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出会い編 後藤6話



【寮 廊下】

後藤教官からハンカチを借りた翌日の夕方。
私は洗濯してアイロンをかけたハンカチと、
実家からの仕送りのおすそ分けを持って寮の教官の部屋の前に立っていた。
紙袋に入れたハンカチを確認しながら、私は昨日の夜のことを思い出す。

後藤教官と裏庭のベンチで別れた後、部屋に戻ると深夜の1時前だった。

(今日は遅くなっちゃったけど、後藤教官と話ができて良かった)
(昼間とは全然気持ちの重さが違う)

サトコ
「ハンカチ返さないと···」

(あ、でも、こういう時は新しいのを買って返した方がいいのかな?)

コンコン

サトコ
「はい」

(こんな時間に誰だろう?)

鳴子
「私だけど、まだ起きてた?」

サトコ
「うん、どうしたの?」

私が返事をするとドアを開けて鳴子が入ってきた。

鳴子
「実はね、今度の土曜日合コンがあって···」

サトコ
「合コン?」

鳴子に返事をしながら、ハンカチを持ったままだと気が付く。
別に隠す必要はなかったのだけれど、反射的に背中に隠してしまう。

鳴子
「···今なに隠した?」

サトコ
「な、なんにも隠してないよ?」

鳴子
「あやしい···」
「この鳴子さんの目を誤魔化せると思ってるの?」

サトコ
「いやいや、ほんとになんでもないってば!」

鳴子
「それなら背中に回している手を見せなさい!」

サトコ
「も、黙秘権!」

コンコン

鳴子と騒いでいると、再び部屋のドアがノックされた。

颯馬
なにかありましたか?

鳴子
「や、やば···!」

颯馬教官がドアを開けて入ってくると、私たちは意識的に背筋を伸ばした。

颯馬
声が廊下まで聞こえていましたよ

鳴子
「む···虫が出まして」
「2人で確保しようとしたのですが、なかなか捕まらず···失礼しました」

颯馬
そうですか。ここの建物は新築みたいなものですが、出るものは出るんですね
駆除の業者を呼んだ方がいいかもしれません

鳴子
「あ、いえ、私たちの見間違いかもしれないので···また発見した時でいいかと思います!」

颯馬
そうですか?
でも今後のこともあるので···
佐々木さん、ちょっとお話しましょうか

颯馬教官の顔に浮かんだ意味深な笑顔に私と鳴子の背筋が凍りつく。

鳴子
「そ、颯馬教官とお話しできるのは嬉しいですけど···」
「でも、もう夜遅いですし···」

颯馬
ここまで起きていたら、あと1時間くらい起きていても同じですよ

有無を言わさぬ教官の口調に、鳴子はおとなしく連行されていった。

(あれは絶対に怒られる笑顔だ···鳴子、健闘を祈る!)

颯馬教官のファンの鳴子なら、自分を叱る姿にも見惚れるに違いない。

(明日の朝早く起きて、ハンカチ洗濯して返そう)

そう決めると寝坊しないように早々に寝る支度をすることにした。

(後藤教官、いるかな)

コンコン

後藤
誰だ?

サトコ
「氷川です」

すぐにドアが開いて後藤教官が姿を見せる。

後藤
どうした?

サトコ
「昨日はありがとうございました。これを···」

ハンカチとお裾分けのお菓子が入った紙袋を渡そうとすると、後ろで靴音が響いた。

一柳昴
「新人こき使ってんなよ。物ぐさ」

後藤
たまにしか顔を見せねぇ奴に言われたくねーな

一柳昴
「オレはお前と違って本業で忙しいんだよ」

後藤
お前の本業···
お祭り課の名に恥じないバカ騒ぎか?

一柳昴
「パジャマが制服のお前には、オレの仕事はわかんねーだろうな」

後藤
黙れ、ローズマリー

一柳昴
「あぁ?」

(ローズマリーにパジャマ?な、何のこと?)

後藤教官が誰かと喧々と言い合う姿を見るのは初めてで、意外な感じがしてしまう。

(クールな教官が、あからさまに不機嫌になっていく···)

後藤
お前の相手をしてる暇はねーんだよ。入れ、氷川

サトコ
「えっ···!」

私の手を引っ張ると、部屋の中に引き入れてドアを閉めてしまった。



【寮監室】

後藤
···で、用件は?

サトコ
「あ、昨日お借りしたハンカチを返しに来ました」
「中に実家からの仕送りのおすそ分けが入っているので、よかったら食べてください」

後藤
そうか。わざわざ悪かったな

後藤教官の部屋は雑然としたままで、どうやら片付けが苦手なのは間違いないらしい。

後藤
これは···

サトコ
「え?何かおかしいものでも入ってましたか!?」

網袋の中を開けて驚きの声を上げる後藤教官に、私も慌てて紙袋を覗く。

後藤
···俺のハンカチか?

サトコ
「え?はい···間違いなく昨日お借りしたものですけど···」
「新しいものを買ってお返ししたほうがよかったですか?」

後藤
いや···このハンカチ、こんなに綺麗なものだったのか···

まじまじとハンカチを見る姿に思わず吹き出してしまう。

<選択してください>

 A:喜んでもらえたならよかった 

サトコ
「喜んでもらえたならよかったです」

後藤
最近は洗ってもあまりシワシワにならないハンカチが増えたが···
やはりアイロンをかけると全然違うんだな
···かえって気を遣わせたな

 B:可愛いです 

サトコ
「可愛いです」

後藤
···教官をからかうな

サトコ
「す、すみません!つい!」

後藤
···かえって気を遣わせたな

 C:素敵なハンカチですね 

サトコ
「素敵なハンカチですね」

後藤
そうか?持ってくるのを忘れてコンビニで買ったものだが

サトコ
「白地にブルーのラインがとっても綺麗だと思います」

後藤
···かえって気を遣わせたな

後藤教官は少し恥ずかしそうにハンカチをポケットにしまった。

サトコ
「いえ!」
「······あの、もしよろしかったら他のもアイロンかけましょうか?」

部屋の備え付けの家電にはアイロンも用意されていた。

後藤
いや、さすがに量もあるしな

サトコ
「ハンカチくらい何枚あっても大丈夫ですよ」
「それに、ピシッとしたハンカチの方が使いたくなりますよ」

後藤
···なら頼む

後藤教官は奥の洗濯物を片付けたカゴから10枚くらいのハンカチを持ってくる。

後藤
忘れて買っているうちに、いつの間にか増えた

サトコ
「ふふ、わかります。私もタオルハンカチとか増えちゃってます」
「アイロンかける間、よかったらこのお菓子どうですか?」

後藤
せっかくだからもらうか···氷川も食べていけ

サトコ
「はい」

(前に日本茶は飲んでなかったから、コーヒーの方がいいのかな)

先に片付けをお手伝いし、コーヒーと仕送りのお菓子を用意すると、私はハンカチにアイロンをかけ始める。

後藤
片付けまでしてもらって悪かったな

サトコ
「いえ」

後藤
こう言ってはなんだが
一柳にアイロンかけろと言われるのは癪だけど
氷川に言われる分にはちっとも腹立たしくないな

サトコ
「ふふ、でも一柳教官も同じ気持ちだと思いますよ、アイロンかけたいなって」

後藤
仮にそうだとしても絶対に頼まないがな
補佐官にこんなこと頼むのは気が引けるが、助かる

サトコ
「いえ」

(なんか···後藤教官とこんな感じで過ごすの、いいな···)

大きく会話が盛りあわるわけではないけれど、
教官と過ごす穏やかな時間は忙しい学校生活の中で確実に癒しとなっていた。



【カフェテラス】

翌朝、早くに起きてカフェテラスで朝の勉強を済ませるとコーヒーを一口飲む。

サトコ
「ふあ···」

出そうになった欠伸をかみ殺してテキストを閉じた。

(ちょっと寝不足かも···今日は少し早めに寝ようかな)

鳴子
「おはよー。早いね、サトコ」

サトコ
「鳴子、おはよう」

鳴子
「サトコ、最近頑張ってるよね。後藤教官のため?」

サトコ
「どうして、そういう話に···」

鳴子
「ハンカチ···」

サトコ
「!」

私の反応を見て、鳴子は腕を組んでニヤリと笑った。

サトコ
「あれは、借りてたのを返しただけで···」

鳴子
「あ、やっぱりそうだったんだ」

サトコ
「!」

鳴子
「鳴子さんの観察眼を侮ってもらっちゃ困るな」

(引っかかった···)

サトコ
「鳴子、ずるい」

鳴子
「ま、そう言わないの。あのクールな教官をどうやって落としたのか聞かせなさい!」

サトコ
「いやいや、そんなんじゃなくて···」
「そういう鳴子こそ、颯馬教官に連れて行かれた後のこと聞かせてよ」

鳴子
「だから、それは私と颯馬教官との秘密だって言ってるでしょ?」

サトコ
「それなのに、私にだけ聞くんだ?」

鳴子
「ふふ、恋バナは話すより聞く方が好きなの」

鳴子との話で、朝の眠気が飛んでいくのを感じる。

(鳴子が期待するような話はないんだけど···)
(後藤教官の役に立てるのは小さなことでも嬉しかったな)


それから数日後の夜。
トレーニングルームでの自主練を終えてると、射撃場の方から銃声が響いてきた。

(度々、この時間まで射撃場で練習している人いるよね)
(誰なんだろう)

【射撃場】

軽い気持ちで射撃場を覗いてみると、銃を構えているのは後藤教官だった。

後藤
······

その横顔は怖いくらいに真剣で、私は思わず息を呑む。

(後藤教官のこんな顔、初めて見た···)

どのくらい見入っていたのだろう。
練習を終えた後藤教官と目が合って、私は我に返る。

後藤
氷川···お前も練習か?

サトコ
「あ、いえ···たまにこの時間に射撃場から音が聞こえてくるので、誰なのかなって思って···」
「後藤教官も射撃の練習するんですね」

後藤
当たり前だ。実際に銃を扱う機会は少ないが、いざという時に正確に撃てなければ意味がない
数日訓練を怠れば、腕は目に見えて悪くなる

刑事になれば、そこがゴールではない。
後藤教官も絶え間なく努力を続けているのだと知って、尊敬の念は強くなるばかりだ。

(教官は···本当にすごい人なんだ···)

サトコ
「後藤教官は私の理想の警察官です」

思わず本音が口を出てしまう。

後藤
上官を誉めても、何も出ないぞ

サトコ
「教官からの言葉1つ1つが私の教訓になります」

後藤
そう言われると、何も話せなくなるな

苦笑を刻む後藤教官に私も笑みを浮かべる。

サトコ
「私、後藤教官にたくさんの勇気をもらいました」
「キャリア組の中で無理だって思わずに、全力で頑張ろって思えたのも教官のおかげです」

後藤
そのことに関しては、あまり偉そうなこと言えないんだがな

サトコ
「どうしてですか?」

後藤
俺もお前と同じでキャリア組で入庁したわけじゃない

サトコ
「え!そうなんですか?てっきり後藤教官はキャリアだと···」

後藤
こんな俺でもここまでやってこれたのは、石神さんという上司がいたのも大きいが···
周りには優秀な刑事がたくさんいて、なにより俺も負けられないと思ったからだ

(後藤教官は最初から公安課のエースなのかと思ってたけど)
(その裏には大変な努力があったんだ···)

サトコ
「後藤教官は···何か目標があるんですか?」

後藤
···

サトコ
「それだけ努力を重ねられるのは、夢があったりするからなのかなって···」

私の問いかけに僅かに間を開けて後藤教官が口を開く。

後藤
···成し遂げたいことがあってな

(成し遂げたいこと···それって夢とは違うのかな···?)

後藤
そういう氷川はなぜ刑事を目指しているんだ?

なんとなくはぐらかされた気もするが、気にしないことにする。

サトコ
「私は···きっかけがあって···」

<選択してください>

 A:3年前に··· 

サトコ
「3年前に···」

後藤
3年前というと···氷川は大学を卒業する年か?

サトコ
「あ、3年前じゃなかった!5年前です」

 B:5年前に··· 

サトコ
「5年前に起きた事件がきっかけだったんです」

後藤
事件···巻き込まれたのか?

サトコ
「巻き込まれたというか、自分から飛び込んだというか···」

 C:子供の頃に··· 

サトコ
「刑事に憧れたのは、子どもの頃に見た刑事ドラマが最初だったと思います」

後藤
それがきっかけで、ずっと頑張ってきたのか?

サトコ
「いえ、本気で刑事を目指そうって考えたのは5年前の事件がきっかけなんです」

サトコ
「通り魔が出て、おばあさんが狙われそうになったところに飛び出しちゃって」
「そこを間一髪で刑事さんに助けられたことがあるんです」
「それがきっかけで」
「私も誰かの助けになれるような職に就きたいと思って刑事を目指しました」

後藤
そうだったのか
なら、その夢を叶えるために···銃の練習でもしていくか?
いい機会だ。少しなら教えてやる

サトコ
「いいんですか?演習以外で教官から指導を受けるなんて···」

後藤
ノンキャリ同士のよしみだ。キャリア組は余裕だから気にしないだろ

サトコ
「ふふっ、そうかもしれませんね」

そう言うと、教官は私の背後に回ってくる。

後藤
試しに撃ってみろ

サトコ
「はい!」

私は教官から銃を受け取り、標的めがけて数発弾を放つ。
全て的には当たるものの、急所を捉えることはできなかった。

サトコ
「いつもの銃より左にずれますね···」

後藤
拳銃は物によって微妙なクセがある
それを数発で把握し、撃ち手側が調整しないと標的には当たらない
この銃の場合は、もう少しだけ肘を下げた方がいい

そういうと、教官が後ろから身体を支えてくれる。

後藤
見るのは的じゃない、照準だ

サトコ
「はい!」

教官の個別指導のおかげで、だいぶ精度も上がってくる。
自分1人のために時間を割いてくれる教官に感謝すると同時に、
ひとたび冷静になると教官との距離がかなり近いことに気付く。

(こ、こんなに近くで教えてもらってたんだ···)

後藤
どうした?集中力切れたか?

教官の声が耳元でくすぐったい。

(今までずっとこの距離で···)

今さらながら恥ずかしくなって思わず顔を伏せると、後藤教官はどうしたんだという顔をする。

後藤
ちょっと難しかったか?

サトコ
「いえ、その···教官と近かったので···」

やっと原因がわかって冷静になったのか、教官は顔を染める。

後藤
悪い、普段男にしか教えてなかったからな···

サトコ
「いえ···!わかりやすかったですし···」

微妙な沈黙が射撃場に下りてくる。
でも、依然として申し訳なさそうな顔をする教官の顔に思わず笑ってしまう。

後藤
何がおかしい?

サトコ
「いえ、後藤教官、面白いなって思って」

後藤
ったく···

ふとした会話で後藤教官との距離が近くなったことを感じられる気がする。

(もっと後藤教官といろんな話をして、いろんな顔を見てみたい)

そんなワガママな気持ちが覗いて、私は慌ててそれを胸の奥に閉じ込めた。


【教官室】

翌日。
レポートを後藤教官に届けようと教官室を訪れると、室内の空気が普段と違っていた。

(特別教官の全員が顔を揃えてる···)

サトコ
「失礼します。あの···」

後藤
···ここまできて退くのには賛成できません

私が話しかけると同時に後藤教官の声が重なった。

石神
上からの命令だ。これ以上の深追い捜査はするなと圧力がかかっている

後藤
それがなによりの証拠じゃないですか。議員からの圧力に決まっています
カジノの潜入から、実行犯の目星はついています。過去の記録を見てもほぼ黒だと

颯馬
後藤の読みは当たっていると思います
彼が当時の都知事の選挙事務所にいたことは確かですから

後藤
あと少しで証拠がつかめるはずです
ここで捜査を中断したら、これまでのことが無意味になる

めずらしく後藤教官が感情を露わにして石神教官にぶつかっている。

東雲
けど、公安に圧力かけてくるってことは···黒幕はかなりの大物かもよ
想像以上のラスボスが待ってるかも

加賀
後藤、潰れる前にこっちに回せ。俺がもらってやってもいいぞ

後藤
···これは俺の任務です

石神
後藤、引き際を間違えれば命取りになるぞ

後藤
わかっています

短く答えると、後藤教官は教官室を出て行こうと立ち上がった。
戸口まで来て、初めて私に気付く。

後藤
···お前、いつからそこに···

サトコ
「つ、ついさっき···今日のレポートを集めてきました」

後藤
デスクの上に置いておいてくれ

サトコ
「は、はい」

教官室を出ていく後藤教官の背中は頑なに見えて。
言葉をかけることすらできなかった。

【裏庭】

後藤教官のもとにレポートを届けてから2日後。
後藤教官はあれから学校に姿を見せていない。

(捜査に行ってるんだよね。大丈夫なのかな···)

優秀なのは知っていても、ただならぬ雰囲気だった教官室を思えば不安になってくる。
夜の自主練を終えて射撃場の近くを通っても、射撃場は暗いままだった。

(今日もいない···か)

その時、自主練用のカバンに入れていた携帯が鳴る。

(知らない番号···誰だろう···)

サトコ
「はい」

後藤
俺だ

サトコ
「後藤教官!?」

後藤
······悪いが···車を出してくれ

サトコ
「······!」

電話の向こうから掠れた声で聞こえてきた言葉。
その声に疑問を感じながらも、私は指定の場所へ向かった。

to be continued

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