カテゴリー

あ、クリスマスは愛のため中止です 黒澤2話



12月24日、クリスマスイブ。
「勉強会」ということで黒澤さんが連れてきてくれたのは···

【水族館】

(···水族館?)

黒澤
では、さっそく始めましょう
ここでのテーマは『撮影』です
『ターゲットを追跡して、証拠となる写真を撮る』···
公安刑事の任務として大切なことですよね

サトコ
「はい」

黒澤
というわけで···
ここでは『ターゲットの写真』を何枚撮れるか競いましょう

(え、『競う』?)

サトコ
「それって、私と黒澤さんがですか?」

黒澤
もちろんです
といっても、一般人の写真を撮りまくるのはさすがにマズいですから
ターゲットは『お互い』ということにします

サトコ
「ええと、つまり···」

黒澤
サトコさんのターゲットはオレ
オレのターゲットは、サトコさん。で···」

パシャ!

黒澤
これでオレは1枚ゲットですね

(な···っ)

サトコ
「ズルいです!今のはノーカウントです!」

黒澤
えーせっかく撮ったのにー

サトコ
「ダメです、そこは譲れません!」

黒澤
わかりました。じゃあ、スタートは今から1分後で
オレはここにいますから、サトコさんは移動してください

サトコ
「わかりました。では···」

黒澤さんが背中を見せたのを確認して、私は足早で歩き出した。

(どうしよう···写真を撮られないためには隠れたほうがいいよね)
(でも、距離があり過ぎると黒澤さんの写真を撮れないし···)

サトコ
「近場で、隠れられそうな場所は···」

(···決めた、あの柱にしよう)

腕時計を見ると、スタートまで残り15秒。
私は、ドキドキしながら柱の裏に身を隠した。

(10秒前······9···8···7···6···)
(5···4···3···2···1···)

サトコ
「よし、1枚目!」

(って、いない!?)
(いったい、どこに···)

黒澤
いただきまーす

パシャッ!

サトコ
「!!」

(いつのまにこんな近くに!?)
(って、驚いてる場合じゃないってば!)
(早く1枚撮り返さないと···)

そんなわけで、私たちはひたすら「探す」「撮る」「隠れる」を繰り返し···
気が付けば、あっという間に1時間が経過して···

サトコ
「はぁ···はぁ···」

黒澤
いやぁ、ハードでしたねー

サトコ
「それは···こっちの···セリフです···」
「黒澤さん···すぐ···逃げちゃうから···」

黒澤
いやいや、サトコさんこそ、しつこかったですよー
まさに『スッポン』って感じでしたね

(う、否定できない···)
(でも、そうでもしないと、黒澤さんを見失っちゃうし···)

黒澤
いいと思いますよ。サトコさんのそういうところ

(え···)

黒澤
大事なことですからねー
公安刑事にとって『しつこさ』は

(あ、そういう意味···)
(って、そんなの当然だよ!他に「意味」なんてあるわけないんだから)

黒澤
それじゃ、撮影枚数の確認をしましょうか
サトコさん、何枚撮れましたか?

サトコ
「ええと···5枚···」

黒澤
えっ、そんなに?

サトコ
「いえ、5枚撮ったつもりだったんですけど、実際は写ってなくて···」

黒澤
ですよねー
絶対撮られない自信がありましたから

サトコ
「えっ、今なんて···」

黒澤
いえ、こちらの話です
で、オレの結果ですが···
全部で22枚です

(うっ···そんなに···)

サトコ
「参りました···」

黒澤
いえいえ。今回の勝負は、オレが有利でしたからね
身を隠すための穴場スポットをいくつも知っているんで

サトコ
「そうなんですか?」

黒澤
ええ。この水族館に来るの、今日で5回目ですし

サトコ
「そうですか···5回···」

(···うん?「5回目」?)

黒澤
それじゃ、次の場所に移動しましょうか
次の『勉強会』の会場は···



【スケート場】

黒澤
スケート靴、履きましたか?

サトコ
「はい!」

黒澤
それじゃ、ますは一滑りしましょうか

(スケート、久しぶり···)

サトコ
「ぎゃっ」

転びそうになった私を、とっさに黒澤さんが抱き留めてくれた。

黒澤
大丈夫ですか!?

サトコ
「は、はい···」

(危なかった···まさかいきなり転ぶなんて)
(これでも長野にいた頃は結構滑って···)

サトコ
「!!」

(か···顔、近すぎ)

黒澤
ケガはありませんか?足を捻ったりは···

サトコ
「し···してません···」

黒澤
···うん?
なんで顔を逸らすんですか?

<選択してください>

 恥ずかしいから 

サトコ
「その···顔が近すぎて···」

黒澤
ああ、たしかに
すみません、気が利かなくて

サトコ
「いえ、黒澤さんが悪いわけじゃないんです!」
「悪いのは、むしろ私で···」
「勝手に恥ずかしがって、勝手にドキドキして···」

黒澤
ドキドキ?オレに?

サトコ
「···っ、違···っ」
「いえ、違わないですけど、その···っ」
「うわっ!」

 首のストレッチ 

サトコ
「首のストレッチです」

黒澤
え?

サトコ
「首の、ストレッチ、です!」

黒澤
······ああ
大事ですよね、ストレッチ

サトコ
「そ、そうなんです!私、必ず一日に一度は···」
「うわっ!」

 分かってるくせに 

サトコ
「分かってるくせに···」

黒澤
えーそんなことないですよー
オレ、すごく鈍いっていうか···
後藤さんや石神さんに、よく『空気を読め』って言われますから

(···ウソだ)
(黒澤さんって、むしろ気が回り過ぎっていうか···)
(「敢えて空気を読まないタイプ」って気が···)

サトコ
「うわっ!」

黒澤
おっと

再びグラついた身体を、またもや黒澤さんが支えてくれた。

サトコ
「す、すみません、何度も」

黒澤
いえ。それより、まずは体勢を立て直しましょうか

サトコ
「は、はい···」

(あれ···やっぱり上手く立てない?)
(このスケート靴···へんなクセがついてるのかな)
(ま、いっか。クセに慣れればすぐに滑れるようになるはず···)

黒澤
なるほど···よーくわかりました
サトコさん、スケート初心者だったんですね

(うん?)

黒澤
それじゃあ、ここでの課題はナシにして···
まずは滑れるようになりましょう

サトコ
「いえ、あの、もう少し滑ればきっと···」

黒澤
まあまあ、遠慮しないで
さあ、オレの手に捕まってください

サトコ
「······」

黒澤
それじゃ、まずはゆっくり足を動かしてみましょう
右···左···右···左······

(どうしよう···言い出しにくい···)
(実は初心者じゃないんだけどな)

けれども、あたたかな黒澤さんの手を、どうしても振り払えない。

黒澤
···どうですか?

サトコ
「あ···え、ええと···」
「黒澤さん、教えるの上手ですね」

黒澤
初めてじゃないですからねー、人に教えるのは

サトコ
「そうですか···」

(···んん?「初めてじゃない」?)

黒澤
それじゃ、少しスピードをあげますよー

サトコ
「は、はい!」

(「初めてじゃない」···それってつまり···)

その後も、映画館の暗闇を利用して「メモをとる練習」をしたり···
クリスマス・マーケットで、来場者の「行き先当てクイズ」をしたりして···


黒澤
やー、おつかれさまでしたー
勉強会はこれにて終了です

サトコ
「お、おつかれさまでした···」

黒澤
あれ、ずいぶんフラついてますね

サトコ
「すみません···さすがに疲れたというか、体力の限界で···」

黒澤
だったら、なおさら顔をあげてください

(え···)

黒澤
もったいないですよー
こんなにきれいなイルミネーションを見ないなんて

色鮮やかな光の瞬きは、少しだけ疲れを忘れさせてくれる。
道行く人たちも、自然と笑顔になってしまうようだ。

(それにしてもカップルが多いな)
(ちょっぴりうらやましいような···)

黒澤
オレたち、どう見えているんでしょうね

サトコ
「え···」

黒澤
こうやって、ふたりで並んでイルミネーションを眺めていたら
どんな関係性に見られるんでしょうね

(どんなって···)

<選択してください>

 兄弟 

サトコ
「『兄弟』とか?」

黒澤
あ、いいですねー
『お姉ちゃん、イルミネーション、きれいだねー』···

サトコ
「えっ、私が姉役ですか?」
「どちらかといえば、黒澤さんが『お兄さん』のような···」

黒澤
そんなことないですよー
オレ、公安部では『愛され弟キャラ』ですから

(···そうだっけ?)

 先輩と後輩 

サトコ
「『先輩と後輩』じゃないですか?」

黒澤
同じ年なのに?せめて『友達』がいいなぁ
それか···
もう少し距離の近い関係、とか?

サトコ
「そ、それって···」

黒澤
決まってるじゃないですかー
親友、ですよ

(·········あ、なるほど)

 ···恋人? 

サトコ
「···恋人?」

黒澤
だとしたらどうします?

(え···)

黒澤
せっかくだし、それっぽく振る舞ってみましょうか

(え···)

サトコ
「!?」

(え······っ!?)

思わず硬直してしまうと、黒澤さんは声を上げて笑い出した。

黒澤
ごめんなさい。冗談です
ちょっと悪ふざけが過ぎましたね

サトコ
「は、はぁ···」

(困ったな···まだドキドキしてる···)

黒澤
それにしても、今年のイルミネーションはカラフルだなぁ
去年も一昨年も、青い灯りばかりで寒々しい感じだったのに

サトコ
「そうなんですか?」

黒澤
ええ
でも、今年はいろんな色の灯りがあっていいですね

黒澤さんは、目を細めてイルミネーションを見つめている。
私は、そんな黒澤さんの横顔がどうしても気になって仕方がない。

黒澤
···どうしました?

サトコ
「えっ」

黒澤
そんなジーッと見つめられると、こめかみに穴が空きそうだなぁ

サトコ
「···っ、すみません、つい」

(なんだか寂しそうに見えて···)
(って、そんなの言えるわけないし!)

サトコ
「その···黒澤さんは毎年ここに来てるんですね」

黒澤
そうですねー、ここ3年くらいは
クリスマスデートにピッタリですし

(え···)

黒澤
昼間の行先は、ちょっと変えているんですけどね
ここと締めのお店は、3年連続同じでいいかなーって

(「ここ3年くらいは」···「3年連続」···)
(そうだ···そういえば···)

(鳴子と、ひとりぼっちトークで盛り上がっていた時も···)

黒澤
わかります···想像できますよ、ううう···
オレ、こんなの3年ぶりで···

(···うん、言ってた)
(クリスマスの予定が埋まってないの、「3年ぶり」って)

(それに水族館でも···)

黒澤
身を隠すための穴場スポットをいくつも知っているんで

サトコ
「そうなんですか?」

黒澤
ええ。この水族館に来るの、今日で5回目ですし

(それからスケート場でも···)

サトコ
「黒澤さん、教えるの上手ですね」

黒澤
初めてじゃないですからねー、人に教えるのは

(···お、おかしくはないよね!)
(黒澤さんなら元カノのひとりやふたりはいそうだし)

でも、去年も一昨年も元カノとここでデートしていたとしたら···

(ちょっとモヤる···)
(そりゃ、私とはデートじゃないけど···ただの「勉強会」だったけど···)

黒澤
それじゃ、そろそろ締めのディナーに行きましょうか

サトコ
「!!」

(それって「3年連続同じ」っていう···)

サトコ
「すみません、私はそろそろ···」

黒澤
まあまあ、そう言わないで
大丈夫、オレのおごりですから

サトコ
「いえ、そういう問題じゃ···」

黒澤
さ、行きましょう。最高のディナーをご馳走しますよー

サトコ
「え···ちょ···」

(そんなぁ···)

断りたかったのに、断りきれなくて···
そうして辿り着いた先が···


【ラーメン屋台】

(あれ、ここ?)

黒澤
すみませーん、『味噌ラーメン・クリスマスDX』2つで

(クリスマスDX?ラーメンの?)

おじさん
「はい、お待ちどう」

サトコ
「うわっ」

(もやしが山盛り!?)
(スープも麺も全然見えないんですけど!)

黒澤
どうです?このもやし、クリスマスツリーみたいでしょう
だから、オレは『クリスマスDX』って呼んでるんです

サトコ
「は、はぁ···」

黒澤
それじゃ、いただきまーす

サトコ
「···いただきます」

(デートの締めがラーメン···)
(飲み会の締めならともかく、クリスマスデートの締めにラーメン···)

サトコ
「うまっ」

(え···ここのラーメン、こんなに美味しかったっけ?)
(もやしが多いせい?それとも、いつもとスープが違うとか?)

黒澤
······

(···ううん、スープはそんなに変わらないよね)
(じゃあ、やっぱりもやし?特別なもやしを使ってるとか···)
(ああ、でもこのシャキシャキ感···ほんと、たまらない···)

黒澤
言い食べっぷりですね

サトコ
「!!」
「すみません。あまりにも美味しくて、つい···」

黒澤
どうして謝るんですか。オレ、嬉しいんですよ
こんなに喜んでくれたの、サトコさんが初めてなんで

(······え?)

黒澤
やっぱりクリスマスだからかなぁ
せっかくここに来ても、みんな、反応がイマイチで

サトコ
「でも、美味しいです。私は好きです」

(私の場合「デート」じゃないけど···)
(ただの「勉強会」の締めだけど···!)

サトコ
「本当に、本当に大好き···っ」

??
「すまない、ラーメンを2つ」

(えっ)

背後からの聞き覚えのある声に、思わず背筋が伸びた。
だって、この声は···

黒澤
あ、おつかれさまでーす。石神さん、周介さん

(やっぱり!)

石神
お前ら···

サトコ
「お、おつかれさまです···」

颯馬
ふふ、やっぱり貴女だったんですね。さっきの盛大な告白は

(告白?)

颯馬
このあたり一帯に響いていましたよ
『私は好きです!大好き』···

サトコ
「···っ、それは『味噌ラーメン・クリスマスDX』のことで···」

石神
どういうことだ、黒澤
なぜ、お前が氷川と一緒にいる?

黒澤
イヤだなぁ、『勉強会』の帰り道ですよ

石神
···ふたりきりでか?

黒澤
ええ。だって仕方ないじゃないですか
今年は、周介さんにも後藤さんにもフラれたんですから

(······うん?)

黒澤
歩さんには逃げられちゃったし
石神さんと加賀さんは、全然相手にしてくれないし

石神
当然だ。お前とプライベートまで顔を合わせる義理はない

黒澤
でも、クリスマスですよ?
可愛い部下に寂しい思いをさせてはいけないって思いませんか?

石神
思わないな

颯馬
むしろ寂しそうな黒澤に喜びを覚えますね

黒澤
うっ···周介さんの意地悪···

(ええと、これは···)

サトコ
「もしかして、去年黒澤さんとクリスマスを過ごしたのって···」

颯馬
私と後藤ですよ

黒澤
楽しかったですよねー、クリスマスデート···

颯馬
デートではありませんよ

黒澤
ええっ、でも···

颯馬
デートではありませんよ、黒澤

黒澤
ううっ、ひどいです!
周介さんの長い髪を見ながら、デート気分に浸っていたのにぃぃ

(なんか、想像していたのとだいぶ違うような···)

サトコ
「じゃあ、一昨年は···」

黒澤
歩さんですね。一緒にスケートに行きました

(そっか···一昨年は東雲教官···)
(そっか!)

颯馬
だから言ったでしょう。貴女はいずれ忙しくなる、って

(え···)

サトコ
「それって、今日のことだったんですか?」

颯馬
ええ。いずれ、彼が貴女を誘うのは目に見えていましたからね

サトコ
「私を?どうしてですか?」

颯馬
さあ、どうしてでしょう?

意味ありげな微笑みに、頭を精一杯働かせてみる。
けれども、浮かぶのは自分にとって都合のいい解釈ばかりだ。

(さすがに、勘違い···だよね)

だけど、胸の奥にあったモヤモヤはすっかり消えていて···
目の前の「味噌ラーメン・クリスマスDX」もさらに美味しく感じられて···
自然と顔がほころんでしまうのだった。

Happy End



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする