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恋の行方編 後藤7話



一柳昴
『夏月が殉職した』

一柳の言葉が頭の中で繰り返される。

後藤
······

(夏月が、死んだ···?)
(ハッ···そんな冗談、俺が信じるとでも思ってるのか?)

一柳から教えられた場所に向かった俺を待っていたのはーー


後藤
夏、月···

事件現場に横たえられていた彼女は、声をかけても何も答えない。
ただ、二度と目覚めないような青白い顔をしているだけだ。

一柳昴
「後藤」

一柳が声をかけるが、俺は夏月から視線が外せない。

後藤
···何があった

一柳昴
「夏月からの連絡が途絶えてから」
「GPSでの追跡もできなくなっていたのはお前も知ってるだろう」
「少し前にGPSに反応があって、この場所を特定し急行した」

後藤
GPSの追跡が出来なくなった原因は何だ?
どうして、夏月からの連絡が途絶えた!

一柳昴
「原因は調査中だ」
「連絡が途切れた時には、もしかしたら夏月はもう···」

後藤
···殺されてたって言いたいのか!?夏月がそんなヘマをするか!
夏月は俺の相棒なんだぞ!
夏月は···っ

俺は目を閉じている夏月の肩に手を掛ける。

後藤
夏月!寝てる場合じゃないだろ!俺たちで犯人を捕まえるって···!

一柳昴
「後藤!」

一柳が強い力で俺の肩を掴む。
夏月から俺と引き離す。

一柳昴
「夏月は···殉職したんだ···」

後藤
···ふざけるな!!

一柳昴
「···オレたちのできることは、夏月の最後が誇り高いものだったと証明することだろ!」

後藤
······

(そんなことわかってる···頭ではわかってても···)
(今は、何も考えられねぇんだよ···)

後藤
······
···犯人は

一柳昴
「犯人も遺体で発見された。確認するか?」

後藤
···ああ

警察車両に運ばれている夏月を襲ったとされる男は、
ひどくみすぼらしい恰好をした中年の男だった。

後藤
······

涙は出てこなかった。
全ての時間と思考が停止したように、俺は心がカラッポになっていくのを感じていた。

それから数日後。
告別式はしめやかに執り行われた。
警察官連続殺人事件は、あの場にいたホームレスの男が被疑者死亡のまま送検され幕を閉じた。

(自分の境遇を恨み、社会への反発を強めた結果と言われているが···それで納得できるか)
(ただのホームレスに、警官を3人も殺す知恵も力もあるとは思えない)

後藤
「捜査は打ち切られたが、真犯人は別にいると踏んだ俺は単独での捜査を開始した」
「夏月の四十九日までに真犯人を見つけたい···そう思って躍起になったが···」
「進展は全くなかった」

自分の無力さを嘲るような笑い方に、私の胸も苦しくなる。

後藤
結局、連日の徹夜に限界がきたのは俺の方だった

一柳昴
「後藤、お前報告書1枚も出してねーだろ。どれだけ溜まってると思ってんだ」

後藤
あとで出す。報告なんて終わったことを連絡するだけだ
多少遅れたって問題ない

一柳昴
「いつまでそうやって自分勝手なことを···」

後藤
黙れ、意気地のない野郎は黙ってろ

一柳昴
「テメェ、自分だけが···!」

颯馬
後藤、意気地がないのはお前の方だ

後藤
······周さん

俺の隣で、滅多に見ない厳しい顔の周さんが見据えていた。

颯馬
公私混同するな。俺たちは私怨のために国家に命を捧げているわけではない

後藤
俺は···正しい捜査をしたいだけです


後藤
今考えれば、周さんの言うことはもっともだったと思う
だが、当時の俺はどうしていいのか分からず荒れていた···
そんな俺を拾いに来たのが、石神さんだったというわけだ

(それで後藤さんは刑事部から公安に移ったんだ···)

長い話を終え、後藤さんは肩で息をつく。

後藤
···前に俺が憧れの刑事だと言ったな

サトコ
「はい···」

後藤
都合よく自分の理想を他人に押し付けるな
俺は、お前の思うような正義のヒーローじゃない
もし、そうなら···

後藤さんは言葉を切って目を伏せた。
飲み込まれた言葉の先を考える。

(香月さんを助けられた···)

後藤さんの心中を考えると、なにも言葉に出すことができない。

(確かに私は勝手な理想像を重ねていたのかもしれない)
(でも、今はそれだけじゃなくて···)

言っていいことなのか悪いことなのかわからない。

(だけど、後藤さんとこんなふうに話せるのが最後なら···)
(自分の気持ちは偽りなく伝えておきたい)

サトコ
「後藤さん」

勇気を振り絞って、口を開いた。

サトコ
「私は後藤さんに憧れていました」
「それは、昔私を助けてくれた刑事さんだって分かる前からです」
「この学校で指導をしてくれる後藤さんは、私の理想の警察官で···」

後藤
やめろ。俺はそんな人間じゃない

聞きたくないと眉をひそめる後藤さんに、それでも言葉を重ねる。

サトコ
「理想を押し付けるなというのはわかりました」
「でも···正義のヒーローじゃなくてもいいんです」
「私は···後藤さんに命を粗末にしてほしくないんです」

後藤
俺の役目は夏月の仇を討つことだけだ。他のことなどどうでもいい

サトコ
「よくないです!少なくとも、私には···後藤さんは大切な人だから···!」
「最近楽しいことが多いって、言ってくれたじゃないですか···」
「仇を討てば、どうでもいいなんて···お願いですから、言わないでください···」

押し付けがましいことを言っている自覚はあった。
私はたまたま共に捜査をしているただの訓練生で、
後藤さんのプライベートに口を挟める立場ではない。

(わかっているけど···後藤さんまで殉職するようなことになったら···)

後藤
···何度も言ったが俺の問題だ。アンタはこれ以上関わるな

私の顔を見ないまま出口に向かって歩き出す。

後藤
アンタには自分の夢があるだろ。俺なんかじゃない、本当に立派な刑事を目指せ

サトコ
「でも···っ」

後藤
わかってくれ···俺はアンタの夢にはなれない
アンタには···
···なんでもない

すれ違いざまに後藤さんがポンッと頭に手を置いて去っていく。
振り返っても、その背に声をかけることはできなかった。

サトコ
「···っ」

(後藤さんを助けたいとか、力になりたいとか)
(そんなことがおこがましい考えなのはよくわかっている)
(でも、自分にできることがあるのなら···)

過去を知った私にできる、唯一のことは。
後藤さんがその命を投げ出さないように、全力を尽くすことだけだった。

【教官室】

数日後の放課後。
教官室に呼び出されると、後藤さんと石神教官が私を待っていた。

(あれから後藤さんと顔を合わせるのは初めて···ちょっと気まずいな)

サトコ
「お呼びでしょうか?」

石神
明後日の件の打ち合わせだ。仙崎が参加する超党派の会合が行われる場所が決まった

後藤
千葉県の郊外だ。その市議会で勉強会と言う名の会合を開くらしい

石神
当初の予定通り、後藤と氷川は仙崎の警護につき、その動向を調べるように
当日は総理の英国外相との会談があり、SPの大半はそちらに充てられている

後藤
桂木班も全員総理つきですか?

石神
いや、一柳と広末がこちらに配属される予定だ
SPの人員が少ない場面を狙ってくることは充分に考えられる
テロや場当たり的な犯行にはくれぐれも注意しろ

サトコ
「はい!」

(前もいきなりナイフを持った男が突っ込んできたんだし、当然油断はできない)
(何か起こって当たり前くらいの気持ちで向かわないと)

後藤さんの方を見ると、後藤さんは表情を変えずに頷いているだけだった。

(香月さんの事件の真犯人を探すことしか考えていないのかな···)

石神
······



【SPルーム】

教官室でのミーティング後、石神教官から書類を預かり、官邸のSPルームを訪れた。

サトコ
「失礼します」

一柳昴
「氷川···今日は1人なのか?」

サトコ
「はい。後藤教官は明後日の準備がありまして」
「こちらの書類を石神教官から預かってきました」

一柳昴
「ああ、桂木さんに渡しておく」
「アイツら、訓練生を雑用係に使ってんじゃねーだろうな」

サトコ
「雑用も勉強のうちですから」

一柳昴
「お前みたいなお人好しは好きに使われるから、嫌なことは嫌だって言えよ」
「上司の命令だからって、理不尽なものは理不尽なんだからな」

サトコ
「はい。難しいですけど、きっぱり言う時は言えるようになります」

(一柳教官も香月さんが殉職した時に一緒にいたんだよね···)
(一柳教官も真犯人を見つけたいと思ってるのかな)

一柳昴
「お前···何かあったな」

<選択してください>

 A:いえ、何も··· 

サトコ
「いえ、何も···」

一柳昴
「お前が話したくないなら、それでもいいけどな」
「オレは公安の連中みたいに秘密主義じゃない」
「血の通った答えだってしてやるけど?」

一柳教官の言葉に、正直になってしまう。

サトコ
「···後藤教官の昔のこと、少し話してもいいですか?」

一柳昴
「後藤の昔?」

サトコ
「夏月さんの事件です。後藤教官から聞きました」

一柳昴
「アイツが自分から夏月の話をしたのか···」

 B:夏月さんの事件··· 

サトコ
「夏月さんの事件なんですけど···」

一柳昴
「···誰から聞いた?」

サトコ
「颯馬教官と後藤教官からです」

一柳昴
「···周さんはともかく、後藤が自分から夏月の話をするとはな」

 C:後藤教官のこと··· 

サトコ
「···後藤教官のことなんですけど···」

一柳昴
「ああ、最近暗さに拍車がかかってるって黒澤が言ってたな」

サトコ
「後藤教官は夏月さんの事件の真犯人をずと探しているって聞きました」

一柳昴
「夏月のこと、どうしてお前が知ってるんだ?」

サトコ
「後藤教官から聞きました」

一柳昴
「···後藤が自分から夏月の話をするとはな」

サトコ
「一柳教官も事件の現場にいたことは聞いています」
「教官も···真犯人は別にいると考えているんですか?」

一柳昴
「お前もなかなか答えづらい質問を投げかけてくるな」

サトコ
「答えづらい···ですか?」

一柳昴
「捜査一課では解決済みとされてる事件だ」
「今になって真犯人がいるって言いだしたら騒ぎになるのは分かるだろ」

サトコ
「そうですよね···すみません。考えなしに質問してしまって」

一柳昴
「これからオレは一般論の話をする。オレの考えという訳じゃない」

サトコ
「え···は、はい」

一柳昴
「警察官を襲撃するとなれば、よほどの不意を討つのでなければ素人には無理だ」
「答辞犯人として送検されたホームレスは司法解剖の結果」
「何日もろくに食事をとっていなかった」
「そんな男が、女とはいえ警察官の夏月を単独で狙うのは考えづらいな」

(やっぱり一柳教官も真犯人は別にいるって考えてるんだ)

サトコ
「後藤教官は真犯人を見つけることが使命で、他のことはどうでもいいって言うんです」

一柳昴
「アイツ、まだそんなこと言ってんのか」

サトコ
「後藤教官が無茶をするんじゃないかと心配で···」
「私が心配するなんて、余計なお節介だとは思うんですけど」

一柳昴
「そんなことねーだろ。顔、上げろ」

一柳教官に言われて、自然にうつむいてしまっていたことに気が付く。

一柳昴
「訓練生でも、今の後藤の相棒はお前だ。相棒を気に掛けるのは当然だろ」

サトコ
「一柳教官···」

一柳昴
「まあ、あの馬鹿も事態が動きを見せて気を焦らせてるんだろうけどな」
「オレも周さんも夏月の無念を忘れちゃいない」
「それに···アイツひとりにいい恰好させるつもりも、1人にさせるつもりもねぇから」
「何かあったら、オレたちに言え」

サトコ
「はい、ありがとうございます···!」

一柳昴
「アイツが無茶することなんて、夏月だって望んでねぇだろ」

苦笑を刻む一柳教官に、後藤さんと夏月さんとの絆の強さを感じる。

サトコ
「私でも···後藤さんの力になれるでしょうか···?」

誰かに聞くことではないとわかっていても。
背中を押して欲しかった。

一柳昴
「アイツが夏月のことを自分から話したのは、恐らくお前が初めてだ」
「最近のアイツ···浮かれた顔してたときもあったな」
「お前がなりたいと思うなら、なれるんじゃねーの?後藤 “さん” の力にな」

サトコ
「あ···!」

無意識に後藤教官ではなく、後藤さんと呼んでいたのだと気が付かされる。

サトコ
「頑張ります!失礼しました!」

一柳教官に一礼してSPルームをあとにする。

(私は私にできることを頑張るしかないんだ)
(任務も後藤さんのことも···)



【ホテル】

超党派の会合当日。
予定通り到着すると、各配置につく。

後藤
俺が大臣の傍で警護に就く。サトコは外周で警戒に当たれ

<選択してください>

 A:一緒に大臣を警護します 

サトコ
「私も一緒に大臣の警護にあたります」

後藤
俺1人で充分だ。狭い会議室の中での警護はひとりの方が動きやすい

一柳昴
「後藤の言う通りだ。氷川は外を担当しろ」

サトコ
「···はい、わかりました」

 B:了解です 

サトコ
「はい、了解です。正面玄関近くでいいですか?」

後藤
いや、駐車場の方を頼む
SPを置くのは正面玄関と裏口と駐車場の予定だからな

一柳昴
「不審な人物や車両を見つけたら、すぐに連絡を入れろ」

サトコ
「わかりました」

 C:会場の警護を厚くした方が··· 

サトコ
「会場の警護を厚くした方がいいのではないでしょうか?」

後藤
会合が行われる会議室は大した広さじゃない。少数の方がいざという時動きやすい

一柳昴
「まずは不審者を侵入させないことが第一だ」
「外の警備、しっかり頼むぞ」

サトコ
「はい!」

広末そら
「オレと昴さんは会議室の出入り口の警護だっけ?」

一柳昴
「ああ。仙崎が見える位置に立つのを忘れるなよ」

後藤
仙崎の警護は俺に任せればいい

一柳昴
「本職のSPを軽視するんじゃねーよ」
「いいな、そら」

末広そら
「了解」
「サトコちゃんだけ会場の外か···」
「1人で寂しくない?」

サトコ
「会場の空気より外の空気吸ってる方が過ごしやすそうです」

広末そら
「ははっ、言えてる」
「昴さん、オレもサトコちゃんと一緒に外周の警護に出ちゃダメですか?」

一柳昴
「ダメに決まってんだろ。行くぞ」

広末さんが一柳教官に耳を引っ張られて連れて行かれる。

(ここに来るまでの間、末広さんのおかげで随分空気が和んだ気がする)

私は心の中で小さくお礼を言う。

後藤
何かあったら、すぐに連絡を入れろ

サトコ
「はい。後藤さんも気を付けて」

後藤
俺のことは心配いらない

(そう言われても心配しちゃいますって)

後藤さんの表情は相変わらず硬いままだったけれど、私は笑顔で別れた。

【外周】

複数の党の政治家が集まり、主催の市長の音頭で勉強会が始まったようだった。

(外までマイクの声が聞こえてくる)

仙崎
「きな臭い状況ですが、この場は和やかに進めましょう」

仙崎大臣のコメントに拍手と笑い声が聞こえてきた。

(超党派の勉強会か···世間や党内では、どんなふうに見られてるのかな)
(今回のテーマは地方集権と国政の在り方についてみたいだけど)

会議が始まって1週間くらい経った頃だろうか。
それまでなかったバン型の車がいつの間にか駐車場に止まっていた。

(今日は一般車両は入れないようにしてあるはず···)
(念のため、一柳教官に連絡しておこう)

インカムで報告しようと耳元に手を当てた時。
ビルの裏手から銃声が響いたーー

to be continued



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