そういうの

子どもの頃の自分が、頭をよぎる。
誕生日やクリスマスにもらった、たくさんのプレゼント。
本当は嬉しかったくせに、素直にそう言えなかったあの頃の自分。

(それでも、大人たちはオレの本心に気付いていたけど···)

彼女は違う。
オレより大人でもなければ、身内でもない。
だけど、誰よりも正しく想いを知ってほしい相手なのだ。

東雲
ま、悪くないんじゃない。ヌイグルミがちょっと大きすぎるけど
キミの愛情並みに

サトコ
「じゃあ···」

東雲
98点

数秒後、彼女はオレの胸に飛び込んできた。
まだ脱いでいなかったコートから、微かに冬の香りがした。

【帰り道】

サトコ
「あーもう大満足です」
「今年も最高のクリスマスでした!」

東雲
最高って···
プレゼント渡しただけじゃん
しかも日付が変わってから

からかい半分で指摘すると、彼女は「うっ」と言葉を詰まらせた。

サトコ
「で、でも、いいんです」
「3分くらい一緒に過ごせましたし」

(「3分」って···)

サトコ
「あっ···もちろん知ってますよね?」
「教官が、こういうの『バカバカしい』って思ってるって」

東雲
······

サトコ
「でも、やっぱり会いたかったんです」

東雲
······あっそう

(こっちこそ、悶々としてたけど)
(キミの真意を掴めなくて)

でも、それは口にしなかった。
あいにく、オレは彼女ほどバカ正直ではないのだ。
だから、代わりに···

東雲
目、つぶって

サトコ
「···はい?」

東雲
目、ほら

彼女は、不思議そうな顔をしながらもそっと目を閉じた。
たぶん、この後何をされるのか···
半分くらいは分かっているのだろう。

(あとの半分は、分かっていなさそうだけど)

コートのポケットからリップクリームを取り出すと、自分の唇に厚めに塗った。
それから、恐らく彼女の「想定内」の行為を···
つまりは静かに唇を重ねた。

サトコ
「···っ」

(ああ、ちょっと···)
(多く塗り過ぎたかも···)

それでも、リップクリームの感覚が分からなくなるほどキスを堪能して···
最後はかすかな吐息と共に唇を離した。

東雲
···どう?

サトコ
「なんか···ミントの味がします···」

東雲
だろうね。はい

差し出したのは、1週間以上渡しそびれていた紙袋。
リップクリームを含めたケア用品の詰め合わせ。

サトコ
「これって···」

東雲
決まってるじゃん。クリスマスプレゼント

サトコ
「用意してたんですか!?」

東雲
当然。むしろ謎なんだけど
『用意してない』ってホントに思われてるとか

サトコ
「うっ···」
「それは、その···」

気まずそうな彼女を無視して、オレは紙袋からリップクリームを取り出した。

東雲
これ。さっきのミント味

サトコ
「!!じゃあ···」

東雲
同じヤツ。オレと
香りもいいし、保湿力もかなり優秀
使用感も悪くない···

サトコ
「じゃあ、塗るたびに思い出しますね」
「さっきのキッス」

東雲

サトコ
「あ、でも1週間で使い切ったりして···」

深刻そうな顔をする彼女に「怖···」と言っても良かったけれど。

東雲
いいんじゃない、そのときは
オレのを使えば

サトコ
「···それってリップクリームをですか?」
「それとも···」

東雲
鈍すぎ

彼女の言葉を遮って、もう一度唇を塞いだ。
言葉以上の想いを込めて。
――さて、この後どうしようか?

Happy End



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