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恋の行方編 後藤1話



【学校 教場】

公安課の刑事を育成するために、密かに設立された公安学校。

石神
今日の講義はこれで終わりだ。各自要点をまとめたレポートを提出するように

石神教官の講義を終えると、緊張の糸が一気に切れる。

鳴子
「今日の講義はコレで終わりかー」

千葉
「毎日、講義終わるとバテるなぁ。全然慣れないね」

サトコ
「教官たちの厳しさも相変わらずだもんね」

鳴子
「むしろ日々増してるかも」

入校から3ヶ月。
桜は新緑の季節に変わり、初夏の気配を感じるようになっていた。

館内放送
『氷川サトコ、教官室まで来るように』

サトコ
「あ、行ってくるね」

鳴子
「そっか、今日から戻ってくるんだっけ」
「どう?ご主人様が帰ってくる気分は」

サトコ
「もう、からかわないでよ」

千葉
「今日一日氷川の機嫌が良かったのは、そのせいか」

サトコ
「千葉さんまで···任された仕事だし、頑張らないといけないでしょ」

そう言って席を立ったものの、心が浮ついているのも本当だった。

(意識しないようにしてても、気が付けば指折り数えてた)

今日は後藤教官が復帰する日だったーーー


【教官室】

サトコ
「失礼します」

教官室に入ると、教官の個室に繋がるドアが開いている部屋があった。
そこにかかっているプレートには『後藤』の文字。

(後藤教官が帰ってきたんだ···)

自然に早くなった鼓動を抑えながら部屋の戸口に立つ。

サトコ
「氷川です。お呼びでしょうか?」

後藤
復帰早々悪い。休んでる間に書類が溜まってな···
雑用だが、手伝ってもらえるか?

サトコ
「はい、書類整理ですね。任せてください」

久しぶりに入る後藤教官の教官室。
少し雑然とした部屋が今では不思議と心地よく感じていた。

サトコ
「コーヒーでも淹れましょうか?」

後藤
そうだな、頼む

教官室に備え付けの給湯室でお湯を沸かす。

(前にお茶を淹れた時、口をつけてもらえなかったのは、熱いのが苦手だったからなんだな)

後藤教官が猫舌だと知ったのは、教官の家にお見舞いに行った時だった。
冷ましたコーヒーをデスクの上に置くと後藤教官は微かに微笑んでくれる。

サトコ
「どうぞ」

後藤
ああ、悪いな。冷ましてくれて

サトコ
「いえ、教官が猫舌なのもう知ってますから」

後藤
まったく、知られたくなかったんだがな
他のヤツには言うなよ。特にローズマリー野郎にはな

前よりも笑ってくれるようになった気がする。
微笑んでくれるだけで、私の鼓動はうるさいほど早く鳴り始めていた。

(後藤教官が好き···でも、この気持ちは封印しなきゃいけない···)

苦しさを感じながら、私は後藤教官への恋心を自覚した日のことを思い出していた。


【寮 談話室】

サトコ
「······」

(後藤教官がずっと憧れてた刑事さんだったなんて···)

颯馬教官から知らされた想像もしていなかった事実。

(直接聞いてみたいけど···)
(本当にそうだったら、この気持ちを止められない)

後藤教官に募る恋心。
立場上好きになってはいけない人なのに、
憧れの人だと分かった日にはますます想いが大きくなりそうだ。

サトコ
「はぁ···」

鳴子
「サトコ、どうしたの?こんな夜遅くに···ひとりでぼーっとして」

サトコ
「日中は男子の溜まり場になってるから、夜くらいは独り占めしようかなって」

鳴子
「それなら私も混ぜて!ガールズトークといきますか」
「サトコには何か悩み事があるみたいだし。恋煩い?」

サトコ
「ま、まさか···そんな余裕あるわけないよ」

(さすが鳴子···図星です)

鳴子は自販機でコーヒーを買うと、私の向かいに腰を下ろす。

鳴子
「ま、そうだよね。大変な潜入捜査を終えたばっかりだもんね」

サトコ
「そうそう。入校してすぐに実際の捜査に使われるとは思ってなかったよ」

鳴子
「毎日大変なのは確かだけど、有能かつ優秀なイケメンに囲まれてるわけだし」
「訓練1本っていうのも寂しい話だよね」

サトコ
「うーん···この学校って、特に恋愛禁止とかって規則ないんだっけ?」

鳴子
「そんな話聞いたことないし、規則にも書いてなかったと思うけど」
「基本男子しか入校してこないと思ったから、わざわざ書かなかったのかもしれないけどね」

サトコ
「うん···」

(たとえ恋愛が禁止されてなかったとしても···教官は別の話だよね)

サトコ
「あのさ···鳴子は絶対に恋しちゃいけない相手を好きになったら、どうする?」

鳴子
「んー?いきなりな質問だね」

サトコ
「さ、さっきネットでそんな相談見つけたから、なんとなく···」

鳴子
「でもさ、絶対に恋しちゃいけない相手なんていないと思わない?」

サトコ
「え?そうかな···」

鳴子
「だって、恋するだけなら自由じゃない」
「実際に手を出したらマズイケースはあるだろうけど···」
「それだって妻帯者くらい?他に恋しちゃいけない人なんているかな?」

サトコ
「が、学校の先生とか···よくそういう相談あるし···」

鳴子
「未成年に手を出すのは問題あるけど、そうじゃないなら気にしなくていいんじゃない?」
「立場がどうであれ、恋するときはひとりの男女になるんだから対等だと思うよ」

(鳴子らしい意見···恋するときは対等···か)

その考え方は好きだし賛成だけれど、いざ自分に当てはめると怖気づいてしまう。

(後藤教官を好きでいていいって、割り切るのは難しいよ)
(ただでさえ厳しい訓練が続くんだから、訓練に集中しなくちゃいけないのに)

石神
まだ起きているのか

サトコ・鳴子
「石神教官!」

(今日の宿直は石神教官だったんだ!)

石神
こんな時間まで起きていて、明日居眠りなどしたら、どうなるかわかっているだろうな?

鳴子
「い、今すぐ寝ます!」

サトコ
「失礼します!」

鳴子と慌てて談話室を出る。

石神
待て、氷川

サトコ
「は、はい」

石神
今日、後藤の見舞いに行ったんだろう?どうだ、アイツは

サトコ
「思ったより元気そうでした」

石神
そうか···復帰後もすぐに補佐できるよう、お前も日々の準備を怠るな

サトコ
「はい!」

石神教官に頭を下げ、鳴子と別れ自分の部屋に戻った。

【寮 自室】

(あ、後藤教官からメールきてる!)

自宅休養の後藤教官と急な連絡の時のために交換した携帯電話のメルアド。

後藤
『今日は助かった。ありがとな』

サトコ
「もう、どうしよう···」

一文だけの短いメール。
それなのに、こんなに嬉しい。


【個別教官室】

(結局、心の整理はできないまま···)
(ううん!教官が復帰したんだから余計なことを考えない!)

後藤
どうかしたのか?手が止まってるぞ

サトコ
「すみません!種類別と大きさ別、どっちにしようか考えてしまって」

後藤
種類別にしてくれ

サトコ
「はい」

(意識しちゃダメだって)

???
「後藤さーん!」

その時、一際明るい声が聞こえてきた。

(初めて見る人···この人も特別教官なのかな)

後藤
黒澤···お前がどうして、ここに···

黒澤
どうしてって、後藤さんが心配だったからに決まってるじゃないですか~
本部にも全然顔出してないし、また不養生で野垂れ死んでるのかと···

後藤
野垂れ死んだことなど、一度もない

黒澤
本当にそうですかね?俺が日本にいなかった間にも1回くらい野垂れ死んだんじゃないですか?

後藤
···

きらりと光る黒澤さんの目。

(意外に鋭い!東雲教官タイプ?)

彼は後藤教官が街で倒れ、私が迎えに行った一件を知っているような口ぶりだった。
黒澤さんはニッコリ微笑んだまま、私に目を留めた。

黒澤
彼女が例の···

後藤
例のってなんだ

サトコ
「は、初めまして。訓練生で後藤教官の専任補佐官を務めている氷川サトコです」

黒澤
噂はいろいろ存じ上げてます。俺の居ぬ間に伴侶まで見つけて隅に置けないんだから···

後藤
いい加減にしろ。お前ももう一度訓練生に送り返してやろうか?

黒澤
ハハッ、相変わらず後藤さんのジョークはキレッキレですね。楽しい人だなぁ

(黒澤さんって凄い人···かも?後藤教官相手に、ここまで言えるなんて)

黒澤
自己紹介が遅れました
オレは公安課石神班の巡査部長、貴女の黒澤透です!

サトコ
「黒澤···教官でよろしいでしょうか?」

黒澤
いえいえ、オレは教官ではなく貴女とおなじただの警察官の一人ですから
気軽に黒澤さーん☆とか、透さん☆って呼んでください

サトコ
「は、はぁ···」

(この人が前に教官が言ってた、都合のいい後輩さんなのかな···)

黒澤
こんな可愛らしい人をゲットするなんて、後藤さんも大概ムッツリですよね

後藤
お前な···今すぐ石神さんを呼んでやろうか?

黒澤
石神召喚の術は勘弁してくださいよ~
ところでサトコさん、後藤さんのどこを好きになったんですか?

<選択してください>

 A:好きなんてことないです 

サトコ
「そ、そんな好きなんてことないです!」

黒澤
あれ?そうなんですか?
嫌われてるんですね、後藤さん···

後藤
···黙れ

サトコ
「いえ、だからそういう意味じゃなくて!教官として尊敬してるという話です!」

 B:意外に優しいところが 

サトコ
「意外に優しいところが···」

黒澤
さすが目の付けどころがいいですね!後藤さんって意外に優しいんですよね

後藤
『意外』は余計だ

サトコ
「す、すみません!後藤教官を尊敬してるって言いたかったんです···」

 C:黙秘します 

サトコ
「黙秘します」

黒澤
お、なかなかいい返しですね。さすが後藤さんが選んだ女性だ

後藤
氷川、黒澤の言うことは聞こえないものだと思っていい

黒澤
そーいう冷たいこと言うと、出張でお土産買ってきてあげませんよ

黒澤
しかし···ふむ···

(な、何で私のことじっと見てるの?)

黒澤
···やはり空ける時期を間違えたか

後藤
さっきから何の話だ。お前の相手をするほど、俺は暇じゃない

黒澤
わかりました。元気な顔を見られたし、石神さんに見つかる前に退散しますよ
その前に···サトコさん、これもいい機会です。写真でも、どうですか?

サトコ
「写真ですか?」

黒澤
オレ、写真が趣味なんです。同じ時なんて1秒もない···だから、瞬間を閉じ込めたくて

後藤
何を格好つけたような言い方を···携帯カメラで気軽に撮れるようになっただけだろ

黒澤
教官とのツーショット写真なんて撮っておくと、後々いい思い出になりますよ

サトコ
「えっ···!」

黒澤さんは私の身体をぐっと後藤教官の隣に押すと、そのまま携帯電話のカメラでシャッターを切る。

後藤
お前···!勝手に撮るなと何度言えば···

黒澤
現像したら渡しますね。ではでは、ドロン!

(に、逃げ足が速い···!)

後藤
ったく、アイツは···

後藤教官が追いかける隙も与えず、黒澤さんは教官室から姿を消していた。


【グラウンド】

数日後······
中間審査が終わってからの主な演習は教官とのマンツーマン相棒訓練だった。
以前の捜査と専任補佐官ということもあり、私は後藤教官とペアになっている。
そして演習が終わると、後藤教官に呼び止められた。

後藤
氷川、放課後教官室まで来い

サトコ
「はい。わかりました」

(書類整理の続きかな。演習の時も放課後も後藤教官と一緒にいる機会が多くて···)
(幸せなような苦しいような···)

胸の奥にしまったはずの恋心は、今でも時折私を甘く苛んでいた。


【教官室】

講義終了後、教官室に向かう。
そこには後藤教官だけでなく、石神教官と颯馬教官も顔を揃えていた。

サトコ
「失礼します」

後藤
来たか、氷川

サトコ
「あの、今日は···」

石神
俺から説明する。例の捜査の続行許可が下りた

サトコ
「え···」

颯馬
後藤が単独で就いていた任務です。サトコさんが後藤を拾いに行ったりした

サトコ
「あ···進捗がないから捜査中止の命令がきてたという···」

石神
柳田を逮捕したことによって、捜査が進みそうだ

サトコ
「局長誘拐事件と後藤教官が追っていた事件は関係あるんですか?」

石神
そんなこともわからないのか。少しは自分の頭で考えろ

サトコ
「す、すみません」

石神
元教師がネットで仲間を募ったところで、警察庁の局長を誘拐できるわけがないだろう

サトコ
「あ!確かに···」

石神
後藤には捜査を再開してもらう

後藤
「はい」

石神
氷川、お前も後藤と共に捜査に入れ

(また実際の捜査に参加するの!?)

<選択してください>

 A:黒澤さんの方が··· 

サトコ
「訓練生の私より、黒澤さんの方が適任なのでは···」

石神
黒澤を知っているのか?

サトコ
「先日、後藤教官に会いに来たところをお会いしました」

石神
まったく···あいつは用もなく遊びに来てるんじゃないだろうな

サトコ
「後藤教官のケガを心配していらしたようでした」

石神
まあいい。詳しいことは本人から聞く
黒澤だが、今回の捜査では、あいつは役に立たん

 B:はい! 

サトコ
「は、はい!頑張ります!」

石神
今回は準備期間も設けてある。しっかりやれ

サトコ
「はい!」

 C:無理です 

サトコ
「そんな無理です。この間は偶然成功しただけで、私にはまだ実際の捜査は···」

石神
お前は現役の警察官だろう。そんな甘いことが許されると思っているのか

サトコ
「も、申し訳ありません···」

石神
これは命令だ。拒否は認めない

サトコ
「はい!」

石神
今回の捜査には女性警察官を投入した方が成果が得られると判断した
その結果、諸々の事情を加味して氷川が選ばれたということだ

颯馬
もちろん、おとり捜査ではないから安心してください
まぁ、おとり捜査もサトコさんならもう大丈夫そうですけどね

サトコ
「は、はい···」

(颯馬教官の笑顔、なんか意味深な気がする···)

石神
後藤、訓練も兼ねた捜査だ。やり過ぎるなよ

後藤
はい

(後藤教官、今回は落ち着いてる。よかった)

捜査のことになると時折感情を露わにする教官も、今回はいつもと変わらない様子だった。

石神
今回はターゲットに一番近いところで潜入捜査をしてもらう
だがその前に、氷川には特別訓練を受けてもらわなければならない

サトコ
「···はい!」

(特別訓練···どれだけ厳しいんだろう···)

後藤
······

石神
訓練の担当教官がそろそろ来るはずだが···

石神教官がドアに視線を向けると、ちょうどドアが開く。

???
「訓練の準備はできてるんだろうな?勝手に予定をねじ込みやがって」

サトコ
「一柳教官!」

一柳昴
「まったく、感謝しろよ。オレが特別に訓練してやるんだ」

後藤
やっぱり、お前か···

一柳昴
「このオレに直に教えを請えることに感謝するんだな」
「後藤、そして氷川サトコ」
「お前たちには···SPになってもらう」

サトコ
「!?」

(SPって···あの要人警護のSPになるの!?)

to be continued



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