【教官室】
特別教官の専任補佐官が決まり、私は後藤教官の補佐官になった。
講義後、挨拶をするために教官室を訪れる。
サトコ
「失礼します」
教官室には後藤教官と颯馬教官、東雲教官がそれぞれデスクでコーヒーを飲んでいた。
東雲
「あ、あの時の子だ」
東雲教官が私を見つけてニヤッと笑う。
(最初にシャワールームではち合ったせいか、東雲教官とは顔を合わせにくいな···)
東雲教官に小さく頭を下げてから、私は後藤教官のデスクに向かった。
サトコ
「あの···後藤教官。先程、石神教官から補佐官の話がありまして···」
「私が後藤教官の補佐官に決まったので、ご挨拶に来ました」
後藤
「ああ、わかった」
後藤教官は僅かにこちらに視線を流して頷く。
東雲
「後藤さん、この子首席で優秀みたいだし」
「サトコちゃんでよかったじゃないですか」
「オレが補佐官に欲しかったくらいですよ」
後藤
「要は雑用係だろ。誰でも同じだ」
東雲
「これから二人三脚でやっていくってのに冷たい言い方」
「彼女、傷ついちゃうんじゃない?」
東雲教官は薄く笑って顔を覗き込むものの、後藤教官は気にもしていないようだった。
(東雲教官、後藤教官をからかって面白がってる気がする···)
サトコ
「私は少しでも後藤教官の役に立てればと思ってますので、よろしくお願いします」
東雲
「健気だなぁ」
「エッチなだけじゃなかったんだね」
サトコ
「なっ!」
颯馬
「歩、サトコさんと何かあったみたいだね」
東雲
「オレとサトコちゃんの秘密」
サトコ
「そ、そんな大したことは起きてないです!それより···」
「後藤教官、私はこれからどうすれば···」
颯馬
「まずは机とか掃除してもらったら?」
サトコ
「机?」
自然と後藤教官の机に目を向けると、後藤教官が身体で引き出しを隠した気がした。
(あれ?今、何かはみ出てたような···)
<選択してください>
サトコ
「あの···教官の机から何かはみ出してますよ?」
後藤
「あ、ああ」
後藤教官は引き出しを少しだけ開けると、はみ出ていたハンカチを押し込んだ。
東雲
「目ざといね、サトコちゃん」
「その目ざとさは評価できるよ」
颯馬
「それ、洗ったのいつ?」
後藤
「···余計なお世話です」
サトコ
「後藤教官って片付け苦手なんですか?」
東雲
「苦手っていうか···」
「ねぇ?」
颯馬
「そのレベルで片付けられる話だったら、どんなによかったか」
「後藤の引き出しじゃ、未来からのロボットも真っ青な顔で引き返すだろうね」
サトコ
「そ、そんなに!?」
後藤
「周さん、余計なこと言わないでください」
サトコ
「用があれば何でも言ってください」
東雲
「ナンデモだって」
「やっぱり、サトコちゃんってエッチ」
サトコ
「おかしな意味でとらないでください!」
颯馬
「歩じゃないけど、少しうらやましいかな」
サトコ
「え?」
颯馬
「構い甲斐があって···私なら24時間、何かを言いつけてしまいそうです」
サトコ
「そ、そうですか···」
後藤
「今日は特に頼むことはない。明日からよろしく頼む」
サトコ
「はい!」
東雲
「張りきっちゃって可愛いなぁ」
颯馬
「ふふ···」
サトコ
「では、私はこれで失礼します。何かありましたら、いつでも呼び出してください!」
後藤
「ああ」
(後藤教官の補佐官に選ばれるなんて驚いたけど、最初の訓練の恩を返すいい機会かも)
(少しでも役に立てるように頑張ろう!)
【校門】
入校2日目の講義は後藤教官と石神教官による実践演習。
私は鳴子と寮で新しく知り合った年上の同期、
千葉大輔さんと一緒に学外にある訓練場に向かっていた。
鳴子
「2日目にして実技での演習って、さすがに厳しいね」
千葉
「普通の訓練は警察学校時代に経験してるから。公安の捜査方法は身体で学ぶしかないのかもね」
サトコ
「今日は潜入捜査の訓練か···」
(この間の初任務が初潜入捜査だったけど、全然上手くできなかった)
(しっかり学んで、次の機会に備えないと)
千葉
「後藤教官といえば潜入捜査のエキスパートだから、いい勉強になりそうだな」
サトコ
「後藤教官は特に潜入捜査が得意なの?」
千葉
「氷川、後藤教官の補佐官までやってるのに知らないのか?」
「後藤教官はこれまで潜入捜査での難しい任務を成功させて」
「いくつもの事件を解決に導いてるって話だよ」
サトコ
「そうだったんだ···」
(そういえば闇カジノの潜入も完璧だったもんね···)
千葉
「2ヶ月後に教官による中間審査があるんだったよな?今日の訓練も審査の対象になるのかな」
サトコ
「え?2ヶ月後の審査?」
鳴子
「なにソレ。私たち聞いてない」
千葉
「え、本当?」
「もしかして女子の部屋まで回覧行かなかったのかな···」
「入学から2ヶ月後に審査があって、基準に満たない者は強制退学になるんだって」
サトコ・鳴子
「強制退学!?」
鳴子
「なに、その振るいにかけるみたいな話···」
「ここに入れば、確実に公安の捜査員になれるんじゃなかったの?」
千葉
「オレに聞かれても困るけど···ある程度は仕方ないんじゃないか?」
「入学が書類審査だったわけだし」
「能力のほどは実際に見てみないとって上も思ってるんじゃない?」
鳴子
「盛った偽造書類で入学した人でもいるっていうの?」
サトコ
「!」
(私みたいな入学者を脱落させるための審査なのかも)
(いや、私の書類が盛られてたって確認したわけじゃないけど、首席入学なんておかしいし···)
サトコ
「こ、こうなったら、皆で審査に合格できるように頑張るだけだね!」
鳴子
「もちろん。せっかく入校できたんだから無事卒業しなきゃね」
千葉
「オレも真ん中くらいの成績でいいから卒業できるように頑張るよ」
3人で話しているうちに、訓練場が見えてきた。
【訓練場】
訓練場は市民会館くらいの大きさで、この建物を使って様々な実践訓練が行われるらしい。
石神
「今日の演習は潜入捜査だ」
「この建物を暴力団体の施設に見立て、敵ターゲット側と捜査官側に分かれて訓練を進める」
後藤
「チーム分けはあらかじめこちらで済ませてある」
「ターゲット側のボスは石神教官、捜査官側のボスは俺だ」
「ターゲット側に気付かれず、捜査官が石神教官のもとまで辿り着けば捜査官側の勝利」
「反対に1人でも捜査官がつかまれば、ターゲット側の勝利だ」
同期男性A
「それだと、ターゲット側が有利すぎませんか?」
石神
「実際の潜入捜査では、ひとりでも捜査員が割れればそれで終わりだ」
「演習とはいえ、各自の行動が全体の捜査に影響するということを学ぶように」
後藤
「氷川」
サトコ
「は、はい!」
後藤教官の手招きに近寄る。
サトコ
「何でしょうか?」
後藤
「この名簿に従って、ターゲット側と捜査官側に生徒を分けてくれ」
サトコ
「わかりました」
私は後藤教官から名簿を受け取る。
サトコ
「今から名前を呼ぶ人はターゲット側なので左に」
「呼ばれなかった人は捜査官側なので、右に集まってください」
順番に名前を読み上げていくと、鳴子も千葉さんもターゲット側だった。
(あれ?私の名前がない···)
サトコ
「あの、私は···」
後藤
「氷川は捜査官側だ」
「俺と組んで今回の訓練がどんなものか見本で見せる手伝いをしてもらう」
サトコ
「わ、私が見本ですか!?」
後藤
「氷川の力量は分かっている。俺に従ってついてくればいい」
サトコ
「は、はい!」
(訓練とはいえ、後藤教官との潜入捜査!)
(最初の訓練の汚名を返上しなくちゃ!)
ターゲット側の石神教官と生徒たちが施設内の位置につき、潜入捜査の実践演習が始まった。
演習終了後。
サトコ
「······」
石神
「氷川、首席入学とは思えないひどい結果だな」
後藤教官と行った潜入捜査訓練の見本。
後藤教官のフォローがあり、途中まで進めたものの結局私が見つかって失敗に終わってしまった。
石神
「お前、やる気あるのか?」
<選択してください>
サトコ
「申し訳ありません···」
石神
「謝れば済むと思っているのか?」
「これが実際の捜査だったら、お前のせいで何人の捜査員が危険にさらされたことか···」
サトコ
「謝れば済むとは思っていません!これから訓練に励みます!」
サトコ
「やる気は充分にあります!」
石神
「根性論だけでどうにかなるものではない」
「公安の捜査に必要なのは、いかなる時でも冷静に自分と現場の状況を把握し続けることだ」
サトコ
「は、はい···見合う結果が残せるように頑張ります!」
サトコ
「だから、その首席は間違いかも···」
石神
「なにか言ったか?」
サトコ
「い、いえ!なんでもありません!以後、努力を重ねます!」
石神
「後藤がついていたことを引けば、お前の採点は0に近い」
「まったく···」
(最初の訓練の時と同じ···後藤教官がいなかれば建物に入ってすぐに見つかってた)
(後藤教官みたいな刑事を夢見てたけど、成績は同期の中でもほぼ最下位···)
同期は全員国家公務員のエリートたちだ。
私とは重ねてきたキャリアも違い、その差の大きさを思い知らされる。
(後藤教官がまるで別世界の人に思える···)
(私、こんな人に近づくことができるのかな···)
後藤
「まぁ、氷川がヘマをしたせいで」
「そのあとの連中の方の力が抜けたという利点もある」
サトコ
「後藤教官···」
石神教官と同じように叱責されると思いきや、いつもと同じ声が降ってきた。
後藤
「次は上手くやれ」
サトコ
「はい!」
(教官の中間審査まで2ヶ月あるんだ)
(ヘコむ暇があるなら、同じ失敗を繰り返さないように努力あるのみ!)
落ち込んだ気持ちを奮い立たせ、私は後藤教官に強く頷く。
石神
「後藤、お前は甘い」
後藤
「評価するところはしているだけですよ」
演習が終わり、後藤教官と石神教官は学校の方に戻っていく。
(『この調子で頼む』···少しは役に立てたんだ!)
高揚した気持ちを感じながら、去っていく2人の背中を見つめる。
ひと言褒められただけで、私の中のやる気は何倍にも膨れ上がっていた。
【教官室】
学校へ戻ったあと、今日の潜入捜査演習のレポートを全員分まとめ、後藤教官のもとに届けに向かった。
(レポートが報告書の書き方の勉強になっているとは思わなかったな)
サトコ
「失礼します。後藤教官、レポートを···」
加賀
「······」
教官室にいたのは、書類を眺める加賀教官だけだった。
サトコ
「あの、今日の演習のレポートを届けに来たんですけど、後藤教官はどちらに···」
加賀
「······」
サトコ
「あ、あの···すみません」
私の呼びかけに、うるさいとでも言いたそうな目線を向ける。
そして加賀教官はあごで教官の個室の方を指す。
教官室からは、教官の個室に行けるようにドアがつながっていた。
サトコ
「···ありがとうございます」
(こ、怖い···物音立てないようにしよう···)
脇を通り過ぎようとした時――
加賀
「首席で入ったっていうのに成績は最下位ってのはお前か」
私の背に、加賀教官の淡々とした声が突き刺さった。
サトコ
「···これから頑張ります」
加賀
「へぇ」
私の返答に興味を無くしたのか、教官は書類へと視線を戻す。
加賀
「後藤に期待すんなよ」
サトコ
「え?」
加賀
「あいつは優しいわけじゃない。無関心なだけだ」
サトコ
「無関心···」
「あの、それってどういう意味でしょうか?」
加賀
「あ?自分で考えろ。何でも人に聞いて解決しようとするな」
(自分で話を振っておいて、自分で考えろって···言ってることは間違ってないと思うけど)
それだけ言うと、加賀教官は私に目も向けず、猫でも追い払うように手を動かした。
(無関心···か、そんな感じしなかったけど)
(どういう意味なんだろう···)
疑問を持ちながらも、 “後藤” というプレートがかかったドアの前に立つ。
サトコ
「失礼します」
「氷川です。演習のレポートを届けに来ました」
後藤
「ああ。入れ」
サトコ
「失礼します」
中に入って、真っ先に飛び込んできたのは後藤教官の鍛えられた上半身。
サトコ
「え···」
(···っま、また着替え中!?)
私の目の前に平然と立っているのは、シャツを片手に上半身裸の後藤教官だった。
to be continued