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あ、クリスマスは愛のため中止です 黒澤カレ目線



【教官室】

それは12月半ばのある日のこと。

黒澤
ええっ、どうしてですか!?
オレ、今年も楽しみにしていたのに

後藤
······

黒澤
水族館のチケットも映画のチケットもとっくに買っちゃったし···
当日のファッションも張り切って決めたのに!

後藤
······

黒澤
わかりました···他に女ができたんですね
ひどい!裏切り者!浮気者!泥棒ネコ···

後藤
いい加減にしろ

スパーン!と訓練生名簿が、オレの頭にヒットした。

後藤
24日も25日も仕事だ。お前に付き合っているヒマはない

黒澤
そんなぁ、せっかくのクリスマスじゃないですか~
後藤さんと一緒に過ごせないなんて、透、泣いちゃう···

後藤
だったら一生泣いていろ

黒澤
あ、ちょっと!
うう···こうなったら···
周介さん!

颯馬
あいにく私も仕事です

黒澤
じゃあ、石が···

石神
名前を呼ぶな

黒澤
ひどい!
みんなひどすぎますよ···クリスマスは年に1度しかないのに···
ううう···

悲しみのあまり泣きマネすると、ようやく周介さんが手を止めてくれた。

颯馬
黒澤、自分の胸に手を当ててよく考えてみなさい
今年は私たち以外にも誘えそうな相手がいるじゃないですか

黒澤
周介さんたち以外に···ですか?
······
警護課の真壁さんなら、今年はすでに予定が入っていて···

颯馬
いえ、その彼ではなく···

すると、入り口のドアが音を立てて開いた。

東雲
おつかれさま···

黒澤
歩さん!ちょうどよかった!
今年のクリスマスなんですけど···
ちょ···歩さーん!

【廊下】

黒澤
歩さーん、今年のクリスマスですけど···

東雲
無理!スケートとか絶対無理!

黒澤
大丈夫です!今年は映画と水族館です
なんならクリスマスマーケットめぐりもしましょう!

東雲
······

黒澤
歩さーん、無視しないでー

東雲
······

黒澤
歩さーん、お願いですからー

(あーホントどうしよう、今年のクリスマス)
(いっそ、成田さんでも誘おうかなー)

ところが「捨てる神あれば拾う神あり」とはよく言ったもので···


【階段】

黒澤
♪あ~ハムと呼ばれて幾年月~だけどプリンが好きなのよ~

??
「ずいぶんとご機嫌ですね」

(···うん?)

颯馬
クリスマスのお相手、無事に見つかりましたか?

黒澤
ええ。サトコさんたちと過ごすことになりそうです

颯馬
···ふふ、やっぱり

黒澤
『やっぱり』?

颯馬
そうなると思っていましたからね、今年は

意味ありげな笑みを向けられて、一瞬言葉に詰まってしまう。
けれども、それを悟られたくなくて、オレも笑顔を浮かべてみせた。

黒澤
やだなー、今年のは偶然の成り行きですよー
たまたま資料室でサトコさんたちに出くわしてー
たまたま話の流れで、そうなっただけでー

(まあ、ちょっと計算したところはあるけれど)
(あの場で粘れば、3人のうち誰かが乗って来るんじゃないかって)

颯馬
···わかりました。ひとまずそういうことにしておきましょう

黒澤
ひとまずじゃなくて、本当にただの偶然で···

颯馬
偶然でも成立したなら、それは縁ですよ

黒澤
······

颯馬
特に、貴方はサトコさんと縁があるような気がします

黒澤
·········そうですか。じゃあ
『ラッキー!』ってことにしておきます

オレの返答に、周介さんはさらに笑みを深めた。
その笑顔の真意については、敢えて考えないことにした。


【電車】

さて、クリスマス間近の12月22日。
数日ぶりに、公安学校に向かう途中のこと。

(うん?メッセージ···)
(千葉さんと···鳴子さんからだ)

――『すみません、24日はやっぱり飲み会が入りました』

(そうだろうなぁ。千葉さん、最初から無理っぽかったし)
(で、鳴子さんのほうは···)

――『すみません!24日は用事ができちゃいました』

(···デートかな。語尾、ハートの絵文字だし)
(それじゃ、「残念···」「了解」のスタンプを送るとして···)

念のため、サトコさんのアカウントも開いてみた。

(こっちは、今のところメッセージはなし···)
(ということは、まだ予定は空いたまま?)

しつこいようだけど、24日の約束が成立したのは、ほぼ偶然だ。
もちろん、結果的に彼女ひとりが残りそうなこの状況も。
けど···

(『偶然でも成立したなら縁』か)
(さて、どう転ぶかな)

【廊下】

結局、オレはサトコさんとクリスマスイブを過ごすことになった。
その際「飲み会」から「勉強会」に切り替えたのは、いくつかの理由があった。
例えば、石神さんにバレるといろいろ面倒だ、とか。
ふたりだけになってしまった手前、そのほうが彼女も来易いだろう、とか。
でも、やっぱり一番の理由は···

――『貴方はサトコさんと縁があるような気がします』

(···べつに全否定するつもりはないけど)
(ただ、やっぱり······なぁ)

とはいえ「勉強会」自体はなかなか面白かった。
「水族館」「スケートリンク」···
どれも、先輩たちと出かけたときとは違う楽しさがあった。


【クリスマスマーケット】

去年、後藤さんたちと訪れた「クリスマスマーケット」にしても···

サトコ
「おねがい···ケーキ屋台···ケーキ屋台に行って···」

黒澤
残念、通り過ぎちゃいましたね

サトコ
「!」

黒澤
で、2軒隣のワイン屋台で立ち止まる···と

サトコ
「!!」

黒澤
ハイ、またオレの勝ちです

通り過ぎる人たちが、どの屋台に行くのかを当てるゲーム。
今のところ、オレが10連勝中だ。

サトコ
「まいったな···どうして私ばかり負けるんでしょう」
「ターゲットのこと、ちゃんと見ているはずなのに」

黒澤
···アドバイスになるかは分かりませんが
オレは新人の頃、石神さんによく注意されましたよ
『見る』と『観察する』は別物だ、って

サトコ
「『見る』と『観察する』?」

黒澤
ええ。『よく見ろ』って言われて、ジーッと見るのは無意味で
目的を持って『観察』しなければ意味がない、だそうです

サトコ
「そうですか···『観察』···」
「観察···観察···観察······」
「···わかりました!次、やりましょう」

黒澤
その前に···
そろそろ休憩しませんか。さすがに喉が渇きました

オレは、財布から千円札を1枚取り出した。

黒澤
そこの屋台で飲み物を買ってきてください
オレはココアを。サトコさんはお好きなものをどうぞ

サトコ
「いえ、自分のは自分で···」

黒澤
遠慮しないでください
たまには先輩ぶらせてくださいよ。ね?

サトコ
「···じゃあ、ご馳走になります」

彼女は、ぺこりと頭を下げると、まっすぐ早足で屋台へと向かった。

(···マジメな人だなぁ)
(素直で、誠実で······すごくマジメ)

今日の「勉強会」も、かなり本気で取り組んでいる。
オレとしては、軽いゲームのつもりだったのに。
そんな彼女を「観察」してみる。
歩き方、姿勢、興味を向ける先···

(···ん?)

ふいに、彼女の歩く速度が遅くなった。

(何かを見てる?)
(あれは···アクセサリー?)

けれども、それも長い時間ではなかった。
店員に声を掛けられた途端、彼女はペコペコと頭を下げて歩き出してしまった。

(本来の目的を思い出したのかな)
(別にいいんだけどなぁ、寄り道くらい)
(ほんと、マジメというかなんというか···)

この後、オレたちは映画館へ足を運んで···

さらに、イルミネーションを見たあと、
おなじみのラーメン屋で、クリスマス限定の味噌ラーメンを食べて···



【帰り道】

サトコ
「あー美味しかった!」
「黒澤さん、ごちそうさまでした」

黒澤
どういたしまして
こちらこそ、丸一日付き合ってくれてありがとうございます

サトコ
「そんな···お礼を言うのは私の方です」
「今日はいっぱい勉強になりました」
「寮に戻ったら、しっかり復習しますね」

黒澤
ええ、ぜひ

(石神さんや後藤さんが聞いたら、しょっぱい顔するだろうなー)
(でも、まぁ···本人は満足しているみたいだし)

サトコ
「ひゃっ」

ふいに、彼女が妙な声を上げた。
冷たい夜風が、勢いよく吹き付けてきたせいだ。

黒澤
今日は冷えますねー

サトコ
「そうですね。さっきから、指先も耳も痛くて···」
「だから、よかったです」
「こんな寒い日に、ひとりじゃなくて」

黒澤
······

サトコ
「ありがとうございます。勉強会に誘ってくれて」

黒澤
·········こちらこそ

(感謝していますよ)
(今日みたいな日を、ひとりで過ごさずに済んで)

本当は、クリスマスはあまり好きじゃない。
皆が楽しそうななか、ひとりきりで過ごすのは寂しすぎるから。

(なーんて、絶対に言えませんけどね)
(オレのキャラじゃないですし)

サトコ
「それじゃ、私こっちなので」

黒澤
えっ、電車で帰らないんですか?

サトコ
「ここからだとバスの方が近いんです」
「今日はおつかれさまでした」

朗らかな笑顔を残して、彼女はさっさと歩き出そうとする。
次の瞬間、オレはとっさに彼女の腕を捕まえていた。

サトコ
「···っ、黒澤さん?」

黒澤
あ、その···

まん丸く見開かれた彼女の目に、自分が映っている。
柄にもなくうろたえて···なんて情けない顔つきだろう。

黒澤
······ごめんなさい。なんでもないです
それじゃ、おやすみなさい。気を付けて

サトコ
「はい。ではまた」

今度こそ去っていく彼女を見送って、オレはコートのポケットに手を入れた。
指先に当たったのは、小さな紙袋。
中に入っているのは、ピンクトルマリンのブレスレットだ。

そう、今から数時間前――

黒澤
すみません、ちょっと伺いたいんですけど
さっきの···ボブカットの彼女が見ていたアクセサリーってどれですか?

店員
「ああ···そこのブレスレットですよ、ピンクトルマリンの」

黒澤
ピンク······これですか?

店員
「ええ。恋する女性に人気なんですよ、その石」

黒澤
······へぇ

(···まぁ、いいんですけどね)
(プレゼントをするような間柄でもないし)

ポケットに手を入れたまま、オレは駅に向かって歩き出した。
今日の出来事を、いつかオレは懐かしく思い出すかもしれないし···
きれいさっぱり忘れてしまうかもしれない。
いずれにしても、これは――
彼女が、オレの「特別」になる前の物語だ。

Happy End



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